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夕暮れ時。
ネウロイの襲来も無く、訓練、食事、休憩……と全てスケジュール通り、順調に事が運ぶ。
501部隊にとってはごく平凡で、平穏で、そして貴重な一日も終わりに差し掛かっていた。
ミーナも必要な書類に一通り目を通した後、ううん、と背伸びをした。
「ミーナ、少し休んだらどうだ?」
横で腕組みをし様子を見ていたトゥルーデが気遣い、穏やかに諭す。
「またにはテキトーもいいんじゃない?」
トゥルーデの横にあるソファーにだらしなく寝転がるエーリカも同調する。
「まあね。でも、こういう時こそ、しっかり仕事しないと」
「ミーナらしいな」
夕日に染められたトゥルーデの顔が和らぐ。窓の外を見る。まもなく日没だ。
エーリカもソファーの上で穏やかな日常を満喫していると見える。
ミーナは書類をとんとんとまとめると、必要な部分にすらすらとサインをしていく。
カールスラント製万年筆の書き味はとても滑らかで、かりかりと嫌味な音を立てない。
ミーナを含め、カールスラント出身者がこぞって愛用している理由だ。
突然、執務室のドアが開かれた。
扶桑の割烹着の姿をした芳佳だった。
「ん? どうした宮藤?」
振り返るトゥルーデ。
「お、ミヤフジぃ。今日、食事当番?」
「宮藤さん、どうかしたのかしら?」
「大変です、坂本さんが!」
芳佳の言葉に、一同は戦慄した。

「何ですの、この異臭は?」
鼻をハンカチで押さえてペリーヌが台所にやって来た。
「少佐が料理を作ってたんですけど……失敗しちゃったみたいで」
エプロン姿のリーネが、外も中も完全に黒焦げ……煤か灰の塊になった鍋……つい1時間前まで鍋だった物体……を指して言った。
「少佐が? 一体何をなさっていたの?」
「……このお鍋、もう使えませんね」
苦笑するリーネ。

「どうして無茶したの、美緒」
「すまん」
割烹着姿のまま、ベッドに寝かしつけられる美緒。横には仕事そっちのけで美緒を看病するミーナの姿。
美緒はどこか元気がなく……まるで何かの瘴気に当てられた様な顔をし、声にいつもの張りが無い。
「宮藤、お前が横に居ながら何と言う……」
「いいんだ、バルクホルン。今回、宮藤には一切手出し無用と厳命したからな」
「しかし……」
「そうよ美緒。宮藤さんは料理が得意なんだから、彼女に任せれば良いじゃない。ネウロイとの戦いでもないのに何故そこまで」
「これは私の……私自身の“戦い”なんだ」
「た、戦い?」
ぎょっとする一同。
「でも少佐、どうしてそこまで?」
エーリカが興味津々と言った感じで口を挟む。
「私は確かにウィッチだが、その前に、ひとりの扶桑の女だ。二十歳も近いと言うのに、料理のひとつも出来んで、どうする」
「別に料理ができなくたって……」
「そうそう。トゥルーデなんて、か~な~り雑な味付けなんだから。別にいいじゃん」
「なっ!? クリスとエーリカの時は別だぞ?」
「私は……煮物ひとつまともに作れぬ不器用な女……」
美緒は諦観の呟きを口にすると、それっきり、毛布をかぶって皆に背を向けた。恥じらいか、情けなさを自認したのか。
「ちょ、ちょっと美緒?」
「少佐、何もそこまで思い詰めなくても」
「そうですよ坂本さん! 何もいきなり煮物からやらなくても良かったんですよ」
「……宮藤さん、貴方美緒に一体何を教えようとしてたの?」
「はい?」
一同から疑惑の視線が向けられる。おどおどしながら答える芳佳。
「煮物です、扶桑の。色んな具を一緒に柔らかく煮込んで味を染み込ませて、おかずにするんですよ。
煮物といっても煮込み、煮付け、含め煮、煮染め、煮浸し……、色々有るんですけど、今回は鶏肉とにんじんと……」
「それは作り方が非常に難しいものなのかしら?」
「いえ。……それほどでも」
「『煮物』か。カールスラントで言うと、家庭料理の……アイスバインやアイントプフみたいなものか?」
トゥルーデが首を傾げながら芳佳に問う。
「あー、ちょっと近いかも知れませんね。て言うかカールスラントの料理はよく分からないけど」
「なら、今度作ってやろう。私の得意……」
「中佐、大変ダ! 台所の方から異臭ガ! サーニャの部屋ニ!」
エイラが医務室に飛び込んできた。
「大丈夫。把握しています」
ミーナはこめかみを押さえて、答えた。

「今晩のご飯、おにぎりだけ?」
ルッキーニがふてくされる。軽いおやつならいいけど、夕食のメインがおにぎりなんて……と表情が語っている。
「まあ、イモだけよりかはマシかな……」
隣に座るシャーリーが呟く。
「ほら、形も色々有るし、味もたくさん作ったから、飽きないとは思うよ」
大至急全員分のおにぎりをこしらえた芳佳が苦笑いする。
「扶桑の家庭料理だ~って聞いてたから、ちょっと楽しみにしてたのに」
「ごめんねルッキーニちゃん。今度はちゃんと作るから」
「芳佳ちゃんの、おにぎり……」
「サーニャ、ゆっくり食べろヨ? 胸つかえるゾ?」
お隣では北欧コンビがおにぎりをちまちまと食べていた。
「でもお米ばっかりってのも、少し飽きるね」
「一応空腹は満たされる。今回はそれで問題ない」
エーリカとトゥルーデの会話。フォローしているのだかそうでないのか、微妙だ。
「芳佳ちゃん、また今度一緒におにぎり作ろう?」
「あ、うん」
一人満面の笑顔のリーネ。
なんだかんだでわいわいとおにぎりを頬張る一同の中に、美緒の姿はなかった。

翌日の午後。
「坂本さん、今度は簡単な焼き魚です。ブリタニアでは扶桑と同じく、色々な魚がたくさん獲れるんですよ。
今日は活きのいい鯖を近くの市場で買って来ました」
「よし、ご苦労。今度こそ、皆に扶桑の料理を振舞おうじゃないか」
「は、はい」
一抹の不安を覚えながら、笑顔で答える芳佳。汗が一筋、頬ににじむ。横で同じくエプロン姿のリーネが微笑む。

「一体何ですの、この煙は!?」
もうもうたる煙と焦げた臭いにむせかえりながら、ペリーヌが台所に怒鳴り込んで来た。
「もうすぐ夕食だと言うのに……少佐! 一体どうなさいまして?」
「あ、ペリーヌさん。手を貸してください。少佐が」
「!?」
慌てる芳佳を見て驚愕する。横ではおろおろするリーネが居た。

割烹着姿のまま、ベッドに横になる美緒。横にはおろおろしながら看病するペリーヌの姿があった。
「少佐、しっかりして下さい! わたくしがついてますわ!」
「ああ……ペリーヌか、すまんな。心配掛けて」
目を開け、答える美緒。心なしか、やつれている様に見える。
「宮藤さん! 貴方が横にいながら何故……」
「良いんだ、ペリーヌ」
「少佐、でも……」
「今回も私が全て自分でやると言ったんだ。手を出すなと。だからこれは全て、私の責任だ」
「ですけど……」
「心配掛けてすまん。ペリーヌも心配するな、私なら大丈夫だ、ほら」
弱弱しい手つきでペリーヌの頭を撫でる。
ほっとしたのか、ペリーヌは目頭をハンカチで押さえながら、医務室から去った。
「坂本さん……」
横に居る芳佳が美緒を見る。
「すまんな、宮藤」
「美緒! また無茶を!」
ミーナが医務室に飛び込んで来た。
「宮藤さん、美緒にあれだけ無茶をさせてはいけないと……今度は何をさせたの!?」
「焼き魚です。魚に塩を振って、外はこんがり、中はふっくら焼き上げる……」
「……魚のソテーかしら?」
「近いですね。というかほぼそのもの、かも」
「すまない、ミーナ。そっとしておいてくれ」
「美緒」
「私は……焼き魚ひとつ出来ぬ不器用な女……」
美緒はそう言うと、毛布を頭からかぶって沈黙した。

翌日の昼下がり。
「坂本さん、今回は刺身です。近くのドーバー海峡では、色々な魚がたくさん捕れるんですよ。
今日は獲れたてのアジを近くの漁港で買いつけて来ました」
「よし、ご苦労。今度なら……いや、今度こそ、皆に扶桑の料理を振舞ってみせる!」
美緒の目に、異様なぎらつきが見える。包丁を持つ手が震える。
「は、はい」
大いなる不安を覚えながら、笑顔で答える芳佳。汗が頬を伝う。横ではエプロン姿のリーネが微笑んでいた。

「美緒、どうしてこんな無茶をしたの!」
小一時間も経たぬうちに、美緒はストレッチャーに乗せられ医務室に運ばれた。横ではミーナが涙目になっている。
「すまん……今度こそは、と思ったんだが……」
ミーナは芳佳を睨みつけた。
「宮藤さん。今回は何を?」
「さ、刺身です。鮮度の良い魚をおろして、生で食べるんですよ」
「生魚ですって?」
「新鮮な魚ならお腹壊しませんから大丈夫です。扶桑では普通に食べますよ。お祝いの席なんかでもよく振舞われるんです。
日持ちさせたいときは酢でしめたりするんですけど……」
「ニシンの酢漬けに似てるわね……」
ミーナは祖国の料理と比較してみたが、ふと我に返り、美緒の手を取った。
「美緒、指が傷だらけじゃない。どうして……」
「坂本さんに包丁を握らせたの、まずかったですかね。扶桑刀の扱いは凄く巧いから、包丁も同じ様にいくかな~なんて」
「料理と戦いは違うのよ!」
「いいんだ、ミーナ」
ふらふらと、手を出す美緒。数本の指が包帯で巻かれ、何とも痛々しい。包帯交じりの指で、ミーナの頬を撫でる。
「心配掛けてすまない。私が不器用なばっかりに……」
「美緒」
「私は……刺身ひとつ出来ぬ不器用な……」

「今晩は魚の煮付け?」
「ええ。余った……と言っても殆ど残っちゃったんですけど、アジを醤油、砂糖、酒、みりんで煮てみました。
ショウガも一緒に煮てるから、ご飯にぴったりですよ」
芳佳がアジの煮つけを皆に振舞う。
「へえ。この煮魚のソース、甘辛くて結構いけるね」
一口食べたシャーリーが率直な感想を述べる。
「ありがとうございます。あ、小骨に気をつけて下さいね」
「早く言ってよー。なんか喉がちくちくする」
「ああ、早くご飯をごくん、て飲み込んで。取れるから」
「ウニュゥ……あ、取れた」
「扶桑の料理ねえ。なんか少佐みてると、凄い危険な料理って気がするよ」
シャーリーが少しにやける。
「でも、芳佳はぱぱーっと作っちゃうよ。芳佳みてると扶桑の料理すごく簡単に見えるけど?」
「それは……」
言いかけて口ごもるペリーヌ。
「ナンダヨ、言いたい事あるなら素直に言えヨ?」
にやけるエイラ。
「……おいしい」
ちまちまと煮付けを食べるサーニャ。
「芳佳ちゃん、今度私にも扶桑の料理教えて? 私もブリタニアの料理教えてあげる」
笑顔で芳佳の手を握るリーネ。なんだかとても嬉しそうだ。

「美緒、はい。あーんして」
「……何か、すまんなミーナ。色々と」
「そんな手で何か持つなんて出来ないでしょう?」
「まあ、な」
美緒はミーナにスプーンでお粥を食べさせて貰っていた。
しかもまた医務室だ。美緒は自重気味に笑い、うなじの辺りを掻いた。
「でももう、暫くは料理は駄目よ。私が隊の指揮官として命令します。今後は宮藤さんに任せること」
「ミーナの命令とあっては、仕方ない」
苦笑いする美緒。
「でも、美緒……」
「ん?」
「貴方、そんなに不器用には見えないけど……」
「わ、私にだって、出来ない事くらい、ある」
少し顔を赤らめる美緒。ミーナはくすりと笑った。
「なら、貴方の代わりに作って差し上げましょうか?」
「それは……」
(本当は、ミーナに食べて欲しかったんだ……)
内心そう呟き、真剣に悩む美緒に、ミーナは食事の続きをさせた。

end




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