metaphar


「この基地の事、ですか?」
リーネと食後のお喋りに夢中になっていた芳佳は、エーリカから唐突に聞かれて戸惑った。
「私、一番最後にここに来たから……この基地の事、あんまりよく知らないんです。リーネちゃんに一通り教えて貰ったけど」
「そっか~。ミヤフジ、あんまりここの事知らないんだ」
にやにやしながら芳佳を見るエーリカ。
「ここはね、元々修道院だったんだってさ」
「へえ、そうなんですか」
「私も知ってます。元々この土地は古代の人々の聖地だったそうで、そこに“神のお告げを聞いた”人が教会を建てて……」
リーネが補足する。
「なるほど~」
「でね。一時期ここは、監獄として使われてたらしいよ?」
「監獄?」
どきりとする芳佳。
「監獄だよ監獄。罪無き人々を閉じこめ、絶え間なく続く拷問に虐殺……」
おどろおどろしい口調で呟くエーリカ。
「あわわ……」
素直に受け取ってしまう芳佳。
「その跡が、この基地の地下に有るって話だよ? 監獄で死んだ者は秘密の墓所に投げ込まれ……
今でもその時の犠牲者が亡霊になって出てくるって~」
じわり、と二人に踏み込み顔を近付けるエーリカ。心なしか、顔が青白く見える。
「そ、そんな話聞いた事無いです!」
リーネは即座に否定する。しかし天性の恐がりなのか、芳佳の手をぎゅっと握りしめていた。
「い、痛いよ、リーネちゃん」
「かつての地下室には、その跡や骨が残ったままなんだってさ~」
「なんか、この基地、怖いですね」
「怖くなんかないですっ! 迷信です!」
「なら、調べて来たら? ここに簡単な地図置いておくから、二人で調べてきなよ」
一枚の、ノートの端切れに書かれた地図……とは言えない代物……を二人の前に置いた。
「迷信なら、別に行っても平気だよね?」
言葉を逆手に取った、強要に近い。
「め、迷信なら、そのまま放っておけばいいんじゃ……別に私は……」
「行きます! 私と芳佳ちゃんで、迷信だって証明してみせます!」
リーネは芳佳の手を握ったまま、ソファーから立ち上がるとエーリカに宣言した。
「よぉ~し。その言葉に二言は無いね? はい、これ」
エーリカは隠し持っていた懐中電灯をふたりに渡して、背中を押した。
「行ってらっしゃい。報告待ってるよ~」
ずかずかと芳佳を引きずって進むリーネを、手を振って見送るエーリカ。自然と口の端が歪むのは何故。

「リーネちゃん、ここ、何処?」
「地下……」
二人は速攻で迷い込んでいた。
確かに基地の地下……ちょうど皆がくつろぐロビーか食堂辺りの真下の筈だが……
エーリカの寄越した地図がでたらめ過ぎて、何処をどう行けば良いのかさっぱり分からない。
ふたりは、狭く、じめっとして、時折水滴が垂れる暗く長い通路を、じわじわと進んでいく。
芳佳の手を握りながら、リーネは思わずエーリカの口車に乗ってしまった事を激しく後悔していた。
怖いのが苦手なのに、どうして自ら突っ込んでしまったのかと。
「ねえ、芳佳ちゃん」
芳佳はぐいと手を引っ張られ、その弾みで持っていた懐中電灯を自分の顔の真下から照り付ける格好で、リーネにずいと振り返った。
「なぁに?」
「きゃああああああああああ!!!!!!」
リーネは芳佳の迫力と陰影に満ちた顔を見、飛び上がって驚くと懐中電灯を放り投げて逃げ出した。
「ちょ、ちょっとリーネちゃん!」
一人取り残される芳佳。足元にはリーネが使っていた懐中電灯が転がる。
「リーネちゃん……何処?」
リーネの懐中電灯を拾うと、逃げたと思しき方向を探す。地図はリーネが持っていた。芳佳が持っているのは懐中電灯二本だけ。
当然どう帰るかも分からず……その前に暗闇の中に逃げたリーネを探すべく、芳佳はひとり“迷宮”を彷徨った。

リーネは壁にもたれると、荒い呼吸を繰り返した。心臓が飛び出しそう。息が止まらない。
突然の事に激しく動揺し、そのまま芳佳を置いて遁走してしまった。暗闇で明かりもなく……
懐中電灯は何処かに捨ててしまった……持っている地図すら満足に見えず、リーネは酷い孤独と恐怖に陥った。
「こ、怖い……」
蹲り、がくがくと震える。
「芳佳ちゃん……」
涙が止まらない。
(あの時どうして手を離してしまったの。て言うか芳佳ちゃんがあんな驚かせるから……
芳佳ちゃんの馬鹿! もう顔も見たくない!)
リーネは恐怖に打ちひしがれながら、芳佳を呪った。しかし……
「芳佳ちゃん……」
(早く合流しないと、帰り道すら分からなくなるし……早く会いたい)
恐怖にすっかり負けてしまい、芳佳を捜すべくふらふらと立ち上がり、あてもなく歩き始める。
暗く地面もでこぼこなので、一歩一歩が慎重になる。壁に手をやり、もう片方の手で宙を……
何かが無いか探りながら、リーネは芳佳の名を呼んだ。

一方の芳佳は、一刻も早くリーネと合流すべく、急いだ。
「リーネちゃん……何処だろう」
緩いカーブが続く道の先に向かって、大声でリーネの名を叫ぶ。芳佳の声がこだまするも、返事は無い。
芳佳は両手に懐中電灯を持ち、リーネが何処かに隠れて……しゃがんだり蹲ったりしていないか、懸命に探した。

一人暗闇を行くリーネは、微かに自分を呼ぶ声が聞こえた。
はっと辺りを見回すも、何も見えない。暗闇に慣れたとは言え、全く光が無い状態では夜目も意味が無い。
一瞬、向こうから人影が見えた。光……いや、ぎらりと光るふたつの目。
「ぎゃああああああああ」
リーネは駆け出し、躓き、道の脇に転がり落ちた。

「リーネちゃん?」
芳佳は確かに彼女の悲鳴……それも断末魔に近い……を聞いてすくみ上がった。
「リーネちゃん、居るの? 何処? 私、芳佳だよ!」
芳佳は少しでも見やすくしようと、懐中電灯を両方点け、両手に持って歩いていた。
リーネが“光る目”と錯覚したのはこの為だが、リーネの発見に必死な芳佳はそんな事に気付く筈もなく、辺りを徘徊した。

リーネは泥と埃にまみれて、立ち上がった。石畳の床で擦ってしまったのか、膝に血が滲んでいる。立ち上がると、少し痛む。
「うう……」
手探りで辺りが何なのか調べてみる。壁は、所々が空間の様に空けられている。ちょうど二段ベッドの様な感じだ。
上に微かな光が一瞬見えて、消えた。
道から転がり落ちたらしい事は、リーネ自身にも分かっていた。
だけど、ここから上がる手段が無い。と言うか何も見えない。
試しに魔力を使ってみたが、暗闇を見通せる力がある筈も無く、落胆し、はあ、と溜め息を付き壁のへこみに腰掛ける。
乾いた音が、尻の下から聞こえた。何かを踏んだか潰してしまった様だ。
「?」
その潰れた破片を手に取る。暗闇の中、目の数センチ手前まで近付けてみる。
目を凝らして見るも、不確定名「白っぽい何かの破片」と言う事までしか分からない。
その破片を元あった場所に置いて、どうしよう……と落胆する。
また上を光が通った。
「芳佳ちゃん? 芳佳ちゃん!」
返事は無い。
(芳佳ちゃん、心配してるだろうな……でもここは道から外れた下の場所みたいだし……)
音も無く、光もない状況。
(私、このまま基地の奥底で、誰にも見つからずに一人死んじゃうのかな……)
リーネは絶望し、涙を流した。

芳佳は必死にリーネを探していた。懐中電灯の片方が、電池の持ちが悪くなったのか光が弱くなっている。
何処かから、すすり泣く様な音が響いてくる。反響して聞こえるその音は、亡霊の泣き声かと錯覚してしまう。
「な、なにこの音……」
思わず後ずさる。
背後に全く意識を集中していなかった。いきなり足を踏み外し、
「おおっと」
重力に逆らえず、落下した。

リーネは目の前に突然降ってきた物体を見て悲鳴を上げた。
何かにぶつかってその物体を破壊し、がらがらと激しい物音を立てて立ち上がる“人間型の生き物”。
おまけに一つ目がらんらんと輝いて……あれ?
「よ……芳佳ちゃん?」
「リーネちゃん!」
顔を懐中電灯で照らされる。その光は微かだが、確かに声は芳佳で……
リーネは安堵と、こうなる切欠を作った芳佳に対する怒りと自分の情けなさが全部混じって、芳佳をぐいと引っ張ると、怒鳴った。
「どうしてあんな怖い事したの? 怖かったんだから! 芳佳ちゃんの馬鹿!」
「ごめん、リーネちゃん。驚かすつもりはなかったの……ホントだよ? リーネちゃん探そうと思って一生懸命探して……」
リーネは芳佳を抱きしめた。
「ごめんね、リーネちゃん。もう大丈夫」
涙を見せるリーネをそっと抱きしめ、芳佳は耳元で囁いた。
「もう、大丈夫だから」
リーネの震えが止まるまで、芳佳はずっと抱きしめた。

リーネが落ち着いたところで、芳佳はこの「穴」から脱出すべく、懐中電灯で辺りを照らした。
上に出る木製のハシゴはすぐに見つかった。
しかし、壁のあちこちに空いている穴は何だろう? リーネが座っていたと思しき場所を、電灯で照らしてみる。
埃と蜘蛛の巣だらけで分からなかったが、何かが積まれ、横に他の物体が安置されている様だ。
よく見る。
所々砕けているが……それは……骨。
虚なくぼみの頭蓋骨がひとつ、無言でこちらを見つめている。
「きゃあああああ!」
「いやああああああ!」
懐中電灯を握りしめ、我先にとハシゴを昇り、上に出た。
「芳佳ちゃんの馬鹿!」
リーネは上の道に上がるなり、芳佳の胸をぽかぽかとグーで何度も叩いた。
「ご、ごめん。周りに何があるんだろうって、つい気になって……あれ、人の骨だよね」
「どう見てもそうでしょ!? 何であんなとこに!?」
「ここ、エーリカさんの言う通り、やっぱり地下の墓地だったんだよ」
「そんな……」
「だってあれ……もう一度確認する?」
「しない!」
「だよね。私もなんかもう、怖くて。とにかくここから出よう?」
「うん。もうこんなとこ嫌。早く出たい……」
「大丈夫、今度は私がしっかりついてるから、怖くないよ」
「芳佳ちゃん」
二人は光量の減った懐中電灯を手に、再び歩き始めた。

とある場所に差し掛かったところで、上の隙間からうっすらと水滴と光が漏れている事に気付く。
「あれ、この光……」
芳佳はリーネに肩車して貰うと、光の所在を確かめた。
一ミリ程にも満たない僅かな隙間ではあったが……そこから広がる空間は、確かに見慣れた、基地の風景だった。
「リーネちゃん、この上、基地だよ!」
「芳佳ちゃん、それ、当たり前じゃない?」
「ああ、そうじゃなくて。基地のどこだろう……あ、今誰か通った!」
「え? 何処? 誰?」
「あの脚……ズボン……エイラさん?」
「誰かの部屋?」
「そうかも。リーネちゃん、何か棒みたいなの無いかな?」
「ええっと……」
辺りを照らすと、打ち捨てられたスコップかつるはしの様な金属の破片が見つかる。芳佳はそれを手にすると、
己の魔力を解放した。耳と尻尾がぴょこっと生える。
「芳佳ちゃん?」
「これで少しは力も強くなるから、天井を叩けば……気付いてくれるはず! リーネちゃんも足ふんばって!」
「わかった。芳佳ちゃん、頑張って」
リーネも魔力を解放し、耳と尻尾が生える。
「うん。行くよ」
芳佳はまず天井をこつこつと叩いた。何の応答も無い。当たり前だ、突然床が鳴ったところで気のせいかと思われるだろう。
次に、魔力を存分に発揮し、天井を突き破る勢いで、叩いた。相当な衝撃を与えたみたいで、天井の一部が崩れ、
ぱらぱらと破片が降ってくる。落ちてくる水も少し勢いが増した。
「もうちょっと!」
「芳佳ちゃん、頑張って!」
「えええい!」
全身全霊を込めて、天井を打つ。
手応え、有り。
天井は見事に砕かれ、人ひとり分位出入り出来る穴が穿たれ、上から光が射し込んだ。同時に水もどばーっと流れて来た。
破片まみれ、水まみれになりながら、上を見上げる二人。
「やった、やったよ、リーネちゃん!」
「凄い、芳佳ちゃん! これで私達助かるかも!」
暫くして、上から覗き込む人影が見えた。おどおどしている。芳佳は叫んだ。
「誰!? エイラさん!? 私、芳佳です! リーネちゃんも居るんです、ここから……」
「芳佳……ちゃん?」
人影の頭から、魔導レーダーが見え隠れする。
「サーニャちゃん?」
上からの光に照らされたサーニャは、裸だった。サーニャに続いてエイラも顔を出す。同じく、裸だ。
「お、お前らだったノカ……いきなり何すんだヨ~」
更にひょっこりと影がふたつ、みっつ見える。全裸のシャーリーとルッキーニ、ペリーヌだ。
「二人して何やってんだ、そこで?」
「芳佳ぁ? 何処から入ろうとしてるの?」
「一体何の騒ぎですの?」
「とにかく、ここから出して下さい!」
「??」
上から見下ろす一同は、首を傾げた。

「お前達は何をやっとるんだ一体!」
美緒の怒号が執務室に響く。ミーナとトゥルーデも同席し、事情聴取……一種の尋問……が行われた。
芳佳達が探り当てたのは、風呂場だった。浴槽でなかったから良いものの、風呂場の端っこ……ちょうど脱衣場との隙間を
部屋と勘違いして突き破ってしまったのだ。お陰で風呂場は穴が塞がるまで使用禁止となった。
「すいません。でも、私達、生き残るのに必死だったんです!」
「生き残るも何も、基地の中だぞ? 寝言は寝て言え!」
美緒が芳佳にきつく当たる。トゥルーデは腕組みしたまま呆れ返りながら二人の話を聞いていた。
「そんなあ!? 信じて下さい! 私達、見たんです! 地下に眠る人の骨!」
「本当なんです! 芳佳ちゃんの言う通り、地下に……謎の部屋と、骨が」
ミーナはこめかみを押さえながら思わず下を向いた。
芳佳がたまに突拍子もない事をしでかすのは、過去に何度も有った。それ自体は分かる。
だが、あろう事か基地の浴場を真下から破壊するなど……。
但し、リーネも一緒と言う点が引っ掛かる。彼女は大人しく突拍子も無い事もしなければ、勿論嘘も付かない。
「とにかく、何が有ったのか、一番はじめから話して頂戴。嘘はダメよ。そして分かり易く、詳しく」
ミーナはふたりに向かってゆっくりと問い掛けた。
「はっ、はい! まず、二人で地下に行く事になったんです。それで基地の……」
「ちょっと待って。どうして基地の地下に行く事になったの? そこをまず話しなさい」
「ええっと……」
程なくしてエーリカも執務室に呼び出され、こんこんとミーナと美緒から説教を喰らった。

「結局、何だったんだろうね」
芳佳はベッドの上で、リーネとぴたりと肌を合わせながら、問い掛けた。
「ミーナ中佐も、少佐も知らないって言ってたし……」
リーネは地下での恐怖が抜けず、芳佳に一緒に添い寝して欲しいと懇願し、今に至る。
「確かに、昔、一時期監獄だったって事は話で聞いてたけど……あんな場所が有ったなんて……」
「そうだよね。なんか、ちょっと謎だよね」
「芳佳ちゃん……私、怖い」
震えてる。あの時の恐怖を思い出したのか、少し涙目になってしまったリーネ。芳佳はそっとリーネを抱きしめた。
「ミーナ中佐が明日にでもあの場所を調べると言ってたから……大丈夫だよ、きっと」
「うん」
「もしかしたら、あれは骨じゃなくて見間違えだったかも知れないし」
「うん」
「だから、大丈夫。怖くなっても、私が一緒だよ? だから安心して」
「ありがとう、芳佳ちゃん……ありがとう」
抱きしめる力を増すリーネ。芳佳は押し寄せる胸に圧倒されつつも、リーネを抱きしめ、頭を撫でた。
「芳佳ちゃんが何度も何度も私を捜してくれてるの、嬉しかった」
「私も、必死だったから。リーネちゃんに何か有ったらと思うと……」
「光がね。見えたの。芳佳ちゃんの持ってる懐中電灯。何度も見えて、私その度に芳佳ちゃんって……どうかしたの?」
「私、あの近く、一度しか通ってないよ?」
「え」
いくばくかの沈黙。リーネはその「光」が何を意味するのか想像し、がたがたと震えはじめた。
「リーネちゃん、大丈夫。大丈夫だから……気のせいだよ。私がついてるから、大丈夫、ね?」

「久々に怒られちゃったよ~。トゥルーデ、癒して~」
エーリカはトゥルーデのベッドの上で、はふうと溜め息をついた。呆れるトゥルーデの胸に顔を埋め、ほっと一息つくエーリカ。
「冗談のつもりだったんだけどね~」
「宮藤もリーネもあの怯え様だぞ。冗談で済むか」
「地下室と環状通路の配電盤を止めて、明かりを全部消しただけなんだけどね~。まあ、通路の事自体知ってる人少ないけどね」
「……肝試しにしては気合いが入り過ぎだ」
「あと、風呂場の上を道が通ってたってのも意外な発見だよね」
「気楽に言うな。暫く風呂が使えなくなっただろう」
「まあ、二時間経っても戻って来なかったら、電気付けに行こうと思ってたんだけど」
「お前って奴は……。しかし、宮藤とリーネが落ちたと言う空間は何だったんだ? あと、人骨とか……」
「多分昔に作られた物置の筈だよ。色々ながらくたが詰まってた筈だから」
「エーリカ。お前、後でちゃんと二人に謝っておけよ。基地がお化け屋敷みたいに見られるのは嫌だからな」
「あれ、トゥルーデもしかして怖いの? 一緒に見に行く?」
「ばっ、馬鹿言うな」

end



コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ