ゲシュペンくんとおばけの花嫁
「なんでそう可愛くない事ばっか言うかな。 どうしていつも私が折れてあげなきゃいけないわけ?」
「折れるとか譲るとかいう問題じゃない。 お前が常識を持ち合わせれば済む話だ。」
私とトゥルーデの間に漂う険悪な空気。 私たちを見比べながら、ミーナが困ったような表情を浮かべている。
元はと言えば些細な事でさ。 いつもみたいにかる~く流しちゃえば良かったんだけどさ。
たまには本気で言い返してみたら面白いかな、なんて。 そんな風に考えたのがまずかったんだよね。
「えー、おばけなんていないよー。 プラズマって言うんだよ、知らないの? ハルトマン中尉、こっどもー!」
「あれあれ? そんな事言っちゃっていいのかな、ルッキーニ。 ガリアに伝わる首無しおばけの話、知らないの?」
「え! く、首無しおばけ? ふ、ふふーん。 なかなか面白そうだねっ、それ。」
「またまた無理しちゃって。 丁度ね、こんな霧の深い夜に現れるらしいよ。 首無しおばけの存在を信じない人の前にね……。」
ガクガク震えるルッキーニ。 そんな感じでルッキーニを怖がらせて遊んでたらさ。 トゥルーデがぽつりとおっしゃいました。
「お前は本当に馬鹿げた話が好きだな。 お前らしいというか何というか。」
その言葉にかちんときちゃったんだよね。 私は私なりにルッキーニに夢を見させてあげたかったわけ。
言ってみればエンターテイメント性だよね。 トゥルーデが欠片も持ち合わせてないものだよ。
それなのにさ、馬鹿。 なんて一言で切り捨てられちゃったらさ。 何それ? いくらなんでも失礼じゃない?
大体、私らしさって何。 トゥルーデは、そんなに私の事をご存知なわけ?
それでちょっぴり噛み付いてみたらさ。 あれよあれよと言い返されて。 気付いたら凄く険悪なムードになっちゃった。
「もうそのくらいにしておきなさい。 腹を立てるような事でもないでしょう。」
「私は別に怒っていない。 普段通りにしているだけだ。」
仏頂面で言い捨てて、トゥルーデが食堂を去った。 へー! へー! 普段通りなんだって! ほんとだね! ふん!
「私ももう寝るね。 おやすみ、ミーナ、みんな。」
「え? ちょっとフラウ、まだ7時よ。 こんな時間から寝たら、リズムが狂ってしまうわよ。」
嘘じゃありません。 本当に寝ます。 別にさ、特に眠いわけじゃないよ。 でもさ。 このムカムカを忘れるためにはさ。
とりあえず寝ちゃうのが手っ取り早いじゃん。 そんなわけですから。 おやすみー。
うん。 やっぱりミーナは正しいね。 うんうん。 時刻は夜の10時半。
変な時間にばっちり目覚めてしまいました。 気だるさを感じながらのっそり起き上がる。
イライラはもう残ってない。 でも中途半端に寝てしまったせいで、眠気も爽快感もない、ちょっと……もとい、かなり嫌な状態。
あーもう、寝れない。 仕方ない。 起きよっか……。
別に何かを思っていたわけではなくって。 鏡を覗き込んだのはまったくの偶然だった。
でも。 そこに立っていた寝起きの自分を見た時。
私は息を飲んで凍りついた。
これまでにも人から可愛いと言われた事は何度もある。
でも私はいつだって、そんなもんかな、としか思ってこなかった。
それが今、生まれて初めて分かった。
鏡に映った自分の事を、心の底から可愛いと思った。
頭のてっぺんから足の先まで、姿見に映ったその肢体。 あまりの完璧さに、思わず溜息が出る。
頭から腰まで、すっぽりと覆う白いシーツ。 唯一そこから露出した、すらりとした両足。
シーツのレースの隙間から、見慣れた瞳がわずかに覗いている。
そう。 これはまさしく。
「おばけのゲシュペンくんだーーー!」
すっかり嬉しくなって笑ってしまう。 だってさ、今の私。 子供のころ大好きだった絵本のキャラクターにそっくりなんだもん!
あぁ、懐かしいな。 お父さんが買ってくれた一冊の絵本を、ウルスラと仲良く二人で覗き込んでたっけ……。
「みてみてウーシュ! ゲシュペンくんってかわいいね! あたし、おおきくなったらゲシュペンくんになる!」
「……姉さん。 残念だけどこの世に霊魂なんて存在しないわ。 心霊現象と言われる全ての事象はプラズマで説明がつくの。」
「え、でも……となりのアンネちゃんは、こないだがっこうでおばけをみたっていってたよ。」
「……プラズマね。」
「それにそれに、はすむかいのマルゴちゃんは、しんだおばあちゃんにあったって!」
「……プラズマだわ。」
「きょうウーシュのプリンがはんぶんしかなかったのも……。」
「それは姉さん。」
……。 思い出してみたらそれほど美しい記憶でもなかった。 我が妹ながらなんと可愛げのない……。
それはともかく。 見せたい。 この姿を誰かに見せたくてたまらない。 こんなに可愛いんだもん。 きっとみんな褒めてくれるよ。
スクリーンの中でしなを作るムービースターの心境って言うのかな。 私を見てほしくて。 賞賛してほしくって。
んむ。 夜10時半と少し。 実に中途半端な宵の口。 この時間なら、まだ起きている人もいるかもしれない。
私は、衝動の命じるままに廊下へと駆け出した。
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いつも寂しい思いをしていた女の子。 女の子は、それでも毎日にこにこ笑っていました。
そうしていれば、お父さんやお母さんに心配をかけないで済むから。 でも。 本当は寂しくてたまらなかったのです。
ゲシュペンくんはおばけ。 ゲシュペンくんは、その子と友達になりたいと思いました。
人間にはゲシュペンくんが見えません。 いつもひとりぼっち。 ゲシュペンくんには女の子の気持ちがよく分かりました。
だからゲシュペンくんは、それを女の子のベッドの横にそっと置いておいたのです。
おばけのケープを。
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「ねぇシャーリー。 おばけっているのかな……。」
「お? なんだ、ルッキーニ? 今になって怖くなってきちゃったか?」
「そ、そんなんじゃないよ! ふんだ! おばけが出てきても助けてあげないかんね!」
ハンガーに来てみたら、いるいる。 シャーリーとルッキーニ。 早速この姿を見せようと思って、ふと思いとどまる。
この格好。 いきなりルッキーニの前に現れたら、間違いなく怖がられちゃうよね。 まずはシャーリーから当たりたい。
うん。 そうしよう。 どうにかしてシャーリーだけにコンタクトを取ろう。
「ん? ……何だアレ。 あそこ……何か白いものが浮いてるような……。」
「え゛っっっ!? …………な、何もいないじゃん! シャーリー、あたしを怖がらせようとしてるでしょ!」
「え? い、いや、本当に何か見えたんだよ! あんたには見えないのか?」
とりあえず遠くの方からふりふり存在をアピールしてみる。 ルッキーニがこっちを見たら隠れればいいわけで。 それを繰り返す。
「しゃ、シャーリーにしか見えないの……? そ、それ、くっ……首はあった……?」
「な、何言ってるんだよルッキーニ! ここはあたしのファクトリー。 そんな非科学的なものの存在は認めません!」
わわわ。 二人がこっちに近付いてくる。 今見つかったら、なんだか酷い目に遭わされる気がするよ! 慌てて物陰に隠れる私。
「……何もいないな。」
「だ、だから言ったじゃん! おばけなんていな………………いな……………………。」
「? なんだ? どした、ルッキーニ? そんな口をパクパクさせ……て……。」
ルッキーニの表情を見て、シャーリーが後ろを振り返る。 実は、そこには私がいたわけで。
目と鼻の先。 シャーリーとの距離50センチ。 あーあ。 見つかっちゃった。
ばたーん。 わ! シャーリーが唐突に倒れる。 え? なに? ひょっとしてシャーリー、気失っちゃったの?
「しゃ、しゃ。 シャーリー!!! おっ、おっ。 おばけーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
ルッキーニが猛スピードで逃げ出した。 ちょ、ちょっと! そんなに騒がれたら困る! 私は大慌てでルッキーニを追いかけた。
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おばけのケープをつけた人間は、おばけが見えるようになるのです。
まだ小さい女の子にはケープは大きすぎたので、それを花嫁のヴェールのように頭から被る事にしました。
ケープをつけた女の子はゲシュペンくんを見て最初は怖がりました。
でも、ゲシュペンくんは優しかったし可愛いかったら、二人はすぐに仲良くなりました。
二人はお絵描きをしたり、歌を歌ったり、とても楽しい時間を過ごしました。
でも、女の子はその時まだ気付いていなかったのです。 どうしてゲシュペンくんが見えるようになったのかを。
おばけのケープとは何なのかを。
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「幽霊の正体見たり枯れ尾花という言葉がある。 心を落ち着ければ、案外大した事ではなかったりするものだ。」
げげげ。 ルッキーニが頼ったのは坂本少佐。 えらく手強い人を呼ばれてしまった。
扶桑刀持ち出してきてるし! この人、冗談抜きで幽霊くらいぶった斬りそうだもんね。
「そこか!」
えっ。 私の目の前に少佐が現れた。 凄い。 遮蔽物の位置には気をつけていたのにアッサリ見つかってしまった。
よくよく少佐の顔を見れば眼帯を外している。 魔眼! なるほどね。
ここまでかと観念して後日受けるであろう懲罰に思いを巡らせていると、少佐が緊張した顔で話しかけてきた。
「貴様……一体何者だ? 私の魔眼ですら正体が……見えん。 まさか、本当にこの世ならざる者なのか……?」
えっ。 スラリと抜かれる扶桑刀。 ちょ、ちょっとちょっと! どうしてそうなるんですか!
魔眼で見たらシーツが透けて、その正体は皆さんご存知。 ちょっと小粋なセクシー魔法少女でしたー、ってなるでしょ!
説明しなきゃ……。 そう思った時、私は自分の異変に気が付いた。 えっ。 あれっ。 声が出ない!?
呆然としてる内に少佐が斬り込んできた。 うわっ! 鋭すぎる太刀筋を何とか避ける。 まずい。
空の上ならいざ知らず、地上で手練の刀を受け続けるなんて出来るわけがないよ!
思わず腰が抜けた私の頭上すれすれを白刃が閃く。 わ。 わわっ。 な、何とかしなきゃ! せっ。 セクシーパーンチ!
「ぐふっ!!!???」
物凄い手応え。 恐る恐る顔を上げると、少佐の鳩尾に素晴らしい角度で私のパンチが入っている。
どさり。 あああ。 少佐まで昏倒させてしまった。
「はわわわわ……。 しょ、少佐までやられちゃった……。 よっ。 芳佳ーーーーーー!!!」
ちょっとルッキーニ待ってよ! もうふざけてる場合じゃない。 なのに。 どんなに頑張っても声は出てこなかった。
声だけじゃなかった。 取れない。 シーツまで取れない。 それは、もがけばもがくほど肌に張り付くようで。
「芳佳! こっちだよ! 本当に幽霊がいたんだよ!」
ルッキーニの声にハッと我に返った私は、声から遠ざかるように駆け出していた。 こんなもの早く脱がなきゃ。
もうおふざけは終わり。 分かってるのに。 なんで? なんでなの!? 取れない! このシーツ、どんなにもがいても取れないよ!
こんな事で不安になるなんて馬鹿げてる。 こんな迷信めいた物に振り回されるほど柔な人生は送ってない。
あぁ、なのに、なんだろう。 胸が苦しいよ。 苦しさに耐えかねた私は足を止めて、何気なく窓に目をやった。
そして私はようやく、先刻から感じていた違和感の原因に思い当たった。 窓に、映ってない。 私の姿が映っていないのだ。
「わあああああああ!!!!」
ふいにはっきりと自覚した感情に押し潰されそうになる。 それは、恐怖。
普段どんなに自制のきく人間でも、夢の中では感情が剥き出しになるように。 この悪夢のような現実は私の心を押し潰した。
笑顔も、何もかも、私を守っていたものが消えてなくなって、ぽつんと取り残された私は、あまりにも頼りなかった。
いやだよ。 怖いよ。 違うよ、みんな。 そんな目で見ないで。 おばけじゃない。 私だよ。 エーリカなんだよ。
あぁ。 唐突に絵本の内容を思い出す。 私が大好きだった、あの絵本。 おばけのケープを被った女の子の話。
ひとりぼっちに堪えられなくて、おばけのケープを被った女の子。 おばけのケープは、おばけが結婚する時に使うもの。
彼女はおばけになってしまったんだ。 おばけのケープは、つけた人をおばけの花嫁にしてしまう物だったんだ。
夜になって、女の子の両親は娘がいない事に気付いた。 女の子はゲシュペンくんのように、普通の人間からは見えなくなっていたから。
待てど探せど、娘は一向に戻って来ない。 二人はさめざめと悲しんだ。 それを見て、女の子は自分の間違いに気付いたんだ。
自分は一人じゃないって。 私はいなくなったわけじゃない。 早く二人を安心させてあげなくちゃって。
でも、両親の所に戻ろうとした時、女の子はケープが脱げない事に気付いたんだ。 まるで、今の私のように。
ゲシュペンくんは、最初からケープを取ってあげる気なんて無かったんだ。
ゲシュペンくんは、女の子を両親の所に戻したくなかったんだ。 もうひとりぼっちは嫌だったから。
ゲシュペンくんは、彼女に帰してあげないと言ったんだ。
そうだ。 あの時、私は。 それまで可愛かっただけのゲシュペンくんが、急に怖く見えたんだ。
あぁ。 そんなどうでもいい事は思い出せるのに、肝心な事が思い出せない。 あの女の子。
最後はどうなっちゃったんだっけ。 どうなっちゃったんだっけ……?
「いない。 嘘でしょ? どこにもいないよ……。」
近付いてきたルッキーニの声にビクリとなる。 違う。 いるよ。 私はここにいるんだよ。
反射的に逃げ出しながら、嗚咽がこみ上げてくるのを抑えられない。
まるで夜に理由もなく怖くなって泣く子供のよう。 情けないよ。 格好悪いよ。
私、どうなってるの? 少佐の魔眼でも私が分からないって。 どうして? 取り繕えないよ。 怖い。 怖くてたまらない。
私。 このままだったらどうしよう。 このまま、誰にも分かってもらえなかったらどうしよう。
このままずっと、ひとりぼっちになってしまったらどうしよう。
馬鹿げてる。 馬鹿げてる想像だって、分かってるのに。 うっ。 うえっ。 ひっく。
お父さん。 お母さん。 ウルスラ。 もう、私の傍にいない人たち。 いやだ。 あんな思い、もういやだ。
501のみんな。 いやだ。 いやだよ。 お別れなんてしたくないよ。 みんなと一緒にいたいよ!!!
「うわっ!」
どん。 走り続けていたら、何かに。 ううん、誰かにぶつかった。
夜のバルコニーは月明かりに照らされてとても幻想的な景色を作り出す。
その僅かな明かりが、私にぶつかった人の顔を浮かび上がらせる。
どきんと、心臓がなった。 髪の毛をおろしていて、いつもとは違って見えるけど。
あぁ。 トゥルーデ。
そうだ。 私、トゥルーデとけんかしちゃったんだっけ。 なんて懐かしいんだろう。
たった数時間前の出来事が、今の私にはとてもとても遠い昔のように思えた。
急いできびすを返す私。 聞きたくない。 トゥルーデが、私の姿を見て何て言うか。
それだけは聞きたくない。
今、トゥルーデにおばけと言われてしまったら。 私はひとりぼっちなんだって自覚してしまったら。
私はもう、堪えられない。
ぐずぐずしていたら、また新しく涙がこみ上げてきそうで。
私が走り出そうとした、その矢先。 背中からトゥルーデの声がかかった。
「なんだ、フラウか。 そんな格好で何やってるんだ。 ……何て言うか、犯罪スレスレだぞ。」
えっ。 私は動きかけた足をピタリと止めて、トゥルーデの方へ向き直った。
いま、私のことフラウって。 うそ。 ほんと? えっ。 えっっ。
改めて自分の姿を見てみる。 真っ白いシーツに包まれて、私と分かる部分なんて何一つ無い。 無い、のに。
「が、がおー。 おばけだぞー。」
「……お前の奇行にもいい加減慣れたつもりだが。 それでもたまに真剣に悩むよ。 その格好は何なんだ?」
あれっ。 声が出た。 なんとなくおばけぶってみた。 そしたら、トゥルーデの聞きなれた溜息。
うそ。 うそ。 うそ。 分かって、くれた。 トゥルーデは分かってくれた。 私が、エーリカだって。
「な、なんで。 どうして、私が、エーリカだって、思ったの……。」
「? さあ。 言われてみるとお前だと分かる要素が皆無だな、その格好……。 だが分かったからには無視できん。
一体何のお祭りをしてるんだ? さぁ寝るかと思った矢先に、こんな珍妙な絵面に出くわした私の身にもなってみろ。」
半目でこっちを見てくるトゥルーデに、私はまだ信じられないような気持ちで、半ば無意識に言葉を紡ぐ。
「あ、あのね。 このシーツね。 どうやったって取れないの。 私、もうどうしたらいいか分からなくなって……。」
「シーツが取れない? どれ。 見せてみろ。」
トゥルーデが背中に回りこむ。
「あぁ、ブラのホックに引っ掛かってるじゃないか。 今取ってやるから、じっとしてろ。 …………ん。 完了だ。
…………ふふ。 ほら。 思った通り。 やっぱり、エーリカじゃないか。 ……その、なんだ。 さっきは、済まなかったな。」
ごそごそ。 ぱさり。 私の頭からシーツが離れ、暖かな手が前髪をかきわける。 なんて。 なんて暖かい手なんだろう。
あぁ、そうだ。 ようやく思い出した。 あの女の子はゲシュペンくんに、ずっと一緒にいてあげる、って言ったんだ。
とても悲しいけど。 とても帰りたいけど。 自分がいなくなったら、ゲシュペンくんはまたひとりぼっちになっちゃうからって。
それを聞いたゲシュペンくんは、女の子のケープを取ったんだ。 それで女の子はおばけの花嫁ではなくなったんだ。
その時、女の子はようやく分かったんだ。 ゲシュペンくんは意地悪してたわけじゃないって。
ただ、本当に女の子の事が好きだっただけなんだって。
彼女は人間に戻ったけれど、ゲシュペンくんの事が見えなくなってしまって。 泣きそうになって私が本をめくったら、さ。
ひとりぼっちになってしまったのに。 ゲシュペンくんは幸せそうに笑ってたんだ。
今、あの絵本のように、おばけの花嫁のヴェールがそっと上がった。 けれど。 私はひとりぼっちにはならなかった。
そこには、微笑するトゥルーデがいた。 それでね、トゥルーデが言う事には。
思った通り。 やっぱり、私なんだって。
「おはよう。 今朝は少し冷えるわね。 ……あら。」
食堂に入ってきたミーナが、こちらを見てふっと笑う。 私もニコニコと手を振り返す。
「どうしたのかしら。 あなたたち、今日はバカに仲がいいじゃない。 何かフラウにしてあげたの、トゥルーデ?」
「いや……普段以上の事をした記憶はまったく無いんだが……。」
くすくす笑うミーナの質問に、トゥルーデが歯切れの悪い答えを返す。 普段通りだったんだって。 えへへ。
トゥルーデの肩にぴったり張り付いて、私はぷらぷらと足を揺らす。 今日は起きてからずっとこう。
最初はぎゃーつく言ってたトゥルーデも、諦めたのか私がひっつくままにさせている。
ごめんねトゥルーデ。 ほっぺがちょっぴり赤いね。 でも、もうちょっとだけ、こうしてようよ。 ねっ。
向かいの席では、ルッキーニが元気に騒いでいる。
「本当だってば! おばけは実在するんだよ! 芳佳信じてない!」
「や、やだなぁ、信じてるってば。 ね、リーネちゃん。」
「う、うん。 信じてるよね、芳佳ちゃん。」
「本当だもん! 私この目で見たんだもん!! ね! 私たちおばけを見たよね、シャーリー!」
「ははははは。 おかしな事を言うなあルッキーニ。 幽霊なんてこの世にイルワケナイジャナイカ。」
「え゛ーーー! なんでなんで! 一緒に見たじゃん!! 少佐! 少佐も見たもんね! おばけ!!」
「うむ。 私は何も見なかった! この世に幽霊などいない。 だから昨夜の事は夢なのだ。 そうに違いない……。」
「え゛え゛え゛ーーーー!!! なんでなんで!? なんでそうなるの!!? 嘘じゃないもん! 私本当に見たんだもん!!!」
シャーリーと坂本少佐がなんだかそらぞらしい返事を返す。 なんだろう。 言ってみれば、現実から目を背けてる感じ?
うるうるお目々のルッキーニが、助けを求めるようにこちらを向いた。
「ハルトマン中尉! 中尉なら賛成してくれるよね!! おばけは存在するよね!!!」
「うんうん、おばけねー。 ひょっとしてそれは、知的でキュートで、おまけにとびきりセクシーな感じの奴の事かな?」
「え? ……ううん。 私が見たのは、へんてこで、頭も悪そうで、おまけにとびきりデンジャラスな感じの奴だったよ!」
「ふむふむ、なるほど。 残念だけど私が知ってるのとは違うねー。 ルッキーニ。 それは単なるプラズマだよ~。」
「う゛わあ゛あ゛あ゛ああ゛ああぁぁぁんんん!!!!!!!」
ぽこり。 呆れ顔で笑うトゥルーデ。 軽くげんこされる私。 えへへ。
うん。
おばけはいるよ、ルッキーニ。
ただね。 それは、とびきりキュートでセクシーで。 おまけに隣のコイツには、おばけに見えないらしいんだよね。