interval
前日のこと。
一連の異変を最初に気付いたのはエイラだった。
風呂に誰か居るかなーと何気なく脱衣場から風呂場を覗いた時、妙な感覚に襲われた。
(誰かに、見られている様な気がスル……)
妙な視線を感じ辺りを見回すも、周囲にはサーニャ以外誰も居ない。
「エイラ、どうしたの?」
「いや、何でもナイ。気のせいダ。早く入ロウ」
エイラはサーニャの着替えを手伝うと、そそくさと風呂場に入った。
大浴場ではのんびり湯につかるシャーリーとルッキーニ、そして同じく湯船で肩を伸ばしくつろぐペリーヌの姿。
いつもの風景だ。
(気のせいカ)
いつもと同じ様にサーニャと二人でシャワーを浴び、髪の先から足の先まで洗いっこする。
泡を一通り落とし終わったところで、ふう、と一息つく。
「さて。サーニャ、風呂ハイロ」
頷くサーニャ。
コツコツ、と何処かから音が聞こえた。エイラは再び辺りを見回す。
「どうかした?」
「何か、聞こえなかったカ? ノックの音みたいな……」
「エイラ、どうかしたか?」
シャーリーがエイラに気付いて声を掛ける。
「イヤ、何か、どっかから音ガ……」
「音? あたしには何も聞こえなかったけど?」
「あたしも~」
ルッキーニがお湯の中で答える。
「イヤ、聞こえたンダ、確かニ」
「ラップ音とか?」
「なにそれ?」
「心霊現象のひとつでな、どこからともなく音が聞こえて来るんだぞぉ?」
「いやーこわーい」
ルッキーニの恐がりを聞いて、シャーリーは笑った。ペリーヌは眉をひそめた。
「そんな、風呂場で怪奇現象なんて、あるわけ……」
どごっ!! と鈍く激しい音が鳴り響き、一同の顔色が変わる。
「なっ、何だ今の?」
「聞こえたヨナ? 聞こえたヨナ?」
「き、聞こえた……シャーリー、いまの何?」
「まさか、本当に心霊現象?」
「そ、そんな事有る訳無いでしょうに……もしや、ネウロイ?」
「わざわざ風呂場をピンポイントで狙って来るのか? 最初に警報鳴るだろ」
「万が一と言う事も有りますわ。サーニャさん、魔導レーダーで確認しなさいな」
「サーニャのレーダーを勝手に使うナ!」
一応ぴょこっと尻尾と耳を生やし、レーダーで辺りを窺うサーニャ。
「ネウロイは……いません」
「じゃあ一体」
激しい爆発にも似た音が、風呂場と脱衣場の狭間で起きる。ぎくりとする一同。
振り返ると、脱衣場と風呂場の境目付近からもうもうと煙が立ち上っている。
床に穴が空き、風呂場の水も幾らか流れ込んでいる。
「ネウロイの爆撃?」
「そんな訳……」
「誰か、声がする……」
サーニャは魔導レーダーを出したまま、恐る恐る穴の方に近付いた。
「おぉい、サーニャぁ」
エイラも慌てて駆け寄った。
穴の中に居たのは……。
そして今日。
ミーナは朝のミーティングの最後に「近日中に地下を調査します」と告げた。
「結局まだ何が有るか分からないの?」
シャーリーが興味有りそうに頬杖をつきながら聞く。
「ああ。これから参考程度に、書庫の古文書等を一応見てはみるが……本格的な調査はまだだな」
美緒が答える。
「とにかく、地下へは行かないこと。何が有るか分かりませんから。いいですね」
こうしてミーティングは終わった。
「しかし、相変わらずリーネはああいうの駄目だなあ。それにしてもよく行ったよな」
「何が有るか分からない、ですか」
「骨があったって話だよ。人の」
「骨?」
「昔ここは監獄で、無残な死を遂げた人が地下に埋葬されてて、その霊が徘徊してるって……」
「そんな幽霊話、聞いた事無いぞ?」
「わたくしもそんな話ありませんわ」
「エーリカから聞いた」
「……信用できるノカ?」
「さあ」
隅の方で黙って話を聞いていたリーネは、皆の話を耳にするなり、そそくさと部屋に引っ込んでしまった。
芳佳に付き添われて部屋を出るリーネの顔が青い。
「リーネ大丈夫かな」
「宮藤居るから大丈夫ダロ。魔法で何とかなるんじゃないカ?」
「治癒魔法でも治せますしら?」
「でもさ、話がホントだとしたら気味悪いよな。ちょっと見て来ないか?」
「中佐が立ち入り禁止だとさっき……」
「地下の話だろ? 要はその下には行かなければ良いって話さ」
「その下?」
「なあ、ルッキーニ」
「そうそう。この下はね、基地の壁に沿ってぐるっと通路があるんだよ」
「よく知ってるナ」
「あたしこの基地のことなら何でも知ってるもん」
「幽霊話は?」
「それは知らな~い」
「まあ、つまりはそこを歩く位なら問題ないだろって事さ」
「様子見、ですの?」
「ああ。気になるだろ? だったら自分の目で確かめればいいのさ」
「随分とやる気ですのね」
「あたしはこういうノリが好きでね。ちょっとした冒険じゃないか?」
「基地の下で冒険も何も……」
「まあ、今日はたまたまここに居る連中はみんな暇だし、いいんじゃない?」
「私達も行くノカ?」
「わたくしもですの?」
「みんなでワイワイ行った方が楽しくていいじゃん」
こっそりタロットを出して行くべきか行かないべきか“占い”をしようとするエイラの手を、サーニャが止めた。
「サーニャ、まさカ」
こくりと頷く。
ルッキーニの案内で、一行は外周通路の入口にやってきた。
既に配電盤のスイッチが入れられており、通路沿いに所々付けられた小さな電燈が内部をほのかに照らしている。
しかし窓も何も無く、光が無ければ漆黒の闇である事は想像に難くない。
「この通路で、あの二人は迷子になったのか」
「暗闇だったら、誰でも怖いダロウ?」
「あたし、ここはジメジメしててきら~い」
基地の至る所に自分だけの“秘密基地”を作っているルッキーニも、ここはお気に召さないらしい。
「とりあえず、行くか」
五人は揃って歩き出した。
出発前、基地の倉庫に忍び込み、懐中電灯を三本程調達してきたシャーリー。めいめいに渡し、辺りを見て回る。
シャーリーは興味深げに壁を見た。
「きちんと組んであるよ。ごつごつしてるけど、結構しっかりしてるね。修道院時代のものかな」
「うえ、足元びしょびしょ」
隣でルッキーニが足元を気にする。
「しかし、なんで基地の下にこんな通路が?」
少し納得いかない様子のペリーヌが呟く。
「修道院の時、ここは一時期『砦』として使われてたって、本にアッタゾ。その時の通路じゃナイカ?」
いつの間に知識を得たのか、エイラが答える。サーニャはエイラの隣をそっと歩いている。
「しかし長いなあ」
「円周の通路だから終わりは有って無いようなもんダゾ?」
賑やかに話しながら、道を行く。緩くカーブを描いた通路は、確かに、暗闇なら無限の回廊に見えるだろう。
暫く行くと、通路の脇にぽっかりと開いた穴を見つけた。
「なんだこれ?」
人ひとり分くらいが通れる大きさだ。よく見ると木製の戸枠に見えるが、長年の湿気で腐ったのか、
穴の周囲はぼろぼろになっている。
「なんか……汚い穴だなあ」
懐中電灯を照らす。下に降りるはしごを見つける。
「これか? 二人が落ちた穴っていうのは」
「はしごも有るし、きっとこれだよ!」
「よし、降りてみるか」
「ちょ、ちょっと! この通路を歩くだけの筈でしてよ?」
「少し位良いだろ? 明かり照らしてくれよ」
ルッキーニが穴の中を照らす。シャーリーは慎重に中を降りていく。
「よし、結構深いな」
「次、あたし~」
ルッキーニも足早に降りてきた。
「わたくしも降りるんですの?」
「みんなで行くんダロ?」
「まったく……」
ぶつくさいいながらも降りるペリーヌ。
「サーニャ、大丈夫ダ。照らしてるから、足元気をつけてナ」
「うん」
はしご伝いにそっと下りる。エイラがしんがりになって、下へと降りた。
その空間は確かにいままでの通路とは違い、妙な構造になっていた。壁を二段にくりぬいて棚にしているらしい。
中には色々な物が雑多に詰め込まれている。端の方には、何かが上から落ちてきた様な、物が壊れた跡が見つかる。
「なんか物置って感じだね」
「こりゃ明かり無いと何だかわかんないナ」
「ねえシャーリー」
呼ばれたシャーリーが振り向いた。そこには髑髏姿のルッキーニが居た。
「おわ!」
「ニヒヒヒヒ これ、そこに有ったの」
「驚かすなよ。あーびっくりした」
「これは?」
ペリーヌがルッキーニが手にする頭蓋骨? をつんつんとつつく。
「知らな~い。そこに転がってた」
「何でこんなのが転がってるんだよ。……本物か?」
「本物がこんなところに有る訳ないでしょうに」
「だよな」
頭蓋骨? が有った場所を懐中電灯で照らして慎重に調べていたエイラがぼそっと言った。
「これ……本物カモ」
「何を今更」
笑う一同。
「よく見ろヨ。この段になってる構造ッテ、死体を並べておく為の物じゃないカ?」
「じゃあどうして上に適当な物が積まれて……」
「ホラ」
エイラが見せた。太い骨。脚の骨だろうか。
「よく見ロ。そこにも、あっちにも、同じようナ物が転がってナイカ?」
他の棚らしき場所を見ると……確かに底の部分に、何か白い物が置かれ、潰れている。
「まさか」
「まさか、ねえ」
「エイラさん、この期に及んで冗談は宜しくなくてよ?」
「ペリーヌ。確かガリアのパリには、地下にカタコンベ(地下墓所)が有ったヨナ?」
「それがどうかしまして?」
「……似てないカ?」
言われてもう一度辺りを見回す。確かに壁の雰囲気は似ていた。しかし、墓所にしてはがらくたが多過ぎる。
その事を指摘すると、エイラは言った。
「死者の弔いだったりしてナ」
じわりと、言い知れぬ怖さに身を包まれる一同。エイラの言葉がひとつひとつ、事実の様に思えてくる。
「と、とりあえず、ここから出るか」
空気を変えようとシャーリーがはしごに手を掛けた。
途端、ばきり、と鈍い音を出すと、はしごが折れて崩れて来た。
「おぅわ!」
「きゃあ!」
「!」
「ど、どうなってるんだ一体。はしごが崩れたぞ」
「シャーリー、力入れ過ぎたんじゃないの?」
「そんな訳有るか。ただ触れただけだ」
「はしごが無いんじゃ、上に出られませんわよ? どうするおつもりですの?」
「とりあえず、こんだけ人数居るんだ。落ち着けよ」
シャーリーはおろおろする四人をなだめた。
「エイラもあんまし威かしちゃダメだろ。みんなパニックになったらどうするんだ」
「……ゴメン」
「さて、どうするか、だな」
木製のはしごだった残骸は、もろくも崩れてしまっている。これはもう使えない。
辺りを適当に探してみるも、使えそうな道具は無い。有るのは持参した懐中電灯が三本位。
「ねえねえ」
「どうしたルッキーニ?」
「みんなで肩車するのどう?」
「肩車か。……五人居れば上まで届きそうだな」
「五人も揃って肩車ですって? 曲芸じゃあるまいし」
「やってみようよ。きっと届くって」
「よし。じゃあ、軽い奴を上にしていけば良いな。で、上がったら、そいつが基地の倉庫からロープを持ってきて、
みんなを引っ張り上げると。バッチリじゃないか」
「で、誰が一番下に?」
自然とシャーリーに視線が集まる。
「分かったよ。私が一番下でいいよ。で、次は?」
「じゃあ私がヤル」
「その次」
「はい」
「上は?」
「あたしが行く~」
「一番上は」
「このわたくしが」
「……おい、待てよ。一番上は身軽なルッキーニの方がいいだろ」
「そんな事ありませんわ! このわたくし、こう見えても……」
「あー、もういいよペリーヌで。とにかく、すぐに行って戻って来いよ。絶対だぞ。絶対だからな」
「分かってます!」
ぶつくさ言いながら四人は肩車をして、その上に登り……を繰り返し、曲芸か組体操みたいなかたちで上に連なる。
壁に手をやり、バランスを取る。
「いい感じぃ。ペリーヌ、早く登って登って~」
「お任せなさい。こう見えてもわたくし、ガリア貴族として身のこなし……」
「いいからとっとと登れ! 結構重いんだってば!」
シャーリーが珍しく声を荒げる。既に尻尾と耳を生やしている事から、魔力を使って踏ん張っている事が分かる。
ペリーヌは不満げな顔をして、四人が作った「人間はしご」をささっと登り、元来た道に上がった。
「すぐに戻りますから! 暫くの辛抱ですわ!」
そういい残すと、懐中電灯を手に、とたとたと去っていく。
「よし、肩車終わり。とりあえず上から降りて来いよ。そーっとだぞ」
一番上のルッキーニがささっと身軽に降りる。しかし二番目のサーニャは力尽きたのか、バランスを崩す。
「危なイ!」
三番目のエイラが咄嗟にカバーに入る。結果、肩車は見事に崩壊し、がらくたの中に転落した。
「いたた……大丈夫か、サーニャ、エイラ」
「ああ、ナントカ」
がらくたの山がクッション代わりになったらしい。ちょうど良かった。
サーニャの身体を引き起こす。
「怪我は無いカ?」
こくりと頷く。埃にまみれてはしまったが、幸い何処も怪我はない様子だ。ぽふぽふと埃を払ってやるエイラ。
「とりあえず、ペリーヌの救援を待つか」
骨らしき物から少し身を遠ざけ、シャーリーとルッキーニ、エイラとサーニャがそれぞれ肩を寄せ合い、
向かいに腰を下ろす。
「ねえシャーリー」
「ん?」
「懐中電灯、明かり消えかけてない?」
「おわ、もう切れるのか?」
「こっちも似た様なもんダナ」
「まずいな。明かりが無くなったら……」
「エイラ、これ……」
サーニャが差し出した棒きれに見える一本の棒。それはさっきサーニャが落ちたがらくたの山から偶然見つけた
一本のろうそく。端は欠けていたが十分使える。
シャーリーがポケットからライターを出し、ろうそくに点火。ほのかな明かりが灯った。
がらくたの山からルッキーニが小さなカップを見つけ、燭台代わりにする。
これで懐中電灯の節約も出来る。電灯のスイッチを切ると、ろうそくの炎がゆらめき、四人を照らした。
「早く来いよ。ペリーヌ」
シャーリーは天井に穿たれた穴の方向き、呟いた。
一方ひとり脱出に成功したペリーヌは慌てていた。
元来た道をすぐに戻ると、基地の中を走り、倉庫の中を引っかき回してロープの束を探し、よいしょと持ち上げ、
皆が待つあの暗闇へと走る。
廊下の角に差し掛かったところで、突然斜め四十五度から衝撃を受け、床に転がった。
「いたたた……」
ズレた眼鏡を直す。眼前に広がる光景は、古びた本まみれになった美緒の姿だった。
「しょ、少佐! いかがなさいまして!?」
「ペリーヌか。お前こそどうした、そんな急いで」
「いえ、わたくし、その……」
ロープをささっと背中に隠す。
「? 何か急ぎか?」
「いいいえ、とんでもない!」
「そうか、なら頼みが有るんだが、少し手伝ってくれないか? これからこの本の山を執務室に持って行くんだが……」
「はい! 喜んでお手伝いさせて頂きますわ!」
「その後は、バルクホルンとハルトマンのストライカー機動テストが有るんだが、
いつも通り、私とミーナの補佐と記録係を頼みたい」
「お任せ下さい! わたくし、少佐の為なら何でも致しますわ!」
「それは頼もしい。ではまずこの本を……」
いそいそと本を抱えるペリーヌ。廊下に置き去りにされたロープ。勿論、置き去りにされたのはそれだけはなかった。
「遅いね~」
「遅いナ」
シャーリーとエイラが呟いた。
もう三十分以上……いや、一時間以上は待っている。
ろうそくもだいぶ短くなってきた。
しかしペリーヌが助けに来る気配は微塵もなく……ただ暗闇の中、四人は冷たい床に座ったまま、呆然と時を浪費していた。
ルッキーニは余りに暇で眠くなったのか、シャーリーの肩に頭を乗せ、眠っている。
一方のシャーリーも、うとうとして、やがて寝息を立て始めた。
エイラも暇を持て余し、どうして良いか困る。上を見るも闇、下は石畳。横にはサーニャ。正面には寝こける二人。
サーニャも待ちくたびれたのか、うつらうつらとして、今にも眠りそう。
その横顔が、とても愛しく見えて仕方ない。。
エイラも意識が朦朧として来た。サーニャが頭をエイラに預ける。
ごくりと唾を飲み込む。サーニャと触れ合う、絶好のチャンス……。
「なんかこう……頭が……ぼおっとして来た……なあ、サーニャ……」
「エイラ……」
シャーリーとルッキーニは寝ている。
欲情か、本能か。エイラとサーニャは、お互いの顔を近付け……目を閉じ……
エイラははっと気付いた。かっと目を開く。
「酸素ガ! 酸素が薄いゾ!」
ろうそくの炎がゆらぎ、消えかかっている。
「サーニャ起きろ! 寝るナ! シャーリー大尉! ルッキーニ、お前らも起きロ! 死ぬゾ!」
「う~ん」
「ムニュムニュウシュシュ……」
「酸素が無いんだっテバ! オイ!」
ぱしぱしと頬を叩く。
「寝たら死ヌッテ!」
閉鎖空間でろうそくを燃やし続け、四人が呼吸していれば、酸素も減る。当たり前の事にエイラはひとり、気付いたのだ。
「とにかくここから出ないト危ナイ!」
エイラは朦朧とする意識の中、更に朦朧とする三人を置いて、必死に一人がらくたの転がる所をかき分けた。
がらくたが転がる小山は皆が降りてきた反対側の壁の方に集中している。
小山が出来たと言う事は、そこの先に何かが有るのでは、との推測、いや直感だ。
果たしてその直感は的中し、がらくたの小山の上辺りに、小さな扉を見つけた。
「おい、扉ダゾ! てかみんな寝るナ!」
エイラは扉を押してみた。開かない。ぐいと押す。まだ開かない。ガタガタと力を込める。微塵も気配がない。
耳と尻尾を出し魔力を解放し、力任せに殴ってみた。手が痛くなっただけだった。
エイラが何か楽しそうな事をやっていると嗅ぎ付けたルッキーニは、起きるなりさささと横に来、扉を引いてみた。
あっさりと扉は開いた。
「開いたよ?」
「……アア」
朦朧とする二人を引っ張り出し、何とかその閉鎖空間から脱出する事に成功した。
「あー、死ぬかと思った」
大きなあくびをひとつすると、シャーリーはルッキーニを連れて狭い地下通路を歩き始めた。
「本当に死にかけたんダナ……」
げっそりとやつれたエイラは、寝惚け眼のサーニャをおんぶして、シャーリー達の後に続く。
ろうそくは火のついてる限り持っていこうと言う事で、シャーリーが手に持っている。
ほのかにゆらめく炎は、先程の閉鎖空間から輝きを少し増している。酸素もばっちりなのだろう。
やがて一行は、目の前に現れた階段を上がり、別の道に辿り着いた。
一番最初に通過した環状通路とはまた違った感じの地下道に、一同は驚いた。
道幅は割とせまく、道路に例えるなら、まるで裏路地だ。しかも、かつてはかなり頻繁に使われていたであろう事が推測される。
床の石畳や壁のレンガ等が、かなり磨り減っている。
「なんか、随分と雰囲気違うねえ」
「でも、壁や床は結構綺麗ダナ」
「……」
ルッキーニは何かきょろきょろしている。
「どうしたルッキーニ? 何か知ってるのか?」
「うーんとね。何か、これと同じ壁見た事有る様な」
「何処で」
「基地の中」
「まあ……」
「そりゃ、なあ」
がっくりくる一同。
「とりあえず、前に進もう。前進あるのみ」
尚も進むと、唐突に十字路に出た。左右の道がやや広く、メインストリート的な感じになっている。
「これ、何ダロウ?」
「昔の修道院で使ってた裏道とか?」
「思った以上に複雑なんダナ」
「で、どっちに行くの?」
ルッキーニがシャーリーの袖を引っ張る。
「じゃあせっかくだから、右いってみよう」
「理由は?」
「ルッキーニが引っ張った方向だから」
「……まあ、いいヤ。行き止まりだったら戻れば良いんダシナ」
「そうだ。ここも、もしかしたら円周の通路かも知れないな」
シャーリーは地面にろうそくの溶けたロウで、小さく×の印を書いた。
「一応、これが目印代わり」
四人は足元の印を確認した。間違えたり忘れない様に、目に焼き付ける。
「よし、じゃ、行こう。地上を目指して~」
「なんかピクニックみたいだね」
「なんか楽しいよな」
手をつないでうきうき気分で歩き出すシャーリーとルッキーニ。
エイラはサーニャをおんぶしたまま、歩き始めた。サーニャはぴったりと、エイラにくっついている。
やがて数十メートル程進んだ先で、T字路にぶつかった。その壁面に、とあるものを見つけた。
採光の為の窓だ。とても小さいが、外はまだ明るい事が分かる。
「おお。光だ」
「なんか、ちょっと安心するナ。まだ出口分からないけど」
ルッキーニがきょろきょろしている。そして叫んだ。
「ああここ! あたし知ってる! ここから先に行くと、あたしだけの秘密の場所に行けるんだ」
「何ぃ!? それは本当か?」
「そうそう。こっちこっち」
ルッキーニに導かれるまま、三人は歩いて行く。
「ここをね、こう行って……こっちに昇って……その次はここ上がるの。足元気を付けてね。下見ない方が良いよ、落ちるから」
「おワ!? 先に言エ! 見ちゃったジャナイカ」
「でね、このはしごを昇るの。次はこの斜めの柱を登って……」
「ふむふむ」
一同はルッキーニの進むまま、道無き道を進んでいく。
途中、柱や壁の隙間、梁なども足場代わりにずいずいと進んでいく。
「で、ここを出ると……ジャジャーン!」
ぱかっと小さな扉を開けると、眼前に広がるのは、大海原。
「おお!」
「出タ!」
「やった! やったぞ! あたし達、遂に自力で脱出に成功したんだ!」
「ルッキーニ、流石ダナ。……ああ、風が気持ちイイナ」
得意そうに笑みをこぼすルッキーニを、シャーリーが抱き上げた。
「えらい、ルッキーニ! さすがだよ」
「ニャハー 秘密基地が役に立ったね!」
「お。空、誰か飛んでルゾ。バルクホルン大尉とハルトマン中尉ダナ」
「ところで……ここ、何処?」
サーニャの一言で、一同は暗闇脱出の感動から覚め、辺りを見回した。ここは……
「地面が赤い……目の前に滑走路……?」
「ハンガーの上か?」
「基地の屋上だよ」
さらっと言ってのけるルッキーニ。
「ちょ、ちょっと! どうしてこんなとこに!?」
「屋根の上まで登っちゃってどうするンダヨ……」
「降りよう。さすがにまずい」
「あたししか降りれないよ」
「なんで」
「ここからだと、あたししか通れない場所、幾つもあるもん。みんなじゃ身体大きくて通れないかも」
「オイ……」
「屋根の上って事は……」
振り返ると、真後ろには司令塔がそびえ立っていた。ストライカーを履いていればすぐに届く範囲なのだが。
「司令塔が見える……」
「中佐と少佐が居るンダナ。……中佐、こっち見てるゾ?」
「とりあえず手でも振っとく?」
だらしなく手を振ってみる四人。中佐もにっこり微笑んで手を振り返してくれたが。
「私達、何か馬鹿みたいダゾ?」
「あ! 少佐の横にぺたんこが居る!」
「何ィ!?」
「あいつ……何やってんだ!」
「少佐もこっち見たゾ……どうしヨウ」
「とりあえず、懐中電灯で信号でも送ってみようか」
呑気に懐中電灯を取り出すと、スイッチをぺこぺこと付けたり消したりしてみるシャーリー。
「ねえ、坂本少佐」
「なんだ、ミーナ」
「あの子達、何してるのかしらね」
「さあな。どうして屋根の上に登ってるんだ?」
ペリーヌも何事かと二人が見る方角を見て、四人の姿をみとめ、仰天した。
そして思い出す。ロープの事、救援の事……。
「ん? 何か光ってるぞ。点滅してるな。発光信号か? ええっと……」
美緒は光で送られてきたメッセージを言葉に出した。
「『S.O.S.』、『タ』『ス』『ケ』『テ』、だそうだ」
妙な沈黙が訪れる。なおもぴかぴかと光り続ける信号を目にして、美緒が言った。
「……どうする、ミーナ?」
「どうもこうも無いわね」
はあ、と溜め息を付くと、美緒は無線で呼び掛けた。
「バルクホルン、ハルトマン、聞こえるか。機動テストは一時中断だ。これから少し、やって貰いたい事がある。
……何かって? 簡単な事だ。お前らにも見えるだろう? あの屋根の上に居る馬鹿タレ共を地上に降ろすだけの作業だ。
……ああ。頼む」
先程からペリーヌの様子がおかしい事に気付いたミーナは、ゆっくり振り向き、笑顔で言った。
「ペリーヌさん、ちょっと良いかしら?」
end