ハルマげ。
「はーい、終わりましたよー中尉。 ふー。」
「うひゃひゃひゃ。 そのポンポンくすぐったいよー、宮藤。」
ハルトマン中尉の耳を掃除し終わって、かるく息を吹きかける。 仕上げにポンポンで耳の中をこしょばす。
ちょっと大きめのセーターに包まれて膝の上で転がる中尉は、なんだか年下の妹みたい。
そもそも、このてらいの無い突拍子の無さが凄く年下っぽいんだよね。 いきなり耳かきしてー、だもんね。
そんな事頼まれるなんて思ってもなかったから、びっくりしちゃった。
リーネちゃんやバルクホルンさんがすっごくこっち見てるし、正直ちょっぴり恥ずかしいよ。
でも、屈託無く笑う中尉を見てると、ついつい言う事聞いてあげたくなっちゃうんだよね。
ほにゃ~、ってなっちゃって。 道端でじゃれてきた子犬を、なんとなく可愛がっちゃうみたいな感じ?
「うーん、宮藤はすごいねー。 耳かきにお料理になんでもできちゃうねー。 いいなー。 一家にひとり宮藤がほしーなー。」
「ふふ。 じゃあ私、ハルトマン中尉にお嫁にもらってもらっちゃおっかなー。」
「よ、芳佳ちゃん! 変な事言って中尉を困らせちゃ駄目だよ!」
あぁ、いい匂い。 お風呂あがりの中尉からはとってもいい匂いがしてる。
よくよく考えてみれば、私たちみんな同じリンス使ってるんだから、みんな同じ匂いのはずなんだけどね。
中尉はそれにミルクみたいな甘い香りが混じってて、なんだか心があったかくなる。
「別に困んないよー。 じゃあ今日から宮藤はミヤフジ・ハルトマンだねー。」
「宮藤は苗字だ! ハルトマン! カールスラント軍人たる者が、いつまでもそんな無防備な姿勢でいるんじゃない!」
「…………。 えーん、宮藤ー。 リーネとトゥルーデがいじめるよー。」
「わ、私は別にいじめてません! わざとらしい演技はやめてください!」
しがみついてくる中尉の物凄く嘘くさいセリフ。 でもそれが嫌味にならないんだよね。 和むの、とても。
技術やセンスじゃなくて、このついつい気を許してしまう愛くるしさこそが中尉の一番の武器なんじゃないだろうか。
母性本能をくすぐられるってこういう事なんだね。
世話を焼くのが楽しくなってきた私は、頭を屈めて中尉に聞いてみた。
「ハルトマン中尉、紅茶でも飲みます? 私、淹れてきますよ。」
「つーん。」
え、あれ? なんで返事してくれないんですか? 私、なんかまずい事言ったかな?
「なんですか、ミヤフジ・ハルトマン? ハルトマンって私ですか? 分からないから返事できませーん。」
え、と、と。 そういう事ですか。 ちょっぴり赤くなる私。
「えーと……エーリカ、さん。 お茶でも飲みます?」
「おしい! もうちょい!」
「え? えーと、その、うーん…………あ。 ……あ、あなた?」
「なーにヨシカ? ふふふ。 うん。 お茶、飲みたーい。」
あぁ、もう。 ぱぁーっと花が咲いたような笑顔。 得だよね、ほんっと。 私もニコニコが止まらない。
「あ、お茶淹れにいく必要は無いよ芳佳ちゃん? 私が淹れてきたから。」
あ、そうなんだ。 さすがリーネちゃん。 ありがとう……と言いかけて凍りつく私。
リーネちゃんが渡してくれたのはネウロイばりの瘴気を放つ紫色の液体。
ぐつぐつと見るからに危険な温度で泡立っている。 しかも見た目もやばいけど、匂いも物凄くくっさい。
「り、リーネちゃん。 これ何?」
「え? やだな芳佳ちゃん。 どう見てもお茶でしょ? ささ中尉。 ぐぐっとどうぞ! ぐぐっと!」
「えー。 わたし猫舌だもーん。 なんか眠くなってきちゃった。 お水飲んでもう寝よっ。 おやすみ~。」
あ、と、と。 中尉は気まぐれな猫みたいに、私の膝からさっさといなくなってしまった。
なんだかちょっと寂しい。 拍子抜けした私の顔がおかしかったのだろうか。 中佐がくすくすと笑っている。
「ごめんなさいね、宮藤さん。 フラウったら周りを振り回すだけ振り回して、いっつもあの調子だから。
あの子、双子なんだけど。 どうも妹の分まで二人分の愛嬌持って生まれてきちゃったみたいなのよね。 困っちゃうわ。」
中佐の綺麗な声には暖かな愛情が篭っていて、聞いている私の方まで幸せになってくる。
中尉、お姉さんだったんだ。 意外だなー。 二人分の愛嬌って、妹さんの方は無愛想なのかな?
「中尉、妹っぽいけどお姉ちゃんなんですね。 あんな妹いたら可愛がっちゃうなー、私。」
「お前は実質的被害に遭わないから言えるんだ、宮藤。 奴は自分だけ被害をかわし、とばっちりはいつも私に来るんだぞ!」
「ふふ。 きっとバルクホルンさんがお姉ちゃんみたいだから頼っちゃうんですよ。 私もそうだし。 宮藤三姉妹! なんちゃって。」
「!!!??? お、お姉ちゃん!? 私が!? 宮藤の!!!」
プルプル震えたまま停止するバルクホルンさん。 あ、あれ? 怒らせちゃったかな?
「よ、芳佳ちゃん! 私は? 私は姉妹で言えばどんな感じ!?」
「えー、リーネちゃんは姉妹って感じじゃないよー。 強いて言えば……結婚したての奥さん、って感じかな。」
「!!!??? よ、芳佳ちゃん!? ……も、もう、変な事ばかり言って。 な、なんだか喉が渇いちゃったかも……。」
もじもじしながら手に持ったコップをぐぐっと飲み干すリーネちゃんを横目にリビングを出る。 私も寝よっと。
廊下を歩いているとリビングの方でリーネちゃんの大声。 歌でも歌ってるのかな? なんか調子っぱずれというか、凄い歌だね。
さて、ふふふ。 寝る前に、可愛い妹に毛布でもかけてあげに行こっかな。 頼れる芳佳お姉ちゃんとしては、ね。
おしまい