無題
今日もまた、夜間哨戒に出掛けるサーニャを貼り付けたような笑顔で見送る。いってらっしゃい、どうか
無事でな。夜の空にその姿がかすんで消えていって、雲の向こうに行ってしまうと、ようやく私は目を
落とすことが出来るのだった。
がらん、とした静かな格納庫を見渡す。私のほかには誰も居らず、頼りない明かりがじりじりと音を立てて
いるだけ。
(今日はいないのか)
心のどこかで「今日はいてはくれないものか」と期待していたのに、こんなときに限って彼女は現れる
気配さえみせないのだった。普段はこっそりと扉の向こうで待っていては、サーニャの見送りを終えるや
否や私が拒絶の意を伝える暇もなく引っ張っていくのに、どうして来て欲しい今に限っていてくれない
のだろう。そんなわがまま染みた気持ちを内心で呟くと、己の愚かさに自嘲的な笑みがこぼれて顔が
ゆがんだ。
頭の中ではまだ、今朝のできごとがぐるぐると回っている。夢幻であったらいい、私の邪な気持ちの
生み出した虚構であったなら。そう願ってやまないのにそれが紛れもない現実だと言うことは私の
からだから肩と腕とてのひらとを通して繋がった指先が、明らかな感覚として知覚していた。
胸の奥深くに閉じ込めた何かが、暴れ出したいとうなり声をあげている。「話があるんです」と私の手を
引く彼女にいつもは嫌々ながら付いて行くのに、今日はむしろ導いて連れて行って欲しい。そうして心の
鍵を開いて欲しかった。でないとどうしようもなくなりそうだったから。
淀んだ気持ちばかりが胸にどんどんと積み重なっていって苦しくなる。
全て吐き出すから、ねえどうか受け止めてくれませんか。君でないとどうしようもないんだ。こんな感情、
他の人だと受け止め切れないほどなんだ。
ふと思い立って、右手の人差し指で舐める。手は洗ったつもりだけれどあの生ぬるい感覚は指をついて
離れないのだった。サーニャの中に入り込んで、サーニャの中をかき回して、サーニャを何度となく
イかせたその指。
けれどそれは私の意志でなく、サーニャの意思によってであって。つまりそこには愛はおろか情もなく、
あるいは、性欲処理と言い切ってしまってよかったのかもしれなかった。
彼女が自慰を覚えたのはどのくらい前だったろう。まだ肌寒い頃であったような気もするけれど、正直な
ところよく覚えていない。けれどもただひとつ確かに言えることは彼女はそれまでは、そんな行為など
知らなかったのだろうということだ。
今朝の彼女は一段と激しかった。私の耳元で荒い息をついて、切ない鳴き声を立てて、私の手で自らの
股間をまさぐって、ついには直接中までかき回して…彼女はきっと、そんな快感が人にあることなど
知らなかったろう。そしてそれが人間が掴み取ろうと躍起になってやまない欲求の一つであることなど、
今まで知らずに育ったのだろう。
だからこんなに純粋無垢に、それを求めようとする。背徳感など湧き出るはずも無い。彼女はそれが
罪であるだなんて、欠片も思っていないのだから。
行為を終えると彼女はいつも部屋を後にするけれど、たぶんそれは果てた後で我に返ってああここは
私の部屋ではないわとようやく認識するからに違いないのだった。
(しょっぺえ)
あれだけ手を洗ったんだ、舐めた指がすこし塩っぽい気がするのは恐らく単なる気のせいだ。むせ返る
ような牝の匂いを感じるような気がするのも、たぶん嘘っぱちでしかない。ましてやそれがサーニャの
ものだなんて、そんなこと。けれどそう想像するだけで高鳴る自分の心臓が、醜くて情けない。
最初はただの偶然だと思っていたその行為だった。意識する自分が穢れているのだと、そう信じてやま
なかった。私が仰向けに寝ていて、寝ぼけた彼女が温もりを求めてそれに寄り添うのなら、指が彼女の
ソコに当たっても致し方ない。そう思っていた。
けれどそれは違っていた。もしかしたら寝ぼけているからいつもは抑えている欲求が無意識に出て
しまったのかもしれないけれど──それでも、彼女は明らかな意思を持って私の指をソコにこすり
付けているのだった。そのうち彼女の寝巻き用のショーツが湿り気を帯びるようになり、明らかに何かの
液体で濡れ、こすれるたびにくちゃくちゃと水音を立てるようになって──そして、今朝、ついに直接
触れてしまった。それは紛れも無く、彼女の中からあふれ出た愛という名前をつけられた液体だった。
つまり、それこそサーニャが性的興奮を抱いて、さらなる快楽を求めて、その行為を行っていたという
何よりもの証拠で。
いつの間にか慣れてしまった能面で、混乱を押し隠しながら自室への途につく。けれど頭の中では朝
からずっと、まともなことなど何ひとつ考えられていなくて。ふらふらと夢遊病者のようにあてども無く
基地内をうろついているに過ぎないのだった。誰にも出会わなかったのはある意味幸運だったかもしれ
ない。当たり前か、みんな自室に戻ってそろそろ眠りに就こうという時間だもの。
そうしてたどり着いた一つのドアを、私はおもむろに開いた。
えいらさん?
部屋の住人が驚愕の声を上げる。彼女はというともう眠るところだったようで、彼女の寝巻きである
ネグリジェを身につけて髪を解いているところだった。けれど私は構わない。構わずに何度押し倒された
か分からない寝台に自分から倒れこんで、シーツに顔を押し付けた。清潔なシーツの匂いの向こうから、
彼女の香りがふんわりと漂う。なぜか心が安らいで、どうしてか頭がくらくらしてくる。
「…エイラさん?」
彼女の気配が近づいて、私にもう一度尋ねてきたけれど私はそれにも答えなかった。ただ寝返りを打って
壁側を向いて、彼女に対して背を向けた。右手で口許を覆う。鼻の辺りに人差し指がちょうど当たる。
先ほどからそれほど時間も経っていないはずなのに、今度はこの部屋の主──リーネの中の匂いが
するような気がする。どうしてだろうな、彼女とであってからはまだ高々数ヶ月で、サーニャのあの行為が
始まったころよりもずっとあとだっていうのに。気が付いたら非日常のなかの日常になっていたリーネとの
営みとも言えないこの行為は、思い出す限り弾みのようなものではじまった。
こっちを向いてください。懇願されるようにいわれたから、仕方なしにごろりと転がって仰向けになった。
ベッドの脇に立ったリーネが、手を突いて私を見下ろしている。
「どうしたんですか?」
「…なんでもナイ」
「サーニャちゃんと何かあったんですが」
「…別になんにもナイ」
そう、なんにも。リーネに聞こえないように繰り返す。彼女のサーニャのあれは、なんでもないんだ。
たとえその行為の最中に私の名前を何度呼んでいたって、それはただ単に目の前に私がいるからで。
だから、意味があるはずがない。あっちゃいけない。サーニャは熱に浮かされているだけだ。初めて
知った快感に溺れているだけだ。──誰もが、私さえもが、それを教えてやらなかったから戸惑って、
罪深いことだとさえ知らずに狂ったように求めているだけ。…だってそうでないと、私の心が持たない
もの。暴れて壊してしまいそうだもの。
サーニャが自慰を覚えました。週に何度も私の指を使ってそれをします。私の指で自分の中をぐちゃ
ぐちゃに掻き回して何度も何度も果てるんです。
それよりなにより、どうしてそんなことを他人に説明できようか。そんなことをしてみろ、恥ずかしい思い
をするのはサーニャだ。だからこれは私が解決しなくちゃ、してやらなくちゃいけない問題なんだろう。
親元を離れて戦うサーニャにそれを教えてやれるのは、私しかいないから。
私よりも深い蒼をした、リーネの瞳が微かに揺れる。なんだか悪い予感がして体をひねろうとすると、
その前に両手を拘束されて唇を重ねあわされた。まて、なにすんだ。反論しようと開いた口に、しめたと
ばかりに滑り込まれるざらざらとした舌の感触。空気の供給を失って、頭がさらにくらくらと霞を帯びて
ゆく。
「何しやがるっ」
「…何でもないなら、期待してもいいのかなって。」
「…なにを」
答える代わりにまた、重ねあわされる唇。愛を確かめるというよりは貪り食うようなその口付けの強引さ
に私はいつもうろたえてしまう。だってこいつと来たらおとなしそうな外見と普段の行動にに似合わない、
妖艶な顔でそんなことをするのだ。
そしてほら、寝間着代わりのスウェットの上から、心臓に直接口付けるように鍵を差し込んで行く。
「『今日だけ』ですから。」
…ああ、言われてしまった。いや、言って貰えた。安堵か不安か分からない気持ちが胸を包む。
きょうだけ。その言葉に反応して、心がガチャリと音を立てた。何の音?決まってる、扉の鍵の開ける
音だ。
「…だめですか?」
その『今日だけ』が今まで何度あったと思ってんだ、こいつは。ごちるけれどもそんなのお互いきっと
承知の上。きょうだけ、きょうだけ、きょうだけ。その言葉は、私にとってある意味有無を言わせない魔法の
呪文なのだった。
今日だけなんだ。言い聞かせることでようやく私は明日の憂いから解放される。明日もそうなのか、ずっと
こうしていられるのか、永遠はなのか、それとも明日はないのか。そんなことは考えなくてもよくなる。
とりあえず『今日だけ』は、私はそれを受け入れればいいのだと思えるから。明日のことは明日考えれば
いい。とりあえず今日のところは、それで。自分の先読みできない遠い未来に対して実はひどく臆病な
私は、そうして言い訳をすることでようやく今を受け入れることが出来るのだった。
リーネの言葉を受けても、私は何も答えなかった。ただ彼女の頬に手を伸ばして首の後ろに手を回して、
ぎゅうと引き寄せて抱きしめる。わわわ、と驚いた声を上げながら、けれどされるがままにベッドにあがり
こんで私に重なるように身を委ねるリーネ。きょうだけだかんな。小さく呟く。許しているのは私だけれど、
きっと許されているのも私だった。私のこれからの行為を、リーネはそうしていつも許してくれる。だれが
許さなくたって、リーネだけは。それをどれだけ有り難いと、申し訳ないと、思っているか彼女はしらない。
そう言えば、何度ここで彼女と体を重ねたかは知らないけれどこうしてきちんとリーネを自分から抱き
しめてやるのは、初めてだった。
(やわらかい)
ふにゃふにゃと手ごたえが無くてマシュマロみたいで、力を込めたらつぶれてしまいそうだ、と思う。
つぶしてはいけない、と思うのにこのまま押しつぶしてしまいたい衝動にさえ駆られる。相反する衝動が
ぶつかり合って火花を散らして、霧消して結局何も出来ないまま。
えいらさん、と。リーネが3回目の私の名前を呟いた。とてもとても優しい声音。まるで慈しむかのような。
私を無理やり誘って押し倒して、「抱いてください」と迫るのはいつもあちらのほうだというのにどうして
こいつの声は、瞳は、唇は、どこまでもどこまでも優しいんだろう。優しいから悲しくなる。もしかしたら
私の本心をすべて見抜かれているのではないかと怖くなる。
ぐるん、と体を起こして回して彼女の上に来ると、リーネはいつも、ひどくまぶしそうな瞳で私を見やるの
だった。そして私の頬に触れて、エイラさん、といとおしげに呟く。
(エイラ)
その度に、そんなリーネの声にかぶさるもう一つの声がある。金色の髪、翠の目。
5歳年上の、私の先輩。私が始めてこの手で抱いた人。
あれは私がこの部隊に配属されるためにスオムスを発つ前の日の晩のことで、嫌だ、ここから離れない、
と最後の最後まで駄々をこねた幼い私を慰めるように、彼女は自らの体を差し出したのだった。記憶
なんてもうおぼろげでしかないけれど、知識としては知っていても実践なんて伴っていなかった私は
ただ無我夢中で彼女を文字通り『食った』のだと思う。まるで獣のように乱れながら、その人は何度も
何度も繰り返した。あなたの帰る場所はここにあるよ。いつもあなたを想っているよ。あなたの帰りを
待っているのよ。だから大丈夫。私はここにいるからね。
優しい優しい声で、そう囁いてくれたその人の柔らかさを、温かさを、熱さを思い出す度に胸が軋んで
どうしようもなくなる。
だって私は知っていたんだ。かつてはからっきしの『ノーマル』だったという彼女の心を変えた人がちゃん
といて、彼女は本当は、今だってその人のことが大好きなんだって。知っててそれでも彼女を欲した。
だってすごく好きだったからだ。何よりその頃の私はそう言ったことを悪友に聞かされて覚えたばかり
だった。だからたぶん、その人に対する気持ちが敬愛なのか恋愛なのか分からないままに手を出した。
だいすきなひとが自分のしたことであんなに乱れてる。そうして私のことを覚えていてくれる。幼い私は
そんなちっぽけな征服感を得て、ようやく満足することができた。
そんな、初恋の人ともいえたその先輩と同じ表情をして、リーネは私を見やるのだった。可哀想な子、
と言わんばかりの私を見て、そして慰めるように抱かれて。臆病に揺れる瞳に、にこやかな笑顔に、
優しく触れる手のひらに、私はいつも故郷の先輩を思い出していることをリーネは知らないだろう。思い
出して、想って、苦しくなって、その代わりのようにリーネを抱くのだと言うことを。
衣服を剥ぎ取って自らも脱いで、互いに生まれたままの姿になって、彼女の望むままに剥き出しの胸に、
腹に、腰に、尻に、体中に触れて、本能的に高まってゆく体を、最後に下の性器に触れることによる
最大の快楽を持って鎮めていく。
衣服を取り去ると柔らかい体の感触が直接に体に伝わる。そこから甘い匂いさえ漂ってくるようで私は
もう狂ったように彼女を貪るしかない。
声を出すなとリーネに言うのは、隣の部屋の宮藤に聞こえないようにするだけではなかった。ただ私は、
リーネを、その先輩の代わりだと思い知らされたくなかったのだ。サーニャに吐き出せない欲望の吐け
口だとも、思い知りたくなかったのだった。ただ今ここに私と彼女とがいて、彼女が私を求めるから私は
仕方なくそれをしてやる。それだけで十分だった。
あの人も、サーニャも、リーネも。私は全部、大切だった。もちろん他の仲間だって大切で、大切で。
形や色は違えども深い情は抱いていて。
けれども誰一人として上手く愛することが出来なかった。恋愛も親愛も友愛もいつの間にかぐちゃぐちゃ
になって境目が無くなって、どくどくと淀んでいくばかりで。
「リーネ、」
彼女の中をかき回しながら、今夜初めてその名前を呼んだ。快楽に虚ろになっていたリーネの目が
見開かれる。鳴き声を上げながらも首の後ろに回された腕で私の顔をひきよせて、リーネは私に
深い深いキスをした。それが私に対する愛情の表れだったのか、深い慈しみの具象だったのか、私には
知りようもなかったけれど。
えいらさんっ。
また、彼女が私の名前を呼ぶ。私は答えない。黙って、どこまでも柔らかい彼女の胸を、体を、濡れ
そぼったその中を、まさぐってこねくり回してぐちゃぐちゃにかき回していくばかり。
あの人としたかったこと、サーニャにしてやりたいこと、リーネにしていること。みんなみんな同じなのに、
致すベクトルはすれ違うばかりだ。想いと行動が全然噛み合わなくて、私はいつも自分が情けなくて
仕方がなくて目を背ける。逃げるようにリーネを抱く。慈しみ深いこの人は、私のすべてを受け止めて
くれるから。──いや、それはただ単にリーネがそんな人であると、あの先輩のような慈悲深い存在
であると、私がただ単に信じたいだけなのかもしれないけれど。
いつものようにリーネが私の肩に歯を立てる。不意にずきり、と痛むその感覚で私は自分がこの世に
いることを知る。ネウロイとの戦闘では傷ついたことのない、私の体。私の体を傷つけることができる
のはたぶん、今となってはリーネ一人だ。
私の腕の中で快楽の海に溺れて、何度も何度も体を震わせている彼女を愛しいと想うのに悲しくて仕方
がない。ごめん、ごめんよ。何度謝っても言い足りないのだけれど、言ったらこの関係が壊れてしまい
そうで怖くて出来ない。
最後の最後で彼女はいつも、私に深いキスをする。私はされるがままでただ、それを受けているだけだ。
抱くのは私なのに愛さない。そうすることでたぶん私は私の中のバランスをようやく保っているのだった。
ごめん、ごめんよ。でもどうしようもないんだ。君の優しさにつけこんでばかりでごめん。
*
「なにがあったんですか」
「なんでもナイ」
「うそ」
「…なんでもないヨ、本当に」
いつもはそのまま気を失ってしまうはずなのに、今日のリーネはなぜか意識を手離そうとはせず、
ベッドに倒れこんで向かい合ったまま再び質問を浴びせてきた。
「エイラさんはじぶんにうそをついてると、泣きそうな顔をするんですよ」
「そんなこと」
「あります。だって私とこうしてるとき、エイラさんいつも泣きそうな顔してるから」
「ウソなんてついてない」
「じゃあ、そういうことにしておきますね」
リーネがこちらに身を乗り出して、私の額に唇で触れた。彼女の豊満なバストが目の前にあるけれど
今は触れる気になんかなれない。触れられるわけがない。あんなひどいことをしておいて、直後にそれを
茶化せるほど私は器用じゃなかった。
「…リーネは、あんなことされて気持ちイイのか?」
「気持ちいいですよ、もちろん」
あんなに乱れていた、今朝のサーニャ。声を抑えながらも結局は漏らして、何度も何度も果てたリーネ。
おぼろげな記憶の中で、獣のように啼いていたあのひと。
与えるばかりでそう言えば自分ではした事がなかったから、どういうものかと尋ねてみたら案外さらりと
答えは与えられた。そういうものか、と納得するけれど、おそらく自分で触れる勇気はないだろう。
サーニャが一人でしているとき、リーネにしているとき、確かにそこはうずくし濡れもするけれども同じことを
されてイイ気持ちになるようにはとてもとても思えない。
「試してみますか?」
「…いやだ」
自然な動きでリーネが私の胸を包み込んでいく。その手をつかんで押しとどめると、「じゃあまたこんど」
などと言う言葉が返ってきた。今度なんてあってたまるか。今日だけだ、今日だけなんだ。
黙って彼女の裸体に顔をうずめると、むき出しの肌と肌とから熱が通いあって一つに解け合っていく。
温かくて良い心地でとろとろと意識も溶けていくよう。
服、畳まなくちゃ。それとあと、シャワーを浴びて部屋に戻って…
サーニャは、私のことを好きだろうか。だからあんなことをするんだろうか。…まさかそんなはずはない。
あの子はまだ幼いから、初めて知った快楽に呑まれているだけだ。だからいつか教えてやらなくちゃ
いけないんだ。放っておいた責任を持って、ちゃんと私が。そうしないと私のように、きっと後悔すること
になる。
だから壊しちゃいけない。汚しちゃいけない。邪な感情を抱くことさえもってのほか。大切に大切にいだいて
いかなければ、細心の注意を払って接していかなければ。決して穢したりしないように。
ごくり、とリーネが唾を飲んだ。サーニャを私から守るためにリーネにそれを吐き出す。性欲処理としか
呼べない行為を繰り返す、こんな私をリーネはどう思うだろうか。軽蔑するだろうな、と分かっていながら
受け止めて欲しいと願っている私はずるい。でもそうしないとどうかしちゃいそうなんだ、だって。
サーニャは明日も部屋に来るだろうか。けれど今は恐ろしくてしかたない。乱れたサーニャが怖いのか、
歯止めを失いそうな自分が怖いのか、それはわからない。もしかしたらどちらもなのかもしれない。
ぎゅうと子供をあやすように抱き寄せて来るリーネにされるがままに彼女の柔肌に顔をうずめると、
どこか甘い、不思議な香りがする。ああきっとおんなのひとのにおいだ、これは。サーニャからする
鼻をくすぐるような、女の子のにおいじゃない。深くて落ち着く優しい香り。
致した後は罪悪感で一杯で泣きそうなくらいの気持ちでいるのに、こいつときたら何も変わらずに私に
優しい。私のことをどうしようもない子供だと思ってるんだろう、きっと。私がサーニャに醜い想いを抱いて
いるのを知っていて、そんな私をひょいと掬い上げるように彼女は私を求めてくれるのではないだろうか。
私にはどうも、そう思えてならないのだ。いや、そうと信じたいだけなのかもしれないけれど。
きょうだけ。きょうだけなんだから、明日のことは明日考えよう。
だから今日はもう、勘弁してくれないか。休ませて欲しいんだ。おねがい、おねがいだよ。
自分の愚かさを確かめるように肩に手をやると、ズキリと痛んで指先を温かいものが濡らす。いて、
とつぶやいた瞬間リーネの頭が動いてざらざらした温かい濡れたもので指ごと包みこまれた。そのまま
猫のように肩の傷を撫ぜる舌になぜかひどく安堵して私は、深い深い眠りに付くことにした。
明日の憂いも、過去の後悔も忘れて、ただただ『今日だけ』の魔法に魅せられて。
了