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シャーリー達四人が基地の屋根から救出(?)された数日後の事。
ブリーフィングルームでは、一風変わった計画が実行に移されようとしていた。
「さて。今回は、先日宮藤とリーネが発見した謎の地下空間について、調査を行う」
美緒が一同に声を掛ける。
「地下空間?」
「ええ。この基地は元々修道院だったものを改装したのだけど……一時期監獄になってた時期があって」
ミーナが言葉を繋ぐ。
「監獄?」
「やっぱり……」
ざわつく一同。ひとつ咳払いをして鎮めると、美緒は言葉を続けた。
「それはさておき。この建物の歴史を調べたところ、数世紀にも渡って幾層もの建築物が複合的、重層的に
建造されている事が分かった。……それも相当複雑に」
基地の書庫から引っ張り出してきた古文書を幾つかテーブルの上に置き、開いて見せる。
「この基地を運用する我々ウィッチーズとしても、地下に何が有るか把握しておかねばならん。万一の為だ」
「万一って?」
「万が一の事だ。他に理由が有るか?」
答えになってない答えを言われ、何も言い返せない一同。
「よし。今回は、宮藤達が目撃したと言う、謎の玄室とその先を調査する」
そう言って、美緒は手書きの基地断面図を黒板に張り出した。
「我々が普段使用している部屋や各種施設の地下には、基地の外周に添った円周通路……いわば回廊が有る。問題はこの先だ」
地図を指す。以前エーリカが書いたものとは比較にならない程精密だが、ところどころ線が歪んでいたり曲がったりしていて、
ああ手書きなんだな、と皆は心の内に思う。
「この地下だ。ここから更に、別の遺構へと抜ける道が有る。それは先日シャーリー達が確認済みだ」
先日の事を思い出して苦笑いする当該者達。
「そこで、今回は調査隊を編成し、送り込む」
「調査隊?」
「バルクホルン、ハルトマン。お前達は地下構造についてある程度知っているな?」
「え? 私も?」
いきなり指名され、素で驚くトゥルーデ。そして心の中で呟く。
(エーリカは色々知っている筈だが、何故私まで……。詳しい事は何も知らないのに……
そりゃ確かに二人でこっそり見に行って、骨っぽいものは見たけれど……また?)
「調査の為には、まず、冷静な判断力と体力が必要だからな。お前達が行け」
「私達二人だけ?」
エーリカが問う。美緒は頷くと、答えた。
「お前達はいわば『前衛』だ。後衛にはシャーリーとエイラを付ける」
「あたし達も?」
「そして残りの人員は、調査チームのサポートに当たる」
「サポート、ですの?」
「案ずるな。準備は万全だ」
美緒はまず無線機に電源ケーブル、ライト、小さな机と椅子などを皆の前に用意した。
大空を飛ぶウィッチが何故地下に……。一同は内心疑問に思ったが、やる気満々の美緒を見て、答える気を無くした。
「ねえ、少佐」
ルッキーニが口を開く。
「一番最初の目撃者の、芳佳とリーネはどうしたの?」
「あー……。今回は不参加だ。そっとしておいてやれ」
名を言われた芳佳は、小さくくしゃみをした。
「芳佳ちゃん……風邪?」
「ううん、そんな事無いよ。リーネちゃんこそ、大丈夫?」
「芳佳ちゃんが居てくれれば、大丈夫、だから」
リーネは地下の調査をすると聞いてまた先日の恐怖がフラッシュバックし、自分の部屋からも出られずに、
芳佳にずっと付いていて貰っていた。暫く部屋から出たくないのか、お菓子にお茶としっかり用意してある。
「リーネちゃん、少し震えてるよ。……大丈夫、私がついてるよ。心配しないで」
「ありがとう」
ベッドの上で芳佳に抱きつき、リーネは目を閉じた。
美緒は一同を目の前に、概要を黒板にチョークで書いて説明していく。
「作戦はこうだ。バルクホルンとハルトマンが先陣を切り、調査と探索を行う。身体には細いロープを繋いで『命綱』とし、
万一迷っても即座に帰還出来る様にする。その中間点で、シャーリーとエイラは命綱の確認、援護と連絡を行え。
後は入口付近でミーナとサーニャが地下の位置把握を行い、ペリーヌとルッキーニがその情報を元にマッピングを行う」
“調査”の説明をする美緒は心なしか、楽しそうだ。
「そうそう、忘れていた。バルクホルン、お前はこの隊の記録係だったな?」
「はい」
「これを用意した。使え」
目の前に置かれたのはカールスラント製のライカIII。コンパクトなので携帯には便利だが……。
「少佐。フラッシュ無しで、暗闇で満足に撮影出来るかどうか」
「……それもそうだな」
「あたしの国で、この前フラッシュ付きのカメラが作られたけどね」
リベリオン出身のシャーリーがライカを見て呟く。
「あれはバッテリーとフラッシュランプが大きくて、今回の探索ではちょっと不向きだな」
フラッシュはこの際良いとして、一体何を撮影すれば、と頭に疑問符が付くトゥルーデ。
「とにかく、何か気になる物が有ったら撮影しろ。フィルムは二本用意した」
「了解」
「さあ次だ。前衛の二人はこれを身に付けろ」
「……この品々は?」
「地下へ潜る際に必要なものだ。ヘルメット、電灯、登山靴、探険服、ピッケル、アイゼン、ロープ、ザイル、手袋……」
まるでジャングルの奥地か登山へと旅立つ様な、ごつい装備がずらりと並ぶ。何処で仕入れてきたのだろう?
「何故、拳銃とシースナイフまで?」
「地下に何が居るか分からんからな。主武装ではないが、無いよりは良いだろう」
流石にMG42を持ち込む訳には行かないが……地下に一体何が潜んでいるというのか。
「バルクホルン、お前もよく言うじゃないか、『備えよ常に』と」
「た、確かに」
「そうそう。何事も『備えあればうれしいな』と言うではないか」
豪快に笑う美緒。皆は何処か微妙に間違っている、と突っ込みたかったが、笑い声に圧倒されてしまう。
「さあ、二人とも早く着替えろ。すぐに出発だ!」
十分後。上から下まで探険用のアイテムで“完全装備”したトゥルーデとエーリカがやって来た。
「おお、流石はバルクホルン。似合ってるな」
美緒がうんうん、と頷いてみせる。
ヘルメット姿が妙におかしいのか、シャーリーとルッキーニ、そしてミーナまでもが、くすくすっと笑った。
「なっ!? 今私を見て笑ったな?」
「いえいえ。トゥルーデ、似合ってるわよ」
ミーナもトゥルーデの姿を見て素に戻ってしまったのか、思わずファーストネームで呼び、笑いをこらえた。
「なんか、鉱山で働く人みたいだね、私達」
エーリカは少しだぼだぼの服を身につけ、まんざらでもないと言った感じだ。
(ヘルメットの隙間から覗く髪と目がお茶目だな……)
トゥルーデがエーリカを見て内心そう思っていると、唐突にトゥルーデの方を向いて弾ける様な笑みを見せた。
(どきりとしてしまう自分が情けない……)
トゥルーデは赤面しながらそっぽを向いた。
「さて。では行くか。電灯やケーブルの準備は良いか?」
「了解ぃ」
道具や機械を持ったシャーリーとルッキーニが呑気に答えた。
「わたくしも記録係として用意は万全ですわ」
ノートと地図作製用の大きな紙、鉛筆、万年筆を準備したペリーヌも答える。
「よし、いざ出陣!」
一同は仮装行列宜しく、ぞろぞろと地下の円周通路へと降り立った。
回廊を歩き、当該の地下空間の前にやって来たウィッチーズ一行は、小さなテーブルと椅子を用意し、そこを仮の本部とした。
辺りには基地から引っ張ってきた電源ケーブル、ランプや無線装置などが並び、さながら野戦基地と言った感じだ。
縄梯子を慎重に下ろし両端を固定し、芳佳達が落ちたと言う空間への準備は整った。
シャーリーとエイラは細めに縒られた固い命綱をトゥルーデとエーリカに装着し、ぴんぴんと引っ張ってみた。
「よし、問題なし」
「本当に探検家みたいダナ」
エイラの言葉は誉め言葉なのか迷うトゥルーデ。先に待ち構える何か……特に最初の骨? について、やはり怖さが残る。
一方のエーリカは、気丈にも皆に笑顔を振りまいている。
横ではミーナとサーニャが呼吸を整えていた。
「二人とも、行けるか? 試してくれ」
「大丈夫よ。いきましょう」
「はい」
ミーナはサーニャと手を繋ぎ、同時に魔力を発動させ、地下の様子を探る。
サーニャの魔導レーダーが輝きを増し、ミーナの全身の輪郭が淡く発光する。
「かすかに、ぼんやりと」
「見えない事は無いけど……空と違って、地下の構造はあんまりよく分からないわね」
「そうか。結構うまく行くかと思ったんだが……バルクホルン達が内部に入ってから、もう一度試してみよう」
「了解、坂本少佐。とりあえず無線も有るし、行けるとこまでやってみましょう」
トゥルーデとエーリカを見た。準備は万全と言った感じだ。
「よし、早速降りてくれ。行動開始だ」
縄梯子を伝って、トゥルーデからそろりそろりと降りていく。エーリカも後に続く。
「あ」
二人が降りたところで、何かに気付いたエイラがぽんと手を叩く。
「どうした?」
「そう言えば、今降りたとこっテ、殆ど酸素が無いのを思い出しタ」
「もっと早く言え! いきなり殺す気か!?」
降りた先で聞いていたトゥルーデが怒鳴る。
「二人共、すぐに次の空間に移動しろ」
美緒はすぐさま指示を出す。がさごそと音がした後、静かになった。二人は無事に空間を抜けた様だ。
「ねえ、坂本少佐」
「どうしたミーナ?」
「今二人が居たそこの空間を、丹念に調べるんじゃなかったかしら? その、骨とか」
「酸素が無いんじゃ、しょうがないな」
「……そうね」
「次行ってみよう」
シャーリー達が通った小さな扉を抜け、階段を上がり、小道へ。ここまでは至って順調だ。
一番最初の、骨が有ると騒がれていた肝心の部屋以外は……。正直ほっとしながらも、トゥルーデはエーリカに言った。
「なあエーリカ。私達、確かあそこを調べる筈だったよな?」
「この前二人で行ったじゃん」
「いや、まあ。……て言うかそうじゃなくて。こんな大がかりな調査までするんだから、……あの、骨らしきもの、
この際、資料として少し持って来た方が良かったんじゃないかって」
「墓に埋葬された骨を勝手に持ち出すと、呪われるかもよ~?」
「なっ何を非科学的な事を!」
「アフリカの墳墓もそう。確か古代王朝の墓からミイラを発見した人が相次いで謎の死を……」
「ああもう、分かった分かった」
エーリカの怪談話にはうんざりだ。しかし、たまに何処まで本当なのか分からなくなる。
トゥルーデは気分転換とばかりに、壁に目を向ける。
「この壁か。確かに磨り減っているな。リベリアンの言う通りだ」
壁を見ながら、手元のメモに鉛筆で書き込む。後は撮影も試してみるかと、トゥルーデは電灯の灯りを頼りにライカを取り出した。
早速構え、電灯で照らしてみる。絞りを開き、シャッタースピードを限度まで遅くして、多少暗くても写りを良くしようと試みる。
シャッターを切る瞬間、エーリカが眼前に立ちはだかってポーズを取った。
かしゃり。
「……おい」
「なぁに、トゥルーデ?」
トゥルーデはわなわなと震えると、怒鳴った。
「貴重な一枚がっ!」
「ホント、貴重な一枚だよね。そのカメラで撮った記念第一号~、そして私~」
ふふ~ん、と鼻歌交じりのエーリカ。トゥルーデはいささか幻滅したが、確かにエーリカを撮影(?)した一枚目だな、
と考えているうちに怒りも自然と失せた。もう一枚、壁だけを撮ると、先を行くエーリカの後を追った。
やがて十字路に行き当たった。左右がメインストリートらしく、幅が広い。ここも話で聞いた通りだ。二人は地面を照らす。
「確か、この辺りにリベリアン達が付けたマークが有ると聞いたが」
「これじゃない?」
ロウで固まった、小さな×印を見つけるエーリカ。
「確かにこれだな。もっと目立つ様に、私達も印をつけていこう。確か装備品の中にチョークが有った筈だ」
トゥルーデはバッグの中からチョークを一本取り出した。それをエーリカがさっと奪い、床にハートマークを書き、
中にトゥルーデとエーリカの名前を書き込んだ。
「何してる」
「目立つ様に」
「意味が違う。誤解されるだろ」
「良いんじゃないの? ほら」
言うなり、ぶかぶかの手袋を取って、懐から大事そうに指輪を取り出し、見せつけるエーリカ。
つられて、同じく手袋を取り、懐に大事にしまっていた指輪を取り出し、合わせてみるトゥルーデ。
暗闇の中、電灯に照らされ、きらりと輝くふたりのエンゲージリング。
ふっと微笑み合う。
微笑みが笑いに変わる。
「違う。違うよ。違うんだエーリカ」
「何が? トゥルーデ楽しそうだし、いいじゃん」
「いや、もう、そうじゃなくて……」
二人はくすくすと笑い合った。
『バルクホルン、ハルトマン、どうした? 何が有った?』
耳に付けた無線から美緒の問い掛けがあった。二人の笑い声が聞こえたらしい。
「あっしまった。……いや、何でもない。何も問題は無い」
「だよね~トゥルーデ」
床の落書きを指さし、にやりと笑うエーリカ。
「こっこれはその……」
『何? よく聞こえんぞ? どうした?』
「何でも無い。今、十字路に出た。リベリアン達が印を付けた所だ。確かあいつらは右へ行ったんだったな」
『ああ。お前達はどうする』
指輪を懐にしまい、手袋をはめ直したエーリカにつられて、トゥルーデも同じ動作をする。指輪の事は後にするとして。
「エーリカ、どうする?」
「そうだね。みんなは右行ったんだったら私達は左に行こうか」
「よし。……少佐、我々は左へ向かう。サポートを」
『了解した。先に何が有るか分からん、気を付けろよ』
「了解」
ふたりは左へ向かった。
トゥルーデ達が進むメインストリート的な道は、やがて緩やかに左にカーブしていた。所々に、扉が見える。
「この扉、何だろう」
「開けてみる?」
「ああ」
金属と木で出来た扉は古く、何百年か前の物に見える。幾つか並ぶ扉の中から、比較的原型を保っている扉を選び、手を掛ける。
扉は鍵が掛かっておらず、ぎぎぎぎぎ……と軋んだ音を立てながらゆっくりと開く。
電灯で内部を照らす。ネズミらしき小動物が突然の来訪者に驚いたのか、光を避けて暗闇に走り去る。
そこは住居跡の様で、数世紀前は誰かがこの空間で寝起きし、食事をし、団欒をしていた雰囲気が幽かに漂う。
竈にこびりついた煤は随分と風化していたが、それでも、埃を払い除けるとすぐにでも火を起こせるかと錯覚する。
トゥルーデは電灯を向けライカを構えると、一枚撮影した。
「住居跡みたいだね」
エーリカが辺りを見回して言った。
「私もそう思う」
トゥルーデも同意する。
「私達が今居る基地も……祖国も、いずれ何百年も経つと……みんなこうなっちゃうのかな」
エーリカが少し寂しそうに呟いた。トゥルーデはエーリカの肩を優しく抱き、言った。
「さあな。でもその頃には、私達はもう居ないだろう?」
「ま~ね。何百年も生きるなんて、それこそお化けだよ」
「全くだ」
「次の扉、行く?」
「いや、見たところ同じ様な構造だし、先を行った方が良さそうだ」
「そうだね」
二人は扉をゆっくり閉めると、歩みを進めた。
後を続いていたシャーリーとエイラは、先行するトゥルーデ達の声を無線で拾っていた。
「なんかあいつら楽しそうだぞ?」
「そうダナ」
「あたしらこの前えらい怒られたのにな」
「あんまり思い出したくナイナ」
二人は例の「空気の薄い」空間を素早く抜け、階段の辺りまで来ていた。
先行するトゥルーデとエーリカの「命綱」のロープを手で触り、張力を確かめる。
「しかし、またもや地下とはねえ。なんかあたしに似合わないって言うか」
「でもこの前は随分楽しそうだったじゃないカ」
「そりゃ、一回位なら楽しいけどさ」
突然、命綱の張力が無くなる。だらりとロープが垂れ下がる。何処かで切れた証拠だ。
「まずい! 切れたぞ!」
「少佐! 命綱が切れタ!」
「おい堅物、返事しろ! 戻れ!」
「バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、応答してクレ。繰り返ス、応答ヲ」
しかし、聞こえて来るのはノイズばかり。
「どうする、少佐?」
『ロープが何処で切れたか、切れた先まで辿ってみてくれ。こちらはもう一度レーダーで内部の観察を試みる』
「了解」
『途中で危険だと思ったらすぐに戻れ。今回は縄梯子も有る。大丈夫だ、すぐに上がれるぞ』
「了解。さて、行くかエイラ」
「急ごウ。大尉達が気にナル」
二人は地面に落ちたロープを電灯で照らし、慎重に進んだ。
十字路に到達した。先日シャーリー達がロウで印を付けた場所だ。
道のど真ん中に大きく描かれたハートマークと二人のサインを見つけて、幻滅する二人。
緊張している時に見てもちっとも面白くない。むしろ不吉の印にも見えてしまう。
『何か手掛かりは有ったか?』
「十字路まで来た。二人が残したと思しきサインを見つけた。ロープは……この十字路で切れてる」
「この壁の、角の部分で擦れたのカモ」
エイラが電灯を照らして観察する。壁のレンガの一部分が、ちょうど鋭くなっている。
「この先は、左に行った事までしか分からない。少佐、指示を」
「どうだ?」
ミーナとサーニャは手を繋ぎ、再び魔力を解放させた。
「……ダメね。シャーリーさん達が居る範囲が辛うじて判る程度で、後は」
「そうか。二次遭難の恐れも有るな。……シャーリー、エイラ、戻ってくれ。後は二人が気付くかどうかだ」
美緒はペリーヌが細かくメモしていたマップ……一部ルッキーニの落書き込み……を睨み、己の準備不足を悔やんだ。
「もっと強靱な命綱を用意すべきだった」
同じ様な扉が幾つも続いた先に、上り階段に当たった。ゆっくり歩みを進めると、階段の上に当たった。
そこは広い踊り場にも見え、両横に扉が有る。目の前は緩やかな下り階段になっている。
「右の装飾の付いた扉、開いてみるか」
閂が掛かっているが錆び付いている。トゥルーデはゆっくりと力を掛けていく。徐々に閂が抜け、がりがりと嫌な音を立て、外れた。
扉をゆっくりと開き、中を照らす。埃ひとつ無い、空間。
正面には所々が欠けた十字架が構え、手前には崩れかけた長椅子が並んでいる。小さな礼拝堂らしい。
「これは、礼拝堂だな。地下に設けてあるとは」
「そんな感じだね」
当時は華やかであったろう燭台は空で灯火は何一つ無く、トゥルーデとエーリカが照らす電灯だけが、当時の面影を照らし出す。
トゥルーデはメモを取り、扉を閉めた。
「中入らないの? 写真は?」
「そっとしておこう。このままの方が良い」
「そうだね」
「反対側の地味な扉はどうだろう」
こちらは案外するりと開いた。内部を照らす。倉庫か何かの空間だったのか、がらんとしている。
天井も、これまでの遺構と違い、かなり高い。天井の梁を照らす。また小さな何かが蠢いて、闇の中へと消える。
その天井に気を取られ、二人は足元を見ていなかった。
べきべきと音を立て、突然足元が崩れる。
咄嗟にエーリカをかばうトゥルーデ。
ふたりは重力に呑まれ、落下した。
トゥルーデは暗闇の中、上体を起こすと頭を二度振った。
私は大丈夫。したたかに尻を打っただけだと頷く。完全に不注意だったが、運が良い、と呟く。
床は石畳かレンガの様で、固く冷たい。
所々に木片や木屑、何かの織物の痕らしき感触が有る。これらが落下の際クッション代わりになったらしい。
まさに不幸中の幸いだ。
エーリカは……大丈夫だろうか。トゥルーデはエーリカの身体を抱き起こした。
(私がかばって下になったから大丈夫の筈……)
「エーリカ?」
返事がない。
身体を揺する。糸の切れた人形みたいに完全に脱力し、ぐらりぐらりと首が動く。
「エーリカ!?」
顔を見る。
電灯で照らし……電灯が無い!? 落ちた時に思わず手を離してしまったらしい。
(これじゃ分からない!)
手袋を外し、素手でエーリカの頬を触る。
無反応。何処か打ち所でも悪かったのだろうか?
「エーリカ!」
呼ぶ声が、だんだん悲鳴に近くなる。
(そんな馬鹿な!)
トゥルーデは心の中で叫んだ。
(気を失ったのか? まさかこの高さで? そんなに貧弱な筈が……いや、もしかしたら……。そうだ、脈を……)
顔を覗き込み、首に指を当てたところで、いきなりエーリカがぐい、とトゥルーデを引っ張った。
そのまま、触れ合う唇。
トゥルーデは一瞬何が起きたのか分からなかったが、ゆっくりと唇が離れると、はあ、と息を付いた。
突然のキスで呼吸が乱れたのもそう。それ以上に……
「エーリカ! 驚かすな!」
「トゥルーデ何処まで心配してくれるか、試したくなっちゃって」
「こんな所で試すな、エーリカ……やめてくれよ」
へなへなと力が抜ける。
「ごめん、トゥルーデ。ちょっと悪戯心」
耳元から数ミリの至近距離でエーリカの声がする。
「ちょっとで済むか。心配したぞ」
「どれくらい?」
「物凄く、だ」
「ありがとう。かばってくれたんだよね」
「当たり前だ」
「嬉しいよ、トゥルーデ」
エーリカは暗闇の中トゥルーデを抱きしめた。
「何処まで振り回せば気が済むんだ……」
「ごめんね」
「心配、だったんだからな」
ぎゅっとエーリカの服を握るトゥルーデ。
その力を感じ、エーリカもちょっと反省したのか、ごめんね、ともう一度口にする。
そしてトゥルーデのすぐそばで呟く。
「ありがとう」
二人はもう一度、仲直りの口吻を交わした。二人の吐息が混じり合う。互いの息が二人の頬を撫で、
冷静に、そして頭をクリアにしてくれる。
「さて、どうしようか。明かりが無い」
「私、予備をひとつ持ってるよ」
エーリカはバッグから予備の電灯を出した。落下の衝撃で少しひびが入っていたが、問題なく使えた。
周囲は木の柱や梁、その残骸が並び……上は今まで歩いて来たと思しき床板が完全に崩れてしまっている。
どうやら、倉庫だった上の部分から下に落ちたらしい。
周囲を探すと、程なくして懐中電灯が見つかった。しかし、落とした衝撃で壊れたのか、ひとつのスイッチは入らなかった。
「予備を合わせて、ふたつか」
とりあえず明かりは確保出来た。
そこで、突然にぐぅ~、とトゥルーデのお腹が鳴った。
くくく、とエーリカは笑った。
「な、何がおかしい」
「こんな非常事態なのに、お腹鳴ってるって」
「う、うるさい! 少しは腹も減る事だってある!」
「トゥルーデ、言葉少しヘンだよ」
エーリカはバッグから何か小袋を取りだした。
「こんな事もあろうかと、ちょっとおやつ持ってきたんだけど、どう? シャーリーから貰ったポップコーン」
「何でポップコーン?」
「軽いから良いかな~とか思って」
大丈夫か? と呟きながらも、エーリカの差し出したポップコーンを噛みしめる。妙な香ばしさが口の中に広がる。
「ポップコーンに似てるな」
「て言うかポップコーンだよ?」
「ああ、そうだった」
「私も食べてみよう。実はこれ、だいぶ前に貰ったやつなんだよね。支度してたら、たまたま部屋の隅から出てきたんだけど……」
「……それじゃあ分からないな」
怒りを通り越して既に諦観の境地に達しているトゥルーデ。ぼりぼり、とポップコーンらしからぬ音を立て幾つか含む。
バッグに入れていた水筒の水をちびりと飲み、ふう、と息を付く。
「なんだかピクニックに来たみたいだね」
「暗くなければ、そんな感じだけどな」
トゥルーデの言う通り、一応呑気に構えてはいるが、電灯で照らされた部分以外は一寸先が闇。
ウィッチ本来の“生命力”が試される場所なのかも知れなかった。
美緒が二人を指名したのは、あながち間違いでもなかったか。これが他の隊員だったらどうだろうか。
「しかし、気を抜いてばかりも居られないな」
トゥルーデは自戒を込めて呟いた。
「空戦と同じく、自衛の本能がないとこの先生きのこれないかもな」
エーリカは、急に真面目になったトゥルーデの言葉をぼやっと聞いていた。
その時、トゥルーデの目が光った。
「エーリカ、肩ッ!」
トゥルーデがエーリカの肩をびしっと指さす。エーリカは自分の左肩を見る。
数センチ程のクモが這っていた。
「うあ」
「動くな! 動くなよ?」
トゥルーデは近くに転がっていた木切れを掴むと、慎重にクモを払い除けた。
「トゥルーデ、大袈裟だよ」
「万一毒蜘蛛だったらどうする」
「心配性だね、トゥルーデ」
「エーリカを心配しての事だ」
はあ、と一息付く。
「この先どうするの?」
「辺りを調べよう。上れるなら戻る方が良い」
ぐるりと周囲を見る。二人が座っているフロアの奥、崩れた柱や梁の先に、扉が見える。
「あの扉は?」
「この空間は二層になっていたのか。この下にまだ有るとは」
軋みを立てながら、ゆっくりと扉を開ける。
先の通路は、空気が妙に湿っている。所々、水滴も落ちている。
「この道も回廊なのか?」
「どうだろうね。私も全然分からないよ。基地だとどの辺だろう。裏庭とかそっちの真下かな」
「私も分からない」
「行くだけ行ってみよう?」
二人は落下に懲りたのか、用心深く歩き始めた。今度は床は固く、落ちる心配は無さそうだった。
通路の天井のあちこちから、水滴がしたたり落ちる。トゥルーデは呟いた。
「しかし、困ったな。戻るとなると、かなり面倒な道のりになる」
更に道を進みながら、エーリカはぼそっと呟いた。
「困ったと言えば、もうひとつ困った事が有るんだよね。後ろとか」
「? 何も無いじゃないか」
「それ、問題だと思わない? ……ほら」
エーリカに言われて初めて気付く。
命綱として身に付けていたロープが、いつの間にか十メートル程先から先でぷつりと切れていた。
「うわ!? エーリカ、いつ気付いた? さっき落ちた時か?」
「もっと前。サインした十字路曲がって暫くしてから、かなぁ?」
「聞いてるのは私の方だ。どうする。これじゃ戻れないぞ」
「トゥルーデ、メモしてるじゃん。それ頼りにして戻ろうよ」
「飛べたらな」
「ああ……そう言う事ね」
二人して落ちた事を思い出す。
「そう言えば、少佐から何も言って来ないな」
「トゥルーデ、気付くの遅っ。もうだいぶ前から無線通じないよ」
「な、何?」
無線を耳にはめ直すも、全く同じ。ざーと言う砂嵐にも似たノイズを拾うのが精一杯だった。
「一体、ここは何処なんだ」
「基地の地下だよ。トゥルーデまでぼけてきたの?」
「基地の地下って事位は分かる! その何処なのかって事を私は聞いてるんだ」
「いやー、無線って地下じゃ殆ど役に立たないんだね」
「そう言えば、あの十字路越えた辺りから、全然声が掛かって来なかったな」
「今頃みんなどうしてるだろうね」
“野戦基地”のテーブルの上に並べられたタロットカード。緊張の面持ちで見守る一同。
エイラは中央の一枚をぺっとめくってみた。
「……結果、言った方が良いカ?」
エイラはすぐにカードを隠すと、皆の方を向いて聞いた。皆はエイラの表情を見てとり、首を横に振った。
シャーリーとエイラが帰還した後、万策尽きた一行は呆然と机の前に居た。
頼みの綱、いや、藁にもすがる思いでエイラにタロット占いをさせてはみたが……エイラが占うと大抵ろくな結果にならない、
もしくは外れると言う事に今更ながらに気付いて、誰ともなしに溜め息が漏れた。
通路はやがてぐるりと周り、階段を前にして途切れた。
「また階段か」
「どうせここまで来たんだし、行ってみようよ」
階段は踊り場を含めて幾層にも渡っており、上に行くに従って次第に幅が狭くなる。
かなり昇ったところで一枚の鋼鉄製の扉に突き当たった。
「これは……結構新しいな」
こんこんと扉を叩き、トゥルーデが呟いた。
「この扉……これ、基地のどっかの扉じゃないかな」
「本当か? だとしたら、これを開ければ良いのか?」
「多分。間違いないよ」
早速扉に取り付くトゥルーデ。しかし相当がっちりと固定されているらしく、微塵も動く気配がない。
トゥルーデは覚悟を決め、ふう、と大きく息を付いた。己の魔力を解放し、耳と尻尾を出す。
「まさか私の力が、こんな所で役に立とうとはな」
「大丈夫。トゥルーデなら行けるよ」
背後で励ますエーリカ。トゥルーデは頷くと、階段を数歩下がった後、猛然とダッシュする。
「うぉおおおおりゃああ!」
勢いを付けて駆け上がり、ドアに体当たりした。
扉はトゥルーデの力をまともに受け粉々に砕け、道が開けた。
しかしトゥルーデはそのままの勢いでふらつき、昇った先にあった突起物? にぶつかる。
「いたた……なんだ、これは」
ふらつき、思わず近くに有った何かに手を付く。それはぐい、と下に動いた。
「?」
基地全体に鳴り響く警報。野戦基地に待機する一同が色めき立つ。
「て、敵襲?」
「そんな! 今日はネウロイの来襲は無いって……」
「中佐、出撃準備を!」
「みんな待って。確認したい事が有ります」
ミーナは冷静に立ち上がると、ひとり基地に戻った。
「エーリカ、何か警報が聞こえないか? ネウロイか? 出撃準備……」
「トゥルーデ、それ」
「? ……おわ! これは!?」
「トゥルーデ?」
背後が突然明るくなる。扉が開かれ、ミーナが悠然と立っていた。
「ミーナ、これは一体」
ぽこん、と軽くヘルメットを叩かれる。
「全く。何をやっているの一体」
ミーナは溜め息混じりに呟いた。
「いや、こんな筈では。なあ、エーリカ」
エーリカはそっぽを向いて口笛を吹いている。
「え、エーリカ!? 謀ったなエーリカ!」
「とりあえず無事地上に戻ったと言う事で……いらっしゃい、二人とも?」
笑顔だが目が微妙に笑っていないミーナに腕を掴まれ、二人は警報発令室の暗闇から連れ出された。
その日の晩。
執務室でふたりきりになった美緒とミーナは何とも言えぬ表情で、報告書を書いていた。
「結局、何だったんだ……」
腕組みして今回の“探険”を振り返る美緒。
「さあねえ。この地下には、私達もよく分からない世界が広がっているって事なのかもね」
ミーナがコーヒーを煎れて美緒に渡す。ありがとう、と答え、カップを受け取った。一口含むと、美緒は唸った。
「うーむ。これでは殆ど未解決に近いじゃないか」
「今度、考古学の専門家に頼んで、調べて貰いましょう。ここまで来ると、もう私達ウィッチーズの出る幕じゃないわね」
「そうだな。やっぱり私達は地面の下でモグラの真似事をするより、ウィッチらしく、大空を高く舞った方が良い」
「全く同感だわ」
くすりと笑うミーナ。コーヒーを少し飲んで一息つくと、美緒に尋ねた。
「でも、今日は何であんなにやる気だったの美緒?」
「ミーナだから言うけど、……笑うなよ?」
「何かしら」
「探求心だ。未知なる謎の答えを求め、己を求めて突き進む……まあ、ちょっと子供じみてたかも知れないが」
「本当、そう言うとこって、貴方は扶桑の『サムライ』なのね。美緒」
ミーナは微笑むと、言葉を続けた。
「でも、今日はちょっと張り切り過ぎじゃなくて?」
「すまん」
苦笑いし、謝るしかない美緒だった。
end