学園ウィッチーズ 第19話「来訪者」


 夕食時に遅れて帰ってきたミーナは、食堂へと向かう。
 ふと洗い場に目を向けると、芳佳とリーネが戸惑いの表情を見せた。
「おかえりなさい」
「どうか、したの?」
 芳佳とリーネは顔を見あわせ、リーネが、皿を拭く手を止めた。
「それが、シャーリーさんとハルトマンさんがまだ帰ってこなくて」
 ミーナはシャーリーの名前にぴくりと反応を示しながら、口元に手を置いた。
「シャーリーさんなら、私よりだいぶ前に病院を出たはずだけど。フラウは……、どうだったかしら」
「今、坂本さんとペリーヌさんが学園に探しに行ってます」と、芳佳が付け加えた。
「そう。他のみんなは自室にいるのかしら?」
「はい」
 食堂を出ようとするミーナに、すかさず芳佳が声をかけたが、ミーナは、少しだけ余裕なさげに振り向いた。
「ごめんなさい。あとでいただくわ」

「まったく、就任早々問題を起こされるとは…」
 坂本は、珍しく不機嫌そうに言いながら、真っ暗な校舎内を懐中電灯で照らしながら、部屋のドアを開け、探索しては、また廊下へと戻り、奥へと突き進む。
 その背後を、三歩ほど離れたところで、ペリーヌが恐る恐ると追う。その様子にペリーヌの心中を察したのか、坂本が苦笑いをしながら、振り返った。
「無理に付き合わなくても良かったんだぞ、ペリーヌ」
「い、いいんです。今夜は特に用事もございませんし……、同じ寮の生徒として見過ごせま」
 と、言いかけたところ、窓の向こうにある大木から鳥が飛び立った。
 その羽音とともにペリーヌの尋常ではない悲鳴があたり一面に響いて、坂本は、危うく鼓膜を損ないかける。
 腰でも抜けてしまったのか、ペリーヌは大きく息を吐きながら、その場にへたり込んでいた。
 そのあまりの怖がりように、呆れるでもなく、むしろ悪い事をしてしまったと思いながら、坂本は空いたほうの手を差し伸べた。
「……立てるか?」
「なんとか…」
 真っ暗い廊下で、互いの手と手で存在を感じあう。引き上げられ、すぐ目の前に、坂本の顔があることを察知して、ペリーヌは咄嗟にうつむく。
 ふわりと、石鹸の香りが、坂本の鼻をくすぐり、彼女の腹の中で感情が渦巻き始め、喉仏を押し上げたが、「あの…」というペリーヌの声に、我に返り、手に力がこもりすぎていることに気がついて、ゆるめ、離す。
 ぺリーヌはしゃがみこんで、坂本の懐中電灯の光線を頼りに、さきほど放ってしまった自分の懐中電灯を探し当てると、立ち上がり、微笑んだ。
「さあ、先へ進みましょう」
 かすかに震える声。しかし、それは、恐怖からではなく、想いを寄せている人に触れ合えた事、近づけた事へのごく自然な高揚からくるものであった。
 坂本は、初々しいその様子に、心から安堵をすると共に、わずかに眉毛を吊り上げ、いつもの凛々しい笑顔で応える。

 エイラは、ベッドに寝転がり、タロットカードを広げ、サーニャは、ベッドの端に座り、首だけを振り向け、エイラの様子を眺めている。
「エイラ」
「んー?」
「いつから、タロットやってるの?」
「いつから…」エイラは、体を起こし、胡坐をかいて、考え込むように、眉間に眉を寄せた。「はっきりと覚えてないけど、物心ついた頃にはこうやってカードをかき混ぜてたかな」
 そう言いながら、タロットカードをつまみ上げ、にっかと歯を見せた。
「良かった。ハルトマンもシャーリーも無事帰ってきそうだな」
 サーニャは、呼応するように、微笑んで、ぼふっと、広げたタロットカードの上に体を落とし、胡坐をかいているエイラの一方の太ももに頭を預けた。吹き飛んだカードが、ベッドに、床に飛び落ち、サーニャの髪がエイラのももをくすぐる。
「おい、サーニャ。なにすんだよ」
 怒るでもなく、仕方ないなあと言いながら、エイラは目元を緩め、髪を撫でた。
「エイラは、どういう子だったの?」
 おとぎ話をせがむ子供のような、サーニャの生き生きとした瞳に見上げられ、エイラは、枕を背に敷いて、天井を仰いだ。
「父さんや母さんはよく外に働きに行ってたから、あまり家にいなくてさ。どっちかていうと、じいちゃんとばあちゃんと過ごすほうが多かったかな。ばあちゃんは、タロットとか編み物とか教えてくれて、じいちゃんにはよく狩りとかスキーに連れてってもらってた」
「編み物…」
「な、なんだよ、その目は。私だって一応家事できるんだぞ」と、膨れ面のエイラ。
「そうじゃないの。嬉しいの」
「……なにが?」
「エイラのこと、少しずつわかっていくことが。ねえ、続き…」
 サーニャが、エイラの上着の裾を引く。エイラは、サーニャの頭をもうひと撫でして、また、自分の過去を手繰り寄せるように、ぽつぽつと話し込んだ。
「で……、初めて銃を持ったのは、9歳ぐらいかな? いや、10歳に近かったかも。あまり覚えていないけど。ちょうどそのころ、こいつに出くわしたんだ」
 エイラの隣に使い魔の黒狐が現れ、じっと、サーニャを見つめた。サーニャは、寝転がりながら、黒狐の背中を撫で、エイラも黒狐の頭に指を滑らせた。
「魔力のおかげで多少の腕力がついてたから、調子に乗っちゃって、一人で狩りに出て、自分の大きさの何倍もあるヘラジカを狙ったこともあったな。最初の頃は、なかなかうまくいかなくて、猛突進してくるヘラジカから必死で逃げ回ってたけど」
 エイラは過去の情景を目の前に浮かべているかのように、笑った。
「銃の使い方もナイフの使い方も、狩りの方法も、全部じいちゃんに叩き込まれた。てっきり、じいちゃんは私を戦士にでもしたいのかと思ってたけど。私が魔女である事を聞きつけたスオムス空軍から、訓練の誘いがきたときはあまりいい顔してなかったな…」
 黒狐が、サーニャの頭のそばで、丸まる。サーニャは、頭を傾けて、わずかに姿勢を変えた。
「そっからは目まぐるしかった。軍に入って、初日早々一人でストライカーはいて飛ばされて」
「墜落したの?」
「いや、ぎりぎり飛べてた。けど、同期のやつで初日早々墜落したやつもいてさ……。まあ、そいつはもともと"ついてない"のがしみついてるって言うか……。能力は決して低くないんだぞ」
「その人は、学園には来なかったの?」
「うん。軍に残ってる。誘ったんだけどな。けど、あいつにはあいつの道があるし…」
「道」
 私の道にあなたが――
 サーニャは、つぶやいて、潤んだ唇をすり合わせた。
 エイラは、聞こえなかったのか、首をかしげた。
 サーニャは、体を起こし、りんご1つ分の距離まで、エイラに顔を近づける。
 どこか、覚悟をしたような、引き締まった表情。
「私も、昔の事、話していい?」
 いつもならこの状態で冷静でいられるはずがないのに、とエイラは冷静に自分の状況を把握して、そして、自分でも驚くほど、落ち着き払った声を出して、首を横に振った。
「……よそう」
 サーニャの瞳が、輪郭を失ったように、ぼやけ、揺れた。

 廊下を歩くミーナの少し手前で、ドアが静かに開き、ルッキーニが、珍しく自室から出始めかけていた。
 だが、ルッキーニは、ミーナに気づくと、目を見張って、また部屋に引っ込もうとする。
 ミーナは反射的に、進み出ると、ドアの間に足を入れた。
 ルッキーニが、引きつった笑みで見上げ、ミーナもつられたように、笑顔を作ってみせると、強引に部屋に押し入って、後ろ手にドアを閉めた。
「ちょっといいかしら?」
 ルッキーニは、やりにくそうな顔で指と指をもじもじとあわせ、自分のつま先に視線を落とした。
 ミーナは、表情に残る険しさをそぎ落として、そっとルッキーニの手を握ると、そのまま揃ってベッドに腰掛けた。
「あまり、使ってないのね」と、ミーナは、視線でベッドを指した。
「基本的に隠れ家で寝てるし、最近は…」
「シャーリーさんと?」
 こっくりと、うなづくルッキーニ。ミーナは、くすりと笑い、目を細めたが、一瞬だけ、考え込んで、ささやいた。
「……今日、シャーリーさんとなにかあったの?」
 ルッキーニの手にかすかに力が入って、ミーナの手を握り返した。ミーナは、じっとルッキーニの横顔を見つめる。

 ――ねえ、バルクホルンとミーナ先輩がどうかしたの? シャーリーは……、あの二人が仲良いのが面白くないの?
 ――違う!

 昼間のやり取りを思い出し、胸の奥がぐらつき、引き締めた口の中で、八重歯の裏に舌を押し付けた。
「あの……ね。整備中に邪魔しちゃって、言い合ってるうちに、ヒートアップして……大喧嘩になっちゃったの」
 と、ルッキーニは、少し大げさに後頭部をかいた。ミーナは、彼女を訝しげに眺めながらも、小さく息を吐いた。
「そう。だから、病院に来たときも、いつもと様子が違ったのかしら」
「シャーリー、病院行ったんだ」
「ええ、昼間に。けど、すぐに帰ってしまったの」
 ルッキーニは、ゲルトルートの顔を思い浮かべ、しょげかえるが、しばらくして、近づくバイクのエンジン音に気づいて、顔を跳ね上げた。

 寮に戻ってきたシャーリーのバイクはそのまま寮にある簡易ガレージに直行する。
 シャーリーが、裸電球のスイッチを入れ、ガレージ内に暖色系の光が満ちる。
 エーリカは、サイドカーからひょいと飛び降りると、夜の冷気に身を縮ませた。
「やっぱシールドなしじゃ寒いなぁ」
「う~、凍えちまう……。早く風呂入ろうぜ」
 シャーリーは乗っていたバイクを軽くチェックして、スイッチに手を伸ばした。その手をエーリカが握る。
「シャーリー、私とウーシュの事…」
「言うわけないだろ。余計な心配すんなって」
 と、シャーリーは、やれやれと言い出しそうな顔でふっと笑って、エーリカの頭をぽふっと叩き、照明を切った。

 ミーナは、庭で並んで歩くシャーリーとエーリカの影を見つけると、ドアのほうへ向かうが、動き出さないルッキーニに、まばたきをする。
「行かないの?」
「え? あ……、うん。まだ、喧嘩してるから…」

 こっそりと、寮の正面玄関を小さく開け、エーリカとシャーリーは、わずかな隙間から、薄暗い廊下を見渡した。
「みんな、眠ったかな」
「いや、まだ9時ぐらいだから部屋にいるんだろ」
「正解。みんな自室でそれぞれの時間を過ごしてるわ」
 エーリカとシャーリーが、ドアから首を伸ばし、横を見ると、ドアに背をつけていたミーナが、横目で彼女たちをきつく見据え、ドアから離れると、彼女たちの正面に立った。
 圧倒された二人は、しゃんと背筋を伸ばし、直立する。
 普段の二人では決して見ることが出来ないであろうその様子に、ミーナは、呆れたように肩を落とした。
「心配したのよ」
「えっと……、ハルトマンは悪くないんだ。私がどっか行こうって誘って、バイクで遠出してたら、つい、さ……。雨も降って足止め食っちまったし」
「シャーリーは悪くないって。ついてったのは私なんだから…」
 そういいかけたエーリカの頬に、ミーナの手が触れる。心配そうな視線にエーリカは思わず顔を背けた。
「心配かけてごめんね、ミーナ」
 ミーナはエーリカの頬から手を離し、シャーリーにも目をやった。シャーリーは、何か言いたげなミーナに、つい、鼓動を早くするが、なんとか平静を装う。
「もういいわ。二人とも、お風呂に入ってきなさい」

 教官宿舎の談話室で、教官たちは、ソファに体を沈め、その日の学園での出来事を披露しあったり、軽い打ち合わせをしていた。
 三人がけのソファの端っこで、エルマは、書類を整理する。
「それでは、訓練用のストライカーが追加され次第、今まで以上に授業に取り入れましょうか」
「楽しみねー」とオヘアが豪快に笑うが、向かい側に座ったアホネンが足を組みなおして、ソファにふんぞり返った。
「軍ほど予算があるわけじゃないんだから、気をつけてね。"壊し屋さん"」
「この学園来てからは昔の10分の1しか壊してないから大丈夫ねー」
「6台壊せばもう十分でしょう…」
 アホネンと、すぐ隣のオへアのやり取りを右から左に流しながら、ウルスラは、広げていた本のページをめくった。眉をゆがめながらも、エルマは微笑みを絶やさず、話を続けた。
「と、とにかくよろしくお願いします。ビューリングさんには私が伝えておきますね」
「そういえば、ビューリングおりてこないねー」
「一食抜いたぐらいで死ぬわけないんだから放っておきなさいよ」
 ウルスラは、本を閉じて、ソファの前のテーブルに置くと、立ち上がった。
「用事、思い出した。ちょっと出かける」
「ええ? こんな時間に危ないですよ~」
「そうねー。ミーもついてく?」
 ウルスラは強く拒絶するでもなく、静かに首を振った。

 エーリカは、うっすらと曇った鏡に映る自分の顔を見て、鏡に映る自分の目元を丸で囲うように、指をこすりつけた。
 風呂から上がったシャーリーは、鏡の前でぼんやりするエーリカを見つける。
 エーリカの頭の上にタオルが降る。
「うあ!」
「素っ裸でなにやってんだよ。風呂入った意味ないだろ」
 シャーリーは、エーリカの頭を少し乱暴に拭いて、鏡の中に、ぼやけたウルスラの姿を見る。正確には、エーリカの目元が、丸で囲われているだけではあるが、シャーリーは、手を止め、鏡の曇りを手で掠め取った。
「お前は私みたいになるなよ。好きなら、好きで、きっちり向かい合えって。他人に恋するとはワケが違うけど」
「うん……」
 エーリカは、足の指同士をこすり合わせながら、張りのない声で、相槌を打った。

「湯加減はどうだった?」
 大浴場から出てきたエーリカとシャーリーを、坂本が、竹刀片手に出迎えた。
 寮内に、二人の短い悲鳴と、竹刀が繰り出す音が響く。

「くっそ、シールド張る暇もなかった…」
 エーリカとシャーリーは、頭頂部をおさえながら、廊下を進む。
 エーリカが、何かに気づいて、顔を上げた。
「ハルトマン、どうした?」
「玄関のほうからなんか聞こえた」
「もう全員いるから、来客かな」
「こんな時間に?」
「うちらが言えた義理かよ」と、シャーリーがはははと笑いながら、拳を振り上げた。
「なに?」
「じゃんけんだよ。こないだ宮藤が教えてくれたろ? 負けたほうが出る」

「今日は、ノってなさすぎ……」
 エーリカは、自分の拳を恨めしそうに見つめながら、玄関のドアノブに手をかけた。
「どなたですか~?」
 かなりの間があって、ようやく、ドア越しに聞こえるか聞こえないかの声が届く。
「……私」

学園ウィッチーズシリーズ 第19話 終



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