dream fever
「おい、見てくれミーナ」
弾んだ声で美緒が執務室にやってきた。書庫に行くと言って出ていっていたのに突然戻って来た。
「あら、どうしたのかしら」
また古びた本を何冊か持ってきた。埃が凄いが、お構いなしに机上にどんと積み上げる。
埃が舞い、思わず咳き込むミーナ。
「ああ、すまん」
「今度はどうしたの?」
「これを見てくれ」
古文書をめくる。古いラテン語やブリタニア語で何かがびっしりと書かれている。
「何かしら?」
「結論から言おう。この基地の中に、修道院時代の宝物が眠っている」
「……」
一呼吸置いて、ミーナは聞き返した。
「はい?」
「宝だよ宝。どうだ、凄いと思わないか? ここに書かれている収蔵品リストだけで、宝石に金の延べ棒、
古代より伝わりし伝説の剣……」
「美緒、ちょっと落ち着いて」
ミーナは興奮する美緒を椅子に座らせると、溜め息をついた。
「貴方、この前の地下探検ごっこで懲りたんじゃなかったの?」
「え? いや、まあ」
「これまでも色々有ったでしょ? 宮藤さん達はお風呂場を壊す、シャーリーさん達は屋根から降りれなくなる、
挙句にトゥルーデ達は基地の警報装置を誤作動させる。地下に潜った子達はみんな散々よ」
ミーナがこれまでに叱りつけた基地の隊員達……ミーナと美緒以外全員……の名を挙げる。
「これ以上、地下への立ち入りは許しません。これは隊長としての命令です。もう懲り懲りよ」
最後に本音が出るミーナ。
「おい、待ってくれ。地下とは言ってないぞ」
「?」
「確かに、地下は私もどうかとは思うが、今回は基地の中なんだ。何も問題は無いだろう」
「基地の中って、何処? 謎の空間なんて有ったかしら」
「とりあえず、行ってみよう。見当はついてる」
「私も?」
「少し休憩がてらに、どうだ?」
美緒の笑みに押されたのかどうかは分からないが……二人は手を取り、執務室を出た。
トゥルーデはいつもの訓練メニューを終えシャワーを浴びた後、何か飲み物は無いかと台所にやってきた。
そこへやってきたのはミーナと美緒。何故か二人とも酷く埃にまみれ、妙に挙動不審だ。
身をぴったりと寄せ合って、どこか落ち着きが無く、……不思議の国に迷い込んだ姉妹に見えなくもない。
「ミーナ、少佐。どうかしたか?」
「!」
揃ってぎょっとした顔をする。そして二人は顔を見合わせると、何かひそひそと囁き始めた。
「な、なんだ?」
「あの……すいませんけど……」
少佐らしからぬ、おどおどした声。
「ボク達、誰なの? ここ何処!?」
ミーナの口から想像も出来ない一人称と口調で、質問が発せられた。
「ミーナ? 少佐? 二人ともどうした?」
「少佐って誰ですか? 元帥の次くらいにエライ人?」
「相当違う。と言うか少佐、何を錯乱しておられるんだ」
「やっぱりこの人ヘンだよ」
「ミーナ、お前にまで言われたくない……ちょっと待てよ」
トゥルーデは顔色を変えた。
まさか。
一息置いてこほんと咳をすると、二人をロビーまで連れて行き、椅子に座らせた。
気まずそうに、手を繋いだままちょこんと腰掛ける二人。まるで子供だ。
「ちょっと待っててね、二人とも。このお姉ちゃんが、教えてあげよう」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「そう、それでいい。この“お姉ちゃん”に任せるんだ」
トゥルーデは満足そうに頷くと、急ぎ501メンバー全員に集合を掛けた。
「中佐と少佐が記憶喪失だって?」
シャーリーが驚いた。
「間違いない」
頷くトゥルーデ。
「でも、どうしてすぐに分かったんだ?」
「二人とも、この私を何のためらいも無く『お姉ちゃん』と呼ぶからだ」
「それは間違いないな」
「何も覚えてないと言う事は……坂本少佐? わたくし、貴方のお姉ちゃん……いや、母……でもなくて、
そう、結婚相手なのよ? 覚えてなくて?」
「ペリーヌ、勝手に吹き込むな」
「いきなり節操ないナー」
「眼鏡のおばさんが、私の結婚相手?」
美緒から返って来た言葉に、ペリーヌは絶句した。そしてひきつった笑みを浮かべて美緒と同じ目線にしゃがんだ。
「おばさんって……わたくしまだ十五なのに……幾ら少佐でも、あんまりですわっ」
「ごめんね、おばさん」
「おっ……い、いやねえ、この子ったら。あなたよりも年下でしてよ? さあ、いきましょう」
「何処へ行くペリーヌ」
「おい待て! 自室へ連れ込むのは止めろって」
「お願いですから離してください! これは神が与え賜うた千載一遇のチャンスなのです!」
「ふしだらな行為はやめろ」
「やーい、ぺたんこおばさーん」
「そこ、お黙りなさい!」
「……この人、なんか怖いね」
「うん」
ミーナと美緒はペリーヌを見ると、そっと抱き合った。
「中佐、何故少佐と抱き合っているんですか!? その恋人つなぎはやめてください!」
「ムキになるな。この二人、記憶が無いんだから、もうちょっといたわらないと」
「だからこれをチャンスと……」
「何がチャンスダヨ? ペリーヌ必死ダナ」
いつの間に割り込んだのか、二人の後ろでヒソヒソと呟く人物が。
「……エーリカ? お前、二人に何を吹き込んだ?」
「な~んにも?」
悪魔的な笑みを浮かべるエーリカ。
「みんなは、夫婦なんだ?」
ミーナがにこやかに言ってのけた。
「はあ?」
唐突過ぎてそれ以上の答えが出ない一同。
「今、金髪のお姉ちゃんが言ってた」
「待て。違うぞ。『お姉ちゃん』はこの私だけだ」
「突っ込みどころが違うぞ堅物」
「そうそう。トゥルーデと私は夫婦なのよ~」
横で丁寧に説明を始めるエーリカ。
「なっ!? 待て待て!」
「そしてこのミヤフジがトゥルーデの妹。で、ミヤフジの嫁がリーネ」
「芳佳ちゃん。私、芳佳ちゃんのお嫁さんなんだって!」
「へえ、すごいねリーネちゃん!」
微妙に会話が噛み合わないが、納得している芳佳とリーネ。
「そこの親子は、見れば分かるよね?」
「あたしら、親子なのか」
「ウジャー シャーリーとあたし親子だって親子~」
「で、そこに居る影の薄い二人は今倦怠期の熟年夫婦」
「誰が倦怠期ダ!? 熟年でもナイ!」
「ね、お姉ちゃんの言った通りでしょ?」
「うん」
頷くふたり。美緒に至っては“癖”なのか、わざわざ魔眼で皆を見回してから頷く始末。
「納得するな! てか要らんことを吹き込むなエーリカ! 余計に混乱するだろう? ……少佐も魔眼で確認しなくていいから」
「私もお姉ちゃんだってさ~」
「貴様ぁ~」
「お姉ちゃん達、仲悪いの?」
「え? 仲はいいぞ、とっても。なあエーリカ? あとお姉ちゃんは私だけでいい」
「ええもちろん、旦那様」
「じゃあなんで取っ組み合いしてるの?」
「これは親愛のしるしで……ここではみんなそうしてるの」
にやけるエーリカ。
「じゃあボク達もやってみよう」
「うん」
「止めろ! 色々な意味でまずい!」
慌てて二人を止めるエイラとシャーリー。
「ボク達、ちょっとおとなしくしててね?」
二人を座らせると、トゥルーデとシャーリーは顔を近づけてひそひそと相談した。
「どうするよ? 仮にも隊の指揮官ふたりがあんなザマじゃ……」
「全くだ。隊の指揮どころか、全体の士気にも関わる……っておい! エーリカ、今度は何を話した?」
「なんにも~?」
「そっか。ここは魔法の国のお城なんだね」
「だからボク達ここに居るんだ」
「魔法の国……またいい加減な事を」
「じゃあボク達も魔法使えるの?」
「勿論」
「エーリカ。いい加減にしないと……」
「いや~旦那様こわーい、暴力亭主よ~♪」
「貴様……」
「楽しそうダナ、二人共」
「エイラもにやけてないで何か考えろ」
「何かって言われてもナー」
「お母さん?」
ミーナはリーネの手を取り、言った。
「え? 私? なんで?」
「やっぱりお母さんなんだね? 間違いない! ボク会いたかったんだ!」
リーネの胸に顔を埋めてすりすりするミーナ。
「ちょ、ちょっと中佐!」
「じゃあこっちがお父さん! お父さん!」
「坂本さん、やめてください! 何か立場が違います!」
「ミヤフジがお父さんと言う事は、私達お祖父ちゃんとお祖母ちゃんだ」
「どうしてそうなる? てか続柄的にもおかしいだろ?」
「お祖父ちゃん!」
「だから違う! 私はお姉ちゃんだ!」
「これはこれでアリかも。なあルッキーニ」
「ウニャ なんか新鮮だね~」
「リベリアン。貴様いつからそう言う趣味を持った?」
「趣味って言われても」
「隣の奥さんですね?」
「え? あたしってそうなの? いや参ったな少佐」
「未亡人だって聞いたけど」
「こら~エーリカ、勝手に設定付けるなぁ~」
「ふたりは、どうして仲良くないの?」
「良くない事はナイゾ? なあサーニャ」
「……」
「何故黙るンダサーニャ!?」
「お前らもいい加減にしろ」
「全員呼んだらこうなるって気しなかったか?」
「……それもそうだった」
「とりあえず、二人に聞こウ。中佐と少佐……じゃなくテ、二人とモ、名前は覚えてル?」
「うん。思い出した。ボク、リーナ!」
「あたしはミコ!」
「微妙に違うゾ。……どうしてその名前を?」
「ボク達、そんな気がしたから。この名前でお互い呼び合ってるんだ」
「ほほウ」
「ずっと一緒に居たから、きっとあたし達、その……」
「その……なんダ?」
「きっと、許婚なんだって」
「許婚ですって!? aqwsedrftgyl!!!!」
「リベリアン、とりあえずペリーヌを押さえておけ」
「興味深いナ。続きヲ」
にんまりとして話を促すエイラ。
「ほら、ボク達、二人一緒の腕輪もしてる! 婚約の腕輪!」
「腕輪?」
「何だコレ?」
「触らないで! 二人の大切な宝物なんだから!」
「ああゴメンナ。ちょっと気になったかラ」
「ボク達、お城に来たって事は、ここで結婚式を挙げるんだ」
「嬉しい!」
「お待ちなさい! このわたくしをさしおwsdrftgy!!!」
「まあまあ、話しだけでも聞こうよ」
「でも、このお城にお父さんとお母さんが住んでるって知らなかったよ」
「お父さん……」
「お母さん……」
「二人とも真剣に考えるな」
突然、基地に警報が鳴り響く。
「こんな時に敵襲?」
「ルッキーニ、レバー間違って押してないよな?」
「ムキー さっきからずっと一緒にいるじゃん」
「どうする堅物? 指揮官二人がこれじゃあ……」
すっかり和んでじゃれあっている二人を見て、シャーリーがトゥルーデに聞いた。
「……仕方ない。二人は行動不能状態に有るとみなし、私が代理として隊の指揮を執る」
「さすが堅物。任せた」
「よしお前ら聞け! 前衛は私とハルトマン、後衛はシャーリーとルッキーニ、バックアップにペリーヌとエイラの六機編成で行く」
「一体何が始まるんです?」
美緒がおどおどしながらエーリカに聞いた。
「大惨事……」
「エーリカ、いい加減にしないか。残りの三人は基地で待機……じゃなくて、この二人の面倒を見てくれ。お前達なら出来る筈だ」
「は、はい」
「了解」
「よし、急げ!」
監視所から届いた報告メモをひったくると、全員がハンガーに向かって駆け出した。
「……なあ」
「なんだ?」
「何で“全員”来るんだ?」
「……私に聞かないでくれ」
「みんなどこいくの?」
「競争?」
ミーナと美緒が口々に疑問をぶつける。
「これからちょっと戦いに」
「何と戦うの?」
「どんな悪いヤツなの?」
「宮藤、リーネ。後は任せた」
ハンガーに到着し、めいめいがストライカーを装着する。
「すごい、なんか履いてる!」
「面白そう! 耳生えた!」
目を輝かせるミーナと美緒。
「……いい加減、なんか殴りたくなってきた」
「まあまあ、抑えて抑えて」
「この状況で……どうしろと言うんだ」
「……あれ?」
「どうしたリベリアン」
「あたしのストライカー、こんな時に限って調子が……」
トゥルーデはストライカーをタキシングさせながらシャーリーの元に近付いた。シャーリー自慢のストライカーが妙に咳込んでいる。
「整備は終わった筈じゃないのか?」
「昨日まで万全だったんだけどな……」
「……なんであたし見るの? そんないじってないよ?」
「『そんな』? ルッキーニ、まさか……」
「そんなの、叩けばすぐに直りますよ」
美緒があっけらかんと言う。
「直るか!? ストライカーは精密な機械だ」
「精密……。じゃあ違うなぁ」
ミーナが指をくわえながら、ストライカーをじっと見て言う。
「今、あたしの国をさりげなく馬鹿にしたな?」
「とりあえず、えい!」
美緒は容赦なくシャーリーのストライカーに蹴りを入れた。幾ら精神的に幼くとも、身体と力は普段と全く変わらない。
当然、横方向からの激しい衝撃を受け、弾みでストライカーごと地面にごろごろと転がるシャーリー。
「リベリアン、大丈夫か?」
「いたたた……なんて事するんだ少佐。考えられないよ。……あーあー、ボディへこんじゃったよ」
「ほら、直った」
確かに、咳き込んでいたストライカーは快調に回りだした。
「この手に限るんです」
自慢げに言う美緒。
「なんだかなあ」
トゥルーデに腕を引っ張って貰い、ふらふらと立ち上がるシャーリー。
「えらいね。よくやったね美緒ちゃん」
「あたしミカ!」
「ああ、そうだった。なんかややこしいな」
「お父さんもあの筒みたいなの履くの?」
「今は履かないよ?」
「あたしも履きたい!」
「無理言わないの」
「なんか魔女みたいだね……」
「ウィッチだからその通りだけどナ」
「魔女の、バアさん……」
ミーナと美緒はペリーヌを指して呟いた。
「……釜の中で殺される!」
抱き合って震える二人。
「誰がバアさんですか!? もう我慢なりませんわ!」
「銃を向けるなペリーヌ!」
「シャレにならん、もう誰か止めろよ」
「離してください! 少なくとも中佐にバアさんと言われるだなんて屈辱ですわ!」
「こわいよ、お父さん」
「ああ、大丈夫だから。ほら」
美緒を抱きしめてあやしてあげる芳佳。芳佳の胸ですりすりして喜ぶ美緒。しかしふとリーネに気付いて言った。
「お母さん、なんで鉄砲持ってるの?」
「うわ、リーネちゃん、何してるの」
「ちょっと構えてみただけ。あとはトリガーを引くだけ……」
「坂本さん撃っちゃダメだよ! リーネちゃん、私達夫婦だよ?」
「ああ、そうだったっけ」
「何をやってるんだお前ら……。出撃だ! 全機続けぇ!」
「了ぉ解~ぃ」
だらだらと六機はハンガーを抜け、ネウロイ目指して飛び立った。
「すごい。お空とんでったね」
「そうだね」
「二人とも、とりあえず、戻ろ? お父さんとお母さんが、美味しいおやつご馳走してあげる」
「ホント? ありがと!」
「芳佳ちゃん……馴染んでるけど、どこか不自然」
「いや、細かい事気にしたら負けかなって思って」
芳佳は照れ笑いをして、頭を掻いた。
やがて日も暮れる頃、ネウロイを何とか仕留めた六機が帰還した。
「こんな時に限っててこずるとは」
「今日は厄日だよ、ホント」
「とにかく、基地に残したあいつらが気になる。急ぐぞ」
ストライカーをぞんざいに整備士に預けると、デブリーフィングも放り投げ、ミーナ達を探した。
ロビーからピアノの音がする。
サーニャだ。とても楽しそうに、ピアノを弾いている。
目線の先には、ケーキやお菓子で口のまわりをべたべたにしながら、楽しそうに聞いているミーナと美緒の姿があった。
その横では芳佳とリーネも穏やかな表情で二人をあやしている。ケーキとお菓子を用意したのも二人だ。
「和むけど……奇妙な光景ダナ」
「……少し慣れてきた」
「順応速度が速過ぎだリベリアン。おい宮藤。どうだ、二人の様子は」
「あ、皆さんおかえりなさい。この通りです」
「大体見れば分かる」
「少佐、何というお姿で……」
「泣きたい気持ちも分かるよ、少しは」
「あー、あたしもケーキたべたーい」
「ルッキーニ、お前は我慢しろ」
「ちょっと良いカ、大尉?」
「ん?」「なんだ?」
二人の大尉が同時に振り向いた。エイラは少しぎくりとしながら、声を潜めて言った。
「さっき目にしたんだけド、あの腕輪、怪しいと思わないカ?」
「腕輪?」
「そう言えば、二人は腕輪をしてるな」
「あの腕輪を触ろうとするト、妙に嫌がル。何か有るかも知れなイ」
「腕輪を調べれば良いのか」
「問題は何と言って二人に渡して貰うかだナ」
「力ずくでいいんじゃない?」
「待て。精神年齢はアレでも、身体はいつもと一緒だ。さっきのストライカーみたいにぶっ飛ばされるのがオチだぞ」
「やってみなきゃ分からないんじゃないの?」
「じゃあお前がやれ」
「なんだよ。堅物の方が力強いだろ? あんたやりなよ?」
「い、や、だ」
「じゃあエイラ、お前が試しに」
「嫌ダネ」
「……分かったよ」
シャーリーはずかずかと近付き、強引に腕を取って腕輪を握り、何故かびりびりとしびれた挙げ句
二人から同時に強烈な平手打ちとげんこつを喰らい、床にのびた。
「言っただろう。こうなるって」
「私が悪ぅございましたよ、と」
「お姉ちゃん、怖い……」
「待て。お姉ちゃんは私だけだぞ?」
「堅物は何でそこに拘るのかね~?」
そんな中、エイラはサーニャに近付いた。ミーナと美緒に微笑みかけながら、軽やかな音色を出していく。
「……楽しそうダナ」
「なんか、久し振りに弾いて、喜んで貰えたから」
「私と一緒の時は、あんまり弾いてくれないナ」
「だって……」
「……ホントだ。二人って微妙なんだね」
ミーナが興味津々とばかりに二人を見ている。
「私達をソンナ目でミンナー!」
「で。どうするよ堅物。このまま夕食で就寝とか、絶対に有り得ないだろ」
「そうだなリベリアン。さっきエイラが言ってた事が少し気になる。調べてみるか」
「どうやって」
「とりあえず話を聞いてみれば良いんじゃないか?」
しかし二人はいつの間にか、リーネと芳佳をそれぞれ抱き枕代わりに、眠りに付いていた。
「ふたりとも、甘えん坊さんなんですね」
「少佐! わたくしというものがありながら……」
「お。今がチャンス」
そーっと近付き、腕輪をぐいと掴んだ瞬間、先程と全く同じ目に遭い、床に這いつくばるシャーリー。
「懲りないな、リベリアン」
「いけると思ったんだけどねー」
「この二人、わざとやってないか?」
「それにしては演技に気合入りすぎだよ」
「起こすと厄介な事になるから今のうちニ、手掛かりを探すのはどうダ?」
「ほほう。と言うと?」
「中佐と少佐がこうなる前ニ、何処で何をしてたカ、調べル」
「なるほど。良いアイデアだ」
「では、まず二人が居たであろう、執務室へ行こう。……皆、そっとしておけよ。二人に触れるなよ。絶対だぞ?」
トゥルーデは念を押すと、顔にアザの出来たシャーリー、そしてエイラを連れて執務室に向かった。
机の上には、埃まみれの本が数冊置かれていた。
「なんだコレ?」
「ラテン語とブリタニア語で何か書かれてるな」
「ラテン語は読めないが……ブリタニア語は一応読めるな」
「……基地の収蔵庫に宝が有るって書いてル」
「宝、ねえ。また怪しいものを」
「それがあの腕輪なのカ?」
「収蔵庫って何処よ?」
「私は知らなイ」
「私も知らん」
「あたしもわかんない」
「……調べようがないな。とりあえず、手掛かりはあの腕輪だ。戻るぞ」
戻った先では、早くも争奪戦が繰り広げられていた。
「おどきなさい豆狸! 少佐はわたくしが!」
「だめです! ペリーヌさんは乱れきってます!」
「芳佳ちゃんそこどいて!」
「リーネちゃんまでどうして? 私達夫婦だよ? てかそのボーイズしまって!」
ミーナの耳元では呪文の様にエーリカが囁いている。
「トゥルーデとエーリカは夫婦で、トゥルーデとエーリカは夫婦で、トゥルーデとエーリカは夫婦で……」
「う、うん……」
頷き、顔をしかめながら眠るミーナ。
興味本位でそ~っと腕輪に触れたルッキーニは、触れた瞬間に電流でも喰らったのか、びりびりとしびれた様子で、ぱたと倒れた。
「お前ら……何をやってるんだ!」
「ルッキーニ大丈夫か! 起きろ」
「バルクホルンさん、大声出しすぎです。起きちゃいますよ」
二人はうっすらと目を開けた。
もしや記憶が? と期待した一同だが、すぐに淡い希望はうち砕かれた。
「お父さん」
「……はいはい?」
「お母さん」
「……な、なぁに?」
「お祖父ちゃん」
「だから私はお姉ちゃんだ!」
「お、お姉ちゃん」
「そう、それでいい」
「頑固だね、堅物は」
「なあ、ちょっと良いカ、二人トモ?」
エイラは喧噪の中、目を覚ました二人に近付いた。
「私はこう見えてもホンモノの占い師なんだゾ。二人の事も全て解るんだナ」
「ホント?」
「私の占いは当たル」
「嘘だっ」
周囲のツッコミには屈せず、エイラは続けた。
「今からやる占いにハ、その腕輪が必要なんダ。大丈夫、ちょっと見るだけだからナ。絶対に触ったり取ったりしなイ」
「本当?」
「嘘は言わないゾ」
「見るだけなら……いいよね?」
「そう、見るダケ。私に見せてごらン」
「はい」
二人は素直に、腕輪を見せた。じっくりと観察するエイラ。ひとしきり色々な角度から見たあと、大尉ふたりに振り返って言った。
「ルーン文字ダ」
「ルーン文字?」
「うんと昔に使われていた文字ダヨ。主にカールスラントやバルトランド、ここブリタニア等で使われてた筈ダゾ」
「ふむふむ、それで?」
「この文字は占いや呪術にも使われてイタ。だから、この腕輪には何らかの魔術か呪いが掛けられている……カモ」
「『かも』って、アバウトだな」
「見ただけじゃこれがせいぜいダナ」
「お姉ちゃん、何か分かった?」
ミーナが身を乗り出して聞いてきた。
「だからお姉ちゃんはこの私だけだと……」
「はいはいお姉ちゃんお姉ちゃん」
「離せリベリアン!」
「……そうダナ。見えたゾ。二人は結婚シテ、これからも幸せに暮らせるナ」
「本当? やったよミコ! ボク達結ばれる運命にあったんだ!」
「嬉しいわリーナ! 早速結婚式をしましょう!」
「……見ていて何か寒気がするゾ」
「お待ちなさい! ふたりが結婚など、このわたくしが絶対に許しません!」
「だからその物騒なレイピアをしまえって!」
「この泥棒猫!」
「待て、早まるな!」
遂に色々な意味でキレたペリーヌがミーナを狙い、鋭い突きを繰り出す。
しかし、いつの間に持っていたのか美緒の扶桑刀が素早く一閃し、レイピアを真っ二つに折った。
そのまま切っ先をペリーヌの喉元に突きつける。
「ひっ!」
腰の力が抜け、へなへなと崩れ落ちるペリーヌ。ゆっくりと刀を鞘に収めると、ミーナを心配して抱きしめた。
「こわい人はもうやっつけたから大丈夫よ」
「ありがとう、ミコ」
「少佐、記憶が無くても剣さばきだけは冴えてるな」
「しかも手加減容赦なしだナ」
「ペリーヌ、立てるか?」
「なんか、もうわたくし……どうでもよくなりましたわ」
風が吹いたら飛びそうな位の軽さで、ペリーヌは呟き、床に寝転んだ。
「なんか可哀想だぞ」
「……そっとしておこう」
「さて、良いカ? 二人とも聞くんダ。ここは魔法のお城。結婚するにハ、この腕輪を外さないと結婚出来ない決まりなんダナ」
「ええ!?」
「そんなあ!」
「そして、この指輪を代わりに付けると、めでたくも結婚の証になるンダゾ?」
二人に銀色の指輪を見せる。食い入る様にみつめるミーナと美緒。
「それ、何処で仕入れた?」
シャーリーが横からヒソヒソ声で聞く。
「ロンドンの骨董品市。ふたつセットを特売で売ってタ」
「幾らで?」
「ハンバーガー四個分位かナ?」
「安いな」
エイラはミーナと美緒に向き直ると、決断を迫った。
「さあ、どうすル二人共? その腕輪を外して結婚するカ、腕輪をつけたままこのお城で死ぬカ」
「いや、怖いよお母さん!」
「お父さん、助けて!」
「中佐……私の胸で遊ばないでください!」
「坂本さん、私胸揉まれても困ります!」
「エイラ、何もそんなに驚かさなくても」
「さあ、どうすル、王子様とお姫様?」
「よし、ミコ、決めた! この腕輪を取って、二人で結婚しよう!」
「わかったわリーナ!」
二人は抱き合うと、そのまま腕輪をするっと外し、揃って気を失い、床に倒れた。
「中佐! 少佐!」
突然の昏倒に一同が慌てふためく中、ささっと素早く腕輪を回収するエーリカ。
「やっぱり。二人が外すと思わない限り外れない仕掛けなんだナ。さっきのシャーリー大尉とルッキーニ見て直感しタ」
「中佐と少佐どうするよ? 起こしてみるか?」
「多分、元に戻ってるハズ」
「あのままだったら、この部隊は間違いなく崩壊するぞ……。ミーナ、起きてくれミーナ!」
トゥルーデの声に反応したのか、ミーナはゆっくりと目を開けた。そしてがばと起き上がると、周囲を見回した。
「ミーナ?」「中佐」「ミーナ中佐」
一同から声を掛けられたミーナは、しばし呆然としていたが、ふっと息をつくと、皆を見て言った。
「どうしたの貴方達? 何してるの?」
「ミーナ、私が分かるか? お前の名は何だ?」
「どうしたのトゥルーデ、おかしな子ね。あら、美緒も寝てるし」
「おお!」
どよめきが起こる。
「やっぱりあの腕輪が原因だったのか」
「まさに呪いの腕輪ですね」
「ミーナ、さっきの事は覚えてるか?」
「さっきって?」
にっこり笑い、普通に首を傾げる。
「そうそう、美緒に言われたんだったわ。美緒、起きて」
美緒も気怠そうに頭を起こした。そしてミーナと全く同じ反応をして、呟いた。
「お前らどうした?」
「少佐も戻った!」
「何が、どうしたんだ」
「ああ良かった……のか悪かったのか」
「意味深ダナ」
「美緒、宝物は?」
「そうだった。……どうしたんだろう?」
「やだ、忘れたの? ……実は私も忘れたんだけど」
「そもそも、どうして私達は埃まみれなんだ?」
「ホント。……やだ、美緒も私も口のまわりべたべた。何これ?」
「全然覚えてないみたいダナ」
「どうする、二人にさっきの事言うか?」
「言ってどうにかなるのかヨ?」
一同は黙り込み、しばし沈思し、誰ともなしに言った。
「そっとしておこう」
美緒とミーナ以外、うんうんと頷く501のメンバー。
「そう言えば、あの腕輪どうした?」
「あれ? 誰か持ってたよな?」
「おい、堅物。それ……」
トゥルーデはちくちくとした違和感を覚えて腕を見た。例の腕輪がついていた。
「おわ? 何で?」
「はい、これ。私達お揃い~」
エーリカが満面の笑みを浮かべる。腕には、先程の腕輪がしてあった。
「馬鹿! それを付けたら…ッ!」
トゥルーデがエーリカに触った瞬間、二人は雷に打たれたかの如く、突然びくりと身体を震わせ、昏倒した。
「ちょっ! 今度はこの二人かよ?」
「もう面倒ダナー」
「外せ! とにかく外せ!」
腕輪に触った瞬間、しびれて次々と倒れていく一同。美緒とミーナはその様子をじっと見ていたが、
「何やってるんだあいつらは?」
「楽しそうね」
とだけ言って、部屋に戻っていった。
end