sisterly


突然に、彼女は目覚めた。身体の自由が利かない。足と手を縛られている。
すぐ横に、見知らぬ人が立っている。東洋人っぽい出で立ちで、手には僅かに湾曲した剣を持っている。
「目覚めたか。……お前の名は? 階級は?」
これは尋問? おぼろげに足元を見る。ここは……何処? 全く分からぬ頭を巡らせる。
「ここは何処だか分かる?」
目の前には、きりりとした面持ちの人が立っている。二人とも衣装が違う。これは一体どう言う事? と思考する。
「分からない……ボクは、誰?」
東洋人は溜め息をつき、言った。
「いきなり暴れたりしないだろうな」
「そんな事は、しない」
「なら良いか?」
「ええ」
すんなりと拘束を解かれる。彼女は背伸びして立ち上がった。
「名前も分からないのか」
「名前、名前……」
手を見る。指に指輪、腕に腕輪がしてある。服を探っているうちに、一通の手紙が出て来た。
……そうだ。宛名だ。これで分かった。彼女は頷き、言った。
「ボクの名は……ゲルトルート・バルクホルン。トゥルーデで良い。トゥルーデと呼んでくれ」
「何故そう思ったの?」
「この手紙。宛名にそう書いてあるから。ボク宛の手紙だ」
「なるほど」
「私達は、誰だか分かる?」
「ええっと。……リーナ、とミコ?」
聞いた瞬間にボッと火が点いた様に顔を赤くするふたり。
「その名は止めて頂戴!」
「お前わざとやってるのか!?」
「とんでもない。ただ……ううっ」
立ちくらみを起こし、よろける。
「おい、大丈夫か」
「大丈夫。ちょっとふらっとしただけ。……さて、行かなくちゃ」
「何処へ行く?」
「ボクには、やらなければならない事が有る。だからそれをやりに」
「何を?」
「みんなを守るため。だからボクはお姉ちゃんにならないといけないんだ」
「はあ?」「お姉ちゃん?」
びっくりする二人。
「まずは……」
いきなり東洋の人を掴むと、反撃の隙を全く与えず、首筋にキスマークを付けた。
「お、おい!」
「ボクの事、お姉ちゃん、で良いよね?」
「お、お前まで!」
「ちょ、ちょっ……」
慌てて立ち上がった欧州系の人にも組み付き、吸い口を付ける。
「お姉ちゃんで良いからね」
「こ、この子達……どうしちゃったの?」
外で激しい物音がする。数人の足音が聞こえ、遠ざかる。
突然扉が開く。やや大柄で豊満な体つきをしている人が息を切らして飛び込んできた。
「大変だ! ヤツが武器庫の方へ!」
「何!? お前達揃いも揃って何をやっていた!?」
「そんな事言われても……、お? やっと起き……うわっ何すんだ!」
「お姉ちゃん、で良いよね?」
「何やってんだお前まで!?」
「ボクはゲルトルート。トゥルーデで良いよ」
「はあ? お前は何を言ってるんだ?」
ふと見る。既に首に付けられた跡を見て、呟く。
「この感じ……まさか」
「おい、ちょっと?」
ぎゅっと首を吸う。うひゃあと悲鳴を上げた大柄な人を放すと、扉の向こうを見た。
「止めないと!」
真剣な表情を作ると、突然走り出し、部屋から出ていった。

「シャーリー、エーリカを止めろ! あいつもおかしい!」
美緒は首をさすりながらシャーリーに檄を飛ばす。
「見りゃ分かりますよ! ……おい待て! 話を聞けぇ!」
シャーリーは回れ右して走り出し、エーリカを追った。
「とりあえず作業員・関係者の全員は、基地からの退避を。これは命令です。直ちに退避しなさい」
ミーナは基地全体に警報を出し、退避勧告を出した。訳も分からずわらわらと細い道を逃げていく関係者達。
「これは私達ウィッチーズだけで何とかしないと」
「全く、どうしてこんな目に……」
美緒の呟きを逃さず、ミーナが痛い視線を向けた。冷や汗をかきながら、美緒は軽く、苦笑いしてみせた。

自称“トゥルーデ”は、指おり数えて呟いた。
「あと、残りは七人……」
「あ! 居た!」
「少佐、発見しました。ハルトマン中尉ですわ」
「……見つけた」
「?」
「ちょ、ちょっと? ハルトマン中尉?」
大きな捕獲網や杖、縄を持ってうろうろしていた二人組を目にすると、ぐっと顎を引き、構えの姿勢を取った。
そのまま素早く飛びつき、まずは眼鏡の娘を羽交い締めにする。
「ひっ! な、何を……」
「お姉ちゃん、で良いよね?」
「な、何を言ってるのですか? 気を確かに!」
首筋を見る。既に付けられていた。
「……この痕、お姉ちゃんか」
「ちょ、ちょっとお止めください? いやあ」
負けずにキスマークをひとつ、つける。
「ああ、ぺたんこがまたやられ…ギニャー! 離して!」
瞬間移動したかの如き速さで、小柄な娘を掴まえる。
「ボクの事、お姉ちゃんで良いよね」
「いやああ! シャーリー助けてぇ!」
「答えは聞いてない!」
同じくキスマークを付けると、へなへなと崩れ落ちる二人を後目に、走り出した。
「あと五人……しかし、先にお姉ちゃんがいるとは……何処?」

「ペリーヌとルッキーニもやられた?」
無線で半泣きの二人から連絡を受け、美緒が慌てる。
「どうしましょう」
ミーナがこめかみに指をやる。
「あいつまで武器庫に行かれると厄介だ。何が何でも武器庫を封鎖しなければ」
「私達も行きましょう」
「ああ」
ミーナと美緒は急ぎ、執務室から出ると武器庫を目指した。
突然、無線で連絡が入る。
珍しく、怯えて悲鳴に近いサーニャの声が聞こえる。
『いやああ!』
『サーニャにソンナコトスンナー! うわ、わああアァァァ……』
「おい、サーニャ? エイラ? 返事しろ! 二人とも!?」
返事が無い。美緒は舌打ちをした。
「何てこった」
「あの二人まで……」
「なんて節操の無いヤツラだ。急ぐぞ」
「ええ」
「全員聞こえるか? 武器庫を何としてでも封鎖しろ! そしてあの二人を止めろ!」
『武器庫封鎖出来ません!』

“トゥルーデ”は全員が何処かに集まっていくのを肌で感じた。
「成る程。みんなを守るには好都合だ」
その場所目指して全力で走る。
途中、やはり同じ場所を目指しているであろう、二人組を見つけた。
「あ! エーリカさん!」
「ハルトマン中尉!」
「この匂い……いっただき~っ」
近い距離に居た、お下げの少女を組み伏せる。
「いやあ! 離して!」
「ボクの事、お姉ちゃんでいいよね?」
答えも聞かず首に吸い口を付ける。まだ自分以外、マークはついてない。ぺろりと舌なめずりをする「トゥルーデ」。
「これは良い」
しくしくと泣くおさげの少女をそのままに、もう一人の少女に近付く。
「お姉ちゃん、って呼んでよ」
「ハルトマンさん、やめてください……お願いですから」
「ボクはトゥルーデだ!」
「ええ!? どうして?」
「芳佳、ちゃん……もしかして、二人、入れ替わっちゃったのかな」
「そうかも……ひっ!」
「今日からボクがお姉ちゃんだよ」
東洋人の少女を掴むと、身体を壁に押しつける。
「やめ……ハルトマンさん……目を覚まして」
唇が迫る。
「待てぇ!」
突然の銃撃。反射的に身をかわすと、東洋の少女を後ろに下がらせて守り、腰を低くして構える。
「その妹は俺のものだぁ~!」
両手に機関銃を持ち、乱射しながら突っ込んでくる、やや大柄な少女。
「妹は渡さん!」
構えの姿勢から飛び出すと、銃撃をシールドで弾きながら交錯した。
「待て! 相手はこのボクだ!」
「この感じ……お姉ちゃんか!」
「貴様もかっ!?」
片手の機関銃をもぎ取り、腰溜めに構える“トゥルーデ”。
「お姉ちゃんは俺一人でいい」
ゆらりと立ち上がる、もう一人の“お姉ちゃん”。
「バルクホルンさん、何言ってるんですか!?」
「バルクホルンはボクだ! ボクがトゥルーデだ!」
「ええ!?」
「ハルトマンさん、何を……」
「ハルトマンはこの俺だ! 俺がエーリカだ!」
「ベルクホルンさん、間違ってます!」

「そいつが、最後のひとりか」
芳佳を見て、“トゥルーデ”と“ハルトマン”は向き合った。
「芳佳ちゃん……どうしよう」
「ハルトマンさん、バルクホルンさん、止めて下さい!」
「止めないでくれ。これは、みんなを守る為の戦いなんだ!」
「違う! お姉ちゃんはこの俺一人でいい」
「何て不純な!」
“トゥルーデ”は“ハルトマン”を糾弾した。
「二人揃って不純過ぎます!」
芳佳とリーネの叫びも届かず、じりじりと間合いを詰める“トゥルーデ”と“ハルトマン”。
ぴたりと止まると、二人は銃撃を始め、その距離を一気に縮めた。
「きゃっ!」「いやっ!」
伏せる芳佳とリーネ。
恐ろしい事に、“トゥルーデ”と“ハルトマン”は銃弾を互いの銃弾で弾き飛ばし続け、一発も身体に当てる事なく、
そのまま銃口を突き合わせ、暴発させてしまう。シールドが間に合わず銃が暴発し、衝撃で吹き飛ぶ二人。
「ああ、二人とも!」
『宮藤! リーネ! 今何処だ! 何が起きた!?』
「ハンガーです。バルクホルンさんがMG42持って武器庫から出て来て……今、ハルトマンさんと銃撃戦を」
『何!? 全員を向かわせる。とにかく武器庫を』
「もう、遅いです……」
『この無線を聞いている全員、ハンガーに集結せよ! 繰り返す、無線を聞いている者はただちに……』
“トゥルーデ”と“ハルトマン”は、ぐしゃぐしゃに壊れたMG42を捨て去ると、血まみれのまま立ち上がり、ゆっくりと構えた。
「ここまでやるとは。出来るな」
「お姉ちゃんとして、ボクはみんなを守る!」
「抜かせ! お姉ちゃんはこの俺だ! 俺の邪魔をするなら、たとえこのお姉ちゃんでも!」
「お姉ちゃんを駆逐する!」
二人は雄叫びを上げると、一気に飛び掛かった。扶桑の空手演舞宜しく、見事な蹴りと拳が幾つも相手をかすめ、飛ぶ。
そこへ501の全員が集まってきた。皆一様に、首にキスマークを付けられている。ほぼ全員が二箇所。
「誰かあいつら止めろよ」
呆れてシャーリーが呟く。
「無理ダナ」
へとへとになったサーニャを肩に担いでエイラが言った。
「でも、二人揃ってなんであんな事に?」
「腕輪に決まってんダロ。どうすんダヨ、アレ?」
美緒は魔眼を使って取っ組み合いの喧嘩を続ける二人を見ていた。
「坂本さん、何故見てるんです!?」
芳佳が驚いて振り返る。
「何か弱点とか、そう言うものは無いかと思って」
「ネウロイじゃないんだから」
「やっぱり、あの腕輪だな。見え方がおかしい。微妙にブレて見える」
「ええ!?」
「どうするの美緒? 仮にも隊のエース二人が殴り合いは、まずいんじゃない?」
「いや、見ろ。実際には二人ともお互いの攻撃が全く当たってない。怪我もしてないし、大丈夫だろ」
「そう言う問題じゃなくて……」
「しかし見事な演舞だな。二人とも、華麗過ぎるな」
「坂本さん、感心してる場合じゃないです!」
全員の心配をよそに、勝負はあっけなくついた。強烈な突きと、ガードの拳が交差し、腕輪が触れ合った。
途端に、二人は電流が流れたかの如く硬直し、崩れ落ちた。
「お、おい、二人とも!」
「今ダ! 二人を……」
「待て、うかつに触れるな!」
美緒が全員を制止する。
そんな中、薄目を開ける“ハルトマン”。同じく倒れたままの“トゥルーデ”に手を伸ばし、呟いた。
「やっぱり……お前には勝てなかったよ」
意識が朦朧としながら、答える“トゥルーデ”。
「何故……嘘だ、そんな事……」
「俺もなりたかったよ……お姉ちゃんに」
「お姉ちゃん……」
二人は手を取り合い、意識を失った。
腕輪が自然と、抜け落ちた。

「この腕輪は、私が保管します。いいですね?」
「ああ。すまん」
ことの全てを皆から聞かされ、また“一部”を思い出したミーナと美緒。
ミーナは腕輪の入った小箱を金庫に収め、鍵を掛け、溜め息を付いた。
「それで、あの二人の“お姉ちゃん”は今何処に?」
「医務室だ。まだ起きないらしい」
「それはそれで問題ね……でも、どうして二人とも名前を間違えたのかしら?」
「ハルトマンは、自分が持っていた手紙を見て言ってたが」
「あの手紙……筆跡見る限り、エーリカからのよ?」
「勘違いか。じゃあバルクホルンの方は?」
「今更分かりっこないわね……さて」
ミーナはすまなそうに立つ美緒の後ろに回って、耳元で囁いた。
「どう責任を取るおつもり? 坂本、しょ、う、さ?」
美緒はごくりと唾を飲み込んだ。

end



コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ