幸せの方程式と終戦への鐘


引きずられる。
こう表現する場合、大抵は引っ張って連れていかれることを指すが、今の私は文字通りに引きずられていた。
それこそいくら非力な女の子でも3人集まれば私ぐらい引きずって移動させることができるらしい。
まぁ、なにより私を引っ張っているのは皆魔女であるので下手したら一人でも引きずることが出来るのかもしれないが…

それにしてもこの状況もなんだか恥ずかしいじゃないか。
引きずってなんかいかなくても私は逃げないのに…一体私はなんだと思われているんだ。

廊下をすれ違う女の子たちがクスクスと私を見て笑う。
私は見せ物じゃないんだぞ!
とりあえず可愛い娘がいたので手を振っておこう。
あぁ、顔を真っ赤にしちゃって可愛いなぁ。

そんなことをしていると、3人からなにやら威圧感を感じる。

「ねぇ、エイラ…これ以上増やすつもりなの…?」
「そうですよ、エイラさん。いくら私でもこれ以上は我慢できませんよ?」
「イッルのアホネン!!」

なんだかすごく怒っている…。
一体なにを増やすっていうんだ!!
というかニパの言葉があまりにも胸に痛い。
どうして…一体どうして私がアホネン呼ばわりされなくてはいけないんだ!
15年生きてきて一番傷ついたかもしれない。
なんだか涙がでてきちゃったよ…

「ぐすっ…そんなこと言わなくてもいいじゃないか。一体私がなにをしたっていうんだ!」

こうも理不尽な叱責をもらっては私もたまったものではない。
私だって怒るんだからな!

「本当に…エイラは…ダメ。」
「教育を間違えましたかねぇ…。」
「たらし!」

どうやら、やはりまた私が悪いらしい。
理由の分からない他者の怒りに触れるというのはなかなか恐ろしいものだ。
自らは決して怒らせるつもりなどないのだけれども、理由が分からなければ解決のしようもない。
そんな状態の中にもう何日も放り込まれているんだ。
私はそろそろ限界かもしれない…

「そんなことより、今から一体どこに行くんダ?」

この話を続けても甚大な害を被るのは自らであることは分かりきっているので、私は話をそらすこととした。

「そんなこと…?」
「少しひどいんじゃないですか?」
「それだからイッルはダメなんだよ。」

なんだか予想に反した所で怒られた…
3人にとっては今の話題は‘そんな’扱いして良いものではなかったらしい。

「ご、ゴメンナ!私が悪かったヨ。だからどこに行くのか教えてくれヨ。」

こんな時は謝るに限る。
だってどう考えても自分が悪いのだから、反抗しても傷口を広げるだけだ。

「エイラさんは本当にしょうがない人ですねぇ。今から皆でお風呂ですよ。昨日は色々あって入れませんでしたから…」

そういえば私も昨日は心的ダメージのせいでお風呂に入らず部屋に帰ったんだった…

あれ?
つまり私はお風呂に入ってない3人のにおいをくんくんしていたのか?
それは怒られる訳だ…なんだか怒られている理由が分かってしまったぞ。
それにしても、本当に3人のにおいはいいにおいだったんだ。
それはつまり私がかいでいたのは彼女たち本来のにおいであって…それで幸せになっていた私はもしかしたら変態なのか…?

いや、そんなことはない。
誰だってあんなにいいにおいをかいでいたら頭がとろけてしまう。
それに比べて私ときたら全くの無臭。
いいにおいなんて欠片もしない…悲しくなってしまうじゃないか。

「ではエイラさん、大浴場に行きますよ~。」

エル姉が号令をかける。
その姿はなんだか子供みたいで可愛らしい。
向かう先は大浴場。普通スオムスではサウナに入るものだが、このカウハバ基地には湯船が存在する。
なんでも、あの穴吹智子が‘湯船につからないなんて信じられない!’と言い張ったらしい。
それでも最初のうちは無視もできたが、中隊の成果が上がってくるとさすがに無視はできなかったようで、浴場が整備されることになったようだ。
そういう訳でカウハバ基地には意外としっかりした浴場があるんだ。
それ以来、なんだかんだで湯船を伴う入浴はスオムスの乙女たちにも受け入れられ、なかなか盛況している。
まぁ、私も無理言ってサウナを作らせたから似たようなものなんだけど…

「あれ?ちゃんと湯船にお湯は入ってるのカ?」

まだ昼前のこの時間、普段ならば湯は抜かれてしまっているはずだ。

「あぁ、それは大丈夫です。お風呂に入れそうもないって困っていたら、なんだかたくさんの子たちが朝風呂を準備してくれるって言ってくれましたから。」

エル姉には意外とファンの女の子が多いんだ。
少佐という立場にいながら誰にでも優しく礼儀正しいし、なんだかニコニコしていたり困ったりしている姿は年上なのにほっておけない。
そんなエル姉だからファンが多いのも頷ける。
まぁ、本人は全然気づいてないのだから、なんて鈍感なことだろう。

「なぁニパ?エル姉って鈍いよなぁ。」

ニパに囁く。

「エル姉もイッルには言われたくないだろうさ。」

なんだかニパが不機嫌そうに言いながら頭をバシバシ叩いてくる。
なんで私が私がそんな扱いされなきゃいけないんだ!

「ほらほら、喧嘩してないで行きますよ?」

エル姉が言うんなら仕方ない。私たちは浴場へと向かった。

ーーーーーーーー

それにしてもなんだかドキドキしてこないか?
私の頭の中にはそんなことばかりがこだましている。
でも今はそんなことを伝える宮藤はいない。
あぁ、でもこれは天国かもしれない。

服を脱ぎ終わると、なにやらエル姉とニパから視線を感じる。
きっと私の後ろにいるサーニャを見ているんだ。
いくらエル姉でもサーニャの裸をそんなに見せるわけにはいかない!
ニパになんか絶対見せてやるものか。
そう思い、私はサーニャの前に立ちはだかる。
ふふふ、見たければ私を倒してから見るんダナ!
エル姉とニパの頬が段々朱に染まっていく。
一体どうしたんだ?
そんな私の前に何故かサーニャが身を乗り出す。

「見ちゃダメ…。」

いや、サーニャが私の前に立ちはだかってどうするんだよ。
私が隠した意味がないじゃないか。

「ほら行くゾ、サーニャ!」

サーニャのあられもない姿を見せるわけにはいかない。
そう思い私はサーニャの手を引っ張って浴場へ飛び込んだ。

「待ってくださいよ~!」
「おい、待てよイッル!」

エル姉とニパが私を呼ぶ。
どんなに言ってもサーニャの裸は見せてやらないよ!

「ほらサーニャ、湯船につかるまえに身体を洗わないとな。」
「うん。」

サーニャの髪と身体を洗うのはずっと前からの私の仕事だ。
サーニャは意外とずぼらな一面を持っていて、私がやってあげないとダメなんだ。
それはお風呂だけでなく寝る前の衣服の整理においても同じことである。
いつかしっかりと言い聞かせてあげなくてはいけないとは思っているのだが、
私の心はどうやらそんな関係をすっかり気に入ってしまったらしく、決して強くなど言えはしないのだ。
それは私にとって、大切な大切な場所だったから。
いつからかサーニャはしっかりと私の心に住んでいて、こんな風に二人でいると、なんだか熱いものが胸を焦がすんだ。

「エイラさん!」
「イッル!」

そんな私の心境を知ってか知らずか、エル姉とニパの声が私の耳に飛び込んでくる。

エル姉とニパのスケベ!
そんなにサーニャの裸を見たいか!
サーニャを守るために立ち上がろうとした私の肩が押し戻される。

「ほら、エイラさんもしっかり座ってください!」
「ちゃんと背筋を伸ばせ、イッル!上手く洗えないじゃないか!」

………なにが起こっているのだろうか?
状況が上手く飲み込めない。
まぁ抽象して述べるならば、私もサーニャと同じ状況になっていたってことだ。
正確に述べるとするならば、ニパが私の背中を流して、エル姉は私の髪を洗っていた。

エル姉に髪を洗ってもらうのは随分久しぶりだった。
そういえば、まだ入隊したばかりの頃は、なんだかいつも不安で、寂しくて、私は四六時中エル姉のベルトをつかんで離さず、お風呂だっていつも一緒だった。
私の髪を洗うエル姉の手は、いつも優しさに溢れていたけど、実は少しだけ不安だったっけ…。
石鹸が目に入るのを怖がって目を瞑ってしまったら、気づかないうちにエル姉がいなくなってしまうんじゃないかと怖くて、私はいつも目を開けて髪を洗ってもらったんだ。

今、私の髪に触れているエル姉の手は、思い出と変わらず優しくて、だけど昔と違って怖れなんて全く感じなかった。
それは、エル姉が注いでくれた優しさで私の心はすっかり満たされ、溢れた優しさは新しい大切な人をたくさん連れてきてくれたから。
あの頃からたいした時間は経っていないはずなのに、いつからか私のまわりには大切な人が随分増えた。
でもやっぱりそれは全部エル姉のおかげで、私に触れるエル姉を感じると、なんだか暖かいものが私の胸に溢れた。

ニパとこんな風にすることも長い間なかった気がする。
501部隊に参加するまでは私たちはいつだって一緒に戦った。
被弾なんてしたことない私といつも撃墜されるニパ。
凸凹コンビだなんて言われていたけど、実は私は意外とそれが好きだったんだ。
今考えると、もしかしたらニパは私の初めての友達なのかもしれない。
ニパと初めて会ったときの私には、基地の中にエル姉しか大切なものがなかったんだ。
でも気づいたらしっかり私の中にニパがいた。
二人でいたずらしてエル姉に怒られたり、大型のネウロイを二人っきりで落としたりもした。
私たちはかけがえのないパートナーだった。
ニパといるとなんだかいつも胸に熱いなにかを感じた。

もしかしなくても私は幸せなのかもしれない。
守ってあげたいサーニャがいて、共に歩きたいニパがいて、そしてずっと見守ってくれるエル姉がいる。
針のむしろみたいに思えた現状だってなんだか楽しく思えてくる。

「私ばっかりやられている訳にはいかないゾ!ほら、サーニャもニパもエル姉もまとめて洗ってやる!」

そうだよ。みんなで仲良くすればいいんだ。
一緒に洗いっこすればあんな風にギクシャクなんてしなくなる。
私たちは洗ったり洗われたりなんだかよく分からなかったけど、なんだか楽しく過ごしたんだ。

ーーーーーーーー

「いいお湯ダナー。」

洗いっこも終わって湯船に身体を沈める。
あぁ、なんだか心までぽかぽかしてくる。

「本当にいいお湯ですね~。お風呂をわかしてくれた娘たちに感謝しなくちゃダメですね。」

エル姉は顔をすっかり緩ませてなんだか眠ってしまいそうだ。

「生き返るな~。」

いつも死にかけているニパが言うと説得力がある。
すっかりだらけきっちゃって…写真におさめてやりたい。

「気持ちいい…。」

サーニャもなんだか幸せそうで、私までニコニコしてしまう。
あぁやっぱりサーニャは可愛いなぁ。

最近は怒った顔ばかりだったから、皆がニコニコしているだけですごく嬉しくなってくる。

このまま平和ならいいなぁ。そう私は思っていたんだ。
でもやっぱりそんな訳にはいかなかった…


「そういえばエル姉、今日中に決着つけるんだよな?」
「そうですよニッカさん。そうしないと色々とお仕事にも影響がでちゃいますからね。」
「負けない…!」

あぁ、3人が話をしている。
なんだか不吉な予感がするのは私の予知の賜物なのか、それとも気のせいなのか…。

「ねぇ、エイラ…そろそろ分かったでしょ?」
「いくらエイラさんでもさすがに分かってきたでしょう。」
「でもイッルだしなぁ…。」

あぁ、どう考えても答えを迫られている。
3人が怒っている原因…あっ、そうだった!

「お風呂に入ってなくてにおいを気にしていたのににおいをかいだのは私が悪かっタ!だからもう許してくれヨ!」

精一杯私は謝ったんだ。あぁ、許してくれるだろうか?

「エイラのバカ…!」
「エイラさんは本当にダメな娘です!私達がいつから怒っているか考えればそれが原因じゃないことぐらい分かるでしょうに!」
「イッルがここまで大バカ野郎だとは思わなかったよ!」

なんだか凄く怒っている。
どう考えても凡ミスをしたのは私なのだから当然のことなのだがそれでもこの圧力には耐えられない。
どうして、一体どうして怒っているんだ。
誰か…誰でもいいから答えを教えてくれ!
私は皆で平和にニコニコして暮らしたいだけなのに…これじゃあ正反対じゃないか!

「あぁ、もう私は我慢できない!大バカイッルに教えてやるよ!」

ニパがそう叫ぶ。やっと教えてくれるのか…これで…これで平穏な生活が戻ってくるんだ。

「ニッカさん、一体どうするんですか!?」
「ダメ…!」

エル姉とサーニャがなにか言っている。
私の目の前にはなんだか頬を真っ赤に染めたニパ。

「イッル…本当はお前に気付いてほしかったんだけどな…。」

ニパはそうつつぶやくと、私に向かって近づいてくる。
えっ!?一体どこまで近づくんだ?私たち今裸だぞ!リンゴみたいに赤く染まったニパの顔が私に近づく。

そして、私達の唇は重なった。

Fin.



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