cycloid


基地に警報が鳴り響く。ネウロイの襲来、ウィッチーズ出撃を告げる「鬨の声」だ。
ブリーフィングもそこそこに、出撃を指示された人員は素早くストライカーを装備し、武器を握る。
「出撃だ!」
美緒の掛け声で、六機のウィッチが一斉に大空へと飛翔する。
前衛バルクホルン、ハルトマン。後衛はペリーヌとリーネ。
美緒は芳佳とロッテ(二機編隊)を組み、ネウロイを目指した。
『間もなくネウロイとの交戦に入るわ。十分注意して』
ミーナから無線で指示が飛ぶ。
「敵発見!」
司令所への応答の前に美緒が叫んだ。身構える一同。
「少佐、コアの発見を」
「分かった。バルクホルン、ハルトマン、あと二十秒したら突入……ま、待て!」
「少佐、何か?」
突入姿勢に入り掛かったトゥルーデが美緒を見る。美緒が珍しく戸惑いの表情を見せている。
「今回のネウロイ……相当厄介かも知れんな」
一同は、迫るネウロイを見る。
以前に遭遇したものと形は似て、円形の太い翼で楕円の本体を覆っている。
ゆっくり回転する円形の翼と、その翼を支える二本の支柱が交差する部分にコアの反応があった。
ネウロイの中央部構造体にコアの反応は無い。
しかし。
コアは二箇所有る、と美緒の魔眼が告げている。
その事を正直に告げると、一同は驚いた。
「コアが二箇所?」
「じゃあ二箇所同時に叩けばいいんじゃない?」
「出来るか?」
「無理なら片方ずつ潰せば良いんじゃないか?」
相談しているうちに、ネウロイが迫り、ビームを撃ち出してきた。
「迷ってる暇は無いな。よし、バルクホルン、ハルトマン、今東側を向いている方のコアから叩く。突入開始!」
「了解」
「行きますか」
トゥルーデとエーリカは共に急降下し、コア目指した。
「ペリーヌとリーネは掩護だ。二人とも、狙えるなら迷わず撃て」
「了解!」
「宮藤は私の直掩だ。ガードは任せたぞ」
「はい!」
見事なコンビネーション。訓練と幾度もの実戦の賜物と言うべきか。
あっと言う間にひとつコアが露出する。
「コアだ!」
急降下を終え、そのまま急上昇に移りながらコアを狙うエースふたり。その動きを見極め、援護射撃を繰り出すペリーヌ。
リーネはボーイズを構え、コアを一撃で粉砕すべく照準を合わせる。
時折飛んでくるビームを強力なシールドで全て防ぐ芳佳。
全員の攻撃が集中し、間もなくコアは破壊される。
だが、美緒の右目に映るコアは、奇妙な輝きを見せた。
「?」
コアは本来、宝石の様にほのかに赤く、僅かに白いものだ。それが攻撃を受けて砕けるまでの一瞬、不気味に青く光ったのだ。
「コア破壊!」
ネウロイは平然と空を飛んでいる。
「あれ、やっぱり倒せないよ」
「もうひとつ壊さないとダメか。面倒な」
「全員、待て!」

美緒は全員を制した。魔眼が、美緒の直感が告げている。このままではまずい、と。
「全員、緊急回避行動だ! 急げ!」
美緒が叫び終わらぬうちに、ネウロイはそれまで溜めていた鬱憤を晴らすかの如く、猛烈なビームを幾筋にも渡って
繰り出してきた。全員のシールドが強固に弾くも、その衝撃か、またビームの独特のものか、猛烈な煙に覆われた。
「くっ、視界が!」
顔にまとわりつく煙を手で払うトゥルーデ。
「全機急上昇! ビームには十分注意しろ!」
美緒の指示で全機上空を目指す。
今まで居た空域はまるで煙幕が張られた様にどす黒く濁り、ネウロイの姿は何処にも見えなかった。
「少佐、ネウロイは?」
「それが……見えない。居なくなったのか」
「こんな短時間で撤退ですの?」
「全員油断するな。まだあの煙幕の中に居るかも知れん。隊列を組み直して警戒しろ」
「了解!」
しかし、数分経ち、海風で煙幕が流された時、ネウロイは居なかった。
「逃げたか……」
「ミーナ、付近にネウロイの反応は?」
『こちらでも反応をロストしたわ。深追いは禁物よ。とりあえず一旦帰還して』
「了解した。……いつ反撃されるか分からん、慎重に行くぞ」
「了解」
追撃を諦めた一同は隊列を崩さず、周囲を警戒しながら基地に戻った。

「コアがふたつ?」
ルッキーニを抱えたシャーリーが驚いた顔をしてみせる。
「ああ。確かにコアは二つあった。そして片方を破壊した途端、ヤツは慌てて逃げ出した」
美緒が説明する。
「やっぱり同時攻撃が良かったんじゃない?」
「しかし、我々六機だけでは心許ないぞ」
「そうだね。じゃあ、次出たら全員で行くってのは?」
「基地の守りは誰がするんだ」
「あ、そうか」
エーリカとトゥルーデの会話。大胆な思い付きと冷静な判断を言い合う二人。
「もしや、それが狙いで?」
ペリーヌがはっとした表情を作る。
「ネウロイがそんな回りくどい事するノカ?」
眠そうなサーニャを抱えたエイラが答える。
「……でも、現にコアが二つ有った、と」
ミーナは報告書を読み、首を傾げた。
「坂本少佐。コアの反応って、これは?」
「ああ。私の見間違いかも知れんが……コアが破壊される直前、青白く光った。今までコアが破壊される瞬間は
嫌と言う程見てきたが、こんな反応は今までに見た事がない」
「コアねえ……」
「青色だから、安全、とか」
リーネが思い付きで言うも一同の微妙な無言を受けて、ごめんなさい、としょげた。必死に慰める芳佳。
「うーむ。確かに、その光り方には何か理由が有るかもな」
「恐らくまた同じネウロイが来る筈。皆、十分に気を引き締めて」
ミーナは報告書をファイルにしまうと、全員に注意を促し、デブリーフィングを解散とした。

その夜。美緒は部屋のベランダに立ち、海から緩く流れてくる夜風に当たっていた。
下弦の月が夜空に映える。
斜め後ろに佇むミーナの名を呼ぶ。
ほのかな月光に照らされた彼女の顔は、何処か憂いを帯びていた。
「どうしたの、美緒?」
静かに語りかけるミーナに背を向けたまま、美緒は月を見たまま、呟く様に口にした。
「私の魔眼だが……これも衰えてきたのかもな」
ミーナは驚きと、やっぱりと言う不安的中が混じった目をした。思わず気持ちがそのまま言葉になる。
「いきなり、なにを言うのかと思えば」
「ミーナも知ってるだろう。私はもう、ウィッチとしての限界は超えている。シールドも満足に張れず、
それでもコアを探す事ならと頑張って来たが……流石に今回ばかりは、私も訳が分からなくなりそうだ」
ひとつ溜め息をついたっきり黙ってしまう。ミーナの言葉を待っているのだろうか。
ミーナはそっと美緒の腕に手を触れ、言った。
「美緒らしくもないわね。弱気になったの?」
そっと手を重ねる美緒。
「いや。私自身の冷静な、客観的な判断だ」
「なら私の判断を言います、“坂本少佐”」
振り向いた美緒の顔は、心なしか迷いと翳(かげ)りが混じっていた。らしくもない、微かに潤む戸惑いの瞳。
ミーナはそんな美緒を諭し、優しく包み込む様に、言った。
「貴方の魔力は、確かに一部では衰えているけど……魔眼の輝きは昔と何一つ変わらないわ。貴方の瞳の輝きも」
美緒はミーナの言葉を聞くと、軽く瞼を閉じ下を向き、暫くしてから、再び月に目を向けた。
「そうか。まだやれる、と言う解釈で良いのか?」
「貴方がそうしたいなら、私は止めません」
ミーナはきっぱりと言い切った。
以前は拳銃を突きつけてでも止めろと言ったのに。ミーナも変わったな……、と内心呟くと、美緒は微笑した。
「感謝するよミーナ。お陰で少し、吹っ切れた」
美緒の顔色に、いつもの凛とした色が戻りつつあった。彼女は言葉を続けた。
「あの疑問も解けそうな気がするんだ」
「疑問?」
「例のネウロイ、ヤツのコアの光り方さ。それには、ひとつの賭けが必要になる」
「賭け、とは何かしら」
「同時にふたつのコアを露出させて、見極めたい。その為に、基地防衛の人員を少し回して欲しいんだ」
ミーナは思わず吹き出した。
「少しも何も……私達、たったの十一人よ?」
「そうか……。そうだったな」
「あと、以前やったでしょう? 私達二人で同時に魔力を発動させる事。これも試す価値、有ると思うわ」
「ああ。やってみよう。頼む、ミーナ」
らしくもない、とミーナは内心思った。“あの”美緒が私を頼り切っているなんて。
(頼ってくれるのは嬉しいけど……できれば貴方はいつもの貴方で居て欲しい)
これが私の本心、と完結させると、美緒の肩をそっと抱いた。
「美緒、もう部屋に戻りましょう。夜風に当たり過ぎると身体に悪いわ」
頷く美緒をそっと部屋の中へと誘うミーナ。
「少しミルクティーでも飲んで、温まりましょう。ブランデーを少し入れると、落ち着くわよ」
「ありがとう」
二人はベランダを後にした。

果たして、昨日と同じ時間に、ネウロイは現れた。
今度は高度を大胆に低く取り、レーダーや監視網をかいくぐって基地に迫りつつあった。
「監視所から連絡です! ネウロイ、基地の至近距離まで到達!」
しかし、お世辞にも上出来とは言えぬ監視報告を受けたミーナは冷静だった。
「今回は運が良いわね」
意味が分からず絶句する係員を後目に、命令を出した。
「基地防衛に宛てる人員を、全員空に揚がらせます。急ぎ警報を!」
間もなく、ストライクウィッチーズ全員が大空へと飛翔した。基地までの距離、残り六マイル。
「今回は全部隊をシュバルム(小隊)に分割します。バルクホルン小隊は右方を、ハルトマン小隊は左方をそれぞれ同時に攻撃。
同タイミングでコアを露出させたら、一時攻撃を中断して。私と坂本少佐がコアを判定します。宮藤さんは私と坂本少佐の掩護を」
「了解!」
「ストライクウィッチーズ、攻撃開始」
ミーナの采配が吉と出るか凶と出るか。
バルクホルン小隊とハルトマン小隊はそれぞれ別方向から攻撃を仕掛け、見事にコアをあぶり出す。
ミーナと手を繋ぎ、魔力を同調させた美緒の魔眼の輝きが、増す。
左のコアが、一瞬青白く光った。
「左か……と言う事は右、右だ! バルクホルン小隊、直ちにコアを破壊しろ! ハルトマン小隊も右方に回り込んで攻撃を!」
「了解!」
「攻撃、来ます」
サーニャの魔導アンテナが輝きを増す。
「逃がすな! 何としてもコアを!」
トゥルーデはエースとしての貫禄か意地か、見事にコアを破壊してのけた。コアにヒビが入る瞬間、いつもと同じ輝きを発した。
コアが砕ける。左側のコアも同時に誘爆し、“心臓部”を壊されたネウロイは緩やかに下降し、爆発し、塵と消えた。
基地までの距離、残り三マイル。ミーナは大きく息を付いた。

美緒を見る。自分の務めを果たしてほっとしたのか、安堵の表情が窺える。同時にストライカーが咳き込む。
魔眼に魔力を集中し過ぎたのか、飛行脚の制動がいまひとつだ。ミーナはそっと寄り添い、肩を貸した。
「すまん、ミーナ」
「言ったでしょう。貴方の魔眼、その力は衰えていないって」
「ああ。少し、自信を取り戻せた気がする。ミーナ、お前のお陰だ。ありがとう」
「貴方の力になれて嬉しいわ」
「さあ、帰ろう。祝いに、あとで一杯……付き合ってくれるか?」
「あら、また?」
「嫌か?」
「喜んで」
役割を終えたウィッチ達がホバリングで近付いてきた。ミーナは美緒に肩を貸したまま言った。
「皆お疲れ様。任務完了です。ストライクウィッチーズ、帰還します」
「了解!」
美緒は帰還の途中、考えを巡らせていた。
(まだこの身体、この目……持つのなら……いけるところまで……もってくれよ……)
不思議と、ミーナを支える肩に力が入る。
「美緒?」
ミーナが美緒の顔を見た。
「いや。楽しみだと思ってな。そうは思わないか?」
「?」
美緒はミーナに微笑んでみせた。
ミーナも美緒の心を察したのか、微笑み返した。

end


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