christmas panic
ルッキーニのニヤニヤ顔を前に、お堅いカールスラント人は至って平静な顔で言ってのけた。
「クリスマス? 特に何もないぞ」
そんなトゥルーデを前に、げんなりするルッキーニ。
「ヴェー つまんな~い。それにあたしの誕生日、明日のイブの日なんだから! 祝ってよ!」
「それはたまたまお前の誕生日とクリスマスが近いだけで、いつもと同じく訓練、哨戒、それぞれの……」
「これだから堅物は~。年に一度の記念日なんだよ?」
シャーリーがいじけるルッキーニの肩を掴んで身を乗り出してきた。ルッキーニも負けじと声を張り上げる。
「そうそう。あたしの国だと、明後日の二十五日から来月まで、ずーっとお祝いなんだよ?」
「随分と長過ぎないか」
「とにかくおめでとうな。せめてルッキーニの祝いはしないとな」
シャーリーがルッキーニを抱いたまま、椅子にもたれて呟く。
「シャーリーなら何でも良いよ?」
「おいおい」
「クリスマス、か……そう言えば、入院中のクリスには何もしてやれなかったな」
「ちょっと。私は?」
トゥルーデの袖を引っ張るエーリカ。
「エーリカ、お前の事は、きちんと考えているぞ?」
「ホント?」
にやけるエーリカ。何かを企んでいる様で微妙に怖い笑みだ。
「堅物さんよ。あんたの国にもクリスマスの行事くらいあるだろ?」
シャーリーがトゥルーデの脇をつつく。
「まあ……カールスラントのある地方では、十二月六日が聖なる日で、子供はお祝いを貰う事になっているが」
「ゲゲゲ! もうとっくに過ぎちゃったじゃん!」
「別に何もやらんぞ?」
「えええ? そんなのヤダー!」
「お姉ちゃん、何かちょうだ~い」
「お姉ちゃ~ん」
「お姉ちゃん!」
「お前ら揃いも揃ってやめんか!」
冷やかし半分のシャーリーとルッキーニ、そしてエーリカを前に、顔を真っ赤にして否定する“お姉ちゃん”。
「じゃあシャーリー、何かちょうだい!」
「あたしの国だとちょうど二十五日がお祝い。その辺はブリタニアと一緒かな」
シャーリーがルッキーニをあやしながら言う。
「じゃあルッキーニちゃん、ケーキ作ろうか」
芳佳が提案する。
「ケーキ?」
「欧州では、クリスマスにケーキ作って祝う習慣があるって、リーネちゃんから聞いたけど」
「確かに、欧州も地方によっては色々有るよね」
エーリカがのほほんと言い、トゥルーデが思いだしたかの様に呟く。
「言われてみれば……カールスラントにも、確かに、三トンもの巨大なケーキをクリスマスの為に三週間掛けて焼き上げ
街の皆に振る舞うと言う行事が有ってだな……」
「スケール大きいですね」
苦笑いする芳佳。
「流石にここでそんなでかいのは作れないから……まあ、小さいのだったら」
「トゥルーデ、ケーキ作れるの?」
「な、何を言う? 作れるぞ。簡単なものなら幾つか……」
「ケーキだったら、私に任せてください。ブリタニアのお菓子は世界一ですから」
リーネが微笑む。
「お待ちなさい! わたくしの国ガリアの誇る繊細かつ優雅な菓子に、ブリタニアの野暮った~いケーキが勝てるのかしら?」
「じゃあペリーヌさん、ひとつ作って貰えませんか?」
芳佳が普通に頼んださりげない一言が、料理下手のペリーヌにブーメランの如く襲い掛かる。
「わ、わたくし……、急用を思い付きましてよ」
「ちょっとペリーヌさん、何処行くんですか!」
「芳佳ちゃん、みんなで作ろう? その方が楽しいよ」
「そうだね。みんなで作ろう」
「私が教えてあげる」
珍しく乗り気と言うかノリノリのリーネ。いつもはどちらかと言うと引っ込み思案気味な彼女とは思えないセリフ。
やはり自分の得意分野となると士気も上がるのか。もしくは芳佳を前にして目の色が変わっているのかは分からない。
「ありがとうリーネちゃん! 皆さんもどうです?」
「私達は全然オッケーだよ。ねえトゥルーデ?」
「まあ……少し手伝う位なら」
カールスラント組も加わる。
「手伝い位なら、わたくしもやってあげてもよろしくてよ?」
「ペリーヌさん、いつの間に戻ってきたんですか?」
「あたしらも入れてくれよ。楽しそうじゃん」
「ウニャー あたしもやるやる!」
シャーリーとルッキーニが挙手する。
そしていつの間に紛れ込んで居たのか、北欧カップルも話を聞きつけてロビーにやって来た。
「サーニャ、どうする?」
「私も……」
「ヨシ! じゃあ私達もヤル!」
サーニャの手を取り、一緒に挙げてアピールするエイラ。
「いいですね! 皆さんでやりましょう!」
「いいねー」
物陰で、そんな隊員達の様子を眺めている者が一人。
美緒だった。
料理……考えただけで寒気がする。
「美緒?」
背後で名を呼ばれ、ぎくりとして振り返る。ミーナだった。
「今から用事があってロンドンに行くんだけれど、何か欲しいものとか有る? ……どうしたの、顔青いわよ?」
「いや何でもない、大丈夫だ。行ってきてくれ。隊の事は私が引き受ける」
「そう。じゃあよろしくね。すぐに戻るわ」
「分かった」
美緒はふうと溜め息をつくと、ミーナの執務室へと向かった。とりあえず口実は出来た。……口実は。
材料をてきぱきと準備しながら、リーネは皆に教える。
「ブリタニアでは、サンタさんが二十五日にプレゼントを持ってくるんですよ?」
「あたしの国もそうだ」
「ロマーニャは一月六日。最終日だよ」
「それじゃお正月過ぎちゃうね……」
「あたしは今ブリタニアに居るから、まずこっちでプレゼント貰って、後でロマーニャ行ってもう一度プレゼントを……」
「二度も貰うつもりかよ? だめだめ、どっちかひとつで十分だ」
「ヤダー! ふたつ!」
「欲張り過ぎると、悪いサンタにこらしめられるよ?」
エーリカがにやける。
「何それ?」
「カールスラントのサンタは双子でね、赤白の服を着た良いサンタと、黒と茶色の服を着た悪いサンタが居て……
悪い子にはお仕置きするんだよ?」
「仕置人がやって来るんですか!? ……カールスラントって恐ろしい国なんですね」
「ミヤフジ、何か勘違いしてない?」
「いえ、別にっ」
「双子のサンタか。まさにエーリカとウルスラだな。但し二人はどっちも“悪魔的”な事が相違点だが」
「トゥルーデ、何よそれ?」
「ホメてるんだぞ?」
「ホントに?」
「さて、今回のケーキのレシピです。クリスマスと言う事で、見た目も華やかなフルーツデコレーションケーキを
作ります。意外と簡単ですけど、これがまた奥深くて良いんですよ?」
「なんか美味しそうだね、リーネちゃん」
「うん。とっても美味しいよ?」
リーネは早速ケーキのスポンジから作り始めた。卵に牛乳、小麦粉、砂糖を用意し、順にかき混ぜ、足していく。
かき混ぜる様子はとてもリズミカルで、音楽を奏でるか、子供をあやしている様にも見える。
リーネは手際よく作業をしながら、工程を説明していく。
「で、ここでよ~くかき混ぜて……」
「そこにこの秘密の目薬を一滴」
リーネはぼけっと見ている一同を見ると、手伝いの指示を出す。
「あ、皆さんは、ホイップとシロップ、フルーツの準備をお願いします」
「どれ、貸してみろ。私がホイップを」
「だめだめ、トゥルーデは力入り過ぎてホイップへたれちゃうよ。貸して貸して。こうしてかき混ぜて……謎の液体をひとすくい」
「ん?」
「気にしない気にしない」
「フルーツのカットなら、このわたくしが……」
「手震えてるゾ。大丈夫カ?」
「邪魔しないでくださいまし」
「まあそう言うなヨ。ほらサーニャ、適当にカットしていこウ」
「うん」
「そうそう気楽にね~。こうして切ったフルーツに、酸化防止にこのレモンと未知の秘薬を小さじ一混ぜてオッケー」
「シロップは……こんなもんでいいかなリーネちゃん?」
「この舶来の軟膏をほんの少し溶かせば……」
「うん、大丈夫」
やがてスポンジが焼けた。
甘~い匂いが台所中に漂い、皆はまず香りを楽しんだ。冷めたところで適当な大きさに切り分け、形をつくり、
スポンジ表面にシロップを塗り、上にホイップを塗りつけ、フルーツをはさみ、上をまた綺麗にデコレートしていく。
「デコレートこそ、わたくしの腕の見せ所でしてよ?」
「並べるだけじゃん」
「お黙りなさい! このわたくしのお祖母様から受け継いだ伝統のガリア的美麗なセンスが……」
「ハイハイその何ちゃらセンスとやらでぱぱっとやってくれヨ」
「全く……」
「ブルーベリーが実家から届いてますから、存分に加えて下さいね」
「すごいね。色も鮮やかで、お店で売ってるのと同じだよ」
芳佳の言葉に、横でホイップを美しく絞り形にしながら、リーネは微笑んだ。
「これくらいは、出来ないと」
三段の高さになったケーキ。ちょっとしたクリスマス気分だ。手作りの緑と赤の飾りを付けて、気分もそれらしくなる。
「出来た!」
「オオー。凄いな、サーニャ」
「うん……」
「へえ、立派だねえ」
「ルッキーニちゃんのお祝いと、クリスマスのお祝いを兼ねてですけど」
「やったー。早速味見しよう?」
「おい待て。クリスマスは明後日だぞ?」
「明日あたしの誕生日だもん! いいじゃん」
「どうする?」
うーんと考える一同。
「まあ、良いんじゃない? ちょうど休憩で午後のお茶の時間だし?」
「あれ、ミーナ中佐と坂本さんは?」
「中佐はロンドンまで用事。少佐は中佐の代理で執務室か司令所に詰めてる筈」
「じゃあ、とりあえずおやつって事で食べましょうか。二人の分は残しておいて」
「よし、いいね」
「しかし……」
トゥルーデが呟いた。
「作業工程の端々でお前の奇行を見たが……エーリカ、何だあれは?」
「ん? 何が~?」
ふふ~ん、と謎の笑みを漏らすエーリカ。
こういう顔をする時が危ないんだ、とトゥルーデは内心思ったが、口には出さなかった。
皆はまずケーキを背景に全員で記念写真を撮る……勿論お祝いと言う事でルッキーニを真ん中に持ってきて……
ルッキーニ本人のリクエストでシャーリーがお姫様だっこをして……それを見て薄くにやけるトゥルーデがカメラに収めた。
ケーキをめいめいに取り分け、かしましいお喋りと共に会食スタート。紅茶の用意も完璧、ちょっとした豪華なイブ前のおやつだ。
「いっただき~」
ルッキーニとエーリカが先陣を切って食べ始める。
そんな中ひとり、先程のエーリカの謎の行動を危惧し、ケーキを恐る恐る口にするトゥルーデ。
「ん? 割と普通……と言うか上出来だぞ。これはうまいな」
素直に感想を述べる。リーネは笑顔で
「ありがとうございます。みんなで頑張って作ったかいがありましたね」
と答えた。
ルッキーニは勢い良くぱくぱくとケーキを食べている。
「おいしー! リーネありがとー」
「いえいえ」
「ほら口、クリーム付いてるぞ?」
シャーリーがハンカチでルッキーニの口の周りを拭う。
「サーニャ、これうまいな」
「うん」
「好きなフルーツ有ったら私のをあげるゾ?」
「ブルーベリー……」
「ヨシ。どんどん食べろヨ」
「ありがとう、エイラ」
「エイラさん優しいですね」
「そ、そんなんじゃネエヨ」
「リーネ、将来ケーキ屋でも開いたらどうよ? ブリタニア料理はアレだけど、ケーキと菓子は美味いからさ。あと紅茶」
シャーリーの言葉に、曖昧な笑みで応えるリーネ。
「そうだよリーネちゃん。リーネちゃんの作るケーキなら、私毎日食べたいな」
芳佳が目を輝かせて言った。
「毎日は……ちょっと太るよ?」
突然、それまで黙々と食べていたペリーヌが顔を真っ赤にして立ち上がった。
そして尻にロケットが付いたかの様に、猛烈な勢いで何処かへ走り去ってしまった。
「どうしたんだあいつ?」
「さあ……」
「まあいいや、とにかく食べよう」
一同は首を捻ったが、とりあえず目前のケーキに集中した。かなり大きく作ったケーキもあれよあれよと言う間に無くなり、
最初に取り分けてしまっておいたミーナと美緒の分以外、殆ど無くなってしまった。
「うえ~ん、もっとたべた~いよぉ」
「無理言わない。基地の中でこんなにうまいケーキ食えただけでいいじゃんか」
「シャーリー、プレゼントぉ」
「明日になったらな」
「今ぁ、欲しいぃ~」
「あのなぁ~」
次第にシャーリーとルッキーニの声が間延びしてくる。
二人して最後の一口を食べ終わる。
「じゃあいいも~ん。シャーリー、食べるからぁ~」
言ったルッキーニに、ぴょこっと耳と、尻尾が生える。
「あたしも……なんか、お前見てて、なんだ、その、食べ……」
シャーリーの身体にも異変が起きた。同じ様に耳と尻尾が生える。そして何処か挙動不審。
「うが~」
ルッキーニは小さく吠えると、シャーリーを押し倒した。勢いでそのまま床をごろごろと転がり、食堂の端に着くと、
二人揃ってお互いに唇を這わせ、唇を重ね、服をむしり取り……ケーキに負けぬ甘い声を遠慮なく出し……
ふたりだけの幸せの中へ。
だがそんな事にはお構いなく、皆は変わらぬ様子でケーキを食べている。
「美味しいね、リーネちゃん」
芳佳がリーネを見て言った。目がとろんとしている。薄く濁り、潤んだ目は、何処か輝きが失せ、瞳孔が開ききっている。
リーネも芳佳を見た。同じ目をしている。
「芳佳ちゃん、美味しそう」
「リーネちゃんも、美味しそう」
二人揃って使い魔の耳と尻尾が出る。同時にゆるゆると抱き合い、椅子ごと床に倒れ……テーブルの下で、もぞもぞと服を脱がし、
キスを交わし、首を舐め、耳の裏を舐め、胸を揉み、また舐める。お互いの甘い声が周囲に漏れるも、お構いなし。
段々と行為はエスカレートし、弾む息と声が高くなる。
勿論、他の連中も我関せずと言った具合だ。
サーニャはケーキの最後の一口をぱくりと食べると耳と尻尾を出し、寝惚け眼に近い目でエイラを見る。
ちろっと、エイラの頬を舐めた。
エイラは電撃が走ったかの様にびくりとし、勢いで尻尾と耳が出る。
そのままサーニャを見ると、ガッと彼女をひっつかみ……まるで子供を口にくわえて巣に戻る親狐の如く……
サーニャを抱えたまま、ダッシュで自室へと籠もってしまった。そこでその後二人に何が起きたかは分からない。
トゥルーデはそんな中、一人だけ辛うじて正気を保っていた。身体が動かない。いや、動いてはいる。
周囲の状況にも動じず平然とケーキを口にし、紅茶を一口飲んでいる。
だがそれはトゥルーデの“理性”としての第三者的な視点で、“野性”の彼女はとうに耳と尻尾を生やし、
同じ状態にあるエーリカの事を、虎視眈々と狙っている。
そして同時に、エーリカにも狙われている。
(何でこんな事に……やっぱり、あのエーリカが仕込んだ謎の薬のせいだな)
視界内を見る。方々でえらいムチャクチャな事になっているが、誰も他人の目など気にしない。
(お前ら揃いも揃って……。てかリベリアンお前、それは年齢的に犯罪的行為だろっ!)
突っ込むも、言葉に出ないのが悔しい。
(エイラはサーニャをくわえてどっか行ってしまうし……しかし、何故皆、使い魔の耳と尻尾が? 何故だ? エーリカ?)
「ケーキうまいな、エーリカ」
(そうじゃない! 私が言いたいのはそう言う事じゃない!)
思考と実際の発言が相当にズレ、また、理性の欠片も段々と野性の本能に押され、消えかかる。
(くそっ、これじゃあこの隊は戦わずして全滅だ……ミーナと少佐に見られたらどんな目に遭うか)
「楽しいな、エーリカ」
「だね。トゥルーデ」
エーリカが微笑む。完全に目に光が無く、どろっと濁った目をしている。瞳の奥の深淵が、語りかける。
まずい、まずすぎる。エーリカまで毒されている。
しかしエーリカの瞳に写る自分の姿を見て驚愕した。
(なんて事だ。私まで同じ目、同じ顔をしている!)
トゥルーデの理性はもう僅かだった。
(どうにかしないと……どうにか……)
「エーリカ……」
「トゥルーデ……お姉ちゃん……愛してるから。だから」
エーリカの発したその言葉で、僅かに残った理性は消し飛んだ。
トゥルーデはエーリカを押し倒すと、服を乱暴に脱がせ、唇を奪う。エーリカも同じ事をしてくる。
本能の赴くまま、他なんて関係ない。とにかく目の前のエーリカが欲しい。
唇が離れる。荒くついた息もそこそこに、キスを繰り返す。首筋を舐め、胸に舌を這わせ、
二人は快楽の坩堝へと堕ちていった。
美緒がやって来た。と言うか荒々しい足取りで食堂へ乗り込んで来た。腰にはペリーヌがくっついている。
「お前ら、何をやってるんだぁ!」
怒鳴り声。しかし誰の耳にも届いていない。
美緒の腰にくっつくペリーヌは、剥がそうとしても離れる気配がない。
使い魔の尻尾と耳が出て、相当な力で抱きしめられているので無理もない。
「ペリーヌ、離れろ! 離れろと言うに」
離れるどころか、どんどん迫ってくる。性的な意味で。美緒はペリーヌを振り払う努力をしながら、芳佳達に近付いた。
「おい! 宮藤! リーネ!」
呼ばれた芳佳達は、それぞれの使い魔の動物宜しく、言葉も発せずきょとんとした……そして濁った目を向けた後、
再び目の前に居るお互いの全身をぺろぺろと舐める行為に戻った。
「宮藤!」
肩を掴むと、ぐるるる、と宮藤が唸って威嚇する。思わずびっくりして手を放すと、リーネにぴたりとくっつき、行為の再開。
他も見回してみたが、同じ状況。皆、使い魔の魔力が解放され、同時に……口には出来ぬ程えらい事になっている。
「どう言う事だ……まさか」
美緒は青ざめた。
「全員、記憶を失ってしまったと言うのか……?」
呆然とした。
ペリーヌは盛んに美緒の唇を舐めようとしてくる。
いい加減面倒になった美緒は素早く当て身を喰らわし、とりあえずペリーヌを昏倒させた。
「許せ、ペリーヌ」
「坂本少佐?」
ぎくりとして振り返る。
「み、ミーナ。いつ戻った?」
「貴方がペリーヌさんを引き回している辺り、かしら」
「だいぶ見ていたんだな……な、なら話は早い。全員記憶が無くなったみたいなんだが、……止めるに止められん」
「困った子達ね……」
ミーナは方々で痴態にはしる隊員達を眺めて、少し恥ずかしげに目を背け、大きく溜め息を付いた。
全員が我に返ったのは、夕食前。
「……あたしら、何やってたんだ? なんで服脱いでんだ?」
「シャーリー、あたし達の身体、キスマークだらけなんだけど」
「うわ? なんだこりゃ?」
斜向かいのテーブルの下では、芳佳とリーネが抱き合い、状況を確認し合っていた。
「芳佳ちゃん……大丈夫?」
「私は平気。リーネちゃんも大丈夫?」
「うん。でも、なんか、私達……その」
かあっと真っ赤な顔をするリーネ。
「私、何にもしてないよ? て言うか全然覚えてないんだけど……あれ?」
芳佳は自分の身体に付けられた幾つもの痕跡を見て驚いた。リーネにもついている。
「どうして、こんな事に……何が有った」
頭を振り、起き上がるトゥルーデ。ケーキを作ろうと、用意を始めた所までしか記憶がない。
後は食堂に散らばる食器やカップ、僅かに残るケーキ、そして一様に自分達の状態に首を捻る隊員を見て、溜め息をついた。
勿論、何が起きたのか、トゥルーデも全然記憶がない。しかし、目の前僅か数ミリの所でトゥルーデを離さない
エーリカの顔、身体、寝息を見て……、微妙に何か思い出すも、すぐに忘れてしまった。
結局、誰も何も覚えていなかった。
ケーキの準備段階までしか記憶が辿れず、皆一様に首を捻る。
皆の服はぼろぼろにくしゃくしゃ、よれよれと言った感じで、髪の毛もぼさぼさ。
身体についた痕を見て何をしたのか想像は付くが、……誰も何も言えなかった。
皆、ほぼ同じ状態だったから。
その晩。ミーナは僅かに残ったケーキを没収すると、ロビーの壁に大きく
「クリスマス禁止」
の張り紙を張った。
「ええーっ!」「何で禁止なんですか?」「あんまりだよ中佐!」
声を上げて反抗する隊員に向かって、ぴしゃりと言い放つミーナ。
「この様な失態を、外に知られたらどうするの!? もっと自覚を持ちなさい」
ケーキを作る辺りからの記憶が無い一同は、ただしょげかえるしか無かった。
その日の晩。ミーナの部屋に呼ばれた美緒は、ベッドの脇に座らされた。お皿と紅茶が出される。
「ミーナ、このケーキは?」
「二人で試してみようかと思って。どうかしら」
「これは……いや、何でもない。気のせいだろう」
「そうそう。ちょっとした夜食だと思って」
ミーナは美緒に声を掛けつつ、部屋の鍵を全て掛け、美緒の前に座る。
ケーキを見、ごくり、と唾を飲み込んだ。
end