もしサーニャがミーナの部屋に間違って入ったら


ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの朝は早い。
隊長として夜間哨戒に出ていた隊員を出迎えて
報告も聞かなければいけないし、朝のミーティングの
準備もしなければならない。
だから必然的に彼女の朝はほかの隊員よりも早く、
起床ラッパがなるころにはすでに起きている。
彼女以上に早いのは自主的に朝の訓練をする坂本美緒少佐くらいだろう。

(……そろそろ時間ね)
ミーナは滑走路に立ち、夜間哨戒から戻ってきたサーニャ・V・リトヴャク中尉を迎える。
程なくサーニャの姿が見え、だんだん近づいてくると空から滑走路に着陸し、ミーナの目の前で止まった。
「……報告します。ネウロイの出現はなし。哨戒中に特に異常はありませんでした」
小声で報告すると軽く会釈をしてサーニャは去っていった。
よほど眠いのか、少しふらついてる。
これから自室に戻って眠るのだろう。

基地へと戻っていくサーニャの頭の上に一瞬、輝くアンテナが見えた気がした。
ネウロイがいるのかとミーナは空を仰いだ。
もちろんネウロイは影も形も見えない。
目を戻すとサーニャの頭の上にもアンテナはない。
当たり前だ。
先ほど異常はないと報告を受けたばかりなのだから。
ミーナの見間違えだろう。

(疲れてるのかしら? このところ立て続けに出撃や上層部からの呼び出しがあったし)

一つため息をつくとミーナも朝のミーティングに出るべく基地へ戻っていった。

朝のミーティングにサーニャの姿はなかった。
いつもサーニャといるエイラ・イルマタル・ユーティライネンが心ここにあらずといった表情で参加していた。
サーニャと喧嘩でもしているのか。
あまり仲違いが続くようだったらフォローを入れておいた方がいいかもしれない。

皆を解散させてから、自分は執務をするべく隊長室へ行く。
しかし隊長室の椅子に座ったところで資料を自室に置き忘れていたことにミーナは気づいた。
(ほんとに疲れてるのかも……)
ミーナは深く深くため息をついた。

忘れ物を取りに戻ろうとして自室の前まで来ると、ドアが開いている。
(ドアが開いている? ……誰かが入ったの?)
一瞬いやな想像がミーナの頭をめぐる。
ミーナはドアの横の壁に身をつけ、ゆっくりと自室をのぞいてみた。
見えたのはベッドの上に倒れているサーニャの姿だった。
「サーニャさん!?」
急いで、彼女のそばに寄る。
サーニャはうつぶせで顔を横に向けたままミーナのベッドの上で健やかな寝息を立てていた。
「……部屋を間違えたのかしら?」

サーニャは服を着たままだった。
よほど眠たかったのかもしれない。
「しわになっちゃうわね」
ミーナはサーニャの上着とベルトを脱がして傍らにたたんでおいてやった。
冷えないように毛布をサーニャに掛けてやって、ミーナはベッドの傍らに腰掛けた。

サーニャの疲れた寝顔を見て、ミーナはふと顔を曇らせた。
「ごめんなさい。もう少し夜間哨戒の配置を考えてあげられればいいのだけど……」

ウィッチは元々絶対数が少ない。
さらに夜間哨戒が満足に出来るナイトウィッチなんてそうそういない。
故に夜間哨戒の出来るサーニャばかり負担がかかってしまう。
ミーナもその点は危惧をしていて、自分も含め昼間勤務のウィッチたちにも練習を兼ねて月に何日間かのロッテでの夜間勤務を課してはいる。
しかし自分の目と耳、そして地上からの指令だよりの彼女たちは、レーダー能力を持つサーニャほどには上手く哨戒できてないような状況だった。

顔を曇らせたミーナを慰めるかのようなハミングが聞こえてきた。
夢でも見ているのか、サーニャが眠りながら歌っていた。
「この歌は……」
ミーナにも覚えがあった。
この歌はピアノを習い始めて最初の時に習う子守歌だ。
簡単でそれでいて優しい曲だ、と弾いたことのあるミーナは思っていた。
(ピアノの練習をしている夢でも見ているの?)

ミーナもサーニャにあわせてハミングで唱和してみる。
ハミングで歌いきるとサーニャは幸せそうに微笑んだ。
(……この子もこんな顔で笑うのね)
ミーナは、遠慮がちに、あるいは少し寂しげに笑うサーニャしか見たことがなかった。
この笑顔が向けた先は自分が知らない夢の中のサーニャの家族なのかもしれない。
ともかく彼女のこんな幸せそうな笑顔は滅多に見られないだろう。
少しきまりが悪いような、うれしいような気分になってついミーナは苦笑した。
(いつか、その笑顔をみんなに見せられるときが来れば良いのだけれど)

ポンポンと時計が鳴った。
そろそろ執務室に行かなくては。
「おやすみなさい、いい夢が見られると良いわね」
ミーナは立ち上がり、机の上の資料を取ると部屋から出て行った。



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