クリストシュトーレンと無限遠の君


シュトーレン、シュトーレン。

雪が舞い始める頃、二人で焼いたシュトーレン。
両端から一切れ一切れ。確かめ合うように食べること。それは大事な二人のセレモニイ。



       『クリストシュトーレンと無限遠の君』


雪の影が散らつき始める12月。私は毎年決まってシュトーレンを二本焼く。
二本焼くのにはもちろん理由があって、それは一緒に食べたい大事な人が今はここにいないから。
その子はこういうことに大抵興味無さげに振る舞うのが常で、
毎年私が楽しみにしてやまないこの儀式もだから君は少々面倒くさいことと感じているのかもしれない。
普段は家事一切なんてほとんど手をつけない私がやるものだから、余計そう思うのか。
確かに私は掃除も洗濯も人一倍苦手だけど、料理だけはそうじゃないんだよ?
する時はするわけで。ただ、本当にそれを食べてほしい人が側にいないと思うと急に冷めてしまうのだ。
料理も、気持ちも。
栄養さえ満たされていれば味なんて二の次のトゥルーデじゃ、作るこっちだって味気ない。
501にいるのはカールスラント人の私たち以上に味覚のおぼつかないブリタニア人やスオムス人。
まともそうなオラーシャの女の子は私の作る料理を新手の殺人兵器だと思い込んでた。
それでも、私の焼くシュトーレンはそれを食べた少数派からは評判がいいんだ。
まあそんなこと、はじめからわかってる。
だってそのシュトーレンは、私の一番のお客さんを笑顔にさせた魔法のパンなんだから。

シュトーレン、シュトーレン。

この季節に二本のシュトーレンを焼くようになって何年になるだろう?
それは、私と君が思い立ったその日に顔を合わせられないくらい離れてしまった年月に一致する。
だから、私は二本焼かなきゃいけないシュトーレンに少し悲しくなるのだ。
毎年のように誰かから訊かれる、どうして二本?の問い掛けにも。
ごまかすように曖昧な返事を返しながら、焼きたてのそれが冷めるのをじっと待つ時間。
私は灰色に霞む遠い空の向こうにいる君の姿を想像する。
本当は分かっている、それがどんなものなのかなんて。例えば、覗き込んだ姿見に映る姿だとかで。
生まれた時から私たちは同じ姿で、同じ顔で。
でも、私には分からなかった。
あの時、スオムスへ行くと言った時の君の瞳の中の自分が、本当に君と同じ顔をしていたのか。
そしてその時から、私たちが同じ一つの未来へのトンネルを掘り進むこともなくなっていた。

シュトーレン。

坑道。それがシュトーレンの意味だ。石炭を掘り進んだ掘削跡のような無骨なパン。
そんな意味さえ知らなかった二人の子供は、――いや、なにかにつけて頭のいい君は
あるいは知っていたのかもしれないけど――冷たさが両脚に染み入るようになるこの季節の
特別なこの甘い甘いお菓子に心ときめかせ、その先にまばゆいほどの未来があると信じて疑わなかった。
優しい私たちの母さんが焼いてくれたそれを真似て、二人で粉まみれになりながら焼いた最初の一本。
母さんは気づかれない振りをしながら本当はちゃんと見ていて、悪戦苦闘する私たちを……あれ?
ああ、あの人はくつくつと笑いを噛み殺しながら見てたんだ。まったく私たちの母親らしい意地の悪さだ。
それでもなんとか形になったのは私たちが不出来でも母さんの娘だったということなのかもしれない。
焼きあがった不格好なシュトーレンから立ち上る甘い匂いに、私たちは顔を見合わせた。
嬉しくて、嬉しくて。それは普段、感情なんて欠片ほどにしか表さない君でさえ、頬を緩めていたくらいに。
後から考えれば、それは、家族全員で揃って迎えた最後の聖誕祭だったのだけど。

シュトーレン、シュトーレン。

親愛なるウルスラ・ハルトマン様へ
ウーシュ、元気にしてますか。風邪をひいたりしてませんか?
スオムスの冬はことのほか寒いのでしょう? 同僚のスオムス人がなんの自慢か声高に主張してました。
そういえば、スオムスにはサンタクロースがいるそうですね。私たちは本場のサンタとやらを見てみたくて
そのスオムス人を羽交い締めにしてサンタクロースの格好をさせました。
メンバーの何人かが、今にも襲いかからんばかりに興奮していたのが気になりますが大丈夫でしょう。
エイラ、お願いだから私に助けを求めるのはナシで、ね?
でももう、こんな季節なんですね。本当に一年があっという間。
というわけで毎年のことになりますが、今年もちゃんと二人分焼いたので送ろうと思います。
また? なんて言わないで。これでも一生懸命焼いたんだよ?
あなたからの返事と、……また会える日のことを楽しみに待ってます。        姉より


丁寧に包んだシュトーレンにカードを添えて、スオムスに送る。それはここ毎年の決めごと。
送ったそれがどう食べられているのか、あるいは食べられないままなのかは分からない。
送った量も一人ではさすがに持て余すくらいだから、スオムスのみんなで分けて食べているのかな?
もしそうだったら。そう思うとすごく嬉しくて、ほんの少しだけ寂しい気持ちになる。
つまり君がそのくらい気心の知れた仲間とともにあるということなのだから。
本当は……、と思う。君の中で私の存在はほんの小さなそれに過ぎないのか、
あるいはもっと疎ましいだけのものなのかもしれない。いや、きっと多分そうに違いない。
でも、それを確かめる術はなくて、なにより確かめるのが怖くて、
私は年が明ける頃にようやっと返ってくる、短い『おいしかった』の返事をただ信じるしかなかった。

クリスト、クリスト、シュトーレン。

一度だけ四人で同じシュトーレンを分け合ったことがある。
ゲルトルート・バルクホルン、クリス・バルクホルンにエーリカ・ハルトマン、ウルスラ・ハルトマン。
つまりバルクホルン姉妹とハルトマン姉妹というわけで、私も本来姉側に括られるはずなのだが、
あの重度の姉バカの主張するところにより、トゥルーデと可愛い妹たちという関係が構築されていた。
実はそれはさほど奇妙な主張でもなく、私たちとクリスはほとんど年が同じで
休暇ともなればいつも一緒に過ごすくらいだったから、私たちは本当に姉妹のようだと思っていたのだ。
そんなかけがえのない関係も、君が一人バルト海を超えて行った頃から崩れ始めた。
クリスがいつ醒めるとも知れない眠りについてからはもうそんな関係があったことさえ。
それでもこの季節がやって来ると、同じシュトーレンを焼いているのだ。
「こんなこと、意味なんてあるのかな?」行き場をなくした心の中をそんな言い方でぶつけながら。
その問い掛けにトゥルーデは真剣に悩み込んで、歩きながら基地をぐるりと一周するほど考え込んで。
「上手くは言えないけど、私はみんな大事だと思ってる」それがトゥルーデの答えだった。
それはやっぱり答えになんてなってはいなかったけれど。でも、私にはそれで十分だった。
私たちはみんなお互いが誰よりも大事で、ただそれがいつの間にか見えなくなってただけなんだ。

シュトーレン、シュトーレン。

だから今年、私は一本のシュトーレンを焼いた。そう、いつもの二本じゃなくて。
それは君のことをもう考えなくなったとかじゃない。もしかしたらはじめから出来ていたのかもしれないこと。
何度も目を背けて遠回りしたそのことを、今度こそすると決めたから。
私は、私はただ一本のシュトーレンを、君と一緒に食べるんだ。だから――――私は君に会いに行く。

シュトーレ、シュトレン、シュトーレン。

降り立つそばから凍りそうな空気が私を出迎えた。思ってたよりもずっと冷たい氷の世界。
こんな場所に君がずっといたなんて。戦い続けていたなんて。私には想像も出来なかった。
本当に君はここにいるのだろうか? そんな疑問さえ頭をよぎる。
君と同じ部隊の人が迎えに来てくれると聞いていたけど、そういやそれがどんな人かは確かめなかった。
辺りを見回して途方に暮れる。短い髪の先がパリパリと音を立てた。
「……これは驚いたな」
「ほんとうに、そっくりですね」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこには二人の女性が立っていた。私よりだいぶ背の高い二人。
薄い金髪の可愛らしい人がぴっとり寄り沿っているところを見ると、二人は恋人なのかもしれない。
そしてその二人の外見の特徴が、君から届いた手紙にあったそれと一致しているのに気づく。
「えっと、」
「エリザベス・ビューリング、階級は少佐だ」
「ようこそスオムスへ。同じくエルマ・レイヴォネン少佐です。エーリカ・ハルトマン中尉ですね?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
私は多分緊張していた。カチコチになったまま挨拶を返す。
よく考えれば、ミーナや坂本少佐よりも年上の人の下で、なんて久しぶりだった。
年明けまでの短い間だといってもついつい肩に力が入ってしまうんだ。……なによりそこには、君がいる。
「性格は随分違うと聞いていたが……なるほどそうかもしれないな」
「そうですか? 私はとってもよく似てると思うんですけど。
 ま、それは置いといて。行きましょうか! エーリカ中尉が会いたい人、ちゃんと待ってますよ」

古びてはいるけど手入れの行き届いた宿舎。その端にある食堂が目的地のようだった。
501のそれよりいくらか大きくて、ぐるっと見渡してやっと全体が把握できるほどの広さ。
その隅に、本当に隅っこに私はやっとその姿をみつけたんだ。
「ウーシュ!」
思わず出た叫び声。君はぴくんと肩だけ反応してから本に落としたままの視線を面倒くさそうに持ち上げる。
嬉しくて、懐かしくて、涙が出そうで、私はもう駆け出していた。ウーシュ、ウーシュ、ウーシュ……っ。
「……くるしい」
やっと聞けた第一声はそれだった。それは私がぎゅうぎゅうと身体ごと抱きしめているからなんだけど。
記憶の中の君と姿はだいぶ大人びて、同じハズの普段覗き見る自分の姿とも少しずつ違う気がするけれど、
でも、抱きしめた身体の体温や匂いや声のトーンはあの頃の君のままだった。
「ウーシュ、ずっと逢いたかった」
今度はそっと呼びかける。腕の中でもぞもぞと身体を動かした君の頭が胸元に押し当てられる。
それじゃ、顔、見えないよ。今どんな表情してるの?
……私がここに来るまで一番不安だったこと。君は本当は逢いたくなかった?
聞きたくて、でも聞くのは怖くて、結局腕の中の君からの回答は後回しになった。

「エーリカじゃナイカ!」
「エイラ、サーニャも!」
この声もなんだか久しぶりだ。スオムスに戻ったダイヤのエース。飄々とした雰囲気は相変わらずだ。
驚いたのは――実はそれほど意外でもなかったんだけど――横に501の頃と同じようにサーニャがいたこと。
着ている服もスオムスのそれだった。
「ハルトマン中尉、お久しぶりです。あ、エーリカ中尉って呼んだ方がいいんでしょうか?」
「エーリカ中尉か。イイナ、ソレ。私も呼んじゃうゾー」
「あはは、どっちでもいいよ。二人とも元気そうだね」
ニッコリ笑ったサーニャが比べるように、私たちを交互に見やる。
その反応ももう何年もなかったものだから、なんだかくすぐったい気分になる。隣の君も照れたみたいで。
でも昔はこの反応をされた時、君がほんの少しだけ不機嫌になったのを思い出す。
私は気にもならなかったそんなことも、君にとっては離れていった大きな理由の一つなのだろうか。
「……でも、ほんとうにそっくり」「ダナ」「ですね!」「見分けがつかないな」
「そんなことない」
ビューリングさんとエルマさんも加わって、頷きあう4人に君が不満そうな声を上げた。
その矛先はおよそビューリングさんだったようで、見上げるように向けられた視線を受け流しながら、
ビューリングさんは笑いを堪えきれないように口元を押さえながらくしゃくしゃと君の髪を、
ああっ、なんてこと! そんな、私だって撫でたことしかないのに!
私が猛然と抗議するとビューリングさんはついでというように私の髪もかき回す。
「なんかうらやましいな。オラーシャでもウルスラ少尉からエーリカ中尉のこと聞いてたんです」
「じゃあ、サーニャはブリタニアに来た時はもうエーリカのこと知ってたンダ?」
「ねえねえ、ウーシュは私のことなんて言ってたの?」
「うん。……エーリカは、わたむぐっ!?」
勢い込んで訊く私の質問に答えようとしたサーニャの口が、疾風のように塞がれた。
それを見たビューリングさんが今度こそ吹き出す。それを睨みつけながら君の頬は赤く染まっていた。
そっか。君はそんな表情もするようになったんだ。
昔のまま、昔のままと思い続けて、ずっと同じ場所にしがみついてた私とはきっともう違うんだ。
年が明けたら、私も、
「もう少しお姉さんに甘えたっていいんですよ、ウルスラ少尉?」
「毎週手紙、楽しみにしてるじゃないか」

――――!
「そうなの、ウーシュ!?」
みんなから隙のない包囲網を敷かれて、ついに君は観念したみたいだった。
ゆっくり向き直って、ふーっと息をつく。眼鏡の向こうの瞳が揺れながら私を見つめる。
不意に伸びた二本の腕が私の肩に廻されて、記憶の中のそれよりずっと強い力で抱きすくめられた。
「ウ、ウーシュ? みんな見てるよ?」
「……無事でいてくれれば、それでいいと思ってた。
 でも、逢いたくなかったって言ったら、きっとそれは嘘だから」
その言葉がなによりも嬉しくて。目の奥が熱くて視界がぼやける。
負けないように、精一杯の力を込めて、私も君を抱き返す。熱いのはもう目だけじゃなかった。
「……なんだか、まるで恋人同士みたい」
「コッチガハズカシクナルジャナイカー」
それを聞いて、急に恥ずかしくなった私を、君はもっと強く抱きしめる。
あれ? もしかして、怒ってる? 慌てて手足をバタつかせてみたけれど、どうにも離してもらえない。
観念しなきゃいけないのは私の方だったのか。目を閉じて、心の中でゆっくり深呼吸をして。
もう一度、私は君の背に廻した腕に力を入れた。
「逢いたかったよ、ウーシュ。いつもそう思ってた」
「……私も」
時間が止まったみたいで、心臓の鼓動とぐっと飲み込む息の音だけが部屋に響く。
ふと気づいてみると4人がじっとこっちを見ていたから、私は頭まで真っ赤になるしかなかった。
エルマさんなんか両手で顔を押さえていて、もうどっちが恥ずかしいのかわからないくらいだ。
「……そろそろ行くか? みんな待っているだろう」
「あ、そうですね。もうきっとパーティーの準備出来てますよ」
「あの、私、シュトーレン焼いて持ってきたんです」
私は鞄からその包みを取り出してみせた。
それを見たビューリングさんが苦笑しながら君の背をポンと叩いた。
「一言、言ってやればいいだろう? 毎年、誰よりも楽しみにしてたと」
背を押された君は私の手から包みを取って、それをぎゅっと押し抱いた。
「一緒に食べよう、エーリカ」
「……うん!」
今年のシュトーレンは、今まで食べたどのシュトーレンよりもおいしいんだ。私はそう確信する。

シュトーレン。シュトーレン。

きっとそうだよ、ね?                              fin.


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