メリークリスマスを君だけに
12月25日。
それが示すのはクリスマス。もちろん聖夜って言ったって構わない。
まぁ、ネウロイの侵攻も熾烈を極めるこのご時世だが、それでもやはり、今夜だけはブリタニアも眩くライトアップされている。
クリスマスといえば街中はカップル、カップル、親子連れ、カップル、カップル、カップル、カップル、カップル、
カップル、親子連れ、カップルといった具合で、大量のカップルとエッセンス程度の親子連れが闊歩しており、なんとも独り身には辛い暗黒の日だ。
しかし、ご多分に漏れず私も今日はサーニャと夜間哨戒だ。
その見苦しいルビをやめろだって?
それは…ム・リ・ダ・ナ!!!!
このルビと隣のサーニャだけが私の荒んだ心を癒やしてくれる。
この心の支えがなくなったならば私はたちまち発狂して街に溢れるカップルを狩りに行きかねない。
あぁ、なんで私たちがデートを諦めて、夜間哨戒なんかに…いや、夜間哨戒なんかに行かなくてはならないんだ。
まぁ、考えてみればそれは当然のことであった。
なぜなら、私はネウロイにキリストの誕生日を祝う慣習があるなんて聞いたことはないし、
彼女へのクリスマスプレゼントを買いにロンドンまでやってくるネウロイだって見たことない。
なにより、家族と過ごすために有給を取るネウロイだなんて想像したくないよ。
だってそんなネウロイは撃ち落とせないじゃないかー。
つまりネウロイはクリスマスだろうがニューイヤーデーだろうがイースターデーだろうが年中無休。
一体お前はどこの大型チェーン店なんだって有り様だ。
まぁ、もしネウロイにクリスマスのご馳走を食べる慣習なんてあったならば、今日は特別な日だからロンドン塔食べちゃうぞー、
なんて言い出しかねないからどっちにしろ私たちにクリスマスを静かに過ごせる訳なんてないってことだ。
今日は私とサーニャの恋人になってから初めてのクリスマスだっていうのに…
私だって女の子なんだから今日ぐらいは好きな娘とデートがしたかったよ…
もちろん夜間哨戒じゃない正真正銘のデートの方だ。
今日のためにこっそりロンドンまで行ってきて、シルバーのペアリングなんて買ってきてしまうぐらいに私はこの日を楽しみにしていたんだ。
それが蓋を開けてみればデートはすっかり夜間哨戒に早変わり。
なんでネウロイの編隊の目撃情報なんてあるんだ。
それにしては空は全くもって穏やかだし、サーニャのアンテナにもなにも引っかかりはしない。
まぁよくある見間違いってやつなんだろうけど、なにも今日という日にそんなこと起こることないじゃないかー!!
サーニャもサーニャで、デートが潰れたっていうのになんだかご機嫌で、歌までとびたしている。
それがまた私の心を抉るんだ。
サーニャは私とのデートなんてどうでもよかったのかな…
サーニャは私のことなんて嫌いになってしまったのかな…
そんなことばかりが考えられて、すっかり私の心は塞ぎこんでしまう。
「エーイラ!」
がっくりとうなだれながら飛行していた私の腰に抱きついてくる小さくて愛しい影はサーニャだ。
引っ込み思案で、まだ隊のみんなともしっかりと会話するまではいかないサーニャだけれど、
2人で部屋にいるときや、2人っきりの夜間哨戒のときにはなんだかちょっぴり明るめで、抱き癖もあるみたいだ。
私の腰に手を回すサーニャの体はどうしようもなく暖かく、柔らかかった。
けれども、それでも私は少し不機嫌だった。
「なんでそんなに上機嫌なんだヨー!サーニャは私とデートしたくなかったのカヨ…。」
恨みがましく言ってみる。
「ふふっ…エイラったら可愛い。そんなこと気にしてたの?」
くすくすと笑いながらサーニャが答える。
その姿はとても幸せそうで、ますます私の心は締め付けられた。
「サーニャは私のこと嫌いになっちゃったのカヨ…?」
もうすっかり私の声からは元気なんて無くなっていて、絞り出したみたいなへなへなした声しかでない。
でも、あんまりにひどいと思うだろ?
「エイラ…?私はエイラと一緒ならいつだってデートだって思ってるよ?部屋にいるときだって、街にお出かけするときだって、それに夜間哨戒だってね。」
そう言ってサーニャがふわりと微笑む。
「でも、クリスマスに夜間哨戒ダゾ?サーニャはそれでもいいのかヨー?」
やっぱりやっぱり、イルミネーションのキラキラした明かりの下で手をつなぎながら雪をみたりしたいじゃないか…
「私はエイラとの夜間哨戒が世界で一番好き…。だってとっても広い夜の空にいるのは私とエイラの2人きり…。ここならどんなにエイラに甘えたっていいんだもの。」
私の腰に回るサーニャの腕がギュッとしまった。
なんだかサーニャの柔らかい感触が…少しおっきくなったんじゃないか?
「わ、私だってサーニャが一番好きダ!あぁ…サ、サーニャとの夜間哨戒が一番好きダー!」
思わず恥ずかしいことを口走ってしまった。
サーニャがニヤニヤと微笑んでいる。
「私もエイラが一番好きだよ。」
やっぱり聞かれてるよな…私の顔はすっかり火照っているのだろう。
夜風がひんやりと頬を撫でるのを一際強く感じた。
あっ、そういえば…恥ずかしいついでに済ませてしまえ!
「サ、サーニャ!渡したいものがあるんダ!」
私はベルトのポケットからしまってあった箱を取り出し、ぱかりと開ける。
サーニャに見られないように…
「エイラ、なぁに?」
サーニャがニコニコと私の返事を待っている。
くぅぅ…可愛いなぁ…。
「少し目を瞑っててクレ!」
そう言うとサーニャはすっと目を閉じる。
私はサーニャの目が閉じられているのを確認すると、少し迷ってからサーニャの小指にリングをはめた。
「もう、開けてもいいヨ。」
目を開けたサーニャは、優しく微笑むと、嬉しそうにくるりとロールした。
「でもエイラ…少し違うんじゃないかなぁ?」
サーニャが唇を突き出して不機嫌そうな顔をつくっている。
うっ…やっぱりサーニャには分かっちゃうか。
「な、なにを言ってるのか分からないナー!」
でもあまりにも恥ずかしくて、照れくさくて、私は知らない振りを決め込むこと
にした。
「この指輪、ちょっと大きいよ?ほんとは薬指にはめるんでしょ?」
そうだよ…それはサーニャの薬指に合わせて買ってきたんだ。
でも、薬指にはめたりしたらなんだか…なんだかプロポーズみたいじゃないか!
いや、本当はそのために用意してきたんだけど…
「そうだヨ…確かにそれは薬指用ダヨ…。」
恥ずかしくて、恥ずかしくて私の喉からはか細い声しかでない。
「嬉しいっ!」
サーニャがそう言って私に抱きついてくる。
うぅ…だから柔らかすぎるんだよ…なんだかネジがとびそうだよ…。
「そうだ、エイラ…私からも。」
サーニャが私に腕輪をはめる。
サーニャも用意してくれてたのか…どうしようもなく頬が緩んでしまう。
「お揃いだよ…?」
サーニャは頬を真っ赤に染めてうつむきながら手首を見せてくる。
確かにサーニャの手首にも私と同じものがついていた。
顔が再び熱を発しているのが分かる。
夜風が驚くほど心地よかった。
「じ、実は私のもペアリングなんダ!!ほ、ほら!」
私も薬指を見せる。
サーニャはもう耳まで真っ赤になってしまっていた。
すごくすごく恥ずかしいのに、なんだか、すごくすごく幸せだった。
そこで私はあることに気づいた。
「サーニャ、雪ダ!」
空からはふわりふわりと降りてくる真っ白な雪。
ブリタニアは暖流の影響でこの時期に雪なんてめったに降らないのに…
それは暖かいロンドンの街には決して降らなかったもの。
もしかしたら寒い夜の海上を夜間哨戒していた私たちに神様がくれたクリスマスプレゼントだったのかもしれない。
なんだか胸にあったかいものが溢れてきて私は我慢ができなくなる。
「サーニャー好きダー!!大好きダー!!実はその指輪はプロポーズなんダー!!」
どうしようもなく恥ずかしくて私は海に向かって叫ぶ。
そして私の手にサーニャの手が絡んだ。
「私もエイラが好き!!エイラのことが大好き!!私をエイラのお嫁さんにしてくださーい!!」
サーニャも海に向かって叫ぶ。
お互いの顔なんて見られはしない。
だって恥ずかしいじゃないか。
「こっちこそお願いダ、サーニャー!!私のお嫁さんになってクレー!!」
また海に向かって叫ぶ。
まるでロンドンの街まで聞こえるぐらい大きな声を絞り出す。
まぁ届くわけないんだけど。
「喜んでお受けしまーす!!私はエイラが大好き!!」
はぁはぁ…叫びすぎて、すっかり息を切らした私たちは長い間笑いあったんだ。
ーーーーーーーー
あぁ頭が痛い。
幸せだったんだ。
たしかに幸せだったんだ。
いや、今も幸せなんだけれど…それよりも頭の痛いことがあるんだ。
その痛みの原因は今日の朝刊だった。
朝起きて、2人で朝食に向かうとニヤニヤしたシャーリーに話しかけられたんだ。
「ようお二人さん!面白いものが載ってるよ!」
一体なんなんだよ、と朝刊の見出しを見るとそこには決して人事とは思えない記事が載っていたんだ…
‘ロンドンに降る愛の告白’
うん…なんだか身に覚えのある台詞が朝刊には載っていた。
そう、私たちは夜間哨戒の途中で…魔力を開放していて…それはサーニャのアンテナが発動してたってことで…。
つまりサーニャの声はもちろん、手をつないでいた私の声もしっかりとブリタニア中に届いていたんだ…。
しかも新聞にはしっかりと名前入り。
なんだか写真まで貼られている…
そう…私たちの立場は軍人ではあるものの芸能人のそれに近いものを持っている。
しっかりと身元は割れていて…つまり私たちは壮大な結婚会見を開いてしまったってことだ。
あぁ、頭が痛い…
サーニャも顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
中佐…今日休んでいいかなぁ?
「エイラさん!!あなたたちのせいで記者がたくさん基地に来ちゃってるんですよ!!
しっかり弁明してきなさい!!」
あぁ、なんだか私はすっかり疲れてしまったよ…
これからのことを思うと心が重くなったけれども、私は右手に感じるサーニャの手を強く握った。
Fin.