talk to me
501の“クリスマス戦線”で大活躍したシャーリー自作のバーベキューグリル。
ルッキーニが「もっと食べたい!」とねだるので、
シャーリーはロンドンへの用事ついでに市場で大量の肉、野菜を買い込んで来た。
外は寒いが、流石に部屋の中でやる訳にはいかない。グリルから出る煙で窒息してしまう。
そこでロビー脇の広いバルコニーを貸し切り状態にし、今日もシャーリーは煙と向かい合う。
ぼけっと椅子に座り、バーベキューグリルから出る煙を見ているシャーリー。
そんな彼女の姿に気付いたトゥルーデが声を掛けた。
「何をしているリベリアン。炭焼き職人に転職でもしたのか?」
「あー堅物か。ちょうど良かった。退屈過ぎてあんたの国の哲学者が言う“善悪の彼岸”の彼方へと意識が飛んじまうとこだったよ」
「全く……。そのグリルはこの前のクリスマス用じゃなかったのか」
「一度作れば何度でも使えるのが、このバーベキューグリルのいいところさ」
トゥルーデはシャーリーご自慢のバーベキューグリルを見た。
整備員から分けて貰った空のドラム缶を綺麗に洗浄し……それでもトゥルーデには機械油の臭いが鼻についたが……
縦真っ二つに切り、横にしつらえ蝶番と取っ手を付け、脚と煙抜きの筒を付け、中央には肉や野菜を置く網を敷き、
底に炭を置く頑丈な篭枠をしつらえ、その更に下には火力調整用の簡単な空気弁を付け……
なるほど、機械いじりが得意なシャーリーにすれば、この程度の工作は朝飯前なのだろう。
「リベリアン。お前が好きなのはバーベキューだよな?」
「ああ、好きだよ。得意料理のひとつさ」
「この装置は、蒸し焼きと言うか薫製の装置に近くないか?」
細かい部分を観察しながら、トゥルーデがシャーリーに問い掛ける。
「そうだね。これがあたしの国のリベリオンで言う、ホントのバーベキューなのさ」
「では、たまにお前が派手に火柱を上げながらやっているあれは何だ?」
「あれも、……まあバーベキューなんだけど、『グリル』だね。手軽で豪快なのが良いのさ」
シャーリーは“彼岸の彼方”に片足がついているのか、妙に覇気がない。
「大丈夫かリベリアン。いつもの元気が無いぞ?」
「いやあ。クリスマスの夜さ……」
言いかけて、シャーリーは言葉が止まった。グリルからもくもくと出る煙を見る。
つられてトゥルーデも暫し煙を眺めていたが、面白くも何ともない。
「どうしたリベリアン、言いたい事が有るなら最後まで話せ。私なら他と違って口も堅いぞ」
「何処までも堅いんだね。流石堅物、か」
そうぼやいた後、シャーリーは椅子に腰掛けたまま頬杖をついた。ふと、言葉が出る。
「このバーベキューグリルはさ。炭と薪で温度を調節しながら、じっくり弱火で蒸し焼きにするのさ。
半日からまる二日かけて焼く人も居る。そうやって焼いた肉は、身がメチャクチャ柔らかくなって、
子供からお年寄りまで誰でも食べられるのさ。おまけにジューシーで、最高だね。
またひとくちにバーベキューって言っても地方によって全然違ってさ、例えばテキサス風とか……」
熱心だが半分ぼやきに近い説明を受ける。バーベキュー好きなのだがイマイチ心ここにあらず、
と言う感じがしなくもない。
「ソースにはトマトケチャップやウスターソース、ジンジャー、オニオンとかを混ぜて作る。
それぞれ家庭によって秘伝の調合とか隠し味とか、そう言うのが有るんだ」
「ほう。リベリアンはどう言うソースを作るんだ?」
「あたし? ケチャップベースかな」
「そうか」
煙の出が少し少なくなった。シャーリーは手袋をはめると横に用意してあった炭を掴み、グリルをさっと開け、
適当にごろごろと入れ、棒きれで位置を調整した。空気弁を少しいじって数分すると、また煙の勢いが戻った。
「これをずっと繰り返す訳か。確かに暇過ぎて眠くなるな」
「だけど、じっくり肉の様子をみてなきゃいけないんだよ。焦げてもダメ、生焼けでもダメ。
これが奥が深いって言うかさ。まあ堅物には分からないだろうけど」
「これでも私は、カールスラントの料理は出来るぞ? 多少、だけどな」
「なら今度あたしにも作ってくれよ。話によると、妹さんとハルトマン以外には作らないそうじゃないか」
「ああ、今度な」
シャーリーはトゥルーデの曖昧な答えに突っ込む訳でもなく……ただ呆然と、煙を眺めている。
目の前でアンニュイな仕草を見せるリベリアンからは、いつもの様な楽観的な雰囲気を感じず、
少し気になったトゥルーデは、手前にある椅子に座った。
「さっきの話の続きはどうした」
「さっき? まだバーベキューの事知りたいのか? 熱心だね」
「違う。言いかけたままの話が有るだろ。クリスマスの夜、どうしたんだ」
「ああ、その事か……」
シャーリーは思いを巡らせ……一人くっくっくと笑い、ふうと溜め息を付き、さめざめと泣いた。
余りの変わり様に、トゥルーデは本気でシャーリーの精神状態について疑念を抱いた。
「煙の吸い過ぎで酸欠にでもなったか? お前らしくもないぞ。大丈夫か」
「いや、さ。大した事じゃないんだけど」
シャーリーは炭を掴む手袋を外し、まだ焼いてないパプリカを生のままぼりぼりとかじり、うえっと呟いた。
トゥルーデはその姿を見てますます不安になった。同じ専任尉官としてやっていけるのか、と。
シャーリーはかじりかけのパプリカを持ったまま、新しいのをひとつトゥルーデに投げて寄越した。
ぱしっと掴む。オレンジの鮮やかな、ふっくらと丸いパプリカ。
「クリスマスの夜さ。ルッキーニとふたりで寝しなにジュース飲んだ……というか飲まされたって事までは覚えてるんだよね。
ただその後、起きてからルッキーニの様子がヘンって言うか、何か避けられてる感じがして」
「なに!?」
またエーリカか!? トゥルーデは直感した。
クリスマスパーティ兼ルッキーニ誕生祝いのあの時、ルッキーニに何か粉末をこっそり渡していたのを覚えている。
「あたし、なんかまずい事でもしたのかなーと思ってさ。ルッキーニが『この前のジューシーなバーベキュー食べたい』って
言うから一生懸命作ってるんだけど……それで許して貰えるのかな~、なんて思ってさ」
どことなくいつもと違う印象の原因は、“打ちのめされていた”、と言う事だったのか。トゥルーデは頭を掻いた。
しかしどうする? エーリカの首根っこをひっ捕まえて二人に謝らせるか……。
だがそんな事をしても、二人の間にできた「くぼみ」は戻らないだろう。彼女達でなんとかするしかない。
それはトゥルーデ自身も、エーリカとの間で経験済みだ。
「これは、リベリアンとルッキーニの二人で何とかするしかないだろう」
「分かってるよ。あたしも、あんたにどうこうして貰おうなんて気は元から無い」
諦めにも近い言葉に、トゥルーデは内心いらっと来た。ハナから頼りにされても無いという事か?
「でも、こうしてあたしのぼやきをちょこっと聞いてくれてるだけでも、助かるよ」
「そうか」
「仮にも同じ大尉同士だからね。手柄とか撃墜数とかはともかく、さ」
「まあな」
トゥルーデは両手で持て余していたパプリカを見た。手の温度が伝わったのか、ぬるくなっている。
一口、かじってみる。苦い。うぶっとむせると、シャーリーは笑った。
「あんたもいきなり面白い事するなあ」
「お前だってさっきぼりぼりかじってたろ」
「ああ、そうだっけ」
「手に持ってるそれは何だ」
「あー。横にあるリンゴと間違えた」
「おい」
「まあ、ついでにこれも一緒に蒸し焼きにしちまおう。貸しなよ」
シャーリーはかじりかけのパプリカをふたつ、グリルの中に置いた。
「あれも蒸し焼くと結構甘くてうまいんだ」
「なるほどな」
それっきり、言葉が続かなくなるふたり。
両腕を頭の後ろで組んだまま、ぼけっと煙を見続けるシャーリー。
同じく、肘をついたまま煙を眺めるトゥルーデ。
たまにシャーリーは煙の量を調整し、肉や野菜を見て、炭を足し……
二人は再び、煙を眺め続ける。
やがて夕暮れとなり……訓練や任務などを終え、一息着いた隊員達がぞろぞろとロビーに集まってきた。
「あの二人、何やってンダ?」
サーニャを連れてきたエイラが不思議そうに二人を見る。
結構寒い筈のバルコニーで二人、のんびりとバーベキューグリルに向かっている。
特に何かを話している訳でもなく、何か作業をしている訳でもなく、ただ、煙を見つめている。
「バーベキュー?」
サーニャが呟く。
「まあ、何処からどう見てもバーベキューだけどナ」
夕焼けに照らされた二人の表情は何処か微かに陰りが見え、だけど不思議と穏やかで。
「あれ。バルクホルンさんとシャーリーさん……、何してるんだろうね、リーネちゃん?」
「二人でバーベキュー? 少し変わってるね、芳佳ちゃん」
芳佳とリーネが二人を遠くから見て首を傾げる。
「今晩の食事当番は……シャーリー大尉でしたかしら?」
ペリーヌは食事当番の割り当て表を見る。
今夜は確かにシャーリーの番だが、いつもならパンに加えて適当な味の濃い缶詰等を配って終わり、と言う事が多い。
何故このタイミングでバーベキュー? ペリーヌは不思議に思った。
「あ、シャーリーこんなとこに居た!」
少し遅れてやって来たルッキーニが見つけて声を出す。しかし、トゥルーデと一緒に居る姿、
そして二人が醸し出す静かな雰囲気に気圧されたのか、次の一歩、一声が出ない。
「あれ、トゥルーデ何やってんだろ。……シャーリーも一緒? なんで?」
エーリカもやって来た。やはりルッキーニと同じで、声を掛けるに掛けられない。
そんな外野の疑問を知る由もなく……ふっと不意にトゥルーデが微笑んだ。シャーリーもつられて微笑んだ。
幾多の戦いの中、束の間の休息を共に過ごす戦友同士の笑顔であった。
ルッキーニは二人の笑顔を見て何を勘違いしたのか、それとも我慢出来なくなったのか、バルコニーに駆け出した。
バルコニーのガラス戸を勢い良く開ける。
「ん? ルッキーニ。どうした?」
「こっちが聞きたいよ!? こんなとこでなにしてんのシャーリー!?」
「いや。お前が食べたいって言うから、バーベキューを……」
「違うよ。さっき何でバルクホルン大尉と笑ってたの? なんで?」
「ああ……何でだろうな、堅物」
「わからん」
「なにそれ!? シャーリーはあたしのだもん、絶対に誰にも渡さない!」
シャーリーに飛びつき、ぎゅっと抱きしめてトゥルーデを睨み付けるルッキーニ。
「何を勘違いしている」
トゥルーデは苦笑した。
「そう言えば、今日はリベリアンが夕食の当番だったな。ついでに皆にも出したらどうだ?」
「いや、最初からそのつもりで人数分は用意してたんだけどさ」
ルッキーニを抱き直すと、軽くキスをする。
「なんか色々ゴメンな、ルッキーニ」
まだ少し機嫌が直らない愛しの人相手に、シャーリーは言葉を続けた。
「堅物には、暇だから話し相手になって貰ってた。それだけだよ」
「ホントにホント?」
「ルッキーニに嘘は言わないよ。なあ堅物」
「ああ。私も嘘は言わない」
「まあ、私から見ても、トゥルーデは嘘言ってないよ」
横にひょいと顔を出したのは、エーリカ。少しにやけている。
いつの間にか、バルコニーの周りに他の隊員もぞろぞろと集まってきた。
一瞬見せた妙な雰囲気と、その後のおかしな和み具合を見物に来たらしい。
「ルッキーニ。今日はお前の為に、特別なのを用意したぞ。子豚のローストだ。うまいぞ?」
「ホント? 食べる食べる!」
「私達の分は?」
「勿論有るぞ。クリスマス程豪華じゃないけど、今夜はバーベキューだ!」
「やったー!」
「サーニャ、あの美味しい肉がまた食べられるらしいゾ?」
「うん。楽しみ」
「なんかここ数日、ご馳走が続くね。嬉しいな」
「私も」
「シャーリー大尉特製のバーベキューは野性的ですけど、味は確かに宜しいですわね」
「さあ、準備だ。大きな皿を用意するんだルッキーニ! 今日のあたしはひと味違うぞ!?」
「了ぉ解ぃ」
ルッキーニは食堂へと駆けていった。
「なんか、いつもと変わらないな」
トゥルーデが呟いた。
「ああ。そうであって欲しいな」
「大丈夫だろう。なるようになるさ」
「へえ。堅物らしくないね。随分と楽観的だよ」
「お前程じゃないさ。……少しうつったのかもな」
二人は言葉を交わしたあと、再びふっと、笑みをこぼした。
「さて、夕食の準備しないとな。あんたも手伝ってくれ。あたしは肉の様子を見る」
「いいだろう」
肉の様子を見ているシャーリーの元に、すすすとエーリカが近付いてきた。
「なんかウチの“ヨメ”がお邪魔したみたいで」
「ん? あはは、悪いね。ちょっと借りてた。暇潰しに」
シャーリーはエーリカに苦笑いして言った。
「暇潰し? トゥルーデがねえ」
「気にすんなって。堅物の“旦那様”なら、その辺すぐ分かるだろ?」
「まあね。……ほいじゃ、お邪魔さま」
トゥルーデの腕を取り、ロビーに連れ戻すエーリカ。
「おい、エーリカ」
「なあに、トゥルーデ」
「元はと言えば、お前が……」
「ミヤフジから聞いたよ。扶桑の諺で『雨が降って地面が固くなる』だったかな」
「なんだそれ?」
「色々あって、一層よくなるって事らしいよ。ちょっと前の私達みたいだね」
絡み合いぎゅっと握り合う二人の指に光る、同じ指輪。
エーリカがやたらとくっついてくる。
「まったく」
トゥルーデはエーリカと一緒に食堂へ向かいながら……他の者がみていない所で、そっと口吻を交わし、
顔を赤くして、歩みを進めた。
「ほらほら、みんなも食堂行ってくれよ。肉はすぐに持っていくからさ」
「はーい」
残りの隊員達も、シャーリーの声に呼応してぞろぞろと食堂へ向かった。
入れ替わりにルッキーニが大皿を持ってやって来た。
「シャーリー、これでいい?」
「ああ、十分。ほら、まずはこれがお前の分だ」
表面こんがり、中はジューシーに仕上がった子豚のローストを皿に盛る。
食欲をそそる、香ばしい匂いが辺りに広がる。
「おいしそう!」
「さあ、持ってけ。後はあたしが持っていくから」
「うん!」
元気一杯のルッキーニ。いつもと変わらぬ弾ける笑みを見せた。
食堂へ戻る彼女の後ろ姿を見て、シャーリーは自分の髪を撫でた。
「まあ……、なるようになる、か」
残りの皆の分を皿に取り分けつつ、ルッキーニの笑顔を思い出し、自然とにやけるシャーリー。
ちょっとしたディナーの後、もう一度ルッキーニと話そう。
そうすれば……。
必ず。
end