ゲルマげ。


「いーつーまーでー寝てるんだハルトマン! 起床時間はとっくに過ぎてるぞ!」
「むー。 起きてぅよー。」
「起きてない!!」
ぽこり。 シーツを抱きしめたまま一向に起き上がろうとしない頭をこづく。 不機嫌そうに唸って寝返りをうつエーリカ。

「何年このやり取りを続ければ気が済むんだ! 目覚ましをかけろ! 目覚ましを!」
「あれ、トゥルーデみたいにうるさいからヤっ。」
ぽこり。 ぽこり。 ぽこり。 ぽこり。

「もぉー、いたいっ。 あと5分で起きるってばぁ。 木魚じゃないんだからポコポコぶたないでよー。」
「さっきもあと5分って言ってただろうが!!! さっさと起・き・ろ!!!!!!」


「……という感じでな。 あいつを起こすのは本当に大仕事なんだ。 何が悲しくて毎日こんな苦労をしなければならんのか……。」
「へー。 ハルトマン中尉、木魚なんてよく知ってるなぁ。 扶桑通なんですね!」
朝食のパンをかじりながらどうでもいい部分に感心する宮藤。 まるっきり他人事にしか考えていない証拠だ。
こいつも軍隊における規律の重要さを分かっていないふしがある。 どいつもこいつも……。
勿論この場にエーリカはいない。 あいつにとっての5分は私の30分に相当するらしい。 羨ましい限りだ。

「じゃあ明日から私が中尉を起こしてきましょうか? 大変なんですよね、毎日。」
「へっ?」
一つ説教してやろうと口を開いた時、宮藤がやぶからぼうに言い出した。 思わず間の抜けた声が漏れる。
宮藤が、エーリカを起こす? あの誰が起こしに来ようと、自分の起きたい時間にならないと起きないエーリカを?

「え、と。 お前は私の話を聞いていなかったのか? あいつを起こすのは一仕事どころか一大事で……。」
「だーいじょうぶですよ! 私、こう見えても考えがあるんです! 大船に乗ったつもりでいてください!」
胸を叩く仕草がなんとも頼りない。 本人はご満悦だが、頭痛の種が増えただけに思える。
しかし。 うむ。 考え直す私。 この果てしない徒労から一日くらい休暇をもらっても、神様はバチを与えるまい。
私は宮藤のしたいようにさせる事にした。


「あ。 バルクホルンさん、おはようございます!」
「はよーんトゥルーデ。 どったの? おっそいじゃーん。」
。。。 あれからもう一週間になる。 信じられない事だが。 と言うより、単純に信じるのが癪なだけなのだが。
起こすのが宮藤になったその日から。 エーリカはきっちりと定時に起きるようになったのだった。

「もう一週間よ。 凄いじゃないフラウ。 ようやく私たちも頭を悩まさないで済むのね。 ふふ。」
「えへへ。 私が頑張ってると言うより、宮藤のおかげかなー。 宮藤の起こし方ってね……。」
「わ、わ、わ! ちゅ、中尉! それは秘密って言ったじゃないですか!」
スッキリとしない気持ちで聞き入る私。 くっ。 この駄目リカが! 私があれほど頑張っても一向に起きなかった癖に……。
それだけに、宮藤がどんな起こし方をしているか少し興味が湧く。 もっとも、本人はあまり言いたくないようだが。

「別に宮藤さんの行動なんて知りたくもないですけど。 言いかけた事を途中で引っ込められると、ちょっぴり気になりますわね。」
「隠さなくてもいいじゃんナー。 ひょっとして変態チックな起こし方なノカ?」
「へ、変態じゃないですよ! むしろ綺麗です! 眠れる森の美女作戦なんですから! ……あっ。」
眠れる森の美女? 童話のか? みんなが興味深そうに身を乗り出す。

「あら。 眠りでしたら私、昔バレエでやった事がありますわ。 宮藤さんにしてはハイソですわね。」
「宮藤あうと~。 そーゆーわけです。 宮藤は毎朝私にちゅーして起こしてくれてるのです。 すごい唇やらかいんだよー。 えへへ。」
「なっ!!! なんですってぇーーーーーーー!!!!!」
「なぁーんだ。 私もシャーリーにチューして起こしてるよ。 芳佳、パクリじゃーん!」

リーネの大絶叫に思いっきりビビってしまった私はリアクションが遅れた。 驚かせるな! 最近お前は唐突な奇行が多いぞ!
それにしてもキっ。 キスで起こしていたとは! エーリカに? 宮藤が?
もんもんとその光景を想像してしまい、慌てて掻き消す。 な、何を不謹慎な想像をしてるんだ、私は!

「てへっ。 私、中尉は自分の気が向かない限り、絶対に起きないタイプだと思ったんですよね。
 だから無理に起こすんじゃなくて、ちょっと楽しい気持ちになったら自分から起きるんじゃないかなーって。
 ほら、叱って伸ばすやり方の反対で、褒めて伸ばすってあるじゃないですか? そんな感じです!」

照れ臭そうに笑う宮藤。 褒めて伸ばすか。 そういう発想は無かったな。 いや。 むしろ無くて当たり前だな。
一体全体、なぜ私が下手に出ねばならんのだ?
ちゃんと時間通り起きてたのが私で、起きないのがエーリカで、それを起こしてたのが私だ。

私に負い目など何一つなく、エーリカは負い目のカタマリじゃないか。 それをキっ、キス、などと。
ルールを守らない人間を甘やかすなど、相手のためにも組織のためにもならない。 それでいいのか、宮藤?

「よ、芳佳ちゃん! 私、芳佳ちゃんに起こしてもらったこと一回も無いよ!? な、なんで中尉だけ特別扱いなのかな!!??」
「あはは、やだなぁリーネちゃん。 リーネちゃんは物凄く寝起きいいじゃない。 寝相も綺麗だし、私が面倒見るまでもないよ~。」
盛り上がっている。 よっぽど異論を唱えようかとも思ったが、場の空気というものがある。
宮藤には後で言い含めておけばいいだろう。 私は軽く溜息をついて食堂を立ち去った。

そんな事を考えていたら、瞬く間に一日が経って夜が明けた。 くぁ~ぁ。 ……参った。 この私が朝からアクビとは。
目前ですやすやと眠りこける少女に目を移す。 こいつの寝顔を見るのも一週間ぶりだ。
こらっ、フラウ。 お前がちゃんと起きてくれてればアクビなんて醜態は無かったんだぞ。 まったく。 幸せそうな顔で寝てからに。

昨日の話が印象的だったせいだろう。 いつもより早く起きた私は、何とはなしにエーリカの寝顔を覗きに来てしまった。
結局、宮藤に何も言えなかったな。 出発点はどうあれ宮藤は結果を出し、私は何も残せてないもの、な。
ふにふにとエーリカの鼻頭を指でつつき、ゆっくりと指を下に運ぶ。 指がエーリカの唇に触れて、宮藤の話を思い出してしまう。

……キスで、起こしてるんだっけ。 ……やわらかい。 そのまま唇を優しくなぞる。
…………私のキスでも。 起きるのかな。

「あれ? バルクホルンさん?」
心臓が口から飛び出たかのような錯覚。 宮藤がエーリカを起こしにやってきたようだ。 もうそんな時間なのか?
時間を忘れてエーリカの唇に触れていたという事実が、私をいつも以上にカチコチにさせた。

「あ、あぁ。 なんだ、その、私はこいつを起こせなかっただろ? お前の起こし方を見学しようかと思って、な。 は、はは。」
「えぇー!? ひ、人に見られるのは恥ずかしいなぁ……。」
そう言いながらエーリカに寄り添う宮藤。 なんだろう。 呼吸が難しい。 どうしてだろう。
宮藤は、これから、キスして、エーリカを起こす。 私が見つめる中、宮藤はそっとエーリカに顔を近付けて。

「ちゅ、う、いー。 あっさですよー♪」
ちゅっ。 宮藤は優しくキスをした。 …………その。 ほっぺに。

「うーみゅ……もう朝なのー? あと5ふーん……。」
「ダーメですー。 ほらぁ、早く起きないとこうですよー。」
「うひゃひゃ。 もぉー、みやふじったら情熱的だぁー。 分かった、起きる。 起きますよー。」
ちゅ。 ちゅ。 ちゅ。 ほっぺに降り注ぐ宮藤のキスは、エーリカの言葉とは裏腹に情熱的でもなんでもなく。
母親が子供の頬にするような、とてもとても優しく牧歌的なものだった。

「み、宮藤。 お前、眠れる森の美女を本当に見た事があるか……?」
「え? 王子様が、お姫様をキスで起こすお話ですよね? 中尉って眠ってたらお姫様って感じだし。 ピッタリですよね!」
「えー、ひどーい。 私起きたらお姫様じゃないんだ。 魔女なんだー。 わたし今うまい事言った。 えーんえーん。」
「そ、そういう意味じゃないですよぉ。 もう、嘘泣きばっかり~。」
阿呆なやり取りを聞きながら腰砕け状態から抜けきれない私。 そうだよな。 宮藤だものな。 分かっているべきだった。
こいつの至って平和的な博愛主義からは、私の思っていたようなキスなど生まれないと予想できなくてはいけなかった。

「わ、私はてっきりだな……。 いや、そりゃ頬が正解だと思うんだが……。」
?とばかりに二人まったく同じ角度で首をかしげるエーリカと宮藤。 やめてくれ。 そんな純真な目で私を見ないでくれ!
罪の無いじゃれあいに思い至らなかった自分を思い返し、穴があったら入りたくなる。

「ほっぺじゃ駄目なの? う~ん。 ……じゃあ、くちびるはトゥルーデのために大切にとっておくね。 それでいい?」
ぶふぉっ! 思わず肺の中の空気を噴き出してしまった。 と、とっておく? 私のために!!?
しかし見返すと微塵も他意の無い顔のエーリカ。 あぁもう! なんだお前ら! 私だけがおかしな奴みたいじゃないか!!

「わ、わたし負けませんから! これからキス当番は一日ずつの交代制ですからね!!」
ぶふぉっ! またしても噴き出してしまった。 とっ、当番って! そういうものじゃないだろ! 妙な対抗意識を燃やすのはやめろ!
しかし宮藤はと言えば割と本気な顔で、エーリカの手を引っ張って食堂へと駆け出していってしまった。

む、く、く。 宮藤のしていた事を思い返す。 無理だろ! あれは小動物系の人間にだけ許される! 私には無理!!
首をふりふり食堂へと向かうと、何やら大騒ぎする声が聞こえる。

「なんでこんなに大量の薬を飲んだのリーネさん! 人生に二度目なんて無いのよ! お願いだから、悩みがあるなら相談して!」
「どくんだミーナ! 押し問答している時間は無い! 無理やり薬を吐かせるしかない!!!」
「離して! 離してください! 私はこのお薬で夢と希望を取り戻すんです!!! 邪魔しないでくださぁーーーい!!!!」

! 思わず体に緊張が走る。 薬の過剰摂取。 精神の重圧に耐えかねて、軍部ではたまに起こる事態だ。
まさかリーネが……。 さめざめと泣くミーナの手元にある瓶を何気なく拾い上げる。

睡眠薬。
……………………………………………………………………………………。

心配いらんな。

少佐の芸術的なボディアッパーがリーネの鳩尾に吸い込まれる。 人体が打撃で垂直に浮くとは……。 やはり少佐は尊敬すべき人だ。
安らかに眠れリーネ。 宮藤の起こし方は多分お前が思っているのとはちょっと違う。
お前も是非このガックリ感を共有してくれ。

隣の喧騒などどこ吹く風で、もそもそトーストを食べているエーリカ。 その唇を、何とは無しに見つめる私。
視線を上げたエーリカが私に向かって無邪気に微笑んだ。
それを見た時、私は、本当に薄ぼんやりと、私も明日は宮藤式にトライしてみようかな……などと思ったりしたのだった。

                                                     おしまい


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ