vision


トゥルーデは仄暗い闇の中、目覚めた。ベッドに縛り付けられている。
これは何事?
食い込んだ細いロープが身体を締め付け、全身の筋肉が悲鳴を上げる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
聞き慣れた声がする。
顔を上げる。
クリスだった。
手にはロープとサンドイッチを持ち、興味深そうにトゥルーデを見下ろしている。
「クリス、一体これはどう言う事だ?」
「お姉ちゃんの、せいだからね」
「な、何? どう言う事だ」
身動きの出来ぬトゥルーデに馬乗りになると、屈み、頬を撫でる。
「お姉ちゃん」
「な、なあ、クリス。悪い冗談は止めて、これを解いてくれないかな」
「だめ。だって、解くとまた戦いに行くでしょ? 私そんなのイヤだよ」
「何を言う? 私はカールスラントの軍人だ。……お前を守ってやれなかった。だから、私は戦う」
トゥルーデの言葉を遮り、嘲るクリス。
「まったく、だらしないお姉ちゃん」
顔を近付ける。
「クリス、何をしている? 早く解け! 頼むから!」
クリスは言われると、サンドイッチとサンドイッチナイフを取り出した。
「とりあえず、朝食だよ、お姉ちゃん。サンドイッチで良いかな?」
「人の話聞いてるのか? 頼むからまずこれを……」
「何よ、全部私がやれと?」
サンドイッチナイフを手に、トゥルーデに迫るクリス。
「ちょ、ちょっと待て。何でそれを私に向ける?」
「お姉ちゃんが言ったんだよ。切れって」
「それで切れとは言ってないぞ? そもそもサンドイッチ以前にやる事があるだろう。ロープを」
「このナイフだと、間違ってお姉ちゃんに刺さるかも」
「ま、待て。何をする?」
慌てふためき、トゥルーデは混乱する。どうしてこんな状況になったのか。
そんなお姉ちゃんを後目に、クリスは顔を更に近付けた。
「良いよ、もう決めたもん。……そう言えば、私がどうして病院に入ってたか分かる?」
「何を訳の分からない事を……お前は、私が守ってやれなかったから」
「ふ~ん」
片手でくるっとサンドイッチナイフを回して、言う。
「ま、いいか。理由なんて」
刃をサンドイッチに突き刺すと、皿を退かし、自分の顔をトゥルーデの顔に近付ける。
その距離僅か数センチ。
クリスの目は、何処か輝きが無く……まるで自分の瞳を見ている気がする。
クリスの唇が迫る。
「や、やめるんだ、クリス。やめてくれ」
「お姉ちゃん、良いよね? 病院に入っている理由の償いをしてよね」
吐息が頬に掛かる。
トゥルーデは呻いた。
こんな事……
こんな事が、許される筈が無い!
「ならひとつ、償いの理由を付け足す!」
トゥルーデは咄嗟に魔力を解放すると耳と尻尾を出し、怪力でロープを全てもぎ取り、
数ミリまで迫っていたクリスを抑えた。
形勢逆転。
クリスが、今度はトゥルーデに押さえつけられる形になる。

クリスはトゥルーデの強い力に押さえられたまま、呻いた。
「お姉ちゃん……私にキスする根性も無いなんて」
「そう言う関係ではないだろう?」
クリスは溜め息を付いた。
「強いお姉ちゃんと、か弱い私が相対すると、やっぱりこうなるんだね」
「お前は私の大事な妹だ。馬鹿なマネはやめるんだ。お願いだから」
トゥルーデの説得にも関わらず、クリスは呟いた。
「お姉ちゃんは、自分の事をたのもしい、頼れるお姉ちゃんだと思ってるの?」
その一言がぐさりと胸に突き刺さる。
何と言って良いか分からないトゥルーデを前に、クリスは平然と言ってのけた。
「お姉ちゃんは、私にキス出来ない」
どきりとするトゥルーデ。クリスはなおも続けた。
「お姉ちゃんの、“お姉ちゃん”としての歪んだ気持ちが、私とお姉ちゃんの間を邪魔してる」
「歪んでるのはお前だ、クリス。頼むから……」
「私も、お姉ちゃんにはキスしない。……だって、お姉ちゃんって面白すぎるんだもん。
私とお姉ちゃんは、永遠にこう言う関係の姉妹であり続けるのね」
ふふふ、と笑うクリス。
目に狂気が宿っている。
「クリス。お前を病院に送り返す」
「なら一緒に行こう。相部屋で二人で過ごそうよ。楽しいよ」
「あのなあ」
「ネウロイの来襲で、怪我人は増える一方だよ。空きも無いし」
「クリス!」
トゥルーデは思いっきり叱りつけた。言葉を失い、黙るクリスを前に、トゥルーデは言葉を掛けた。
「私が不甲斐ないせいで、守れなかったのはすまないと思ってる、でも……でも分かってくれ。
私は生命を掛けて、お前を守り続ける。お前の家族であり続ける。だから、もう少しだけ……」
「お姉ちゃん」
クリスは微笑んだ。
その姿はいつしか歪み、粒子となり、霧散した。
ベッドも無くなり、足元が無くなる。トゥルーデは暗闇の中、永遠に落下する。
トゥルーデは悲鳴を上げた。

「!?」
「起きた?」
トゥルーデは目覚めた。傍らにはエーリカが居る。
「エーリカ、ここは何処だ? クリスは? 私の目の前で消えたんだ。あれは一体」
「落ち着きなよ。ほら、周りを見て。深呼吸して」
言われた通りにする。ここは……トゥルーデの自室。501部隊基地の、トゥルーデの部屋。
荒い呼吸を整える。額に手をやる。
あれは、夢?
「トゥルーデ、うなされてたよ」
「やっぱり、あれは夢だったのか……良かった」
「でもどうしたの? クリスの名前ずっと呼んでたけど。どんな夢見たの?」
「そ、それは……」
全身縛られて迫られたなんて、言えない。
「隠し事は無しだよ?」
悪戯っぽいエーリカの笑みに押され、トゥルーデは夢の内容を話して聞かせた。
「なるほど。クリスに迫られたって事だね」
「ああ」
「それは……多分、寝る直前の事が関係してるんじゃない?」
「?」
「今度、クリスとの面会有るでしょ? トゥルーデ随分はしゃいでたから」
「そ、そういえば……」
「あと、寝てる時に脱いだブラが身体に引っ掛かってたよ? それじゃない?」
「な、なに?」
確かに、身体を見ると、二人のブラやら衣服の一部がトゥルーデに掛かっていた。
「だけど……そんな事で、こんな夢を……」
「まあいいじゃない」
エーリカはトゥルーデを抱きしめ、そっと優しくキスをした。
「その夢のアイディア、いっただき~。今度そう言うプレイしてみようよ」
「な、何? どんなプレイだ?」
「この前の包帯プレイとちょっと似てるかもね。お楽しみに」
ふふんと笑うエーリカ。悪夢さえも遊戯に変えてしまう、恐ろしい娘。
だけど、その笑みで、混乱していた頭と心も、少しは収まる。
トゥルーデから不意に抱きつかれ、少し驚くエーリカ。
「トゥルーデ、大丈夫?」
「すまない、エーリカ。頼むから……少しだけ、こうさせてくれ」
「幾らでもどうぞ。私はトゥルーデのものだし、トゥルーデは私のものだから」
「ありがとう」
お互いの呼吸と胸の鼓動が同じ位になるまで、トゥルーデはエーリカを抱きしめた。
どうしてあんな夢を見たのか。
分からない。
でも、目の前でこうして抱き合うエーリカなら……。
安堵の気持ちはいつしか眠気に変わり……エーリカを抱いたまま、ゆるゆると力が抜け、
トゥルーデはまどろみの中に落ちていく。
「トゥルーデ、大丈夫。私が居るよ」
記憶が飛ぶ間際、エーリカの優しい声が聞こえた。
トゥルーデには、それだけで良かった。
今のところは。

end



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