みやふじ にたか さんなすび
「ふじ、たか、なすび。 うん。 上手に書けた!」
みんなでのんびり年の瀬を過ごしていると、芳佳ちゃんが唐突にそんな事を言い出した。 ? 何の呪文だろう。
芳佳ちゃんが紙に扶桑語で何か書いている。 私たちがきょとんとしていると、坂本少佐が笑って説明してくれた。
「扶桑では初夢で縁起を担ぐものでな。 扶桑一の山である富士山、動物の鷹、食物の茄子を夢に見るのが最も縁起がいいとされる。
それらを称して一富士二鷹三茄子というわけだ。 宮藤はその事を言いたかったのだろう。」
「そうそう! その通りです! それが言いたかったんです!」
もう、芳佳ちゃんったら。 調子のいい台詞に思わず笑ってしまう。
今年は素敵な一年だったな。 祖国のためにウィッチになって。 う、運命の人に出会えちゃったりなんかして。
きゃっ、もう恥ずかしい! 変な事言わせないで芳佳ちゃん!
「なーリーネ……なんで私はパシパシどつかれてるんだ?」
どうやら一人でわたわたしていたら無意識の内に隣のシャーリーさんをはたいていたらしい。
ご、ごめんなさい。 勝手に盛り上がってしまってちょっぴり恥ずかしい。
「そう言えば枕の下に名前を書いた紙とか写真とか入れておくと、その人が夢に出てくるって言うよねー。」
「なら宮藤の名前を書いておけば、宮藤・二鷹・三茄子になるかもしれんな! わっはっは!」
「やだぁ、坂本さんったら。」
きゅぴーん! 何気ない談笑。 でも、私はぴんと来てしまった。 それ、本当に名案なんじゃないかな?
夢見はその日一日の気分を大きく左右するよね。 じゃあ一年の最初の夢が、芳佳ちゃんの夢だったら?
一年中ハッピー間違いなしなんじゃないかな? ……うふふふふ。 いいです! それ、いただきです!
「ハハハ。 そ、それ結構面白そうダナ。」
「え、えぇ。 迷信でしょうけどね。 ちょっとくらいふざけてみてもいいかもしれませんわ。 えぇ。」
どうやら皆さんもそう思ったみたいで。 うーん。 それはいいんですけど。
もしこの中の誰かが芳佳ちゃんって書いたら、その人の夢に出張している間、私の夢には出てこないかも……。
そう思ったら、急にみんながライバルに見えてきた。 ううん、駄目よ、私。 仲間を疑うなんて。
でも……。 さりげなーくみんなの様子を窺ってみる。
芳佳ちゃんは贔屓目抜きで、みんなの輪の中心になりつつある。 私以外に芳佳ちゃん狙いの人がいても不思議じゃないよね。
集中してみれば分かったりしないかな? うん。 集中よリーネ! あなたは魔女だもの。 きっと心の声が聞こえるわ!
うーん……うーん……
(坂本少佐……坂本少佐……)
(サーニャ……サーニャ……)
(宮藤……宮藤……)
(じゃがいも……じゃがいも……)
(美緒……美緒……)
(芳佳ちゃん……芳佳ちゃん……)
うそっ。 き。 聞こえた? 本当にみんなの心の声が聞こえてしまった。 ような気がした。
これが私の思い込みからきた幻聴なのか、私の魔力なのかは分からないけど。
いた。 芳佳ちゃん狙いの人が二人ばかりいた! ……何か変なのも混じってたような気がするけど。
むむむ。 どうやってその人たちを出し抜けばいいだろう。 他の日なら譲ったっていいけれど。
今日この日だけは負けられません! んんん……。
はっ! 閃いた! ……ふふふ。 この作戦なら大勝利間違いなし。 他の人には悪いけど。
芳佳ちゃんは私の運命の人なんです。 自分でも、ほんのちょっとだけズルっこいとは思うけれど。 許してくださいね……。
「ア・ハッピーニューイヤー!」
「そんじゃおやすみ~。」
そうこうしている内に。 年が明けて。 挨拶をしてからみんなそれぞれの部屋に散らばっていった。
さて。 ミッション・スタート。 作戦はとっても簡単。 芳佳ちゃんは眠りに落ちるまでがとっても早い。
私は芳佳ちゃんが寝たのを見計らって、芳佳ちゃんの部屋に忍び込む。
そして枕の下に私の名前を書いた紙を入れる! 私は芳佳ちゃんを、芳佳ちゃんは私をブッキング!
これなら他の人が芳佳ちゃんの名前を書いた所で、芳佳ちゃんが私をキープしてるんだからずっと一緒にいられるという寸法よ!!
ふふふ……。
こそこそこそ。 しずか~にドアを開けて芳佳ちゃんの部屋に忍び込む。
いたいた。 子供みたいに可愛い寝顔で、芳佳ちゃんはとっくにぐっすり眠っていた。
芳佳ちゃん、天使みたい……。 ぽっ。 ……。
はっ。 見とれている場合じゃないよね。 私は仕事をしにきたんだもん!
ごめんね芳佳ちゃん。 今日だけだから。 ちょっとだけ、私のわがままを許してね……。
芳佳ちゃんを起こさないように、そぉ~っと枕の下に手を伸ばす。 かさり。 ……うん?
こそこそ。 かさり。 ……これ。 紙? ひょっとして……芳佳ちゃん、とっくに名前書いた紙置いてる?
予想外の事態に小パニックを起こす私。
天使な私が言う。 これは芳佳ちゃんのプライバシーだよ。 いくら友達だからって、勝手に覗くのは許されないよ!
悪魔な私が言う。 でも、書いてあるのが私の名前じゃなかったら? 交換しちゃえばいいじゃない!
どうしよう。 ここまで来て。 うぅ。 ……。
見るだけ。 見るだけ、なら。 私は悪魔の声に身を委ねた。
そぉ~っと紙を取り出して、息を整える。 ……もし。 もし書いてあるのが私の名前じゃなかったら?
どうするの、リーネ? ……分からない。 泣くのかな。 怒るのかな。 あぁ。 私、今すごく最低な子になってる。
こんな気持ちになるくらいだったら。 最初からこんな事しなければ良かった。
でも。 止まれないよ。 好きなんだもん。 ごめんね。 ごめんね芳佳ちゃん。
そっと紙を開いた私。 ゆっくりと文字を読む。 そこに書いてあったのは私の名前ではなかった。
「あ、おはようリーネちゃん! 改めてあけおめ! ……わっ?」
「おはよう芳佳ちゃん! ……いい初夢見れた?」
芳佳ちゃんをぎゅっと抱きしめる。 芳佳ちゃんが戸惑ってるのが分かるけど。 それでも抱きしめ続けた。
言葉に出せない気持ちも何もかも、全部込めて。
紙に書いてあった言葉。 そこに書いてあったのは私の名前ではなかった。
お父さん。 お母さん。 おばあちゃん。
そう。 芳佳ちゃんは家族に会いたかったのだ。 私が独りよがりな気持ちを抱えている時に。
芳佳ちゃんは、会えない家族に思い焦がれていたのだ。
そんな気持ちも知らずに、私は身勝手な事をしようとした。 本当に自分が恥ずかしかった。
だから、芳佳ちゃんを抱きしめるの。 今年の私が、もう二度とあんな事をしないように。
芳佳ちゃんの心を、今までよりもっともっと強く強く焼き付けておきたいの。
「初夢か~。 なんかね。 家族の夢が見たいな~って思ってたらね。 501のみんなが出てきた。
リーネちゃんも、坂本さんも、みんなが出てきたよ。 ……ふふふ。 当然かな。 家族だもんね、私たち。」
「! 芳佳ちゃ……。」
ニコニコと笑う芳佳ちゃん。 視界が歪む。 あぁ。 神様。 私はもう二度とあんな事を致しません。
自分の幸せなんて望みません。 ですから。 この人が幸せでありますように。 いつまでもいつまでも幸せでありますように。
そんな事を考えていたら、向こうの方からバルクホルンさんがやってきた。
「おっ、宮藤。 おはよう。」
「ばっ……! わ、私、急用を思い出しました! し、失礼します!」
はれっ? 芳佳ちゃんは、顔を真っ赤にして走り去っていってしまった。 ……はれっ? その反応は何、芳佳ちゃん?
「ふむ。 あの様子だと宮藤は私の夢を見たようだな。 作戦成功、といった所か。」
へっ? ぽかんとした心境のまま、バルクホルンさんの言葉が耳に入ってくる。 ……作戦?
「ふふふ。 どうだリーネ。 私の筆跡……宮藤のものに似ていただろう?」
「えっ。 …………えーーーーーっ!!!???」
笑うバルクホルンさんがひらひらと振る紙に書いてある言葉。 お父さん。 お母さん。 おばあちゃん。
そっ。 それっ!
「夕べ食堂でお前が怪しい作戦を練っていたのには感づいていたからな。 やはり軍人たるもの、トラップにも精通してなければいかん。
まだ経験が浅いながら見上げた根性だと感心したよ。 だから、先輩軍人として一つ稽古をつけてやろうと思ったわけだ。」
えっ。 じゃ、じゃあ。 その紙は。 芳佳ちゃんが書いたものではなく……?
「お前の行動を二手三手先まで読んでこの紙を仕掛けておいたわけだが。 ふっ。 まだまだ甘いな、リーネ。」
「なんですってぇーーーー!!!!」
呆然としてしまって頭がうまく回らない。 えっ? それじゃあ、私、千載一遇のチャンスを逃した……だけ?
「あまりに張り合いが無かったので、お前が去った後にこの紙を仕込んでおいた。 まぁ、これくらいなら罪にはなるまい?」
そう言ってバルクホルンさんが取り出した紙には、達筆で一言だけ書かれていた。 思わずそれを読み上げる私。
「お姉ちゃん。」
「うむ。 一応、私を名指ししたわけではないからな。 宮藤の反応を見る限り……私を連想したようだが。」
一人悦に入るバルクホルンさんを見つめる私。 こっ。 こっ。
「こんな一年の始まりはイヤーーーーーー!!!!!」
私の絶叫が基地に響き渡る。 あぁ芳佳ちゃん。 私、こんなんでうまくやっていけるのかなぁ……。
おわり