無題
年が明け、迎えた新年を501では盛大に祝っていた。
隊員が各国それぞれの祝い方を見せ合う中、取りわけ異彩を放っていたのが東洋、扶桑の”ショウガツ”だ。
坂本少佐が赤城にわざわざ積んできたという、モチ、ハゴイタ、ハレギ、そんな物珍しいものに、部隊全員が
夢中になっていた。
「何してんだミヤフジー」
いつもの夜間哨戒中に年を越したエイラとサーニャは、佐官への報告を済ませてやってきた食堂で、
床に新聞紙を広げて、”スミ”で何かを書いている芳佳に声をかけた。
「『書き初め』だよ。扶桑ではこうやって年の始まりに墨で文字を書くの」
「…ふぅん。何を書くんダ?」
「何でもいいけど、今年の目標とか、願い事が多いかな。
今年はこうなりますように、とか、今年はこうしたいとか、強く願っていることを、筆で書くの」
「ソウナノカー…」
エイラは隣りにちらりと視線を向ける。立ったまま眠そうにしているサーニャ。
エイラの望み。強く願う事。そんなもの、一つに決まっている。
「……で、ミヤフジのそれは何て書いてあるんダ?」
「うん! 『世界の乳を揉みつくす!!』」
「おお!」
「エイラさんもやろう! 手始めに501全員から!」
「それはいい目標だナ! サーニャは駄目だけどナー」
「次にネウ子ちゃん! ……そして今年の私は、あのウォーロックの乳ですら揉んでみせます!」
「……私は人間の胸がいいナー」
あいつ乳ないだろう、と新たな領域に目覚めてしまったおっぱいの伝道師にツッコミを入れようとしたところで、
エイラの肩にこつんと何かが当たった。
「お、おいサーニャ、まだ寝るなって」
肩に頭を当てて倒れてきたサーニャを、エイラは肩を掴んで支える。
「サーニャ、眠いのか?」
「…うん、平気」
「もう寝よう。どうせ起きてもまだみんな騒いでるッテ」
サーニャの手を取って、エイラは食堂を出る。
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眠そうなサーニャの手を引いて部屋に戻る途中、二人はハゴイタを手に持ったシャーリーをルッキーニとすれ違った。
「何て顔してるんダヨー…」
この二人らしく、行き過ぎなところまではしゃいでいたらしい。
あはは、と笑う二人の顔は○や×やの落書きだらけ。特にシャーリーの顔には『シャーリー大好き!』
そして喉元から胸に矢印を引いて『↓あたし専用!』。それでもにこにことしている二人を見てエイラは呆れる。
「……落ちないんじゃないのカ? ソレー」
「水で洗っても取れないんだよなー」
顔をこすりながらぼやくシャーリー。
「だから二人でお風呂いくの!」
おっ風呂ー! と叫びながら、ルッキーニはシャーリーの手を引いて風呂に連れていく。
(※注:墨汁はなかなか落ちません)
「ハハ…なんか…みんな騒ぎすぎだよナー」
「そうだね…」
エイラが笑うと、サーニャも二人の背中を見送りながらそう言う。
(願い事かー……)
サーニャの手を引いて部屋に戻りながら、エイラは芳佳の言葉を思い出す。
隣を頼りなげに歩く銀髪の少女。自分の手を握っている小さな手。願う事なんて一つしかない。
(今年も来年も、ずっとサーニャの側にいられればいいのにナ……。)
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(ん……?)
「今日は部屋間違えんナヨ」と言って部屋の前で別れた後で、急速に眠りに落ちたエイラは、自分のおなかの上を
何かが這う感触に気づいて目を覚ました。
「……え!? 何ダ何々?」
「……駄目。動かないで」
身体を起こそうとすると、冷静な声に止められる。
「……さ、さーにゃ?」
カーテンをしめた部屋の中、サーニャがエイラのおなかを見つめ、そこに当てた筆をゆっくりと動かしていた。
首を動かしてそこを見ると、黒々としたキリル文字が不吉な感じで並んでいる。
「な、何してるんだヨー!」
「…書き初め」
尚も手を動かしながら、事もなげに言うサーニャ。
「…あのなサーニャ、『書き初め』って言うのは、多分紙の上に書くもんダゾー」
「…ルッキーニちゃんはシャーリーさんに書いてた」
「あれは違うんダッテ! 罰ゲームなんダヨ!」
「罰ゲームでも羨ましかったから」
「だからって……」
「お願い事、書くの」
「な、なんか混ざってナイカー……」
こんな事やめろよーと言おうとしたところで、エイラはサーニャの真剣な顔に動けなくなる。
「……他の人の胸揉みたいなんていう、エイラが悪い」
自分をじっと見つめている視線の中に、静かな怒りを感じ取って、エイラは敗北を認める。
「うう……」
何を書かれているか知らないけど、サーニャを怒らせてしまったら、気がすむまで耐えるしかない。観念して体の力を抜く。再び動き始める筆。
「……ちょっと…くすぐったいって……!」
「動かないで。シーツ汚れちゃうから」
身をよじるエイラをサーニャが静止する。
や、ヤメロヨナー、と時々小さな声でいいながら、エイラは身体の上を這う筆のくすぐったさに耐えた。
「……も、もういいのカ?」
サーニャが筆を置いたのを見て、エイラはおずおずと聞いた。
「……うん」
寝ぼけ眼のまま、サーニャはにっこりと笑う。体を起こして、エイラは体に書かれた墨の跡を見る。
「うー。……何て書いてあるんダヨー?」
「うん?」
エイラが聞くと、サーニャは眠たげな半目のまま、ベッドの上に上がる。
「……『サーニャの』」
エイラにぴったりとくっついて囁くような声。サーニャは目を閉じた。
(※注:墨汁はなかなか落ちません)