Her warmth side:L


夜10時半をまわったころ。
隊のみんなはおそらく自室でくつろいでいるか、早い人ならもう寝てしまっている時間帯だ。
寝るまえになにか飲もうか、ならば何を飲もうかと、私は厨房でひとり思案していた。


そこへ、薄いシャツ一枚で彼女はあらわれた。
ミーナ中佐。私の…憧れの人。
お風呂上がりなのだろう。まだ乾ききっていない髪と、肩に巻かれたタオル、シャツのボタンはほとんど開いている。すごく色っぽい…。
こんなに無防備な姿はそう見られるものではなかった。

「あら、リーネさん」
眼を見開いていかにも意外だ、という表情。やっぱり、誰もいないと思ったからそんな格好で来たんだ。
「ごめんなさいね、こんな格好で」
「いえ」
ああ、直視できない。ボタンの隙間から見えてしまいそうなんだもの。
なるべく見ないようにしながら、尋ねる。
「紅茶、お入れしましょうか?」
「ええ。お願いするわ」
私に向けにこりと微笑んでから、中佐は食堂のイスに腰掛けた。


お風呂を上がってまだ数分も経っていないというのに、ミーナ中佐はもう書類を広げている。
一枚の紙をじっと見つめて、深く考えこんでいる。


入れたお茶を書類からすこし離して置くと、中佐はすぐにとって口をつけた。
「――熱、」
舌をわずかに出して眉をよせるだけのその仕草が、とても可愛くて――なんて私が考えていることを知ったら彼女はどう思うのだろうか。
「ごめんなさい、熱すぎました?」
「いいえ。無意識のうちに口をつけて、びっくりしただけよ」
無意識…。それだけ集中しているということだ。
中佐がもう一度紅茶を飲み、ふうと息を吐いたのを、私は見逃さない。
ごまかしていたけれど、今のはきっとため息だから。


ささ、と背後にまわって、ミーナ中佐の両肩に触れる。
「え? なに、どうしたの?」
驚いた顔もまた、素敵です。
「お疲れでしょうから…」
言い、手に力を入れる。
やっぱり硬い。ミーナ中佐、無理しすぎてる。
「……ありがとう」
「あ、ほら。書類から手を離してください」
「えー」
なんだか甘い声。胸のドキドキが止まらない。
「仕事する時間と休憩する時間、ちゃんとわけなきゃダメですよ」
「…わかったわ。じゃあお願い」

続けて、手に力を入れては抜き、入れては抜きを繰り返す。

中佐からただよう良い香りに、酔ってしまいそうだった。
むしろすでに、酔っていた。
なぜって、私はいま、この人を抱きしめたいだなんて思ってしまったのだ。

だって彼女の肩ときたら、身体の大きいとは言えないこの私でも包みこめてしまえそうなくらいに華奢なのだから。

こんなに細い身体で、この人は隊のすべてを抱えている。
私たちが知らないところで軍の上層部と連絡をとり、
偉い人たちにどんなことを言われたって、みんなの前では愚痴ひとつどころかため息だって吐かないのだ。


突然力んでしまい、ん、と中佐から声があがった。
「すみません! い…痛かったですか?」
「あ、いいえ。大丈夫よ」
ぐっ、ぐっ。
一生懸命揉みほぐしているのに、まだまだ硬い。
「あの…ミーナ中佐」
「なぁに?」
「その…、なんていうか、お仕事がんばりすぎないでください」
「え?」
「…あんまり無理すると、お身体に悪いですし…」
自分から切り出したくせに、スムーズに次の言葉が出ない。
中佐は顔をこちらに向け、紅い瞳に私の顔をうつした。
あ、私だ。あなたの瞳の中に私がいる…。
「リーネさん、もしかして心配してくれてるの?」
「…は、はい」
そんなに真っ直ぐ見つめないで欲しい。どくどくと私の血液が全身をながれる音が聞こえる。
「ありがとう。私は幸せ者ね…」
そんな大げさな。
「でもいいのよ。私にはこれくらいが丁度いいの」
また、この人は。隊員の心配をよそにまだ働くつもりなのだ。
「じゃあ、」
せめて愚痴とか言いたいこととかあるでしょう、言ってください、私に。
と、私が声に出すまえに中佐は立ち上がった。

「それより。リーネさんこそ、がんばりすぎてると私は思うわ」
肩をつかまれる感覚がして、私はイスへとおとされていた。
「いつもみんなに気をつかって。訓練もあるのに…、疲れてるでしょ?」

ぐっ、ぐっ。
ああ、なんてことだろう。さっきと関係が逆転、今度は私がミーナ中佐に肩を揉まれていた。
「そんな、私が!」
「いいからいいから」

…気持ちがいい。やさしいのに、きちんとポイントをおさえているというか。
ゆったりと一定のリズムを刻む中佐の手。
実に心地がよくて、いつしか私の意識は遠のいていった。





いけない、寝ちゃった!今何時!?
とっさに周囲を見渡すと、隣のイスに、ミーナ中佐。
片腕で頬杖をついた状態で眼をとじていた。
寝ているのだろうか。
けれど心なしか頬が紅くなっている。
「…中佐?」
ぴくっと肩を上下させ、すこしだけばつの悪そうにまぶたを開けた。
「…おはよう、リーネさん。といっても、さっきから一時間くらいしかたってないけど」
「わ、私そんなに寝てました?」
いまの中佐の態度に多少の疑問を覚えるけれど。
そんなことより、私が寝ているあいだこの人はずっとそばにいたのだろうか。
「うふふ」
「…ごめんなさい、お疲れなのに」

「いいえ。ほらはやく部屋に戻ってゆっくり寝なさい」
「…あなたも」
「ええ。そうするわ」

言ったきり中佐は一言もしゃべらなくなってしまった。
私に背を向けてティーカップを厨房にはこんでいる、その耳はびっくりするほど赤い。

な…、なんだろう。
寝ているあいだに私は変なことでもしてしまったのだろうか。
もしかして寝言とか!やばい…大変!
好き、とか愛してます、とか言っちゃってたらどうしよう。
急に顔がぼっと熱くなった。うう…きっとそうだ、だから中佐がなんかおかしいんだ。

「じ、じゃあおやすみなさいね」
片付けを終わらせて、そそくさと出ていく中佐。
え?え?なんですか、私ってばなにしちゃったんですか?

疑問ばかりがのこる頭の中。
朝起きたらどうしようか、ミーナ中佐にどんな態度をとればいいのか、私は厨房でひとり思案していた。

Continue...


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