Side Eila


“触れたい”って思って触れる、なんて
そんな簡単なこともできない。そんな難しいこと、できっこない。

躓きかけた身体を受け止めることならできるし、眠たそうに揺れる身体を支えることならできる。
不安なら手を曳いてあげることだってできるし、君が淋しいと言うのならその柔らかな髪を撫でることだってできる。
だけどそれって無意識で必死だし。怪我なんてしないように。悲しい思いなんてしないように。そうやって必死だし。
それなのに、“触れたい”って思った瞬間、私のノーミソと身体は切り離されてまったくどっちも役立たずになって
しまうんだ。意識は無意識を超えることはできない。意識が無意識を駆逐する。あぁどうして私は普段なんてことな
いように触れられているのかなって無意識が恨めしい。だけど無意識を手放したら本当に私は君に、髪の毛一本に
だって触れられなくなるんだろう。

ベッドに転がってさぁもう寝てしまおうと思うのに君の気配とか匂いだとか形はないのにやけにくっきりとした
曖昧なものがシーツの上に居残っているような気がしてどうにも心が安らがない。君は何もしてやいないのに、
こんなとき自分勝手に君を責めてしまうんだ。ずるいって。
真っ暗になるはずの部屋はだけど薄手のカーテンが月の光や基地内の夜間照明をまったく遮ろうとせずに招き入れ
るから夜だってのにちょっと眩しいくらい。そういえば今日は満月なんだっけ。雲の上はもっと眩しいんだろうな。
今日もあの子は歌っているのかな。綺麗な声で。儚い声で。澄んだ声で。優しい声で。

聞きたいな。
今すぐに。

なーんて

「無理ダって知ってんだけどナー」

彼女は今日も夜間哨戒。
そもそも、無理だって知っているからこんな無茶なことが考えられるわけで。例えば今日彼女の夜間任務がなくて
例えばすぐ隣の部屋にいるとしたって『会いたい』とか『歌って』とかそんなの言えっこないわけで。
「あー」と濁点がついていそうなため息を吐き出してうつ伏せに寝転んでみる。

歌が聞きたいな。
君の歌が聞きたいな。
君の声で歌って欲しいな。
そうすれば今日だっていつだってもやもやとした意識無意識に、“触れたい”なんていう欲求にちくちくと悩まされる
ことなく部屋の中にいない人の気配を感じてこんなにも君を恋しがることなくぐっすりと眠れただろう。それとも
君がそばに居たら眠ることなんてできやしないのかな。
眠ろう。眠って意識を手放そう。この耳が今はもうすっかり覚えてしまっているあの夜色の歌を思い出しながら。



 ◆ ◆ ◆



だけど君は本当に本当にずるいから。
この部屋が今度は朝日で満員になるころ無意識に片足突っ込んだおぼつかない足取りでやってくる。
そんな彼女は夜間哨戒帰り。
パサリパサリと衣擦れの音を演奏しながらトテトテと不均一な足音を奏でながら
ベッドに倒れこむ間抜けな音でフィニッシュ。
バフンッ
素晴らしい名演に、ここは拍手喝采を贈るべき?
そんな馬鹿な!

「あー・・・またかヨ」

一瞬だけ大地震を起こしたベッドの上から非難失敗した私は浅い眠りから緊急浮上。
いつものことなのにいつまでたってもどうしても慣れることができない。いつものこと。今では彼女があと何歩で
ベッドにたどり着くかカウントできてしまえるくらいにいつものことになってしまった。
だって彼女は昨日も夜間哨戒。
だって彼女は一昨日も夜間哨戒。
だって彼女は先週も。
あぁきりがない。
なんてずるくてなんて無防備でなんて可愛らしいんだろう!

いとも簡単に意識を手放してしまった君の安心しきったような吐息がシーツの上に広がっていく。
無意識に、そう無意識に部屋を間違えてさも当然といった顔をして深く深く眠り込む眠り姫。そりゃあそうさ当然さ。
だって君はここを君自身の部屋だって致命的に勘違った確信を持っているんだから。
君の無意識はなんて無防備でなんて可愛らしくてなんてずるいんだろう。
可憐な寝顔。
綺麗な寝顔。
無垢な寝顔。

“触れたい”と

無意識の君の頬に伸びゆく意識を伴った私の掌。
まるで部屋の中の空気が夜の静けさと冷たさに固まってしまったんじゃないかと思ってしまうくらいにこの手は冷たく
て堅くてなかなか進んではくれない。君への目測はどこまでも遠い。

“触れたい”と

心臓が叫んだ。
あまりにもその絶叫が大きく鳴ったものだから石っころみたいなかちかちの手が一回だけ震えて、指の間から見える
君の寝顔が遮られたりはっきりと見えたり。
そうしているうちにカーテンの隙間から忍び込んだせっかちな朝日が薄く細く伸びてきて
なんの躊躇いも逡巡も恐れも意識もなく
いとも容易く
彼女の大理石みたいに白い頬に触れた。
光に、そっと撫でられたあたたかさにか眩しさか
きゅっと、その眉が顰められて
唐突に、思い出す。
君と私の距離の、その近さを。

その頬に伸ばそうとしたときの100分の1の速さで慌てて手を引いてそのまま100倍の速さで鳴ってるんじゃないかと思うほ
ど慌しい心臓に手を当てる。そうでもしないと暴れまわるこの心臓が胸を突き破って飛び出してきてしまいそうだったから。
そうだ。
危うく、夜通し飛んで疲れ果てている彼女を起こしてしまうところだったじゃないか。
ホッとしたのは一瞬で、やっぱり触れることなんでできやしないな、なんてため息をこぼしてみて。また傍らで眠る少女
を見遣って
昨日も一昨日も先週も言った、自分への、或いは彼女へのいいわけをぶっきらぼうに吐き出した。

「今日だけダカンナー」

いつの間にかちゃっかり朝日があたらない場所に移動していたらしい彼女のその細い肩に、触れないよう触れないよう意
識しながらきっとまだ私の体温が残っているはずの毛布を、ちょっと恥ずかしいとは思いながら掛けてやった。
さて、彼女が脱ぎ散らかした服をたたんでおくとするか。



Fin.


サーニャ視点:0637

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