Sérénité et votre Température
ブリタニアの冬は寒い。
とは言ってもスオムスやオラーシャといった北極圏に比べたら格段に暖かいのだけれど、
少なくとも毎年雪が降る程度には寒い。
聞けば扶桑の首都周辺は雪の降らない冬がたまに訪れるらしい。
夏には気温も30℃を超えるというし、ガリア育ちのわたくしからしてみれば
扶桑は亜熱帯なのではないかと疑いたくなる。
実際南の方の一部は亜熱帯に含まれているというのだから、
欧州の冬の冷え込みは扶桑人には相当堪えるに違いない。
ええ、まったくその通りですとも。
だからこれは別に何もおかしなことではないはず。
そうよ、こんなことで動揺していてはガリア貴族の名が廃りますわ!
「どうしたペリーヌ、眠らないのか?」
仮令わたくしのベッドに坂本少佐が潜り込んでいたとしても、
決して冷静さを欠いてはなりませんことよ!
「い、いえっ、いい今行きまひっ!ぃあ!!」
───ああ、お父様、お母様。
わたくしは今日、そちらにお邪魔するかもしれません……。
────────
思い返すのは1分前、自分の部屋に戻ったわたくしを待ち構えていたのは、
他でもない坂本少佐のお姿。
「し、少佐、何故わたくしの部屋に?」
「おお、来たか。勝手に上がり込んで済まないな。」
「そんな、構いませんわ。」
「いやな、最近夜が寒いとぼやいていたら、それを聞いた宮藤のやつが
なんでもリーネと一緒の布団で寝ているから温かいとか言うものでな。
恥ずかしい話、他に身近な"人肌"がいなかったんで、
こうしてお前に頼んでみようかと思ってな。
どうか一晩付き合ってみてはもらえないだろうか?」
ああ、その照れ臭そうに頭の後ろを掻く些細な仕草だけでも頭がどうにかなりそうだというのに、
そのつまり、要約するとそれは所謂"添い寝"というものなのではないでしょうか。
ということは、わたくしのベッドに少佐が……
あ あ あ !
「あの!えっと、わ、わたくしはその、えっと」
「ダメか?」
「いいいいいえ決してそのようなことはありませんわ!
わたくしなどでよろしければそれはもうお好きなように!」
────────
というわけで今現在、少しでも左を向けば、そこには坂本少佐の美しいお顔が……!
「…………。」
スューペー!シュパーブ!マァーヴェラッス!トレトレトレトレトレビアーン!!
この美しさを褒め称える言葉はガリア語にもブリタニア語にもありませんわ!!
きっと世界のどこを探してもこの素晴らしさを表現できる単語など存在しないに違いありません!
いえ!落ち着きなさい、落ち着くのよペリーヌ。今こそ冷静さが問われるときですわ。
ここで焦って暴走してはダメ。場面をわきまえるのも優秀な部下の条件。
そうよ、寝顔くらいなんだと言うの、いつかこの光景を当たり前のものにしてみせるまで我慢ですわ、我慢……。
この光景が当たり前に……そう、当たり前に……少佐がいつもわたくしの隣にいるように。
毎晩同じベッドに入って、お互いの体温を感じながら、至福の眠りに就くのです。まさに夢の世界。
そして朝目が覚めると、寝惚け眼なわたくしに少佐はそっと唇を寄せ……ああああぁぁぁぁああ!!!!
幸せ過ぎますわ!幸せ過ぎますわ!いくら何でも先走りすぎですわ!初めのうちはもっと
「顔が赤いぞ、眠れないのか?」
「へっ? あっ、 いえ、そのようなことは全然まったく何にもありませんわ。」
「そうか?少し体が熱いような気がするが……」
「わたくしはいつもこのくらいが普通ですのよ。そう、普通ですの。普通。」
「…何をそんなに慌ててるんだ?」
「べべべべべべべべべべ別に慌ててなどいませんことよ!」
だだだから落ち着くのよペリーヌ!これが実戦なら今頃海の藻屑ですわよ!?
ここは是非デキる二番機として気の利いた一言をさらりと申し上げるべき場面のはず。
少佐を安心して睡眠へと誘うには、わたくしがしっかりしてしなくては───
「やはり震えているぞ。お前も寒かったんじゃないのか?」
「いえあの───」
「ガリアはブリタニアよりも暖かいというからな。あまり気を張るな。
私とて万能ではない。お前が平気なふりをしていては、大事な時にお前を守ってやれないだろう?
そういうことはな、隠したりしないできちんと伝えるんだ。
私たちは家族のようなものだ。家族は助け合うのが当然だろう?
ほら、もっとこっちに寄れ。もっとくっついていい。
正直なところ、私ももう少し温かい方がいいんだ。
おい、何を恥ずかしがっているんだ。いいからもっと密着しろ。
そうだ、これでいい。どうだ、寒くなくなっただろう?
ふう……安心したら眠くなってしまったな。それでは、おやすみ。良い夢を……
うん?どうしたペリーヌ、顔色が───うおっ!?お前鼻血出てるぞ!
ちょっとおい大丈夫か!?今氷を……いや、その前に何か布を……ええい、誰か───!!!!」
────────
そういうわけで、その夜のことはあまり覚えていない。
唯一覚えているのは、坂本少佐のお美しい寝巻き姿とその寝顔。
思い出しただけで胸と鼻に熱いモノがこみ上げて……いえ、下品なのでもうこの話はやめましょう。
ただ、教訓として学んだこともひとつ。
それはつまり、ミーナ中佐の前では少佐との私的な話題は禁物ということですわ。