無題


あれからエイラはサーニャの顔をまともに見れなかった。
サーニャが自分のことをヒーローと思ってくれてるなんて、嬉しすぎてついつい顔が火照ってしまう。
けど同時に恥ずかしさが込み上げてきて、どうしてもサーニャといつも通りに接することができない。
そしてその行動がサーニャを傷つけてしまうことを自覚し、自己嫌悪に陥って表情に翳りが差す。
パアッと顔を明るくしては溜め息を吐き、また勝手ににやける――この繰り返し。
こうしてエイラはさっきから食堂の隅で一人百面相を続けていた。
晩飯の片付けをしている芳佳とリーネも、気味悪がってなかなか話しかけられない。
それに二人も、どうせサーニャのことだろうとわかっていて半ば呆れてもいる。
当のエイラは、自分にとって告白にも近いあの言葉に、なんて返事をするか真剣に考えているのだが、途中途中に入るにやけ面のせいでどうも真面目に見えない。
結局、芳佳とリーネが片付けを終え、そのことを告げるまでエイラは食堂にいた。
部屋に戻る間も終始サーニャについて考え惚けていたので、自室のベッドにその彼女が腰掛けているのを見たときは、腰を抜かす思いだった。
「エイラ、遅い……」
暗闇でその表情を窺い知ることはできないものの、声音から判断するにサーニャは不機嫌な様子だ。
その理由を察しつつも、踏み込む勇気のないエイラは、とりあえずの疑問を投げ掛けてみる。
「ナ、なんで私の部屋に?」
言ってから、この質問も結局は同じ結果に帰着することに気付いたが、もう遅い。
「昼間からエイラ、なんだかそっけないから……気になって」
刺々しい言葉の端々に、エイラの態度に不安を抱いているサーニャの心中が現れていた。
エイラにとってサーニャが愛しい存在であるのと同じように、サーニャにとってもエイラはかけがえのない人だ。
思えば入隊当初から、サーニャはエイラと一緒にいた。
内気で他の隊員に話し掛けることができず、一人寂しい思いをしていたサーニャに手を差しのべたのはエイラだ。
あのとき――整備場でエイラが話し掛けていなかったら、サーニャは今も暗い記憶に心を囚われ、自分の殻に閉じ籠っていたかもしれない。
もはや日常になってしまったエイラの気遣いに、今さらお礼を言うことは恥ずかしくてできないけど、この思いを少しでも伝えたい。

だからサーニャがエイラをヒーローだと言ったことは、一欠片の偽りもない彼女の素直な気持ちだ。
エイラには少しばかり衝撃が強かったようだが。
サーニャの心奥を知ることはエイラには叶わないけど、サーニャが不安げにしているのを見て放っとけるわけもなく、引き寄せられるようにサーニャの隣に腰を下ろす。
「ごめんナ、もう大丈夫だから」
いい言葉が思い浮かばず、最終的に口に出せたのはそんな短い台詞。
けどサーニャにはそれだけで充分で、エイラが傍にいてくれるだけで、心に暖かい火が灯るような気がするのだ。
サーニャにはまだ、その灯がどのような気持ちの現れなのかよくわからないけど、この火を灯しているのがエイラということだけはわかる。
心地好い安心感と充足感に浸りつつ、サーニャは夜間哨戒に向かうために立ち上がる。
「じゃあ夜間哨戒があるから、部屋に戻るね」
そう言ってノブに手を掛けたところで、後ろから呼び止められたので振り返ると、エイラの口から彼女が絶対に言わないような言葉が飛び出してきた。
「私にとってサーニャは……かっ、可愛くて大切なお姫様だから!」
煙が出るかと思うほど顔を真っ赤にしている。
そんなエイラに歩み寄ってサーニャは、自分にできる精一杯の愛情表現として、
「ありがとう……私の王子様」
優しく額にキスをした。


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