エーリまき


「くらえトゥルーデ! エーリカちゃん特製、愛情マフラーだぞー!」
「わわっ!?」
ノックをしても返事が無いから、勝手に部屋に入っちゃったけど。 なんだ。 いるじゃんトゥルーデ。
……驚かせちゃおっかな? ひひひ。 後ろからぎゅーっとハグして、エーリカちゃんがマフラーになってあげましょう。
って思ってたら。 やられました。 返り討ちでしたよ。 ひゃっこ!
後ろから思い切りトゥルーデの首にしがみついたら、超冷たい。 凍傷になるよ、これ。 何こいつ。 スノーマン?

「エーリカか。 驚かせるな。 まだ残務の途中なんだよ。」
そう言って書類をひらひら見せる。 トゥルーデは佐官の補佐役だ。 ミーナが手一杯の時は、こういう仕事も回ってくる。
壁に掛けてある外套に目をやると、うっすら霜が降りているのが分かる。 思わず文句が口をつく。

「ちょっとちょっと! トゥルーデの体冷えすぎだって! 風邪ひくよこれ! 何? 外行ってたの?」
「あぁ。 見回りやら訓練やらを一通りな。」
「一通りって。 ねぇ。 忙しい時くらい、そういうのは休みなよ。 体壊しちゃうぞ。」
「心配要らん。 私の場合、普段の日課をこなさない方がリズムが崩れるんだ。」
そっけない返事。 んんんー。 トゥルーデの悪い癖だ。 忙しくっても、絶対に自分のスタイルを崩そうとしないんだ。
私がこんなに心配してるのに、トゥルーデときたらこの調子。

「私からすればお前の方が心配だよ。 大抵の事はすぐ飽きて続かない。 あと、これだと書類が書けん。 のいてくれ。」
「むむっ。 出た出たお説教。 私だって続けようと思えばできるよ。 興味の対象が無いだけですー! あとね。 のきません。」
トゥルーデの頭にかくかくアゴを落としながらぶーたれる。 トゥルーデを心配するといつもこうだよ。
自分が他人に心配かけたくないからって、私の話題へと摩り替えるんだ。

「それが本当だったら私も嬉しいんだがな。 継続は力なりだぞ、エーリカ。 言っても聞いてくれたためしが無いが、な。」
そう言って万年筆の柄でこしょこしょ私のアゴ下をくすぐる。 もーっ。 半分笑って、半分怒ってしまう。
本当に心配してるんだぞ。 マフラーくらい買いなよって、それだけの話だろー?

……と。 そっか。 クリスの入院費の事があった。 買えるわけないか。 でも、だからって。
自分の事を何もかも二の次にしていいなんて事はないよ。 トゥルーデがそれで体を壊したら、クリスだって悲しむよ。
それより何より。 私が飽きっぽいなんて大きなお世話だよ!! だから私はぐぐっと体重をかけて、挑戦的に言ってやったんだ。

「勝負しよっか? トゥルーデ。 トゥルーデは私に継続力が無いと決め付けてるみたいだからさ。 だったら勝負しようじゃん。
 お題はねぇ。 これから半月の間に私がトゥルーデへのプレゼントを製作する! ってのはどう?
 ハンドメイドだよ、ハンドメイド。 うまくできたらもう私の生活態度に関して、二度とガミガミ言わないでよね!」
そう言ってトゥルーデのつむじにアゴをぐりぐり擦り付ける。 くすくす笑うトゥルーデ。

「ふ。 ならできなかった場合は、毎日定時に起きますと誓約書を書いてもらうかな。 割のいい賭けじゃないか。」
「はぁー!? 何言っちゃってんの!? 可愛くない可愛くない! 気が変わった!! 私が勝ったら思いっきり恥かいてもらうよ!!
 私が勝った暁には……えぇと、うんと。 ぶっちゅーっとキスしてもらうからね! 唇に!!!」
「キスでもなんでもしてやろう。 できたらな。」

うあぁもう。 丸っきりとりあってくれてないよこれ! いつもなら、こういうのは全力で回避する癖にっ! むかつくよーー!!
そんな事を考えていたら、トゥルーデがぱしぱしと私の腕を叩いて笑った。

「悪かった。 ちょっと気持ちが煮詰まっていたからな。 心配してくれたのに、すまないな。
 愛情マフラーだったか? とても暖まったよ。 ありがとう。 そろそろ仕事を続けさせてくれるか?」
むむむ。 そう言われちゃあ、もう怒り続けらんないんだけどさ。 これじゃ普段と立場が逆じゃん。 面白くなぁーい!
そうだよ、もう。 心配してるんだよ、本当に。 こんなに冷えちゃって。 ん。 マフラー……か。 ん。 ん!
するりと手を離して戸口へ向かう。 へへん! 決めた。 プレゼント、何を作るか決めちゃったよ。

「見てなよトゥルーデ! きっと半月後には泣いて謝ってるんだからね! それじゃおやすみ!」
「期待しないで待ってるよ。 ……あぁ、それと。 心配してくれてありがとう。 おやすみ、フラウ。」
ふんっだ。 ちょっぴり顔が赤くなる。 本当に無理すんなよー。 おやすみっ、トゥルーデ。


「あぁーもう無理ムリ無理ムリ! 超~難しいじゃん! ありえないよこれ!」
ぽーいっと編み針を投げ出してベッドに突っ伏す。 ごめんねトゥルーデ。 ちょっと編み物なめてた。
そう。 私が作ろうと思ったのは、ずばりマフラー。 あんなに寒そうにしてたし。
これだったら、単純な一枚の布。 きっと私にだって作れるし、トゥルーデにも喜んでもらえるよね。

なんてね。 甘すぎました。 これ、私には無理です。 こんなのスイスイこなしちゃうなんて、世のお母さんたちは凄すぎるよ。
案外ネウロイと戦わせても、町で仕立て屋やってるお婆ちゃんとかの方がいい戦績あげちゃうんじゃないの?

はぁ~あ。 溜息をつきながらぶっさいくな編み目を光に透かして、トゥルーデの寒そうな首周りを思い出す。
もし、ちゃんとこれ作り上げてプレゼントしたら、トゥルーデ喜んでくれたかな。
寒いからって行動変えるような奴じゃないし。 また今夜も寒い思いしながら頑張っちゃうんだろうな……。
…………。

ぺしっ。 両頬を叩く。 うん。 おバカ馬鹿バカお馬鹿ちゃんだったね。
この程度の事で諦めるなんて、ウルトラエースの名が泣いちゃうね。 こんなの、トゥルーデの頑張りと比べればなんて事ない。
やれば出来る子だって、自分で自分に証明しなくちゃね!

十四日が経った。 約束の期日は明日。 ううっ。 もう駄目だぁ。 ちっとも出来てないよぉ!
明日から定時起床の毎日だぁ……なぁーんてね。 ふふ。 それは十四日前の私の場合。

うっふっふっ。 てんっ。 さいっ! 私天才!! じゃじゃーん!!
編み始めた頃と同じように、編み物を光に透かす。
ただあの頃と違うのは、今私の手元にあるのは、市販品にも滅多に無いくらいの、とても立派なマフラーだということ。
メリヤス編みのシンメトリカルなウェーブ。 少しずつ色を変えていく自然なグラデーション。
長すぎず短すぎず、太すぎず細すぎず、完璧なバランスのフリンジ。 滑らかな肌触り。
それは、まさにどこに出しても恥ずかしくない逸品となっていた。

ちょっとちょっと! 私、進むべき道を間違ったよ! 服飾業界は貴重な才能を失ったよー!
なんてなんて。 ちょっと浮かれすぎ? でも仕方無いよね。 自分でもここまで飲み込みが早いとは思わなかった。
と言うより、自分で言うのもなんだけど、ここまで続くとは思わなかった。 正直、何度も諦めかけたしね。
でも、トゥルーデの鼻をあかしたい一心で、遂にゴール目前まで来れてしまった。 うん。 やっぱり目標があると違うねぇ。

「ふらつくな、宮藤! ミス一つで作戦が総崩れする局面もある! 演習といえど気を抜くな!!」
「は、はい、バルクホルンさん!!」
あとちょっとで完成する。 午後の教練の間も、マフラーが気になってしょうがない。
ちらりとトゥルーデを見る。
っとに。 本当に宮藤がお気に入りだねー、キミは。
明日が約束の期日だよ? 私にも、一言くらいなんか無いの? トゥルーデときたら、完全に約束の事を忘れてるみたい。
まぁいいけどね。 そっちの方がサプライズっぽくなるもんね。

はてさて。 ようやく晩御飯までの空き時間がやってきた。 最後の仕上げといきますか!
あーして、こーして……。 やってる内に熱が入ってくるのが分かる。
ウーシュも読書に没頭すると、いつもこんな感じだったね。 ご飯だよって言っても聞きやしないの。 血筋だな、これは。
ゥー……。 ゥー……。 ? なんだよ、この音。 うるさいなぁ。
ゥー……。 ゥー……。 ゥー……。 !! これ、警報だ!!
やばい。 いつから鳴ってたんだろ? ネウロイが来たっての!? もぉー、ちゃんとアポ取ってから来いよな!!

「何してるハルトマン! 敵襲だ!! 早くブリーフィングルームに来い!!」
「わっわっ! 今行くよ!!」
慌てて用意をしていると、トゥルーデが怒鳴り込んできた。 とっさに軍服の中にマフラーを隠す。
セーフ? 見られなかったよね? そのままトゥルーデに引っ張られていく私。
まっ、まずいなぁ。 マフラー、置いてく暇が無いよ! これが悪い結果に繋がらないといいけど……。

「トネール! ……もう、まだいるんですの!? きりがありませんわ!」
電撃がネウロイを撃墜していく。 そう。 今回のネウロイは飛び込みの癖に団体客。 本当にマナーのなってない奴らだ。
大体の敵は撃墜したけれど、何発使っちゃったのかな? 弾切れが近い事は間違いない。 もう無駄撃ちできないや。

「ハルトマン。 少佐が弾薬切れのようだ。 サポートに回るぞ!」
「了解!」
件の少佐は、扶桑刀でネウロイと渡り合っている。 うーん、相変わらず肝っ玉据わってるよ。
はいはいさっさと落ちてね! 少佐の周りのネウロイを落としていく。
量はともかく、質が伴ってないね。 ちょろいよ!

視界の隅で僚機を確認。 ! トゥルーデのシールドをネウロイの熱線が突き抜けているのを見てギョッとする。
何あの攻撃力!? あんなのがいるの? かろうじてかわしているけど、あれはヤバイよ!
ちゃっちゃと片付けてサポートに行かないと!

これでラストっ。 目前の敵を片付ける。 さっ、フォロー行くよ……って、ん?
わぁお。 残弾ゼロ!
これじゃサポートしようがないじゃん! 少佐たちは今どうなって……。

「乾坤一擲!!!」
ずんばらり。 うそぉー。 熱線のネウロイは哀れ、少佐の一太刀で両断された。 相変わらず只者じゃないね、少佐……。
しかし、感服したのも束の間。 両断されたばかりのネウロイの体が光った。 アレは。 断末魔の熱線!?
攻撃態勢のままの少佐を庇うように、トゥルーデがシールドを展開する。
無謀だよ! 敵の攻撃力を考えたら、後手に回らず撃ち抜くべきだって! って、まさかトゥルーデも……弾切れ?

まずい。 まずいまずい! トゥルーデ。 少佐。 このままじゃ二人が熱線に晒される。
宮藤に治せる傷で済むならいい。 だけどシールドを貫通するようなアレを、あんな至近距離から食らってしまったら?
最悪の事態を防ぐため、私の頭脳が超高速回転する。 弾は尽きた。 私にできること。 何か無いの? 何も無いの?

無意識の内に懐を探っていて。 私は、自分に出来る事を見つけた。
ある。 私には、あと一発だけ弾丸が残っている。 けど。 けど、これは。
迷わなかったと言えば嘘になる。 でも、それはコンマ一秒にも満たない刹那の間。 私は懐からすらりとマフラーを引き抜いた。

「シュトゥルム!!!」
こうと決めたら迷いは無い。 シャーリーが体当たりでネウロイを破壊したように。
ありったけの魔力を込めて投擲したマフラーは、風を巻いた銀の弾丸となって瞬く間にネウロイを貫いた。

はっ、はっ、はっ。 吐いた息が白いもやになって後ろへと流れていく。 戦闘が終わって。
いてもたってもいられなかった私は、晩御飯もそこそこに、さっきの交戦場所を目指して走っていた。

マフラー。 何日も、何日も、トゥルーデのためを思って編んだマフラー。 あれを見つけたかった。
冷静に考えれば、見つかるはずがない。 探し物をするには、あまりに辺りが暗すぎる。
上空の風に吹かれて、離れた所へ落ちてしまったかもしれない。 それでも。 それでもさ。 あのマフラーは。

「この辺り……だったよね。」
途方も無く広い平地。 ネウロイとの戦闘に民間人を巻き込まないために、交戦のポイントも調整されている。
おかげで誰気兼ねなく探せるんだけど。
広い。 広すぎるよ。 そもそも、ここにあるかすら分からないじゃないか。

途方に暮れる気持ちを押さえつけ、持ってきた懐中電灯で辺りを照らす。 指先に感覚が無い。
寒い。 ブリタニアの冬は厳しい寒さに覆われる。 ましてそれが夜なら尚更。
しかも私ときたら、ご丁寧にここまで走ってきてるときたもんだ。 凍えそうなくらい寒い。
なのに。 私は衝き動かされていた。 あのマフラーを、野晒しのままにはしておけない。 その一念だけで動いていた。

無い。 ……無いね。 こっちにも無い。 あれ? ここ、さっき探したっけ……?
ローラー作戦で探そうと思っても、こう何も無い場所で下ばっかり向いてちゃ、方向感覚があやふやになってくる。
もうどれくらい探しただろう。 めったに嵌めない腕時計に目を落とす。 うそ? もう出てきてから一時間半も経ってるよ。
それでも……無い。 やっぱり、見つからないよ……。

「ハルトマン!!!」
その声ではっと我に返る。 トゥルーデ。 なんでここに?

「どこにも姿が見当たらないから探しに来てみれば……。 外出するなら一言くらいことづけろ! どういうつもりだ!」
そっか。 いないって気付かれちゃったんだ。 胸がしくりと痛む。
何やってるんだろうな、私。 こんな事やって、一人で空回りして。 謝らなくちゃ。 帰らなくちゃ。
鉛のように重い足を引きずると、靴に何かが触れた。

信じられない思いで、それに電灯を向ける。 この編み目。 間違えるはずがないよ。
マフラーだ。 私が作ったマフラーだ!

けれど。 気持ちが浮き立ったのは、ほんの一瞬だけだった。 マフラーは、真ん中から無残に焼き切れていた。
震える手でそれを拾い上げる。 こんな。 こんなのって。 体の芯から震えが走って。 私はそれをぎゅっと胸元に抱きしめた。

「エーリカ……? そんなに震えて、寒いのか。 エーリ……カ。」
トゥルーデに腕を掴まれて、向き合う事になってしまって。 トゥルーデの顔を見たら。 もう、駄目だった。
ぽろ。 ぽろ。 ぽとり。 ぼろぼろぼろ。 な。 泣くなよ私。 なっ。 なくっ。

「エーリカ? どうした!? 一体何があった!!?」
「な、何でも、なひっ。 ……しっ、心配かけて。 ごっ。 ごめっ。 もうかっ、帰るかっ、ら。」
嗚咽がこみ上げてうまく喋れない。 トゥルーデの物凄く心配そうな顔。 やだな。 私、どこまで駄目なんだろう。
こんなの、最悪だよ。 自分勝手やって、空回りして、トゥルーデに心配かけて。 泣く資格なんて、少しも無いじゃないか。

「何でもないはずがあるか! 一体……。」
突然トゥルーデが言葉を切る。 しゃくりあげながらトゥルーデを見ると、その視線は私の手元にあるマフラーに注がれていた。
あぁ。 ばれちゃった。 何もかも。 駄目になっちゃったよぉ……。

「ごめっ。 ごめんなさい。 わっ、わたし。 トゥルーデにプレゼントしようと思って。 これ編んでて。
 さ、さっきの戦闘で、焼け落ちちゃって。 それで、勝手に、宿舎飛び出して、探しに来たの。 ごめっ。 ごめんなさい。」
なんて。 なんて情けないんだろう。 どれだけ自分が公私混同していたか、嫌というほど分かった。
…………。 痛いくらいの沈黙。 トゥルーデの言葉を待つその間が、永遠のように感じられた。
怖い。 怖いっ。 怒られるのは当然だけど。 きっとトゥルーデは私に愛想をつかす。 それがどうしようもなく怖かった。

けれども。 トゥルーデは私を怒らなかった。
外套を脱いで、私の肩にかけて。 その後、ぎゅっと抱きしめてくれたんだ。

「……なんか最近おかしいと思ってたんだ。 それ。 内緒で、編んでたのか。」
トゥルーデの声も、私を抱きしめる手も。 あまりにも優しくて。 ちっとも怒ってないよって語っていて。
こくこくと頷きながら、私はどうしようもない安堵に襲われて、それでまたしゃくりあげた。

「わたし、みっともない。 最悪だ。 どうしようもないよ。 こんな私。 見せたくなかった。」
「みっともなくない。 最悪でもない。 お前に振り回されるのだって慣れてる。 だから泣くな、フラウ。
 ……あの時、どうやってネウロイを撃ち抜いたのか、ようやく分かった。 これのおかげだったんだな。
 なぁ。 それなら私が責める筋合なんて微塵も無いよ。 いや。 もし責めるような奴がいたなら。 私が絶対に許さない。」

そう言って。 釈明とか、弁明とか、そんなものは一切求めずに。 ただただ私を抱きしめてくれた。
私が私のために泣くのを許してくれた。 私の身勝手さを許してくれた。
私の弱さを許してくれた。 私の気持ちを抱きしめてくれたんだ。
いつもの杓子定規なトゥルーデとは違う。 でも私は知っていた。 これが本当のトゥルーデだった。

「おやおやぁ~。 若い娘としてこれはどうですかねぇ、エイラさん?」
「そうですネー。 ババシャツ愛好家から言わせてもらうと、底冷えする季節にはピッタリなんじゃないでしょうカ!」

ざわざわざわ。 今朝はいつもより食堂が賑やか。 その原因はと言えば。
ばばーん! ダジャレじゃないよ。 そう。 トゥルーデの腰に燦然と輝くのは、いつもの白いズボンではなく。
私が大事に大事に編んだマフラーくんの生まれ変わりである……毛糸のズボンなのでした。

あの後。 私は、焼き切れたマフラーを見て考えに考え抜いた。
だってさ。 あれだけ泣いちゃったらさ。 あとはもう前に進むしかないもんね。
あれだけ恥かいて、ただ転んだままなんてヤだもん。 ありえません。 エーリカちゃんの主義に合いません!

それで思いついたのが、これ。 残ったマフラー生地をパッチして。 毛糸のズボンにしちゃう事だったんだ。
おかげで、なんとか約束の期日には間に合ったんだけど。 まさか、みんなの前に履いてくるとは思わなかった。

「にゃは~、毛糸のズボン! あったかそー! お洒落じゃないけどねん!」
「どした、バルクホルン大尉。 いっつも怒ってばっかいるから、気分まで老けちゃったのか~?」
「優雅という感じではありませんわね。 家庭的ではありますけれど……。」
だよね。 そう。 毛糸のズボンは、お世辞にもお洒落とは言えない。 ううん。 平たく言うと野暮ったい。

「トゥルーデ。 その……冷えるってのは、私もよく分かるんだけど。
 毛糸ってのはちょっと、恥ずかしくない? ほら。 周りは若い子たちばっかりだし……。」
みんなに冷やかされて、トゥルーデの顔は紅潮している。 私のためだ。 私に気を使って、履いてくれたんだ。
無理しないでいいよ、トゥルーデ。 私、その気持ちだけで嬉しい。
それで私がみんなに言い返そうとしたらさ。 トゥルーデは言ったんだ。 顔を上げて。 よく通る声で。

「ちっとも恥ずかしくない! 胸を張って言わせてもらおう。 あたたかい、と!」
トゥルーデ。 胸が締めつけられて言葉にならない。 似合ってる。 胸を張るトゥルーデに、私の編んだ毛糸のズボンが似合っている。
それだけで、こんなに嬉しいのは。 ぐすっ。 どうしてなのかな。

「……。 わーるかった。 あたしとした事が、やっかんじまったみたい! なははは!」
「そうね。 うん。 若い子たちの目ばっかり気にしてちゃ駄目よね。 ふふ。 教えられちゃったわね。」
「うむ。 似合っている。 胸が暖かくなる編み目だ。 祖国の母を思い出すよ。」
心が震えたのは私だけじゃなくって。 みんながトゥルーデに暖かい眼差しを向けていた。
あぁ。 トゥルーデ。 凄く時間をかけて。 一杯気持ちをこめて。
それを受け止めてくれる人がいる。 態度で示してくれる人がいる。 わたし。 幸せ者だ。

何を口に運んでるかもおぼつかないまま食事を終えた私は、トゥルーデが食べ終えるのを見計らって一緒に食堂を出た。
そのままトコトコと部屋までついていく。 ベッドに腰を下ろしたトゥルーデの隣に、恐る恐る腰掛ける。

「さっきはごめんね、トゥルーデ。 ……私、何も言えなくて。」
「私が好きで履いてきただけだ。 そしていつも通りあいつらの軽口を貰っただけ。 お前が気にするような事は何も無い。」
そう言って、私の前髪を軽く払って、微笑む。 それだけで心がすっと軽くなる。
優しいね。 嬉しいよ。 こんなに嬉しく思うなんて、想像してなかったよ。

「それに、嘘じゃない。 暖かいよ、フラウ。 こんなぬくもりは……いつ以来かな。」
「へ。 えへへ。 そりゃそうだよ。 隠し味たくさん入ってるもん! はちきれんばかりの愛が!」
二人で顔を見合わせてくすくす笑う。 トゥルーデの肩に頭をもたせかけて、冗談めかしてつぶやく。

「私ね。 本当は証明したかったのかも。 私は宮藤に負けてないよって。 宮藤の事は大好きだけど。
 最近トゥルーデにとっての、今まで私のいた場所に、宮藤がいるような気がして。
 私がトゥルーデにあげられなかったものを、宮藤は沢山あげている気がしてさ。 なんだろ。 ジェラシー?」
少し胸が痛い。 分かってた。 トゥルーデのためでもあり。 私のためでもあった。 それが私の本音。
分かってたよ。 マフラーなんてあげた所で、宮藤のあげたものの尊さには敵わないって。 それがちょっと悲しかった。

「……そうか。 何て言えばいいかな。 私の解釈は少し違う。 宮藤は私にとって大切な存在だ。
 それは、宮藤から何かをもらったから、というよりは。 むしろ、宮藤が私に気付かせてくれたからだ。
 私は、既に沢山の大切なものを持っていたのだと。 そんな事も見えなくなっていた私に、気付かせてくれたからだ。」
訥々と語るのを黙って聞く。 うん。 知ってる。 だから私も宮藤が好きなんだ。

「それは私にもできない。 お前にもできない。 我々は、希望を語るには戦争というものを知りすぎている。
 宮藤だからできたんだ。 ……まぁ。 あいつが我々ほどの経験を積んだとしても、そこは変わらないのかもしれないが。」
私の髪に、トゥルーデが頬を寄せる。 そのままトゥルーデが続ける。

「私がそんな理由でお前と宮藤に上下をつけると思うのか。 宮藤とはまた違う形で。 やっぱりお前だって私の一番大切な存在だぞ。
 宮藤とは違う形で、お前は、お前にしかない沢山の大切なものを私にくれている。 ……全く。 恥ずかしい事を言わせるな。」
どきん、とした。 ちょっぴり泣きたいよ。 いつになく言うじゃん。 うん。 溶けていった。 私のわだかまり。
ちらり。 顔色を伺うと……やっぱり赤ぁーい。 慣れない事言うからだよ。 ふふ。
あぁ。 心のもやが無くなって。 晴れ晴れしすぎて恥ずかしいくらいだよ。 私は照れ隠しをするように話題を変えてみた。

「でも、ごめんねぇ。 これじゃやっぱり、首まわりの寒さは変わんないよねぇ。」
「ふむ。 まぁ首まわりはいいだろう。 ……愛情マフラーもある事だし、な。」

へっ。 愛情マフラー? ……あー。 あーあー。 なんでそんな事ばかり覚えてるかなぁー。
ちょっと顔を赤くしながら、珍しく悪戯っぽく笑っているトゥルーデ。 むむむ。 トゥルーデにやり込められるなんて。

「このー! お望み通りのマフラーだ!」
「ははは! 私だって、たまにはこれくらい言ってもいいだろ。」
首に抱きついて、じゃれる。 一しきり騒いで、はたと見つめ合う。 ちょっ。 近いよ、トゥルーデ。
お互いの息づかいがはっきりと分かる距離で。 トゥルーデは、真っ赤になって言いましたよ。

「そ、それでだな。 お前は約束を守ったわけだからな。 わ、私もだな、その。 ……約束を、果たそうと、思うんだが。」
へっ。 約束? ……あー。 あーあー。 ……。 えええぇぇぇ!!!???
やっ、約束って。 こいつ、忘れてるのかと思ったら細かい所までしっかり覚えてるじゃん! なんだよもー!
やくそく。 わ、私がトゥルーデに何かあげるから。 トゥルーデは、私の唇に、もにょもにょ……。 の、事だよね?

「本当に暖かいんだ、このズボン。 その、物理的な意味ではなく。 どうだろう。 私も、形に示すべきかな、というか。
 ほ、ほら。 私なりの愛情マフラー、って奴だ。 い、要らなければ、別にいいんだ! そう言ってくれ。」
ど。 どうだろうって。 どうだろうって!! どうしよう。 どうしよう!? きゅ、急に言われても困るよ! うろたえちゃうよ!!
トゥルーデの首に手を回している事に、急に気恥ずかしさを覚える。 あったかい。 ううん。 熱い。
だってだって! ノリで言ったんだもん! 深い意味は無かったんだもん! こうなるなんて思ってなかったんだよー!!

でも、でもでも。 この毛糸のズボンは嘘じゃない。 確かに、私の気持ちは嘘じゃない。
心の底から満たされるような、あの感じ。 あれって。 あれって、たぶん。 わたし。 トゥルーデのこと。 …………どうなの?
……。 そ、そんなの。 言えないよー! あぁもう! あぁもう! どうすればいいのさー!!??

それでさ。 もうどうしたらいいか分からなくなっちゃって。
だから、トゥルーデの目を見て決める事にしたんだよね。 どんな判断になったってさ。 それなら後悔しないと思ったから。
一体どんな気持ちでこんな事言ってるのか。 じゃれあいなのかな? 友情? それとも……その。
そういうこと、なのでしょうか。 とか。

トゥルーデの目を見れば分かるはず。 信じられるはずだもんね。
うん。 それがいい。 それしかないよ。 それでいこう!!

こほん。

それでね。
私は結局、そのマフラーを巻いたのでした。
                                          おしまい


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