無題


その日私は妙に気が立っていて、朝から晩までがなり通しだった・・・らしい。
空で、ハンガーで、風呂でも食堂でも怒鳴り声がしたと思えば、廊下でも響いていた・・・らしい。
理由がなければ怒鳴りはしないし、隊のためを想った行動だったはずなのだが――
最後の最後で、私はやってはならないことをしでかした。
ネウロイを撃墜し、基地へ帰投した直後のことだ。
ミーティングを終え、そそくさと部屋を後にするシャーロットを私は呼び止めた。
あいつに部隊長としてのノウハウを教え込む必要があったからだ。
しかし・・・不測の事態が起こってからでは遅いのだと言っても、奴はへらへらとしているだけ。
そして得意分野でないからなどと言われた時、一気に腹が煮えたのだ。
何のために、誰のためにやるのかと大声でまくし立てた。
そして怒りにまかせて、二人きりの部屋であの言葉を口にしてしまったのである。
普段はちっとも考えない台詞。
『貴様など不要だ』と。


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話を終えるや、ミーナと坂本少佐は困ったように顔を見合わせた。

「お前らしくもないな、バルクホルン。」
「そうね・・・我を忘れるなんて。それにそうして落ち込むのもね。」

私だって落ち込むことくらいある、と言いかけて口をつぐむ。
何時もはなんてことない執務室の雰囲気が、肩や背中に重くのしかかっていた。
少佐に不安定なストライカーの挙動を見抜かれ、ミーナに呼び出された頃にはもう私は弱り切っていた。
シャーロットと目も合わせられない、まともに声もかけられない日が数日続いたせいである。
たった数日、と少佐は言った。
私だって幾日か接しないだけでへこたれてしまうなど、情けないと思うのだ。
それでも――辛い。
傍らにいられないことが、あの髪に、頬に、唇に触れられないことが。

「自分がこんなにもワガママなやつだとは、思いもしませんでした・・・。」

そうだ、私はワガママなのだ。
自らの思慮を欠いた言動で相手を傷付け、自分まで落ち込んでいる。
途方にくれたまま上官に呼び出され、口外無用などと前置きするなど、何様のつもりだろうか。
全てお前の責任ではないか、ゲルトルート。
辛いからなんだというんだ・・・軟弱者め。

「して、お前はどうしたいんだ?」

一瞬、少佐の言葉が飲み込めなかった。

「・・・どうしたいか、ですか?」
「ウィッチ隊としてはお前らが仲睦まじくあって欲しいのだが・・・。」
「クスクス・・・あなただって、シャーリーさんと仲直りしたいでしょう?」

ミーナの言葉に私はたじろぎ、顔を伏せた。耳が熱くなるのが分かる。
どうしたい?仲直り?
そんなこと、この二人なら答えは分かっているはずだろう。

「ぁと・・・ええと・・・・・・その。」

口が上手く回らない、何を言えばいいか分からない。
こんな時ひどく慌ててしまうのだ。
言いたいことが決まっているとなおさら。
そんな私に助け舟を出すがごとく、少佐は口を開いた。

「私も器用なほうではないし、リベリオンやカールスラントの風俗には疎い。だがなバルクホルン、丁寧に謝ればいいのは万国共通のはずだ。変に飾らず素直にな。」

そうだ、自らの非を認めるのが謝罪のはずだ。
分かっている。私は分かってはいるのだ。
しかしその先に一歩、足を踏み出せずにいるのだ。
情けない話ではないか、カールスラント軍人たるものが。
空では恐怖を感じないというのに、人付合いのこととなると調子が狂ってしまう。
恥ずかしい。何もかも、全てが恥ずかしい・・・。
まごつく私を尻目に、少佐はミーナに耳打ちして執務室を後にした。
きっと気を遣ってくれたのだろう。
同い年の旧知の友となら気兼ねなく話せるだろうと踏んだらしい、と思った。

「トゥルーデ、あなたはシャーリーさんのことが好きなんでしょう?」
「・・・へぁ・・・!・・・いや、それは、だな・・・。」

だが二人きりになっても、こんな話題で平静を保てるほどの胆力は私にないのだ。
裏返った声がみっともなさに拍車をかける。
反対に余裕の微笑を浮かべていたミーナは不意に、表情を引き締めてひとり呟くように言った。

「私達は明日、命を落とすかもしれないのよ・・・?」

何故かは分からない。私は咄嗟に少佐の顔を思い浮かべていた。

引退も間近のベテランウィッチは、頑として空を飛び続けることを譲らないらしい。
まれに、出撃前にミーナの顔が冴えないことがある。
そんな時、目線の先にはハンガーへ急ぐ少佐がいた。
ミーナは優しい。私とは対照的に。
それゆえ仲間想いの度が過ぎると思えてしまうくらいに、心配性な一面を持っている。
だが彼女が今、私の立場になったとしたらどれほど上手く立ち回られることだろう?
何の躊躇いもなく謝罪の言葉を並べられるだろうか。
お互いにしばらく黙っていると、背後からドアをノックする音が聞こえた。
私の平静を保っているような顔をを見て、ミーナは入室を促した。
首を曲げて後ろを見やると、モップとバケツを持った少佐と――今、一番会いたくて会いたくない奴が後ろにいた。
見慣れた柔らかいオレンジの髪がひょいとのぞいたのだった。

「「なっ・・・」」

"私たち"は同時に言葉に詰まった。
二人とも目線が少佐の顔と、お互いの顔を行ったりきたりしている。口も半開きで。
気が動転したまま立ちすくんでいると、先にシャーロットが口を切った。

「話が違うよ少佐!なんでこいつがここにいるのさ!?」
「バルクホルンは別件で用があってな。呼び出しておいたんだ。」
「なんだよそれ・・・まるでそれって――」

露骨に不快感を滲ますシャーロットの言葉を、ミーナはぴしゃりと遮った。

「あなたがこの処置に異論を唱える資格はありません。」

それに観念したのか諦めたのか、奴はぶつくさ言いながらも私の隣に並んだ。
正面をまっすぐ見つめる目は、こちらに向くことはなさそうだった。
ミーナは軽く咳ばらいをすると、まるでセリフを思い出したかのように続けた。

「バルクホルン大尉、貴官は先日の戦闘で隊列を乱し、一度撃墜されたうえ、他の隊員にまで多大な危険をまねきました。
イェーガー大尉、貴官は度重なる命令違反により指揮権を脅かし、結果として部隊機能の低下を引き起こしました。」

確かに私は先の戦闘でネウロイに撃たれ、宮藤とペリーヌをはじめ隊全体に迷惑をかけた。
それは揺るぎない事実であり、確かに罰則に抵触しうる問題であった。
しかしシャーロットはどうなのか?
こいつはこいつで参ったような顔をしているが、隊長に呼び出されるほどのことはしていないはずだ。
せいぜい訓練をサボったとか、遊びの度が過ぎた程度の―いや確かに問題ではあるが―ものだ。

「以上を考慮し、貴官らには執務室の清掃を命じて懲罰とします。」
「「は?」」

真剣な顔付きで、どうかしたのだろうかミーナは。
この部屋はつい二日前に掃除をしたはずだ。
機密資料や本部からの文書が詰め込んである執務室を我々二人きりで?
いや、少佐かミーナが監督するに違いない。
ここを放置するなど無用心にも――

「じゃあ、私と坂本少佐は宮藤さんたちの訓練に付き合うから、よろしくね。」
「訓練は二時間の予定だからな。いいか二時間で掃除を終わらせるんだぞ?」

・・・え?
それだけ言い残して、あの二人は逃げるように部屋を出た。
しんと静まり返った空気が痛い。
なんだ?どうするんだ?モップがけを?・・・バケツに水が入っていないのは、汲んでこいということか?
ええい気が散る!いつまで突っ立ってればいいんだ!
ひとまず水だな、水。
水?水はどこで汲むんだっけ?

「・・・ぇ、ねぇったら。」

やつの声が耳に入り、すぐさま全身が総毛立った。
後ろからの弱々しい声。
私は極力意識しないふりをして、バケツのそばにしゃがみこんだ。

「おい、聞いてんのかよ。」
「・・・なんだ。」
「あたしがやるから・・・あんたは座っててよ、ね。」
「そういうわけにもいかんだろう・・・水を汲んでくる。」

違うだろう馬鹿者!いたたまれない雰囲気を作ってどうする!
しかも汲んでくると言った手前、行かないわけにもいかんし・・・。
こんな時こそフラウや宮藤にいて欲しいと――
唐突に背中が、温かく重くなった。
丸くなった私の背を包むかのごとく、やつが膝をついて抱き着いてきたらしい。
向こうも私も押し黙ったまま、互いの言葉を待った。
腰が引けているような、牽制しあうかのような奇妙な沈黙。
時計の秒針だけが静かに、しかし確かに二人の背を押しているかのようだった。

「あたしね、ずっと謝りたかった。せっかくあたしと、皆のことを想ってくれたのに・・・あんなこと言ってさ。」
「・・・・・・。」
「謝らなくちゃって、ずっと・・・でも、どうしても顔合わせられなくて。」

一緒だ。一緒なんだ。
お前も、私も。

「傍にいさせてよ・・・言うこと聞くから、ちゃんと聞くから・・・っ。」

シャーロットの身体が強張ってくるのが分かる。
そして微かに震えているのも。
私はこいつに重たいものを背負わせてしまっていた。

「ごめんなさ・・い・・・っ・・・バルっ・・・クホル・・ごめん、なさっ・・・。」

初めて見る彼女のしゃくり泣きは、二つの年齢差を思い出さざるを得なかった。
焦っていたのかもしれない、とその時初めて気付いた。

「謝るのはこっちの方だ。嫌な思いをさせたな・・・すまなかった。」

弱々しく絡まった腕を解いて、シャーロットと向き合った。
両手で涙を拭う姿はルッキーニそのものだが、そのくせ図体は人一倍でかい。
そのコントラストが私の悪戯心をくすぐったものだから、すすり上げる鼻をつまんでやった。

「ひはい!だにすんだっ!」
「そんな顔は、お前に似合わん。」

なんとなしに口をついて出た言葉が、思いの外効果的だったらしい。
シャーロットは頬を赤らめてへたり込み、そっぽを向いた。
これで形勢逆転。
何時もいいようにされてばかりではないんだぞ?と少し笑って、やつの首をこちらの胸に抱き寄せた。

「ちょっ・・・」
「私も、ずっと・・・こうしたかったぞ。シャーロット。」
「・・・うん。」

子供をあやすように背中をさすってやれば、全身にこいつの体温が流れ込んでくる。
しかしもう子供ではないから、名前を呼んで、上を向かせる。
少し赤くなったウサギの目を見つめてから、唇を重ねた。
久しぶりの感触に、私の頭はじわりと蕩けていった。


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