もしサーニャがエーリカの部屋に間違って入ったら
(……なんか、スースーする)
またベッドから落ちて床で寝てるのか、それとも毛布を掛けるのを忘れたのか。
エーリカはどちらなのかと起きあがろうとしたが、右の腕になにか載って動かなかった。
重い。しかもしびれて感覚がない。
(ウルスラ?)
こんなことをするのは一緒に寝ているウルスラくらいだ。
エーリカは顔を横に向け自分の腕を枕に寝ている人物を確かめようとする。
(……じゃないな。この子は……サーニャか)
サーニャが制服のまま隣に横たわっていた。
左手で右手を引っ張って引き抜き、血が通うまで感覚のない腕をもみほぐしているうちに
エーリカの寝ぼけた頭もはっきりしてきた。
(ウルスラのわけないのに。なに寝ぼけてんだか)
ウルスラとは離れてもう7年になるのだ。
手紙や電話のやりとりはしているものの、ウルスラの姿は5年くらい見ていない。
(ウルスラ、どうしてるかな?)
そう考えたとき、エーリカは忘れていた寒さに震えた
夏とはいえ欧州の朝は寒い。
それはここブリタニアでも例外ではない。
「寒……」
エーリカは取られた毛布を引っ張り、サーニャに身を寄せる。
その拍子にベッドの上にあったなにかが落ちた音がしたが、エーリカは
かまうことなくかつてウルスラにしたように右手でサーニャをかかえてみた。
(……なんかちがう)
ウルスラはここまで華奢じゃなかったような気がする。
自分は子どもだったし、ウルスラと背も体重も変わらなかったから?
でも体格以上になにかが違うのだ。
ミーナやゲルトルートといっしょに寝たときとも違う。
(サーニャはウルスラやトゥルーデじゃないしなぁ)
ではなんだろうかと首をひねったエーリカだが、考えている自分にちょっとバカらしくなり、そのうえ外に出た身体がさらに寒くなってきたので、考えるのをやめた。
エーリカは右手を戻して、背中合わせに向きを変えると毛布にくるまり、もう一度寝直そうとした。
しかし毛布がサーニャに引っ張られ、体半分が出てしまった。
エーリカは引っ張り返すが、また引っ張られた。
このままじゃどちらかが、あるいは両方とも風邪を引きそうだ。
ここはとるべき方法はひとつ。
エーリカはサーニャのかたわらに起きあがると声をかけた。
「朝だぞ~、起きろ~」
ダメだ、起きない。
当たり前か。夜間哨戒に出ている彼女にとって朝は寝る時間だもの。
「夜だぞ~、起きろ~」
サーニャは少し身じろぎをした。
もう一押しで起きそうだ。
エーリカはその「一押し」にいい考えを思いついた。
これならきっと起きてくれるかもしれない。
「サーニャ、起きろ~。夜間哨戒の時間だゾ~」
少しスオムス訛りの入ったぶっきらぼうなブリタニア語を
サーニャの耳元でささやいてみる。
エーリカの言葉にサーニャはぴょこんと獣耳を出し、
さらに頭の上にはアンテナまで出している。
(おおっと、効果覿面だねぇ)
「夜間哨戒だゾ~」
もう一度ささやくとサーニャは寝ぼけ眼で起きあがった。
エーリカはすかさず彼女の手を引っ張って立たせると、
そのまま部屋から連れ出した。
廊下を小走りしてエイラの部屋まで来ると、エーリカはドアを開け、
サーニャを放り込むように押し入れた。
中ではベッドに起きあがっていたエイラがいきなり入ってきた
サーニャにびっくりした顔をしているのが見えた。
サーニャはエイラのベッドに軟着陸し、その横であわてふためく
エイラの様子を少しだけ楽しむとエーリカはドアを閉めた。
(それじゃ、ごゆっくり~)
エーリカは自室に戻らず、途中にあったゲルトルートの部屋に入ると
ベッドに寝ている彼女の横に身を滑らした。その性格をあらわしたかのように
まっすぐの姿勢で眠っているゲルトルートに右手を伸ばして抱えた。
(あぁ、これこれ)
さっきのサーニャと明らかに違う、自分がよく知ってるぬくもり
に身を浸したエーリカはふと思った。
(さっきのサーニャから感じたのって夜の寒さなんだ)
基地に戻ってきても残るほどの寒さに晒されていたサーニャに
ちくりと胸が痛んだが、包まれたぬくもりに眠気を誘われたエーリカは
眠りへと落ちていった。
「!」
抱えられて目が覚め、ベッドの中がいつもと違うことに気づいたゲルトルートが
毛布をはいで起きあがった。
「ハルトマン! また人のベッドに潜り込んで!」
「う~、もう少し寝かせて…」
「起きろ!自分のベッドで寝ろ!」
「起床ラッパが鳴ったら起きるからさぁ」
その一言はゲルトルートにかなり効果的だったらしい。
「……ほんとだな? 絶対に起きろよ」
とだけ言うと不機嫌そうに横になったものの
再び絡みつくエーリカの手を解こうとはしなかった。
しかしいつもと同じようにゲルトルートが苦労したのは
言うまでもなかったのだった。