犬もたまには丸くなる


何してるのかしら、あの子は。
宮藤さんの部屋の前を通りかかると、部屋のドアから大きな箱を運び込もうとして悪戦苦闘している宮藤さんが見えた。
もう少し寝かさないとその幅を通れるはずがないですわ。 あぁもう、そちらに倒したって意味が無いでしょ!

思わずその作業を眺めてしまい、勝手にイライラする私。 まったく要領の悪い。
まぁ、私には関係の無い話。 せいぜい頑張ってくださいな。 私は知らんぷりを決め込んで食堂へと歩き去った。

紅茶で喉を潤して戻ってきてみれば、宮藤さんはまだ大きな箱と戦っていた。 イラッ。
まだやってるんですの? だーかーらー、そこは持ち上げるんじゃなくて下げるんですのよ!

「ちょっと宮藤さん! いつまでアタフタなさってるんですの! イライラしますわ!!」
「わぁっ!! ぺ、ペリーヌさんですか? ビックリしたぁ!」
やってしまった。 とことん無視を貫こうと思ったのに、あまりの無様さに思わず文句をつけてしまった。
この子ったら、なんでもっとテキパキとできないのかしら! 学習速度が遅いんですわ!

「ここはこうやってこうすれば、ほら、簡単に入りますでしょ。 10秒で終わるじゃありませんの!」
「うわぁー、ペリーヌさん凄い! あっという間に部屋に運び込んじゃった! やっぱりできる人は普段からできるんですね!」
キラキラキラ。 うっ。 目を輝かせて無邪気にお礼を言われると、こちらも毒気を抜かれてしまいそう。
ほんっとにこの子は。 凄いじゃないでしょ! 貴女が凄くないのよ! もう少しご自分を省みられたらいかが?

「えへへっ。 それじゃあペリーヌさん、乗りかかった船って事で。 組み立ても手伝ってくれませんか?」
「はあっ?」
組み立て? べりべりべりっと宮藤さんが箱を開けると、そこから出てきたのは天板と土台。
単なるテーブル……ですわよね。 貴女、こんなテーブル程度の組み立てにまで他人の力が必要ですの?
文句を言おうと顔を上げると、宮藤さんはいつの間にか部屋の隅っこの方でもぞもぞとしていた。

「はい! それじゃ私が土台を組み上げるので、ペリーヌさんは上からこれを掛けてください!」
宮藤さんがとことこと持ち帰ってきたものは、お布団。 いわゆる、掛け布団。 へっ? ちょっとちょっと!?
何なの、これ。 テーブルは分かりますわ。 お布団も分かります。 でも、それを組み合わせるという発想が理解できませんわ!
ひょっとしてテーブルクロスのつもりなのかしら。 それともこれが扶桑では普通? 少佐は何と仰ってたかしら……。

「土台できましたー。 ペリーヌさん、ばさっとやっちゃってください! ばさっと!」
「え、あ、はい! えと……こんな感じでよろしくて?」
考え事をしている最中に言われてしまったためか、思わず反射的に宮藤さんの言う通りにしてしまった。 ううっ、癪ですわ。
四方均等になるようお布団をかけて、私はある事に気付いた。 低い。 このテーブルは想像以上に高さが無かった。

「あとは天板で完成……かしら。」
「いいえ、まだまだです! よいしょっと。 こらしょっと。 ぷっすりと!」
もぞもぞと布団の中から這い出てきた宮藤さんが、せかせかと動き回る。
天板を置く。 ミカンをてんこ盛りにした器を置く。 電源をコンセントを差す。 ……え? 電源?

「完成です! やった! やりましたよペリーヌさん! ついにブリタニアにも文明の火が! ご協力ありがとうございます!」
「これが完成形ですの? なんだか色々と突っ込みどころのあるテーブルですわね……。」
「テーブルじゃありません! おこたです! こ・た・つ・でーす!!」
コタツ? テーブルじゃありませんの? そうですわよね。 見た感じ、椅子を置くようなレイアウトではないですし。

「扶桑では百聞は一見にしかずと言ってですねー、とりあえず入ってみれば分かりますよ!」
入る? 入るって? 混乱し続ける私を尻目に宮藤さんが靴を脱いで布団の中に体を滑り込ませた。
えっ。 えーっ!? 直接床に座るんですの? お尻が汚れてしまうじゃないの? ルッキーニさんじゃあるまいし!

「ほらほら。 これが扶桑の文化なんですってば。 坂本さんなんて大喜び間違いなしですよ! 女は度胸! ずびっとどうぞ!」
うぅっ。 扶桑の文化? 坂本少佐も大喜び? えぇ、分かりました。 分かりましたわよ!
少佐と喜びを分かち合うためですもの。 思い切って座りますわよ! お布団に潜り込むため、裾をぴらっ。
んっ? よくよく見ると、土台の下にもお布団が敷いてあった。 なんだ。 カーペットに直接座るわけではないんですのね。
少し肩から力が抜けて、靴を脱いで潜り込む。 あら。

「あったかい……。」
「でしょー、えへへ。 扶桑の冬ではですねー、家族みんなでおこたを囲んで、ミカンを食べたりお喋りしたりするんです。」
裾をまくって中を覗き込むと、天板の裏側に赤熱した明かりが灯っている。
ようやく納得がいきましたわ。 これ、暖房器具なんですのね。 ユニークですわ。
それにしても、何かしら。 暖かい。 暖房器具だから、というよりも。 それ以上にほっとする。 なぜかしら。

「本当に、暖かいですわ……。」
へにょっと背筋を曲げて、宮藤さんが天板にアゴをつく。 普段なら行儀が悪いと叱り飛ばす所だけれど。
今日ばかりは、私も宮藤さんに倣って頬を天板へと押し付けた。 どうしてかしら。 不思議と、そんな気分なの。

「ブリタニアの冬は寒いって手紙を送ったら、お婆ちゃんが、みんなで入りなさいって送ってきてくれたんですー。」
「……そう。 宮藤さんのお婆様が……。」
あぁ、そうか。 匂いだ。 このコタツからはとても懐かしい匂いがするのだ。
お婆様の匂い。 平和の匂い。 暖かかった頃の、思い出の匂い。 今は全て失われてしまって、もう私の手には戻らないそれ。
このコタツはそれを思い出させるのだ。 悲しくて仕方ない。 でも。 暖かくて仕方ない、それを。

「みっかんー。 みっかんー。 農家のむっすめー。」
むきむき。 むきむき。 扶桑の言葉を乗せて、のどかなメロディを口ずさむ宮藤さん。
……たまには。 本当にたまには、ですけど。 こんなのんびりとした時間も悪くないかもしれませんわね。

「みかんビーム。」
「うきゃわぅあっぁ!!??」
のんびりしていたら突如眼球に激痛が走った。 何ですの!? 何ですの!? 目に何か入りましたわ! 痛すぎますわ!!
これがバイオテロという奴ですの!!? のたうち回りながら水道まで靴も履かずに猛ダッシュする私。
死ぬ思いで目を洗い切ると、宮藤さんの部屋までフルスピードで帰還する。

「こんの豆狸!! 少佐を独り占めしようと思って遂に実力行使に出ましたわね!! 決闘! 決闘よ! 表に出なさい!!」
「うわぁー。 ペリーヌさん美味しいリアクションするなぁー。 軍を辞めても芸人で食べていけますね!」
「なんでそんなに他人事なのよ!!!」
ごつんと飛び切りの拳骨を宮藤さんの脳天にお見舞いする。 のた打ち回る宮藤さん。 ふん。 いい気味よ!

「うぅ……。 扶桑の子供の間では、友達にミカン汁を飛ばすのは冬の恒例行事なんですよぉ……。」
「ここはブリタニアよ! 変な田舎ルールで私の目玉を退役の危険に晒さないでくださいまし!!」
もそもそとコタツに入り直す。 まったくもう。 たまに見直してみればこれですわ! 人の気も知らないで!
後でメガネも洗わないと……。 メガネを外して、またコタツに頬をつく。
こつん。 宮藤さんと私の足が触れる。 むむ。 コタツのシステム上、確かにこういう事は起こり得る、けど。
小癪な豆狸。 ささやかな抵抗のつもりだろうか。 ふん。 げし! げし!

「いたた! もう、ペリーヌさん。 もうちょっと左に寄ってくださいよぉ。」
「あら、これ貴女の足でしたの? てっきりゴボウか何かが置いてあるのかと思いましたわ。 ごめんあそばせ。」
ほほほっと笑うや否や、むっとした顔の宮藤さん。
悪かったかしらと思う間もなく、げしげしげしと足が蹴り返された。 あつつっっ!
こっ、この豆狸! 三発! 三発蹴りましたわね! 私より一発多いですわ! 豆狸がにこやかに笑ってのたまう。

「あぁっ本当だ。 なんか大根みたいな物が置いてありますねぇー。 気が付きませんでした!」
……………………。

「……ほほほ。」
「……うふふ。」
げし! げし! げし! げし! げし! げし! げし! げし!
湖にたゆたう白鳥の如く表面上は優雅に。 そして水面下では激しく! 私達の決闘が幕を開けた。

「あいたたた! 四発! 四発蹴りましたね! 私より一発多いじゃないですか!」
「おあいこよ! そちらこそ、一発一発に力を込めすぎではありませんの!?」
げしげしげし。 二人して夢中で蹴り合う。 わっとっと! コタツを揺らしすぎたせいか、ミカンがすぽーんと飛んでいんでしまった。
慌ててミカンを拾い集める私たち。 わ、私とした事が、こんな粗雑な真似を。 恥ずかしいですわ……。

「はぁはぁ……け、蹴り合いはもう止めませんこと? 不毛ですわ。」
「そ、そうですね……やめましょう、蹴るのは。 替わりに。 くすぐっちゃったりなんかして!」
ひぁっ!? びくりと体が跳ねる。 足をコタツに押し込もうとした矢先。
既にコタツの中に投げ出されていた宮藤さんの足指が、今まさにコタツに入ろうとしていた私の足裏を器用にこそばした。
あ、あひゃ、あひゃひゃ! こ、この卑怯者! 無抵抗の相手になんて事をなさいますの!

「ふっふっふっ。 逃げようとしても無駄ですよー。 何年も従姉妹のみっちゃんを悶絶させてきた実績がありますからね!」
も、悶絶って!? 変な連想をしてしまったじゃないの! この子の事だから、他意は無いのだろうけれど。
あは、あははは! そうしてる間にも、得意気に私をくすぐり続ける宮藤さん。 ちょ。 調子に乗るんじゃないわよこの豆狸!!

「ひぅっ!?」
変な声を出してしまった。 蹴っ飛ばしてやろうと思いっきり伸ばした私の足は、宮藤さんにかすりもせず。
思い切り体を押し込んだせいで、宮藤さんの指は、その。 その。

「えっ、あれ? これ、足の裏ですか? ペリーヌさん? どうしちゃったんですか。 なんか顔色が変ですよ!」
「ちょ、ちょっと、宮藤さん! そ、そんな動……っぅ! こ、この豆狸! おやめって言ってるでしょ!!!」
ごつーん!! 本日二回目となる本気拳骨を宮藤さんの頭に振り下ろす。
何がなんだか分からないといった顔で宮藤さんが涙目を向けてくる。 うっっ。 流石に心が痛みますわ。
で、でも宮藤さんが悪いんですのよ! 本当に子供なんだから、もう。

「うぅ、ペリーヌさん酷いです……。 わ、私は私なりにコタツ文化を伝えようと頑張ってるのにぃ……。」
「す、少し動揺してしまったの。 その、とてもくすぐったかったから。 ……叩いて、ごめんなさい。」
ガラにもない仏心にほだされて、思わず謝る言葉が口をつく。 きょとんとした顔でこちらを見つめる宮藤さん。
少しだけ止まっていたと思ったら、その顔にぱぁっと花が咲く。

「いえ! 私の方こそごめんなさい。 えへへ!」
「……お馬鹿。」
我知らず微笑が漏れる。 扶桑ではこんな時何て言うのだったかしら。 泣いたカラスがもう笑った、でしたっけ。
嘆息していると、宮藤さんがコタツから抜け出してまた部屋の隅っこでゴソゴソしている。 あれは……毛布ね。 ごく普通の。
宮藤さんはそれを私の背中側に敷いて、にっこり笑って腰掛けた。

「向かい合ってると、足、ぶつかっちゃいますから。 隣り合わせで寝っ転がりましょう!」
そう言って、ごそごそと私の隣に入ってきた。 ちょっと。 狭いじゃないの。
なんだか照れ臭くって、思わず口をとがらす。 気付いているのかいないのか、宮藤さんが続ける。

「コタツの醍醐味はですねぇー、こうポカポカしたまま寝ちゃえるとこなんですよー。」
そう言って毛布へと体を投げ出す。 えぇっと。 さすがにこれは行儀が悪すぎないかしら。
宮藤さんと一緒に居ると、いつの間にか私まで行儀が悪くなってしまう。
本当に変な子。 でも。 そうね。 悪い気分じゃないわ。 真似して私も毛布へと頭を預けた。

「ね。 くつろげるでしょー。」
「そうですわね……。 ちょっと、上が寒いですけれど。」
下はコタツに入っているからいいとして、上の温度差が気になる。
宮藤さんが目を覗き込んできたかと思うと、きゅっと私の手を握った。 心臓がとくりと鳴った、気がする。

「確かにちょっと冷えてますね。 でもこうしてればあったかいですよ!」
「……そうね。」
言い返すつもりもなくて、目を閉じる。 少しの沈黙。 どうしたのだろうと思って目を開けると、宮藤さんがまじまじと私を見ていた。

「あっ……とっ、と。 えぅ……ごめんなさい! その、あんまりお人形さんみたいで綺麗だったから。」
「ふふ。 何を慌てているんですの。 構いませんわ、別に。」
「……えへへへ。 なんだか、今日は。 嬉しいな。 ようやく。 本当のペリーヌさんが見れた気がする。」
本当の私? いつもの私も、今の私も、大して変わりは無いと思うけれど。 答えるのが面倒で、微笑だけを返す。
あぁ、思考がとりとめも無くなってきた。 少しずつ瞼が重くなってきたのが分かる。 安らぎ。
家族を失った、あの日から。 久しくこんな安らぎは無かった。 宮藤さんの手。 暖かい。 それがとても懐かしい。

「ね、ペリーヌさん。 いつか、任期が終わったら。 扶桑の私の家に遊びに来ませんか。
 お母さんもお婆ちゃんもみっちゃんも。 きっとみんな歓迎してくれますよ。 みんな、……く、ですもん。」
宮藤さんもまどろみに落ち始めているようだ。 ぽそぽそと喋って、うまく聞き取れない。
そうね。 坂本少佐と宮藤さんが生まれた国。 このコタツを送ってくださった、宮藤さんのお婆様。
見てみたいかも。 会ってみたいかも。 ふふ。 この私が、扶桑に行くなんて。 子供の頃は考えもしなかった。
ふあぁあ。 あくび。 噛み殺すでもなく、出るに任せる。 宮藤さんが頭をもたせかけてきたのを、ぼんやりと知覚する。

「私たちは、……く、だからぁ…………扶桑は、ペリーヌさんの……るさとの一つ……ですよぉ……。」
くすり。 もう半分寝てしまっているのかしら。 扶桑のことば。 何を言っているのかよく分からないわ。
でも。 そうね。 何が言いたいのかは、大体分かる、なんてのは。 夢の口によくある、都合のいい思い込みなのかしら。

隣で健やかな寝息をたてる、遠い東の国の魔女。 その、繋いだ手が暖かくて。 それがとても幸せで。
まどろむ黒髪に頬を寄せながら、私は、そのまま幸福な眠りへと落ちていった。
                                                       おしまい


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