無題
「いつ」なんて覚えていない。いつのまにか。
「なぜ」なんて覚えていない。なぜか。
「人を好きになる理由」なんて、ない。
夜。もう深夜といってもいい時間。
一人タロットに夢中になっているとノックの音で現実に引き戻された。
「エイラ、いるか?私だ。」
バルクホルン大尉だ。
「大尉?珍しいナ。どうし…」
特に疑問も持たずドアを開けて絶句した。この人バスタオル一枚巻いただけだ。
「ななななななにやってんダ大尉!そんな格好デ!」
「しーっ。」というジェスチャー。ワタシはあっと口に手を当てる。
「とりあえず、いいか?」
「あ、アア…。」
しぶしぶともいえる形で招きいれた。そしたらこの人いきなりベッドに腰掛けた。
たまにこの人どこかずれているんじゃないかと思う。
「デ、なんだヨ。」
「実はな、」
大きくため息を吐いた大尉はうんざりした様子で言葉を続けた。
「フラウが私のベッドを占領してしまってな。」
「つまりベッドを貸してくれってことカ?」
「そうなるな。」
「そうなるな、っテ、ちょっと。」
やっぱりこの人ずれている。この間宮藤のことクリスって呼んでいたな。
「それに、お前の部屋はよく眠れると聞いてな。」
誰に聞いたんだ?サーニャか?宮藤か?
どっちでもいいか。今、ワタシの好きな人が目の前にいるんだ。
「デ、枕とか持ってきたのカ?」
「ああ。それより、いいのか?」
いいのか、って。アンタは何を言っているんだ。
「断ったらアンタどこで寝るつもりだったんダヨ?」
もとより断るつもりなんてなかった。
「ミーティングルームのソファを拝借しようと。」
この人のずれはもう病気なのかもな。
「だめだダメだ駄目だ!風邪ひいちまうダロー?」
ワタシは枕を受け取り、簡単にベッドメイクをする。
「いい香りがするな。」
「サンダルウッドダ。お気に入りなんダ。」
背中合わせでベッドに入る。ワタシはまだ寝るつもりは無かったけれど、仕方ない。
大尉ってハダカで寝るんだな。
「すまんな。」
「いいっテ。でも、今日だけだかんナー。」
本当は毎日でもいい。
「ありがとう。」
その声を最後に、大尉は夢の世界へ旅立って行った。
どのぐらいたっただろう。結局ワタシは眠れないでいる。
隣では大尉が細く寝息を立てている。
ワタシは大尉に向き直り、そっと体を寄せてみる。
あたたかい。
ひとの、あたたかさだ。
それにやられたのか、はたまたワタシ自身半分寝ぼけているのか、ワタシの口が、勝手に言葉を紡いだ。
「…ワタシは、大尉と、一緒にいたイ。」
「この戦争が終わっても、ずっと一緒にいたイ。」
「ワタシは、大尉のことが、好きダ。」
「大好きダ。」
そこまで言って、ワタシは目を瞑った。もう眠ろう。
朝になれば、太陽がすべて洗い流してくれる。今言ったことも忘れてしまうだろう。
ワタシと大尉の関係も、元のままだ。
「わかった。」
誰だ?ああ、バルクホルン大尉か。今日はワタシの部屋に泊まりに来てるんだっけ。
でもちょっとまてよ。何に対して「わかった。」って言ったんだ?ワタシ何か言ったっけ?
ああそうだ、告白したんだ。大尉に。大尉に?
飛び起きた。跳ね上がった。しっぽをふんずけられた猫みたいに。
大尉がゆっくりと起き上がる。上半身が露わになる。綺麗だ、と思った。息を呑んだ。
「まったく、お前がそんな風に思っていたとはな。」
「エ、ア、イヤ、ソノ、」
あたふた。しどろもどろ。
「ど、どこから聞いてタ?」
「『この戦争』あたりだ。」
大尉は眉を寄せ、笑っている。笑って…え?
「エイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉。上官命令である。」
「はっ、ハイ!」
大尉はそのままワタシに体を預けた。
「抱きしめてくれ。」
「…っ!」
「これが、私の答えだ。」
ああ、やっぱり、あたたかいな。