アフリカの送らない狼
統合戦闘飛行隊「アフリカ」が結成されて以来、
私たち扶桑からの援軍「加東隊」も、
マルセイユがいるカールスラント空軍の基地に間借りさせてもらっている。
中でも私、加東圭子が住居としている天幕はマルセイユの天幕のすぐ近くだ。
マルセイユは私と気が合うようで、最近は一緒に飲むのが日課のようになっていた。
同じウィッチとはいえ扶桑とカールスラント、文化圏も違うし
距離的にも何千キロも離れている国だ、お互い興味深い話も多い。
いつものようにマルセイユの夜酒に付き合って、他愛の無い話に花を咲かせていると
年頃の女二人らしく、ウィッチの恋愛事情なんて話になってきた。
「なるほど、扶桑でもウィッチ同士が恋愛関係になる事は珍しいことでは無いのか」
でも、って事は他国のウィッチも同じなのかしら。
「そうだな、リベリオンは知らないが欧州では珍しくないよ」
マルセイユが男女問わず人気なのは知っているけど一般的にもそういう事があるんだ。
「そういうケイもモテそうな感じに見えるけどね」
「私みたいな大柄な女は扶桑じゃモテないのよ」
「そうかい?私から見れば十分魅力的だがね」
そう言って薄く笑いながらグラスを煽った。
まったくこのプレイガールめ、何人の子をその手で落としてきたんだか。
昼間は40度を超える砂漠も夜になると急に冷え込んで来る。
夜も更けてきたので帰ろうとした私を、珍しくマルセイユが「送ろうか」なんて事を言って立ち上がった。
ありがたく好意を受け取る事にするが、私の天幕はここのすぐ近くだ。
なんでだろうとほろ酔い気分で考えていたらマルセイユの顔がすぐ近くあった。
瞬間、唇を奪われる。
頭が真っ白になる、何も考えられない。
そうしていると強く抱きすくめられた。
嫌なら抵抗してもいい、とマルセイユが耳元で囁く。
扶桑の女としては大柄な私はマルセイユと比較してもそう体格差は無い。
本気で抵抗すれば振りほどけるだろう。
が、マルセイユの目がじっとこちらを見つめている。
徐々に顔が近づいてくる。
私は動けない。
ふと伝説の魔女が持っていたと言う魅了の魔眼の事を思い出した。
ならマルセイユの深い青の瞳は魅了の魔眼だ。
魔法をかけられた私は、魔女の虜になるしかない。
最初は唇と唇が触れ合うだけのキス。
いたわるようにマルセイユの唇が私の唇をなぞっていく。
私をベッドに横たえると、興が乗って来たのか段々とキスは激しさを増し、
唇をついばむ様に何度も何度も情熱的にキスを繰り返す。
「…ふぁっ」
息苦しくなり僅かに覗いた口内を見逃さず舌を送り込み、貪欲に私の舌を求めて弄ってくる。
舌先から先ほど飲んでいたサケティーニの味が微かに伝わる。
この即興で作ったカクテルの元になったマティーニを、マルセイユは辛口を好んで飲む。
だがマルセイユの舌と共にサケティーニが与えて来るのは甘美な甘さだ。
二人の唾液が溶け合った熱い蜜を嚥下する度に微熱の様な快感が私の体を満たしていく。
私も反撃を試みるが体勢的に不利は否めず、一方的に攻められるばかりだ。
激しく求めてきたかと思えば、優しく包むように愛撫する。
マルセイユのキスは彼女の戦闘そのもののように変幻自在だった。
どの位経ったのだろうか。
濃密な時間は、マルセイユが顔を引くことで不意に終わりを告げた。
二人の唇の間に銀色の糸が引かれる。
「……どういうつもりよ……」
息を乱しながら私は精一杯にらみつけて尋ねる、きっと生贄の子兎の様に迫力が無いことだろう。
「扶桑の撫子は貞淑だと聞いていたが、なかなかどうして情熱的じゃないか」
「答えになってない!」
「ケイが好きだから」
……絶句。
「それだけじゃ理由にならないかな?」と小憎らしい顔でニヤリと笑う。
本ッ当にもう!絶対にこいつの使い魔は鷲なんかじゃなく悪魔だわ!
「……帰るわ」
私は手早く身支度を済ませると振り返りもせず天幕を後にした。
翌日の目覚めは最悪だった。
二日酔いで頭が痛いし気分も悪い。
別の意味でも頭が痛い、マルセイユにどんな顔で会えばいいのか。
戦闘部隊の司令官とトップエースが顔を合わせられないなんて由々しき事態だわ。
「やあ、おはよう」
なんて事を悩んでいるうちに悪魔がやってきた、こいつには神経が無いのだろうか。
「……何の用」
「何の用とは酷いな、忘れ物を届けに来たんだ」
見るとマフラーを持っている、たしかに私のマフラーだ。
昨日急いで身支度をしたために忘れたのだろう。
悪魔はニコニコと笑顔で近づいてくると私の首筋を見やりながら
「これを巻いておかないと難儀だと思ってね」とマフラーを渡してくる。
「?……あああっー!!」
そこには立派な撃墜マークが付けられていた。
そして去り際に悪魔は耳元で囁く、今夜また私と遊ぼう、と。