オラーシャの白百合第一話:『魔力の発動と運命の出会い…そして開戦』
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プロローグ
─ 時は1910年代、ユーラシア大陸を中心とする世界各地にひとつの脅威があった。 ─
脅威の名はネウロイ。街を破壊し金属を喰らい瘴気を吐き出す謎の存在。
人類はネウロイに対し無力であった。普通の人間はその瘴気に耐えられず、
健康を害し死んでいくか良くても半身不随の生涯を送るかのどちらかであった。
しかし人類も手をこまねいていた訳ではない。
人類の中には魔力を持った【魔女】【ウィッチ】と呼ばれる存在がおり、ネウロイの瘴気に対して
耐性のある障壁を持ち、その魔力によって重い銃器を軽々と扱える、敵であるネウロイと戦うことのできる唯一の存在でもあった。
ある国は飛行機で、ある国は戦車で、またある国では開発されたばかりの
【ストライカーユニット】という魔法の箒を使ってネウロイと戦った。
戦局は熾烈を極め、両者ともに少なくない損害を出しながらも人類が勢いを取り戻しつつあった。
しかし、1925年4月、ネウロイは何の前触れも無く忽然と姿を消した。
十数年にわたって世界を震撼させた悲劇の名は【第一次ネウロイ大戦】
─ その大戦の惨劇が終息し、つかの間の平和が訪れてから約12年、歴史は繰り返されるのか ─
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オストマルク帝国ウィーン。ここには国立音楽院があり、一人の少女が在った。
少女の名はアレクサンドラ・V(ウラジミーロヴナ)・リトヴャグ、周囲のみんなからはサーニャと呼ばれている。
隣国のオラーシャ帝国出身で父をピアニストに持ち、自身も父のような音楽家になりたいと6歳の春に国許を離れウィーン国立音楽院に留学。
入学から半年、サーニャはその才能を ─ 特に声楽とピアノに ─ 発揮し、入学以来学内トップの成績を維持し続けていた。
1937年9月のある日、その日もサーニャは教室にてクラスメイトの前で
ベートーベンのピアノ・ソナタ14番『月光』の模範演奏を行っていた。
静かに流れる叙情的な曲が中盤に差し掛かろうとする頃、『それ』は突然起こった。
目を閉じ滑らかに鍵盤を叩くサーニャの頭に何やらアンテナらしきものが、そしてウィッチの証である黒猫の耳と尻尾が次々に現れる。
次の瞬間、サーニャは演奏を止め普段は出さない大声で周囲に何度も叫んだ。
「みんな!いますぐここから逃げて!ここにいたら危ない!死にたくなかったら早くして!!!」
周囲は一瞬、何のことだかわからなかった。しかし、少女のあまりにも真剣な様子と遠くから聞こえる爆発音と悲鳴が
並々ならぬ状況であることを物語っている。
職員の誘導でいち早く校外に避難した一同は一瞬目を疑った。
空を飛ぶ黒い何者かが遠くの街を爆撃している様子、あちこちに機銃を放つ音、おびただしい赤紫色の空気。
もしあのまま何も知らずに構内にいたら ─ そう思うと学院の全員がぞっとした。
ウィーン国立音楽院の生徒および職員は、突然発動した一人の少女の魔力のおかげでその難を逃れたことになる。
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遠くにあった爆撃が近くなってくる…一同は散り散りに逃げ惑い、サーニャは学院の皆とはぐれてひとりぼっちで街を走り回っていた。
(みんな…どこにいるの?)不安に駆られながら周囲を見渡し、知っている顔を捜そうとする。
その時!《ヒュルルル…カッ!》街に落ちた爆弾の爆風が彼女を襲い、20メートルほど飛ばされて気を失った。
その上空を一機の飛行機が飛行していたが、乗っていた少女が道に倒れたサーニャを発見し、叫ぶ。
「パパ!あそこに女の子が倒れてる!早く行って助けなくちゃ!」少女は父親らしいパイロットにそう言うと飛行機は降下していった。
数時間後─
「…etko…ssa?」「Hei Oletko kunnossa? (オイ、ダイジョウブカ?)」北欧系らしい少女はスオムス語でサーニャに話しかけてみる。
「??」気がついたサーニャは言葉が通じていないのか頭をかしげる。
「Ты в порядке?(ダイジョウブ?)」今度は拙いオラーシャ語で同じ事を聞いてみる。サーニャはこくんと頷く。
「あぁ良かっタ。空から見つけてもう2時間も気を失っていたからてっきり…ここは安全ダ、私のパパの飛行機だから寝ててイイヨ」
「飛行機…?そうだ!オストマルクは?学校はどうなったの?」 「学校?アァ…爆撃でボロボロダゾ」 「そんな…」
「オマエ、ウィッチなのか?」 「えっ?」 「耳としっぽが出てる、それにアンテナみたいなものも…」
「耳…しっぽ…?私、魔女になったの?」 「もしかして、初めてだったノカ?」 「そう…みたい…」
「…ナマエ、何て言うんダ?私はエイラ・イルマタル・ユーティライネン8歳だ。スオムス出身で、今日はロマーニャからの帰りなんダ」
「…私はサーニャ・V・リトヴャグ7歳。オラーシャ出身で、ここへは留学してきたの。さっきの爆撃…魔女の能力で感知しちゃった…のかな?」
「それはスゴイなサーニャ」 「そうなの?」 「少なくとも爆撃される前に学校の皆に知らせられたんだから大したもんダヨ」
初対面の他人に自分のしたことがスゴイと言われて、サーニャは今更のように赤くなって照れる。
(私はウィッチ…私も軍に入って戦争しなくちゃいけないのかな…?)「…ニャ、ドウシタサーニャ?」 「えっ?」
サーニャは考え事をしていたらしく、エイラの呼びかけにしばらく気づかなかった。
「…ウィッチになったんだから私も軍に入らなくちゃいけないのかな…」
「それはサーニャが決めればいいことダヨ、嫌だったらやらなきゃ良いんだし…でもスカウトが来たらしょうがないけどナ」
「エイラもスオムスでウィッチになるの?」
「私はまだ魔力が発現してないからワカンナイけど…スオムスが戦場になるようなことがあったら入るカモ」
「そう…なんだ」 「ソウイウモンだよ」
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色々話しているうちに東へ3時間ほど飛んだだろうか。飛行機はブダペスト郊外に着陸した。
「さて、ここまで飛んできたらダイジョウブだろう。ココも一応オストマルクだけど近くにオラーシャ軍の基地があるから保護してもらうとイイヨ」
「エイラはスオムスに帰っちゃうの?」 「アァ、お別れダナ…そうだ、サーニャにコレあげるよ」
エイラは荷室に積んだたくさんの紙袋の中から一本の黒いネクタイを取り出してサーニャに渡した。
「いいの?」 「ドウッテコトナイッテ、パパが買ってくれたんだけど私には似合いそうもないカラ…
それに、サーニャなら似合いそうな気がするんだ。いいだろ、パパ?」
「私は何もあげられない…」 「別にイイッテ、これは私があげたいから渡しただけナンダカラ」 「でも…」
「それじゃ約束シヨウ、いつかサーニャがスオムスに来ることがあったらその時にサーニャからの贈り物を受けるヨ」
「いつかじゃ実現しないかm…」 「『するって決める』事が大事ナンダ。それじゃ、指切りしよう。コレで大丈夫ダロ?」
「うん…ありがとうエイラ」 「約束ダゾ」
二人は再会を約束してエイラは空へ、サーニャは軍施設へ向かっていった…
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異形の存在ネウロイが人類の前にその恐ろしい姿を十数年ぶりに現した ─ そのニュースは世界中を駆け巡り、
やがて西からはカールスラント軍が、東からはオラーシャ軍がオストマルクに集結、ネウロイとの戦闘の火蓋は切って落とされた。
─ これが後に世界史上最大の戦争と呼ばれ、サーニャが軍隊入りするきっかけとなる【第二次ネウロイ大戦】の開幕である ─
そしてオストマルクで別れた二人が6年後ブリタニアで軍人として再会を果たし、やがて恋人同士になることになるが、それはまた別のお話。
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次回予告のようなもの(サーニャのうた、c/v門脇舞衣)
サーニャです。結局私は軍隊に入ることを選び、夜のエキスパートになっていったのです。
次回、オラーシャの白百合『東部戦線開幕…そして行方不明』です。
お父様お母様、どこへ行ってしまったの? 私はここにいます…
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