幸せの方程式と答えのその先
一人が暮らすのには不必要なほど広い部屋の間取り。
一人が眠るのにはあまりにも過分な大きさを誇るキングサイズのベッド。
大きめのテーブルに椅子が4つ。
そんな場所で私は目を覚ます。
それはどうしてか?なぜなのか?
理由なんて極めて単純で…つまりこの空間を拠り所とするのは私一人なんかじゃないってことだ。
「う~ん…おはようございます。」
大きな伸びをして、まだ少し眠り足りなさそうな面持ちの彼女が微笑む 。
「オハヨー、エル姉。」
そう、私の部屋には可愛らしい上官の姿。
つまり、私とエル姉は一つのベッドをともにしているということだ。
なんだか怪しい関係だとか、女二人が同じ部屋にいてなにもない訳がないとか、
あまりにもあんまりな噂が流れているとかいないとかいう話もあるが残念ながらそんな浮いたことはおこっていない。
いや、関係が怪しくないかと言えば完全にそれを否定することはできないような気もするけれど…まぁ、後者については大方否定できるであろう。
なぜならやはりそれは単純な理由で、ベッドの上には影がもう一つ…それはとても小さくて、大切で、なににかえても守りたい女の子。
そう、サーニャもこのベッドを寝床としているのだ。
その様な状況でどちらかと噂で流れるような‘なにか’が起こりうるはずもなく、更に言えばそのどちらもとなど輪をかけて不可能であった。
あぁ、忘れていた…そういえば理由はそれだけではない。
テーブルが一つに椅子が‘4’つ…この差分を埋めるには一人足りない。
しかし、これ以上の影はベッドの上には存在せず、もちろん既に部屋を後にした者がいるわけでもない。
まぁ、あまりにもくだらない言葉遊びをすることをやめると、ベッドの上にいないならば下にいる…
つまり床に転がり落ちながらも器用に眠りこけているその姿、ニッカ・カタヤイネンというもう一人の住人だ。
夜、皆で眠りについたときには確かにベッドの上にいたはずなのに、決して寝相が悪い訳ではないのに、ニパは朝には当たり前のように床に落下している。
これもまたツいてないの一部なのかどうなのか、ベッドからの落下など既にものともしなくなったらしいニパはスヤスヤと枕を抱きしめ眠っていた。
その顔からは、常である若干不機嫌な様はすっかりと消え、なんだか可愛らしいと感じてしまった自分が少し悔しい。
だから私はその八つ当たりとして、男の子みたいな見た目に反してしっかりと膨らんだ両の胸に狙いを定める。
ムニムニ…その質量は、誰と比べるとは言わないまでも、やはり大きくて幸せな感触を与えてくれるた。
うん、ニパ…やっぱりお前がツいてないなんておこがましいよ。
お前は世の中のツいてない人たちに謝罪するべきだよ。
ツいてない(※注 胸除く)カタヤイネンに改名するべきだ。
だから断罪の代わりに揉んだって構わないよな。
「あっ…ん…、えっ!?ななななっ、なにすんだよ!!」
やけに艶っぽい喘ぎを発しながらニパが目を覚ます。
ムニムニ…少し興奮を覚えた私は変態なのだろうか…。
「なにをするって…ねぼすけなニパを起こしてやってるんダ、感謝しろヨナ。」
ムニムニ。
「もっ…揉むな!あっ…やめろって言ってるだろ!」
なんだかゾクゾクしてこないか?
少し意地悪をしてやりたくなる…
「すまないニパ、よく分からない…悪いけどブリタニア語で言ってクレ。」
「はっ!?はぁ~!!?ス、ストップ!ストップタッチング!ドド、ドントタッチ!!キ…キキ、キル…キルユー!!」
なんだか物騒な言葉を浴びせかけられた…こういうことは退き際が肝心だ。
「おはよ、ニパ。」
「あぁ、おはようイッル…」
ニパの顔からは穏やかな表情はすっかりと消え去り、お得意の怒りの表情をたたえている。
そんな顔しないほうが可愛らしいというのに…まぁこの方がニパらしくていいか。
「覚悟はできてるんだろうな…イッル!!」
あぁ、ニパはすっかりと頭に血を昇らせてしまっている…どうすっかな。
「そうですよね…覚悟はできてるんですよね?」
「エイラは少し反省という行為を覚えるべきだと思うの…。」
背後からのいきなりの言葉に、たらりと嫌な汗が首筋を伝う。
「エ…エル姉…サーニャ…。」
振り向けばそこには冷たい眼差しを私に向けるサーニャと、ニコニコしているのに怒りを溢れ出させるエル姉の姿があった。
これはまずい、とにかくまずい…数分前の、柔らかな膨らみに心奪われた自らを呪う。
せめてニパだけなら、エル姉だけなら…サーニャだけでもなんとかならないかもしれないけど。
「スミマセン…御二方はなぜにそれほどお怒りになられておられるのでショウカ…?」
情けないことだけれども、私にできることは下手にでることだけで、3人分の怒りを相手にする術など持ち合わせてはいなかった。
「そうですよね、エイラさんはやっぱり私みたいなスオムスの雪原体型には興味ないですよね!!」
「エイラは私みたいな穏やかなときの湖体型よりもそのウラル山脈の方がいいんでしょ…」
雪原…。湖…。どちらもとても滑らかでひたすらに起伏に乏しくて…私はなにやらすっかりとエル姉とサーニャの怒りの琴線に触れてしまったようだ。
あぁ…ウラル山脈はとてもよろしいところでしたけれども、別にその様な意図など介在してはいなかったというのに。
「そ、そんなことないゾ!!私はエル姉のもサーニャのも好きだ!!」
言ったぞ、言ってやったぞ。
いくらヘタレやら鈍いやら言われる私だからといって、想いを伝えらてくれた相手に自らの気持ちをこぼすことぐらいはできるのだ!
「エイラの変態…」
「エイラさんの色魔!」
「イッルのスケベ!!」
私、泣いてなんかいないよ…
世の中にはたくさんツラいことがあるってことを身をもって知ったからって泣いてなんかない。
私は、両の眼からポロリとこぼれる汗をそっと拭い去った。
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「ピクニック~!?」
心に大きな大きな傷を携えた私に意外な言葉がなげかけられた。
どうやら、珍しい4人同時の非番の日を、誰が共に過ごすかを争うのに費やすことは得策ではないと認めたらしい。
まぁ、その予定の計画に全くもって私が関与させてもらえていないことに、私は意見を呈してもよいのではないのだろうか。
しかし、いくら寒さも緩んだ春だからといって、まだ肌寒いのではないのだろうか…
「はい!お弁当も昨日の夜に準備したんですよ!!」
あぁ、いつも私より早く目覚めるエル姉が私より遅く起きるなんて珍しいと思ったらそんなことをしていたのか。
そういえば昨日は皆寝床に来なかったし、ニパもサーニャも目覚めは遅かった…まぁサーニャに関してはいつものことか。
「なになに?なに作ったンダ?」
なにを作ったのだろうか…バスケットの中身が気になるものだ。
「それはお昼のお楽しみだよエイラ。」
「そうだぞ、楽しみにしておけ!」
…サーニャやエル姉はともかく、ニパ…お前は料理出来るのか?
急にバスケットの中身へのドキドキが別種のものと化し、思わずニパの顔を覗き込む。
「な、なんだよその失礼な眼差しは!!私だって練習したんだぞ!!」
そ、そうか…なんだか可愛らしいことをしているものだと思ったが、なにも私が主に心配しているのはそこではないのだ。
意外とどんなことでも器用にこなすニパならば、料理だってそうヒドいことにはならないだろうとは思う。
けれどもニパときたら、大事な時に限って想像の斜め上を音速で越えていくような恐ろしいことを引き起こすのだ。
だから決して気を抜いてはいけない…
「だ、大丈夫ですよエイラさん!!私たちもしっかり見てましたし、いざという時のためにニッカさんの作った分だけは厳重に隔離してあります!!」
それならば万が一のことがあっても被害は最小限に抑えられる…
しかし、それにしてもエル姉は意外と残酷なことを言うな…
「ひ、ヒドいじゃないかエル姉!私の料理のどこに隔離されるような要素が…」
やはりニパもショックであったのだろうか、うっすらと目尻に雫を溜めていた。
「よ、世の中には譲れないことがあるんですよニッカさん。」
ニパの目尻に溜まった雫がすっかりと溢れ出した。
エル姉がとどめをさした…もしかしたらこの人は案外恐ろしい人なのかもしれない。
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ピクニックの行き先はどこか…そんなこと聞かなくとも答えは一つに決まっている。
ここは北欧スオムス…スオムスという国号自体が千の湖を表すスオミという言葉に由来する。
そのような国でピクニックに行くとなったら目的地は湖畔と相場は決まっているのだ。
ブォーっと音を立てて、エル姉の危なっかしい運転に操られたジープが停止する。
ついた場所はそれこそ名前すらついていないような湖であった。
まぁ、それだからこそネウロイの侵攻した土地からも離れていて、このような休暇の場所として使用できるのだから文句は言わない。
いや、第一この国には湖があまりにも多すぎて、
近隣にすむ住民が○○の湖とか△△の湖だとか呼ぶことがあったとしてもしっかりとした呼称のないものなど五万とあるのだから湖の名前などもとより関係のない話だ。
その湖は既に春の息吹を浴びて、冬の間にせっせと表面に蓄えた氷を手放し、川から流れ込む水流がキラキラと輝いていた。
「ほらサーニャ!これがスオムスの湖だゾ!スオムスは湖だけはいっぱいあるんダ!!」
幼いころから従軍していた私にも、その故郷の姿は久しぶりで、どうしようもなく嬉しさが込み上げる。
「ふふ、エイラ…はしゃぎすぎだよ。」
少し気持ちが高ぶりすぎた…サーニャからそれを指摘されて私はなんだか急に恥ずかしくなった。
「ご、ゴメンナ、サーニャ。」
あぁ、やっぱり少し子供っぽかったか…私だってもういい大人なんだからこんなことではしゃいでちゃだめだな…。
「ううん、いつも大人っぽいエイラがはしゃいでるのがなんだか可笑しくて…可愛かったよ?」
サーニャからのいきなりの言葉に体中の血液が激しく体を巡る…きっと今私の顔は真っ赤なんだろうな…。
「おいイッル!二人の世界に入るなよ!!今日は皆で遊びにきたんだぞ!!」
「サーニャちゃんもズルいですよ!エイラさんは皆のものなんですからね!!」
正直少し助かった…ドキドキと高鳴る心臓が二人の声で落ち着きを取り戻しはじめる。
「ソ、ソンナンジャネーヨ!!ただ話してただけダ!!」
そう言い聞かせたのは自らの心にであったのは言うまでもない。
「ところでピクニックってなにするんでしょうか?」
あまりにも…あまりにもあんまりな疑問をエル姉が投げかけた。
エル姉ときたらピクニックがどういうものかも知らないで 計画を立てていたらしい。
いや、計画を立てたとは言えないだろう、つまりピクニックに行くという事実だけが唯一私たちが決めた予定なのだ。
「エル姉…ピクニックってのはだな、ピクニックは…ご、ご飯をみんなで食べるんダ…」
どうしよう…私もよく分からない。
まずピクニックにはテンプレートがあるのだろうか…
「ほ、他には何をするのでしょうか?」
うん…ほ、他に?
「そうダナ…後は、た、楽しむことだけがルールダ!」
うん、きっと間違ってない。
仮にそれがピクニックではないとしても楽しめたらそれでいいんだ。
「あの…何をして楽しんだら良いのでしょうか…?」
そ、そうだよなぁ。やっぱりなにかやらなくちゃなぁ…
「あ、あの…ごめんなさい…私がダメなばっかりになんの計画も立てずに…私なんかいらん子だから…いらん子だから…。」
あぁ…久しぶりにエル姉がネガティブモードに入ってしまった…どうしようか。
途方にくれて辺りを見回すと、スオムスにはたくさん、それこそ捨てるほどたくさんあるものが目に入る…コレダナ。
「エ、エル姉…ゆ、雪合戦ダ!!そう、ピクニックと言えば雪合戦と伝統で決まってるンダ!!」
勝手にスオムスのピクニックの伝統を作り上げたことに若干の自責の念を感じざるをえないが仕方ない。
これもエル姉をネガティブモードから引きずり上げるためだ。
「雪合戦ってお前…」
ニパ…少しお前は黙ってろ…好きだよな雪合戦?
スオムスの子供なら雪合戦とスキーとソリは皆好きなんだよ!!
「た、楽しそうですねえ。」
そう、さすがエル姉!生粋のスオムスっ娘なら雪合戦大好きなんだよ!!
「私も雪合戦好き…。」
さすがオラーシャ娘のサーニャだ!!
そう、雪国の娘は皆雪合戦が好きなんだ。
「え…雪合戦だぞ?」
あぁほんとにニパはダメだ。
雪合戦を楽しもうという気概が感じられない…ほんとにスオムスっ娘なのか?しかたない…
「おりゃー!!」
即興で固めた雪玉をニパの顔面めがけて投げつける。
まぁ、それで大体コントロールがズレて体やら足やらに当たるんだ。
うん、当たるはずだったんだ。
私は相手が誰だか考えていなかった…だれであろうと多分ニパに向けて投げたなら、いや向けて投げなくてさえ、雪玉はニパの顔面に引き寄せられていく…。
まぁはっきり言ってしまえば私の投げた雪玉は見事にニパの顔面にクリーンヒット。
ニパがひくひくと肩を震わせているのがしっかりと認められた。
「イ、イッル…?許さねー、絶対許さないからな!!」
という訳で、ピクニックとは名ばかりの雪合戦の火蓋が切って落とされたのだった。
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「ハァハァ…。」
「ハァハァ…。」
私とニパの息遣いが重なる。
結局のところ激しい雪合戦による争いは、私とニパの間という狭い空間のみで勃発し、サーニャとエル姉はそれを眺めながら仲良く雪だるまを作っていた。
最終的には二人とも魔力を展開し、雪玉を全て避けきる私と、どんなに玉に当たってもものともしないニパという構図が描かれてるという死闘が繰り広げられた。
「は、腹ヘッタナー。」
「私もだ…。」
すっかりと力を使い果たした私たちのお腹がぐるると音を立てる。
「じゃあお弁当にしましょうか。用意してきますよ!!」
「私も手伝います…」
雪だるま作りが二人の間に友情を芽生えさせたのか、エル姉とサーニャがお昼の準備に向かった。
正直、私もニパもヘトヘトだったので大助かりだ。
ご飯はなんだろな~?
「エイラさん、ニッカさん!来てくださ~い!」
エル姉が呼んでいる。ご飯ご飯~。
「待てよイッル。私をおいてくな。」
ニパは既に疲労から回復したらしい…羨ましい体質のやつだ。私たちはご飯の準備のためか、焚き火をしているエル姉のもとへ走った。
「お昼ご飯はサンドイッチと、サーニャちゃんが作ってくれたボルシチを冷めないように水筒に入れて保温してきたんですよ!!」
暖かい湯気と香りが食欲をそそる。まさか暖かいものが食べられるとは思わなかったので、ボルシチを口に運ぶとすっかりとその美味しさがお腹に染み渡った。
「やっぱりサーニャの作ったものは美味しいな。」
サーニャが嬉しそうに微笑む。私はサーニャの笑顔を見ているだけで幸せになれるんだ。
エル姉が作ったと言って差し出してくれたサンドイッチも口に運ぶ。
「エル姉!美味しいゾ!なんだかエル姉の作ったもの久しぶりだから嬉しいナ。」
エル姉もにこりと笑ってくれる。
私は小さいころからエル姉の笑顔が大好きで、エル姉が笑っていてくれれば不安なんてなかった。
「ニパが作ったサンドイッチはどれなんダ?」
それを聞いたのはいざという時のために身構えるためということもあったが、私は純粋にニパが作ったものに興味があった。
「そ、それだよ。」
あぁ、確かにあった。他のサンドイッチとはしっかりと区切られた、少し形も悪いし具の挟み方も大雑把な一角が。
「別に無理して食べる必要なんてないんだからな!!」
ニパのサンドイッチの在処を聞いた理由が自らを笑うためだとでも思ったのだろうか…ニパはすっかりとへそを曲げていた。
「私はニパのサンドイッチ食べてみたいゾ。」
ニパの顔が朱に染まる。ふふっ、言ってはやらないけどニパのそういうところは可愛らしい。
「じゃあ…いただきま~す。」
モグモグと咀嚼してもなにか刺激的で攻撃的な成分の存在は感じられない…うん、むしろ美味しい。
「なんだニパ、普通に美味しいじゃないカ。ツマンナイやつダナー。」
なんだか少し悔しいので素直には言ってはやらない。
「ふん!つまらなくて悪かったな!!」
そう言ったニパの顔にも微笑みが浮かんでいて、私が隠した気持ちなんかすっかりと見透かされていたのかもしれない。
ふふっ、一時はどうなるかと思ったけど、こんな関係も悪くないじゃないか。
いつかは答えを出さなくてはいけないし、それは遠くない未来なのだろうけれど、今はこの関係が幸せだ。
みんな仲良く、みんな幸せになれたらいいな…心からそんな気持ちが湧き上がっていた。
「サーニャ、ニパ、エル姉、大好きダヨ。」
Fin.