つないだ手は離さない


ベッドに入ってから、どれくらい経ったろうか。
寝つきは良い方のはずなのだが、今日に限っては何故だか眠れなかった。
目を開けて身体を起こすと、ぼんやりしていた意識にもすぐにスイッチが入った。
薄暗い部屋の中で、どうしたものかと考える。

…少し、外に出てみようか。
カーテンの隙間から差し込むかすかな光は、きっと夜空の星からのもの。

お気に入りのあの場所へ空を眺めに出かけよう。



私がそこに着いたとき、そこには既に先客の姿。それが誰かはすぐに分かった。
「リーネちゃん?」
「あ……芳佳ちゃん」
やや驚いたように振り返る先客さんは、私の友達その人だった。
そのままリーネちゃんの隣に座ると、不思議そうに尋ねられた。
「どうしたの、こんな時間に」
「ちょっと寝つけなくって。リーネちゃんは?」
「…うん、私も同じ」
二人で星空を仰ぐ。その先には、暗闇に瞬くたくさんの小さなきらめき。
そよそよと吹く夜風が心地よくて、思わずため息がもれた。
「キレイだね……。リーネちゃん、夜にもよく来てるんだ?」
隣に顔を向けると、こっちを見つめていたのだろうか、彼女と目が合った。
リーネちゃんは慌てたように、さっと視線を空に戻して言った。
「あ、えと、うん。……でも最近は減ったかな、ここに来るのも」
「そうなの?」
「前はよくここで夜空を見上げてたの。…………そうしてると……」
――任務のこと、忘れられたから。
薄闇に消え入りそうな声。
ドキッとした。私が来てからリーネちゃんは変わったって、みんなは言ってたけど。
リーネちゃんが変わる切っ掛けになれたと、思い込んでいたけれど。
ひょっとしたら彼女はまだ――。
眉を八の字にまげて俯き、そのままリーネちゃんは自嘲気味に微笑んだ。
「だから、こうしていつも一人でいじけてたの」
「リーネちゃん……」
「そんな顔しないで。芳佳ちゃんのおかげで、実戦でもちゃんと動けるようになったし……。
 気づいたら、こうすることも無くなってた」
「そんな、私は何もしてないよ。リーネちゃんの実力だよ」
「ふふ。ありがとう」
顔を上げて笑った彼女はいつもどおりの笑顔に見えて、私は少し安心した。
「覚えてる? 私が芳佳ちゃんに基地を案内した日……。二人でこうして景色を見てた」
「忘れるわけないよ。リーネちゃんと友達になれた日だもん」
「あの時はひどいこと言ってごめんね、芳佳ちゃん」
「ううん、気にしてない」
遠く海の向こうを見つめながら、リーネちゃんは言葉を続けた。
「私ね、芳佳ちゃんがうらやましかった。明るくて、力もあって、一生懸命に頑張れる芳佳ちゃんが。
 私が持ってないものをたくさん持ってて……だから嫉妬しちゃった」
「リーネちゃんだって。優しくて、気配りできて、料理上手で家庭的で、それに狙撃の腕もすごいし!」
「もう、芳佳ちゃんってば」
顔を見合わせて二人で笑った。



いつも失敗ばかりで、みんなの足を引っ張ってた。
ミスを取り返そうと必死になればなるほど、ますます空回りした。
部隊のどこにも、私の居場所が無い気がした。

出撃するのが怖かった。
一人の不手際で、全員の命が危険に晒されるかも知れない世界。
トリガーにかけた指が震えて、狙いも満足につけられなかった。

『気にするな』
『まだ新人だから』

そう言って励ましてくれた人もいた。
でもその度に、自分で自分が許せなくなった。

芳佳ちゃんには才能があるって聞いたとき、また怖くなった。
この人もすぐに私の横を通り過ぎて、そのままいなくなってしまうんじゃないのか。
……置いて行かれたくなかった。
だから、自分から距離をとった。

でも、芳佳ちゃんは私を待っててくれた。
ぐずぐずしてる私に、一緒にがんばろうって手を差し伸べてくれた。
二人で協力して敵をやっつけたとき、すごくうれしかった。
芳佳ちゃんがいてくれたなら、出来ないことなんてないって思った。

その日から、私の隣にはいつも芳佳ちゃんがいる。
まるでずっと昔からの幼なじみだったように、たやすく心を開くことが出来た。

芳佳ちゃんの隣にいたい。芳佳ちゃんと一緒に歩いていきたい。
居場所をくれた彼女の傍を、ずっと離れず二人でいたい。
以前の私なら誰かの重石になることに耐えられなくて、こんな考えは抱かなかった。
それくらいに、彼女に惹かれていた。

私はドジだから……時々つまづいたり、迷ったりすることもあるだろう。
でも、芳佳ちゃんが私の隣でいつもの笑顔でいてくれれば、何度でも立ち直れる。
そう信じられるから……だから――


「リ、リーネちゃん!? どうしたの!?」
「――えっ?」
うろたえながら私の肩を揺さぶるのは、並んで座っていた芳佳ちゃんだった。
少しぼやけた視界と、頬を伝う冷たくて温かい感触。
あれ、なんでだろう。
私、泣いてる……。
「どこか痛い? だったら私の魔法で……」
「ち、ちがう、違うの芳佳ちゃん」
不安そうな彼女を安心させてあげたくて、必死に目元を拭ってみせる。
けれど、私を心配してくれているというたったそれだけの事実が、今の私にはうれしくて。
手のひらの隙間から涙はますます零れ落ちてしまった。
「あのっ……あの、ね、芳佳、ちゃん、…うっく、ありがと……」
「……リーネちゃん」
そっと私を抱きしめる芳佳ちゃん。
いとおしいその小さな身体を、私もぎゅっと抱きしめ返した。
「わ、私、こんな……うう…っく……こんな泣き虫で、意気地なし、だけどっ」
「…うん」
「これ、からもっ、よろしく、ね」
「うん」


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