つないだ手は離さない
ベッドに入ってから、どれくらい経ったろうか。
寝つきは良い方のはずなのだが、今日に限っては何故だか眠れなかった。
目を開けて身体を起こすと、ぼんやりしていた意識にもすぐにスイッチが入った。
薄暗い部屋の中で、どうしたものかと考える。
…少し、外に出てみようか。
カーテンの隙間から差し込むかすかな光は、きっと夜空の星からのもの。
お気に入りのあの場所へ空を眺めに出かけよう。
*
私がそこに着いたとき、そこには既に先客の姿。それが誰かはすぐに分かった。
「リーネちゃん?」
「あ……芳佳ちゃん」
やや驚いたように振り返る先客さんは、私の友達その人だった。
そのままリーネちゃんの隣に座ると、不思議そうに尋ねられた。
「どうしたの、こんな時間に」
「ちょっと寝つけなくって。リーネちゃんは?」
「…うん、私も同じ」
二人で星空を仰ぐ。その先には、暗闇に瞬くたくさんの小さなきらめき。
そよそよと吹く夜風が心地よくて、思わずため息がもれた。
「キレイだね……。リーネちゃん、夜にもよく来てるんだ?」
隣に顔を向けると、こっちを見つめていたのだろうか、彼女と目が合った。
リーネちゃんは慌てたように、さっと視線を空に戻して言った。
「あ、えと、うん。……でも最近は減ったかな、ここに来るのも」
「そうなの?」
「前はよくここで夜空を見上げてたの。…………そうしてると……」
――任務のこと、忘れられたから。
薄闇に消え入りそうな声。
ドキッとした。私が来てからリーネちゃんは変わったって、みんなは言ってたけど。
リーネちゃんが変わる切っ掛けになれたと、思い込んでいたけれど。
ひょっとしたら彼女はまだ――。
眉を八の字にまげて俯き、そのままリーネちゃんは自嘲気味に微笑んだ。
「だから、こうしていつも一人でいじけてたの」
「リーネちゃん……」
「そんな顔しないで。芳佳ちゃんのおかげで、実戦でもちゃんと動けるようになったし……。
気づいたら、こうすることも無くなってた」
「そんな、私は何もしてないよ。リーネちゃんの実力だよ」
「ふふ。ありがとう」
顔を上げて笑った彼女はいつもどおりの笑顔に見えて、私は少し安心した。
「覚えてる? 私が芳佳ちゃんに基地を案内した日……。二人でこうして景色を見てた」
「忘れるわけないよ。リーネちゃんと友達になれた日だもん」
「あの時はひどいこと言ってごめんね、芳佳ちゃん」
「ううん、気にしてない」
遠く海の向こうを見つめながら、リーネちゃんは言葉を続けた。
「私ね、芳佳ちゃんがうらやましかった。明るくて、力もあって、一生懸命に頑張れる芳佳ちゃんが。
私が持ってないものをたくさん持ってて……だから嫉妬しちゃった」
「リーネちゃんだって。優しくて、気配りできて、料理上手で家庭的で、それに狙撃の腕もすごいし!」
「もう、芳佳ちゃんってば」
顔を見合わせて二人で笑った。
*
いつも失敗ばかりで、みんなの足を引っ張ってた。
ミスを取り返そうと必死になればなるほど、ますます空回りした。
部隊のどこにも、私の居場所が無い気がした。
出撃するのが怖かった。
一人の不手際で、全員の命が危険に晒されるかも知れない世界。
トリガーにかけた指が震えて、狙いも満足につけられなかった。
『気にするな』
『まだ新人だから』
そう言って励ましてくれた人もいた。
でもその度に、自分で自分が許せなくなった。
芳佳ちゃんには才能があるって聞いたとき、また怖くなった。
この人もすぐに私の横を通り過ぎて、そのままいなくなってしまうんじゃないのか。
……置いて行かれたくなかった。
だから、自分から距離をとった。
でも、芳佳ちゃんは私を待っててくれた。
ぐずぐずしてる私に、一緒にがんばろうって手を差し伸べてくれた。
二人で協力して敵をやっつけたとき、すごくうれしかった。
芳佳ちゃんがいてくれたなら、出来ないことなんてないって思った。
その日から、私の隣にはいつも芳佳ちゃんがいる。
まるでずっと昔からの幼なじみだったように、たやすく心を開くことが出来た。
芳佳ちゃんの隣にいたい。芳佳ちゃんと一緒に歩いていきたい。
居場所をくれた彼女の傍を、ずっと離れず二人でいたい。
以前の私なら誰かの重石になることに耐えられなくて、こんな考えは抱かなかった。
それくらいに、彼女に惹かれていた。
私はドジだから……時々つまづいたり、迷ったりすることもあるだろう。
でも、芳佳ちゃんが私の隣でいつもの笑顔でいてくれれば、何度でも立ち直れる。
そう信じられるから……だから――
「リ、リーネちゃん!? どうしたの!?」
「――えっ?」
うろたえながら私の肩を揺さぶるのは、並んで座っていた芳佳ちゃんだった。
少しぼやけた視界と、頬を伝う冷たくて温かい感触。
あれ、なんでだろう。
私、泣いてる……。
「どこか痛い? だったら私の魔法で……」
「ち、ちがう、違うの芳佳ちゃん」
不安そうな彼女を安心させてあげたくて、必死に目元を拭ってみせる。
けれど、私を心配してくれているというたったそれだけの事実が、今の私にはうれしくて。
手のひらの隙間から涙はますます零れ落ちてしまった。
「あのっ……あの、ね、芳佳、ちゃん、…うっく、ありがと……」
「……リーネちゃん」
そっと私を抱きしめる芳佳ちゃん。
いとおしいその小さな身体を、私もぎゅっと抱きしめ返した。
「わ、私、こんな……うう…っく……こんな泣き虫で、意気地なし、だけどっ」
「…うん」
「これ、からもっ、よろしく、ね」
「うん」