スオムス―ブリタニア1944 CHASERS01 ついていなくも無いカタヤイネン
イッルに会いたかった。
あいつのいない場所なんて考えられなかった。
確かに祖国は大事だし、護りたい。
でも、それも大切な人あってこその場所だろうと思う。
だから、物を壊しすぎて上から疎まれてたあたしは、中途半端なことを続けるくらいなら自分から厄介払いされれてやろうと思って何度もブリタニアの統合航空戦闘団への転属を願い出ていた。
でも返って来る答えはいつも同じ、却下だった。
曰く、優秀なストライクウィッチをこれ以上放出する事はできない、だそうだ。
やってられるかよ!
優秀だって評価してくれてんなら今の中途半端な扱いを改めてくれ。
かといってそれでふてくされてサボるなんていうのは誰にだって出来る話で、そんな筋の通らない事をやるつもりのないあたしとしては怒りは全部ネウロイにぶつける事にしてた。
結果的に撃墜数は稼げるんだけどあたしの評価もまたまた中途半端に上がるから余計ブリタニアへの道は遠ざかる。
同じレントライブ24を仲間は結構よくしてくれて、特にハッセ大尉なんて口数少ないけど色々あたしの事庇ってくれてるみたいだったんだけど、実際の所はいまいちナニ考えてるかわかんなかったりする。
ま、同い年ながら腕は確かな上に真面目だし、頼もしい奴ではあるんだよな。
6月の終わり、そんなハッセがあたしとの出撃の時に被弾して病院送りになった。
かねてからのネウロイの大攻勢で、休む間もないまま出撃の出番ばかりがまわってきてたせいか、その日のトップエースは精彩を欠いていた。
いつもだったら機敏に反応して交わせるはずの一撃を生身の脚へと受けたハッセは、痛みと出血で意識を朦朧とさせながらも撤退を開始。
気合入れて体張って、20機以上の敵の攻撃を引き受けて、なんとかあいつを基地へと帰す事はできた。
そしてハッセは「まだニパがいる」って呟いてから気を失ったらしい。
なんか、多分自分で思ってた以上にハッセからは信用されてたのかもしれないな。
直前の会話でちょっと嫌な感じのやり取りになったにもかかわらず、意識を失うまであたしの事を思っててくれたんだもんな。
そうした絶え間なく続く激戦の中、肩を並べる戦友たちの信頼を心の糧にして戦い続けたあたしにもついにリタイアの時が訪れた。
被弾して帰還した際に魔道エンジンの不調で急激に魔力を消耗し意識が途切れて減速できないまま滑走路に突っ込んだんだ。
誰もがついにあたしにも死神が舞い降りたと思ったらしいが、どっこい何とか生きていた。
とはいえ昼夜問わず出撃して魔力体力の限界を迎えた状態で負った重傷には自慢の回復能力もおいつかなくなったらしく、あたしはそのままハッセのいる病院へと担ぎ込まれる事になった。
入院してる間はいろいろと人の優しさを実感する日々だった。
生死の境をさまよう間、戦隊長が個人的に送ってくれたマンネルハイム十字章、忙しい中見舞いに来てくれた24戦隊の仲間たち、そして自分の方が怪我の治りは遅いってのにあたしの事ばかり気にかけてくれたハッセ。
自分からくさってしまって周りが良く見えなくなってたんだと思うけど、あたしは本当に色んなものに支えられてたんだと、そう思った。
それからもう2ヶ月。
すっかり良くなってるってのに中々退院の許可が出ないあたしは、結局病室でふてくされてた。
解ってくれてるのは戦隊の仲間たちだけで、上は何にも解っちゃいない。
こうしてる間にもネウロイは攻めてきてるんだぞ。
スオムスにはひとりのウィッチだって休ませとく余裕なんてあるはずないだろ。
ハッセが飛べない今、あたしが飛ばなくてどうするんだよ!
でもそんな苛立ちはあっけなく解消される事になる。
唐突に、スオムス方面へと侵攻していたネウロイ集団が撤退を開始したんだ。
その情報を知った時、あたしの行動は素早かった。
転属願いをとりあえず出してから休暇の延長申請と機材の使用許可と渡航許可、それともう一つ肝心な退院の許可をもぎ取ってブリタニア息の準備を整える。
色々サインを貰って来いって話があったので手近な所から攻めてみる。
「ハッセ! ネウロイの連中が撤退を開始した! スオムスはこれで安全だろ! だからさ、ブリタニア行くんだ! 中隊長の許可も貰って来いって言ってたから、ほら、ここにサイン……よしよし、おっけ~」
病室で考えことをしてたらしいハッセを勢いで頷かせて書類を突き出す。
よし、ハッセのサインはバッチリだぜ!
「あ……ニパ……あの」
「おいおい、ハッセ顔が赤いぞ。いくら連中撤退したって言ってもまだどうなるんだかわかんないんだからな。さっさと復帰して皆を安心させてやってくれよな」
夏風邪は治りにくいって言うからなぁ……。ハッセには気をつけて欲しいよ、ホント。
「え、あの、私は……」
「じゃっ、ブルーステルをセットアップさせてるからさ、北海回りでブリタニア、いってくるわ~」
色んなものを溜めまくっていたあたしはそれを発散するが如く一気に全ての許可を取り付け、転属の承認が降りる前に飛び立つ準備を完了した。
メルスは貴重なんで貸し出せないって言われたんだけどこっちとしては初めから航続距離の長いブルーステルを借りるつもりだったから問題なしだ。
「ねぇ、ほんとにブリタニア行っちゃうの?」
「何だよエリカ。おまえあたしの本気を信じてなかったのかよ」
滑走路でエリカ・リリィ曹長が話しかけてきた。
コイツも同い年の戦隊の仲間で特別目立った戦果を上げてたわけじゃないけれど列機としてとても安心できる奴だ。
ちょうどあたしが清掃係やってる頃とかに結構イッルとつるんでる事も多かったんで結構嫉妬してたりもしたんだけど、まぁいまにして思えばあたしがガキだったんだというくらいはわかってる。
「ん~、そういうわけじゃないけどさ……ハッセと何か話した?」
「ああ、速攻でサインしてもらえたぜ。ただちょっと顔が赤かったからなぁ……体調崩してるかも知んないからちょっと様子見てやってくれよな」
「あ~~……そう……ハッセも報われないわね」
なんか半目で呆れたような感じに頷くエリカ。
理由はわかんないけど旅立ちの前にそんな顔しなくても良いんじゃないかって思うんだけどなぁ。
「ま、いいわ。あたしの分もイッルによろしく伝えといて」
「おう、まかせとけよ。じゃ、行ってくる」
笑顔になったエリカと他に何人か見送りに来てた連中にも軽く挨拶して既に暖機の終わっているブルーステルに魔力をこめる。
久しぶりのストライカーユニット、久しぶりの加速……そして離陸。
あたしはあっという間に空の人になってブリタニアへの旅路へとついた。
ブリタニアへ向かうって行っても直接一直線に飛ぶわけじゃない。
いくらスオムスの誇るタイバーン・ヘルミがリベリオンでは海軍機として航続距離に優れてるって言っても流石にそれは無理なんでノルトラントで一泊、ブリタニア領内に入ってから二泊する手はずだ。
航路に関しては地図や地球儀とにらめっこしながら何度もイメージトレーニングしたんでバッチリ頭に入ってる。
気になる部分があるとすれば天候と持ち前の不運なんだけど……なんかあっさりとノルトラントまでは到着してしまった。
こういうときは油断すると、いや、油断しなくても痛い目を見る前兆だからしっかりじっくりと整備をする。
整備をした上でゆっくり休む。
休みながら先のことを考える。
北欧半島の西端に近いこの場所からブリタニアの北の外れのシェルトランドを経由して海岸線伝いでドーバーへ向かう事になるんだけど、多分ここの工程が今回の旅路の山場になるはず。
なんの目印もない海上を飛ぶ経験なんて生粋のスオマライネンであるあたしにあるわけは無いんで、一番緊張を強いられる飛行になるからだ。
とはいえそこさえ終わってしまえば後は楽なもんで、本島側にさえ辿り着いてしまえば最悪ストライカーが不調で飛べなくなっても鉄道でも何でもドーバーに行く手段はある。
夢の中でもあたしはイッルの悪戯にしてやられ続けた様な気はするんだけどあんまり嫌な気分ではなくて、むしろそんなイッルとじゃれあえてる夢を見れた事はうれしいくらいだ。
夢見がよくて気分も上々のあたしは宿泊所代わりにした倉庫の一角で起きがけからブルーステルを装着し、保存食をかじりながら暖機を開始。
間借りした基地の管制に挨拶とお礼を言いながらタキシングして滑走路へ入り、加速を開始。
丸一日の巡航ですっかり勘を取り戻した身体は、昨日感じる余裕の無かった空を飛ぶ事に関わる色んな喜び与えてくれた。
空の青さ、雲の白さ、空気の冷たさ、見下ろす景色の雄大さ、そしてなによりもこの身一つで風を切る爽快感。
はしゃいでくるくる回りたい気持ちを抑え込んでコンパスをこまめに確認しながら北海を行く。
でもそんな気持ちのいい空は長くは続かず、程なくあたしの身体は広がる雲海の中へと突入する。
もがくように高度を上げて雲海を見下ろす位置から飛ぼうとするけど高度を上げすぎればそれだけ魔力体力を消耗するんである程度であきらめ、雲の中を行く事にする。
飛び始めたときから正面に雲が広がっていたんである程度覚悟はしていたんだけど、いざ視界が閉ざされ始めると心に不安が広がり始める。
故郷スオムスの地吹雪でホワイトアウトした世界に比べれば寒さがない分だけマシと考えられなくもないが、もしもの時に降りる場所がしっかりと踏みしめられる大地じゃなくて一面の海原だって言うのは結構怖い。
気流もあるから身体感覚を極力当てにせず、簡素なコンパスに命を預けて進路を調整しながら飛ぶ事数時間……。
ふと、視線を感じた。
あたし以外飛ぶもののいないはずのこの空で、誰かに見られてる。
緊張が走る。
背負っていたスオミ短機関銃を右腕に握り、周囲を注意深く観察する。
進行方向より方位2時の方向、同高度、白い闇の中たまたま密度が薄い空間のその向こうに、黒い、大きな塊が見えた。
大型ネウロイかよっ!!
視覚情報での判断より先に身体が反応し、大きくに左ロールを打つ。
ブルーステルはメルスほどの鋭さは無いにしろ十分なほど機敏に反応し、あたしは10時方向へ向けてショートダイブ。
遅れて白い闇を引き裂く赤の光条がさっきまであたしのいた空間に奔る。
「クソッ! やけに調子がいいと思ったらこういうことかよ! 全くついてないぜ!」
悪態をつきながら機動。
位置の変更で彼我の雲量が変化し、視線を遮蔽する。
相手の姿が捉えきれなくなった所で向こうからもこちらが見えないはずだと踏んで減速し、様子を伺う。
案の定ビームのめくら撃ちが始まり、白く閉ざされていた世界が禍々しい赤に彩られる。
ネウロイは数発の射撃で掃射を切り上げ雲海へとその姿を隠蔽する。
辺りを不気味な沈黙が支配し、不安を掻き立てる。
ちらっとしか見えなかったけど、こっちのほうの戦線でよく目撃されてるって言う400ftオーバークラスのネウロイだったか?
いやむしろ相手の正体なんかよりもなんでこんな所にネウロイがいるんだよ。
ネウロイの領域からは十分離れているはずだろ……航法をミスったか? そんなはずは無いよな……。
だああっ! それもどうでもいい! 重要なのは現状どうするか、だ。
手持ちの武器はスオミ短機関銃と銃剣だけだ。
小型はともかく大型のネウロイとやり合える装備じゃない。
それに戦闘機動をかませば辛うじて保っている機位を喪って遭難する可能性だってある。
だったらお互いをロストした状態を維持してこのままやり過ごすのがベターか……。
悔しいな。
目の前にイッルたちと戦ってた獲物がいるってのに狩の準備が整ってないなんて。
ここが飛びなれたスオムスの空で、メルスとMG42を装備してるんならあんな奴あたし一人で叩き落してやるってのに。
ついてない……全くついてないぞニッカ。
でも今は我慢だ。
雲に紛れ、自分の存在を殺してやりすごすしかない……って、なんだか雲量が減ってないか……?
見る見るうちに雲の密度が薄まっていく。
慌ててコンパスで方位を確かめるが残念ながら方角は大体あってる。
つまり、このまま進めばさっきのネウロイとガチでやりあう羽目になるって事だ。
と、決意を固めるよりも早くに右手上空数百ft向こうに黒い影。
こっちは更に高度を下げて距離をとり、少しでも雲による視線の遮蔽効果を上げる。
相手の方が図体が大きい上に明るい空を背にしている分多分発見はこちらの方が早かったはずだ。
その証拠に相手は機動を掛ける様子はないし、ビームだって打ち込まれてこない。
とはいえこちらも後流まで誤魔化す事なんて到底無理な話なんで、このまま行けば雲にくっきりと残っているであろう航跡を追って発見されるのは時間の問題か……。
だったらこうだ。
効率が落ちるのを覚悟で思い切って高度を下げ、雲底を抜ける。
眼下には冷たそうな黒々とした北海の海原が延々と広がっていた。
正直あたしにとってはこんな場所なんかよりもスオムスの雪原の方がよっぽど温かみがあるって言い切れる。
高度は目測で1000ftを大きく割り込み、湿気を孕んだ大気がまとわりついて飛行感覚が重くなる。
飛行効率が落ちている事を肌で感じながらも背に腹は変えられず海上を飛行すること30分以上。
いつの間にか背を流れていた冷や汗が冷え始めて身震いする。
そこでやっと経過した時間を自覚し、大きくため息をついて胸をなでおろす。
これだけの時間何も反応も気配も無いって事は、どうやらうまくやり過せたってことだよな。
改めて周囲を見回すと断雲の切れ間からは所々陽が射し、広がる海面を神々しく照らしている。
さっきは寒々しいなんともやるせない風景だなって思ってたけど、心の持ちようで結構変わるもんだよな。
あたしはそんな事を考えてその風景を惜しみながら、ネウロイとの接触によって生じた時間と魔力と体力のロスを取り戻す為、高度を上げた。