第20手 耳はむはむ
「あちっ!」
沸騰したやかんは取っ手まで熱くなっていて、掴もうとするも一瞬、私は反射的に手を離した。
ふぅー、災難、災難。
鍋つかみでもしておくんだった。やっぱり横着はよくない。
手のひらにふーふー息を吹きかけ、かるく赤くなった手の熱を冷ます。
「芳佳ちゃん、大丈夫?」 と、いっしょにアフタヌーンティーの準備をしていたリーネちゃんが訊いてくる。
「ぜんぜん平気。気にしないで」
ばたばたっ、と手首を振り回しながら私は答えた。
火傷というほど大したものではない。
私は指を顔にやった。
すると、リーネちゃんの表情が心配そうなものからなんだか不思議がってるふうに変わった。
「ああ、これ?」
リーネちゃんの視線の意味を察して、私は教えてあげた。
「ここ触ってるとひんやりするの」
「へぇ……」
準備をし終え、ぞろぞろとみんながオープンカフェにみんなが集まってくる。
そうしてアフタヌーンティーが始まった。
私とリーネちゃんも席についた。
「熱ぅ……」
リーネちゃんはカップにつけた口を離して、声を漏らした。
可愛くぺろっと舌を出してみせる。
「リーネちゃん、猫舌?」
「うん、そうなのかも」
そういえばリーネちゃんの使い魔は猫だった。って、これって関係あるのかな?
同じく使い魔が猫の、私たちと同席のペリーヌさんはそうでもないようだから、やっぱり関係ないのかも。
私もカップを手に取った。
紅茶の香りが鼻先をくすぐる。いい匂い。音を立てないように気をつけて飲まなきゃ。
――と。
リーネちゃんがまじまじと私に視線を送ってくることに気づく。
「芳佳ちゃん、ちょっといい?」
リーネちゃんはそう言うと、椅子から腰をあげ、私に近寄ってくる。
私のすぐ傍らに立つリーネちゃん。触れあうくらいに、その距離は近い。
そうして――すっ、とリーネちゃんは顔を私の顔の方に近づけてくる。
ちょ、ちょっと。リーネちゃん、なにを……!?
キスされる、と思った。
ダッ、ダメだよ、リーネちゃん。
あ、いや、別に、リーネちゃんとキスするのがイヤってことじゃないの。
そうじゃないの。ホントだよ。
でも、ほら、こんなところで。アフタヌーンティーの最中なのに。だってみんなだって見てるんだから。
なのに、いきなりそんな……
いろんな気持ちが頭のなかを駆け巡るのに、私はそれを言葉にのせることができない。
リーネちゃんの唇がすうっと開いていくのが見えた。それが最後。
私は反射的に目をつむってしまっていた。
そうして――
はむ。
と、リーネちゃんは唇の先で、私の耳たぶをかるくかじった。
驚きとあまりのこそばゆさに私は立ち上がってしまいそうになる。
「ほんとうだ。芳佳ちゃんの耳たぶ、ひんやりする」
リーネちゃんはいったん唇を話し、満足そうに言った。
すぐ耳元でのささやき。リーネちゃんの息がかかる。その熱を直に感じられる。
リーネちゃん…………。
そうして再び、リーネちゃんは私の耳たぶをあまくかみ始める。
はむはむはむはむ。
「ちょ、ちょっと、リーネちゃん……」
私はただただ、あわてふためくばかりだった。
リーネちゃんは優しく、私の耳たぶを刺激してくる。得も言われない感触を私にもたらす。
歯のかたい感触がくる。たまに舌の先がちょっぴり触れたりしたりする。
その唇は少し湿っていて、けれど私にはまだ熱いままなのかはわからない。
私の頭はすっかり熱にうかされていた。
それは、耳たぶからリーネちゃんの熱を受け取ったせいだけではない。
なおもリーネちゃんは耳たぶへの攻撃を仕掛けてくる。
かといって私から、たとえばリーネちゃんの体を突き放すなんてことはできない。
だってリーネちゃんの胸がちょこんと私に当たっているのだから、そんなことができようはずはない。
ああ……。
ペリーヌさんの視線がチクチク刺さってくる。痛い、痛いよ。
真っ昼間からなにをしてるのと言わんばかりの目だ。
「リーネちゃん……リーネちゃんってば……」
私は声を荒げる。
けれど、リーネちゃんは一向にやめてはくれない。
もう、リーネちゃんのばか……。