T⇔E Ep.1


ネウロイ襲撃の報も少なくなり、落ち着きを取り戻したいらん子中隊。
毎晩のように智子はハルカやジュゼッピーナに撃墜されている。
ビューリングはそんな智子の、"夜の声"にいつも悩まされるのだった。
最初は意識なんてしていなかった。意識したとしても、深く考えないようにしていた。

一方智子は一種の諦めと共に、新しい自分が目覚め始めていることに気付いていた。
(いつまでもやられっぱなしは悔しい。だけど、ハルカやジュゼッピーナには敵わない…。
反抗するにしても、すぐに巻き返されるだけだ…。どうすればいいの…?
誰かにこの感情をぶつけたい。私も、一度ぐらい攻めに回ってみたい…。)

そして、その夜もまた、智子は七回の被撃墜を経た。

――

翌朝、ビューリングは少し早く目が覚めた。
というより、満足に寝られなかった朝に、諦念で眠気が身を引いた。
ほぼ徹夜。もし今日ネウロイの襲撃でもあったとしたら、集中できないかも知れない。
せめて眠気覚ましに濃く熱いコーヒーでも飲もう、そう思ってミーティングルームに向かった。
ストーブに火を入れ、その上でコーヒーを煮出す。
ソファに座って頭を抱える。
(全く、どうして智子はああなってまで抵抗を試みたりしないのだ…。
迫水曹長やジュゼッピーナ准尉にやられっぱなしでは、悔しかったしりないのか…。
ああなる前の、規律正しい智子は見所もあって凛々しかったのだがな…。)
出来上がったコーヒーを愛用のアルミマグカップに移して飲み始める。だが、流石に熱い。
冷えた手を温めることにして、若干冷静になった頭でもう一度顧みる。
(…って、ちょっと待て、それでは以前の智子が好きだったとか、そういう風に誤解を招くことになってしまう。
いや待て待て、どうしていきなり好きがどうのという話になるんだ。
私は、ああはならないと決めたはずだ。それがどうしてこんなに…。)
ビューリング本人は気付いていないが、その感情の裏には隠しきれない受身の気持ちが芽生えていた。
二人の為すがままになってしまう智子。何故やり返さないのか。
智子のことを意識してしまったビューリングは、"そういう行為"に対しても考えを巡らせている。
(私も、もしかしたら…智子と同じ、流されやすいタイプなのかもしれない。
普段なら全然大丈夫だ。冷静に戦局を見計らって戦うことができる。
だが、"夜の流れ"に抗える自信は……。)
何しろ智子の声だけでここまで意識してしまっているのだ。
ビューリングは頬を赤らめて、誤魔化すようにコーヒーを呷った。

――

――

智子は疲れ切って気絶するように寝ていたが、扉が閉まる音を聞いて目が覚めた。
まだ疲れているし、寝ていたい。しかし一体誰が出て行ったのかが気になる。
部屋を見回すと、どうやらビューリングが出て行ったらしいということが分かった。
昨夜も迷惑を掛けてしまっただろうか。大きな声を出したし、暴れたりもした。
寝ぼけていた智子は、何となく謝ろうなんて考えて部屋を出た。
ビューリングはこのことに関して無関心だ。我関せずを貫いてくれている。
そんな彼女に改まってこんな話題を振るのはどうなのか、そう考えることが出来るほど智子の疲れた脳は余裕が残っていなかった。
何処に行ったのだろう、そう考えてよく彼女が寛いでいるミーティングルームが浮かんだ。
コーヒーでも飲んで眠気を覚ましているかも知れない。
扉を開けると、ビューリングらしからぬリアクションで、彼女はマグカップを取り落としそうになるほど取り乱した。

――

――

「なっ?!」
右手の力が抜けてマグカップが落ちそうになったのを何とか阻止したが、コーヒーは若干こぼれてしまった。
机を汚してしまったので後で掃除しておこう。
「何よ-、そんなに驚かなくてもいいでしょー…?」
…突然現われた智子の声は、かなり眠そうだった。
そういえば智子はああいうことがあった翌日はよく浮気気味で、呆としていることがよくあった。
花を花瓶に挿してみたり、窓の外を見てうふふと言ってみたり…。そんな智子を見たことがあったビューリングだから、納得した。
「い、いや、すまん。誰も起きていないものだとばかり」
「扉が閉まる音で目が覚めて…」
「…すまん、私の手抜かりだ」
なるべく音は立てないように出てきたはずだが、どうやら智子を起こしてしまったらしい。
智子は完全に寝ぼけているらしく、ビューリングの隣に座って肩に撓垂れてきた。
(え、ちょ、そんな…。)
ビューリングの内心は既に崩壊気味だ。まともなことが考えられず、頭が沸騰している錯覚もある。
「私…どうして逆らえないんだろうね?」
「…あの二人に、か?」
「うん」
「思い切って言ってみたらどうだ…? 攻めてみたいと」
(ちょっと待て、幾ら何でも私の頭もおかしくなりすぎだ! 智子の髪の匂いなんかに惑わされるな!)
「でも、私…あの二人にそうやって逆らって、立場逆転したとするじゃない?」
「ああ…」
智子は謝ろうとここに来たはずだが、ビューリングを見ると、愚痴が優先されてしまったようだ。
「絶対、途中で巻き返されると思う。…"ツバメ返し・夜"…なんて」
そう言って自嘲気味に笑う智子の頭も相当来ているのだとビューリングは思って、コーヒーは机に置いた。
さて、どう言葉を掛けたものか。ごちゃごちゃの頭を何とか働かせた、その時だ。智子がふいに言葉を発した。
「攻めてみたい」

目の前に、智子の双眸。肩から流れて目が合う。
「…え?」
ビューリングは惚けて、その言葉の意味を理解しようと躍起になった。
(そうか、これは練習だな。あの二人に言うための…んっ!)
唇が重なった。
(嘘…練習じゃないのか…? そんな…)
智子の顔を見ていられなくて、ビューリングは目を瞑った。
ビューリングの頭に、智子を押し返すという選択肢は生まれなかった。
両肩に柔らかい感触が乗る。智子の手だった。
智子はさらに身を乗り出してきて、唇を押しつけてくる。
乱暴なその様子に、本当に攻めは慣れていないのだということが窺い知れた。
ここでビューリングが口を離して落ち着いた言葉で囁けば、形勢は一気に逆転したことだろう。
しかし、今朝のビューリングはいつもとはひと味もふた味も違った。
智子の為すがまま、その肩に乗せられた手の熱さを感じていた。
唇が離れて、目を開けたビューリングと、潤んでいるがどこか勝ち誇った様子の智子の目が合う。
そして言わずもがな、今朝の智子も、いつもとは決意が違うのだった。

ビューリングは、智子にされるがまま、皆が起き出してくるまでの間智子と共に過ごした。
それからは極偶に、智子がビューリングの布団に忍び込むようになったり、二人が逢引きするようになったという…。

――

―おまけ―

「ビューリングまで落ちたネー。ミーたちの足場が狭いネ」
「…」
「私たち、ああいう趣味に関しては弱い立場ですし…あの流れがこちらに来たら流されそうです…」
「毎晩毎晩元気過ぎるネ。トモコも開き直ってるようだしネ」
「ビューリングさんが落ちてしまったら、私たち三人は、ストレートで行きましょうね?」
「んー。別にミーは楽しければ構わないネ」
「!?」
ウルスラの本が落ちた。



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