続Floren,Fluorite


その言葉は実際のところ私の情けなさの具象で、けれども私はそれでも、今まで大切に大切に守って来た
彼女を守り続けたかったのだった。ううん、正確には違う。そんな強硬手段でもないと、私は彼女を守れない、
と思ったのだった。それは逆に私をもえぐる言葉だったけれども、それでも彼女がそれで幸せになれるなら、
私はそれでよかった。

(女の子が女の子を好きになったら、どうなるの?)

問いかける声は震えていた。それに私が答えた瞬間、ひどくショックを受けた顔をしていた。
もしかしたら彼女には、誰か懸想している相手でもいたのかもしれない。この世の誰よりも愛らしい私の小鳥
は、意外に思われるかもしれないけれど実は密かに慎ましく愛されるとびきり素敵な子だったから、彼女を
愛してる人なんてきっといくらでもいた。けれど恐らく彼女はそのことを知らないだろう。ひっそりと寄せられる
好意の瞳を、私がすべて阻んだから。

(人気者だね、エイラちゃん)

何も知らない彼女は私が彼女の許に赴くとその逆に私よりも少し低いその身長の分私を少し見上げて、嫉妬
の気持ちなどかけらも滲ませずにそう穏やかに笑んで言うのだった。
人気者。確かに傍から見たらそうかも分からない。私は確かにいつも誰かに囲まれていたから。けれどそれは
単に私が仕切りたがりの性格であるがゆえに班長やら級長やらを任され、同輩や後輩たちから頼みにされる
立場にいたからだ。そりゃ多少の黄色い声はあったかもしれないけれど、私はこの、可愛らしいひばりが側に
いてくれれば満足だった。そのくらい夢中だった、たぶん一目見たその日から。

もうすっかりと暗くなった窓の景色を見やる。凍湖の上に作られたこの仮設基地が私たちの部隊の住まい
なのだった。
凍った湖の上に作られたものだというのに、私の今いるミーティングルームはほのかな暖かさに包まれて
いる。しっかりと形作られた暖炉が赤々と燃えていて、部屋中を照らし、温めてくれているからだ。仮にも仮設
基地だというのに、どうも私たちの国の人たちは妙に凝り性なところがある、と思う。いつかは取り壊される
場所なのに彼らは嫌な顔一つせずに作業をし、「ウィッチの皆さんが使うならきちんとしたものでないと」と妙な
こだわりを見せて作業をするのだ。我々はウィッチのファンクラブみたいなものだからな、とマンネルハイム
将軍に面と向かって言われたときは正直驚いたけれど、つまりは、そういうことなんだろう。

窓の外はいつの間にやら真っ暗闇。けれど何でだろう、私の頭には彼女と共に時間を過ごした、あの士官
学校での明るい日差しが目に付いて離れないのだ。あれは南側の突き当たりで、たぶん一番日当たりの
良い場所だった。鼻歌を歌いながら窓際に花を生けている光景を、私は二段ベッドの下、彼女の寝台の上で
何度ぼんやりと見やったろう。意外にもすらりとした身長を、けれどもその自信の無さが具象して丸まった背中
を、そこから伸びるうなじを、キラキラとした薄い金色の髪を、私はそうやっていつも見ては小さくため息を
ついていた。
何でもないところでも転べるような彼女を、私は「放っておけないから」とよく世話を焼いて。だから彼女も
私に懐いていたのだと思う。エイラちゃん、エイラちゃん。何かの一つ覚えのように後ろをついて回る彼女を
回りは肩をすくめながら見つめていたけれど私は幸せだった。ううん、もしかしたら呆れられていたのは多分
私のほうだったのだと思う。

大好きだった、初めて見たその日から。けれど私はそれを結局伝えることをしなかったのだ。その理由は
たった一つ、私がひとえに臆病者で、情けない性格をしていたから。

(幸せでいてね)

私がいなくても、どうか。
そう言って別れたあの日からもう何年もたった。私と彼女の住まいとする基地は互いに遠く、手紙のやり取り
は続けていたけれど結局直接には会えずじまい。それでも続いているのはたぶん奇跡で、けれども私はそれ
を運命と思いたかった。

おんなのこが、おんなのこをすきになったら。

地獄に落ちるよ。言い切ったその瞬間の彼女の顔を、私はいまだに忘れられない。脳裏に残って焼き付いて、
胸を衝いて離れない。記憶に残る他の彼女は、全て私の大好きだった可愛らしい笑みを浮かべているのだと
言うのに。
もしかしたら誰か、好きな人でもいたのかもしれない。それが誰だか私には見当も付かなかったけれど、付け
始めたところで空しくなるだけなのはわかっていたから考えないことにした。私が願ったのはただひとつ、彼女
の、エルマの、幸せだけ。…ううん、そんなの嘘っぱちだ。私は、私の大切で大好きなあの子をただひたすら
独り占めしていたかったのだ。他の誰かになんか奪われたくなかっただけ。
女の子を好きになるくらいで地獄に落ちるのだったら、私だってもうとっくのとうにその候補者だ。だからそれは
私をもえぐる言葉だった。そうと分かっていたけれど、私はそれでも、そうして彼女を守りたかったのだ。そう
でもしないと、私の大切な誰かが他の人に奪われてしまう。私の知らない、女の人に。

彼女の配属された第一中隊は、別名"いもうと"中隊として名高かった。隊長のアホネンを"お姉さま"と呼ば
せ、挙句の果てには……とても口では言えないようなことまで、すると言うのだった。
そんな噂を私は以前から聞いていたから、彼女が士官学校を卒業したあとに配属される部隊がそこだと聞い
た時、思わず教官に詰め寄るところで。いや、正確には詰め寄りかけたのだけれど級友たちに必死で止め
られたと言うのが正しい。あきらめなよ、と諭された。あなたも運が悪いわね、と。当の彼女はと言えば一人
何も分かっていない顔できょとんとしていて、それがさらに私の不安を募らせた。気弱で大人しい彼女のこと
だ。あのにっくきアホネンに言い寄られたら、NOの一言も言えずに捕まって、流されて、体を許してしまうのに
違いない。そんなのはいやだった。だってそんなのがエルマの幸せには思えなかったからだ。寵愛を受ける
たくさんの子達のうちの一人だなんて、そんなのひどすぎる。そんなの、ずるすぎる。

言ってしまえばいいのに。好きなんでしょう?
そう励まされもした。"大好きな大好きなエイラちゃん"の言うことならきっとなんでも聞いてくれるわよ、と。
そう言った級友はちょうどこれから、同じように別の部隊に配属されることの決まった仲間に想いを伝えてくる
のだと言っていた。かくしてそれは実ったようで、数日後二人は仲睦まじく食堂でいちゃついていたっけ。

(そんなんじゃないわよ、私とエルマはっ!)
一応隠し通せていたはずのその気持ちが気恥ずかしくてついそう返してしまったけれど、本当は私はエルマに
こう言いたかったのだ。言いたいほどの衝動が、本当は胸にあったのだ。

ねえ地獄まで一緒についてきて。きっとあなたを幸せにするから。

けれども言えなかったのはただ単に、私が臆病者だったからだ。それでも守りたかった。誰よりも幸せになって
欲しかった。恋愛ははしかみたいなものだと誰かが言っているのを聞いたことがある。そんな一時の疾患で、
彼女の人生全てを決め付ける権利なんて私にはなかった。ないのだと思った。
だから私は言ったのだ。女の子が女の子を好きになったら、地獄に落とされてしまうのよ。幸せになんてなれ
ないの。そうすることで彼女を守りたかった。臆病な私では、彼女を自分につなぎ止めることなんてできないと
思ったから。何も出来ずに彼女が変態女に奪われるくらいなら、誰か一心に彼女を愛してくれる異性と一緒に
なったほうがずっと、よっぽど、エルマの幸せだと思った。

ベストよりもベターを。
それでいいんだと、思っていた。





「…いちょー、エイッカたいちょー!」

バキリと暖炉にくべた薪が折れる音と、私に呼びかける幼い声で我に返る。どうやらひどくぼんやりとしていた
らしい。
同時にぽふり、と足の間にやわらかな感触。

「…イッル、私は座椅子じゃないよ」
「いーじゃん、さみーんだもん」
「あのねえ…今日だけだからね!」
「はーい」

ご機嫌に返事をするイッルこと、エイラ・イルマタル・ユーティライネン。私と同じファーストネームを持つがゆえ
に彼女はこの部隊でそう呼ばれている。
にしても、ソファーに座っている私の、足の間に入り込んで縮こまっているこの少女がいま急激にネウロイの
撃墜スコアを伸ばしているスオムス随一のエースだなんて、誰が信じるだろう。幼さを表すプラチナブロンドが
きらきらと冷たいのに柔らかい光を反射している。はあ、を息をついてテーブルの上においてあった書類を
見やった。…途端に、どんがらがっしゃーん!どこかから大きな音。そして叫び声。イッルのバカやろー!
と言っている気がする。…まちがいない。

「…ニパに何したの」
「なにもしてないよ」
「嘘言わないの」
すごむように言うと、「はーい」と気の乗らない返事と共に舌をちょろりと出して、彼女は答えた。
「ニパが通りそうなところにバケツを設置しといただけだって。他のやつらは誰も引っかからないのにアイツ
 いっつもひっかかんだ、面白いよ」
「………あの子もつくづく"ツイてない"わねえ、って、コラ!そう言う問題じゃないでしょ」

ポカリと拳骨の背で軽くイッルの頭を叩く。後でちゃんと謝っておくのよ、と諭したら「わかったよ」といったけれ
どどうせそれが果たされることはないだろう。あと数分もしたら怒鳴り込んでくるであろうわが部隊のもう一人
のエースのことを考えて、またため息をついた。
『ルーッカネン分遣隊』。私の名前を冠したそれがこの部隊の名前で、名目上は一応、第三中隊選りすぐりの
機動部隊ということになる。…の、割には若いというか、幼い子達が多く、半分私がお守りをすることになって
いるのが頭の痛いところだけれど。そもそもまだ16歳そこそこの私が隊長という時点で何かが間違っている
のだ。

(あー、そうでもないか)

そこで、思い至る。そうだ、彼女は、エルマは、15歳で隊長の任を任されたのだった。手紙でそれを報告して
きたときは非常に緊張していて、そんな彼女に私は『頑張ってね、応援してる』などという差しさわりのない言葉
を書いて送ったことを覚えている。…カワハバ基地に新設される義勇独立飛行中隊。それがいわゆる各国
からのはみ出しものの"寄せ集め"に過ぎないという噂は聞き及んでいたから。そしてその隊長に、エルマが
配属されるということは、つまり、エルマが。それを聞いた瞬間私はまたすぐにでも15回目の第一中隊への
転属願いを提出するところだったけれど、『いもうと部隊から解放されると考えれば』と言う説得でようやく
気持ちを落ち着けたのを覚えている。

書類に目を通す。そろそろ次の場所に移ることになるらしい。この辺りのネウロイも落ち着いてきたし、恐らくは
他の基地の加勢に入るのだろう。歳若い者が多くどちらかといえば小規模なこの分遣隊は、恐らくは非常に
動かしやすい立場にいるのだ、軍部にとって。別に不満はないけれどたまにはひとつところに腰を落ち着けて
過ごしたい気持ちにもなる。そう、士官学校でのあの穏やかな日々のように。とは言ってもあの頃はまだ
ネウロイの脅威もなかったから、また事情は変わってくるのだろうけれど。

ばさりとテーブルにそれらを置きなおすと、私はいつもかけてあるペンダントを手に取った。きらり、と翠色に
光るその石は、私と彼女との思い出の石だ。二人の出会いの記憶のはずだったそれは、私の口にしたあの
一言のせいで苦くてくるしいものとなってしまった。
色々な記念に様々な石を溜め込んでいた彼女にたまりかねて、私が一つ、これを残しておきなさいと選んだ
石。それはこの石と同じ色をした彼女の瞳に、初めて彼女が映った記念で。私が残りは処分しなさいと言った
らいつものように従順に笑んでその通りにした。それだから思い出と一緒にたくさんの小石を溜め込んでいた
彼女の手元に、この石は唯一残るはずだったのだ。

……それなのにどうして彼女は私にこれを託したろう。私に黙って街まで行って、磨いてペンダントにまでして。
目を見れば気持ちなんてすぐに分かると自負していたのに、私はいまだに彼女の真意が掴めないのだ。
だって別れのあの時に、エルマは私を見てはくれなかった。遠ざかって行く背中に本当はすがりつきたくて、
周りがギョッとするくらいに私が泣いていたことを彼女は知らないのだろう。エイラちゃんはすごい、と彼女は
いつも私を褒めたたえたけれど、それもこれも全て彼女の瞳に映りたかっただけなのだ。できるだけいっぱい
に、他の人なんて視界にさえ入らないように。

ねえたいちょー。その言葉にはっと我に帰る。私の体に収まった小さな体がにやにやといたずらっぽく顔を
緩ませている。

「…なに?」
「そのペンダント、いつもつけてるよな。あ、もしかしてコイビトからのプレゼントってやつ?」
「何言ってんのよこのマセガキ」
「いやあ、たいちょーどのも隅に置けませんなあと思いまして」
「面白がるのも分かるけど、残念ながらなんてことないわよ、イッル。士官学校時代の親友にもらったの。
 …卒業記念にね」

別れの贈り物だと自重気味に言い切ってしまいたくなるのをぐっとこらえる。だって彼女はきっと、もう二度と
その瞳いっぱいに私を映してはくれないのだ。
貸して、と手を伸ばされたので特に何の含みもなく手渡してやる。あのツイてない可哀想な子ならともかく、
この子は意外にも冷静な性格をしていて滅多なへまをしないのだった。そう言えば確かに私はいつもこの
ペンダントを身に着けていたけれど、こうして言及されたのは初めてだわ、と不思議な気持ちになる。

結構凝ってんなあ、等とぶつぶつ呟きながらイッルはペンダントをまじまじと眺めているのだった。私は手持ち
無沙汰になってイッルの頭に顎を乗せて同じようにそれを見ている。その言うとおり、よくよく見ると石の据え
置かれている金属部分にも繊細な装飾がなされていて。…そんなところもまたエルマらしい、と今更ながら
思う。それと同時にそんな彼女の確かな心遣いに今の今まで気付いてあげられなかった自分に腹が立った。
ばかだ、私は。彼女が私に抱いていたのがどんな感情だったとしても、彼女は最初から最後までちゃんと私に
優しかったのに。

「…んな」
しばらくしてそう言って、イッルの体が固まった。瞳はペンダントの裏側に釘付けになって、凝視していて。
「…部下おちょくるのも大概にしろよ、隊長!」
「はぁ?」
「しししんゆうって、こんなの立派な…!」
「何言ってんの」
「わわたしに言わせんなー!!」

よく見ろこのバカエイッカ!そう言ってイッルが立ち上がってペンダントを突き出した瞬間、
「イッル!!!」
勢いよく誰かが部屋に入り込んで来る。短い髪に中性的な顔立ち。扉のすぐ前にある物体に私が気付いて
声を上げると同時にお約束とばかりに盛大にこける、それはこの部隊のもう一人の歳若いエース、ニッカ・
エドワーディン・カタヤイネン。通称ついてないカタヤイネン。

「…ニパ気をつけろー、そこにはバナナの皮がだなー、って、もう遅いか」
私の肩越しにニパと呼ばれた少女を見やるイッル。いたずらが大成功して嬉しいのか、ひどいにやけ顔だ。
私はもう一度溜め息を付いて、返されたペンダントを見やる。子供のお守り同然の私の現状を見て、エルマは
一体どんな顔をするだろう。哀れむだろうか、それとも(可愛い。)なんて笑むのかも知れなかった。ペンギン
好きだという彼女はネコペンギンなどという不恰好なキャラクターが大層お気に入りで、以前私が気まぐれに
プレゼントしたぬいぐるみを大切に大切に抱いていつも眠っていたっけ。

「隊長、イッルがああああ」
後ろからニパが涙声で進言してくると、イッルがベー、と舌を出す。こんにゃろう!そして始まる小さな攻防、
歳相応の幼いけんか。この二人が今、スオムスで一番将来を期待されてるウィッチだなんて信じられる?
エルマ。本人には届けられないから、そうして彼女の色をした石をはめ込まれたペンダントに語りかけた。
…そして、そのとき、それは私の目にとびこんできた。

「…んな」
思わず声が漏れる。慌てて目を近付ける。ぱくぱくと口が上下するのは、書かれたその言葉をうまく読み
上げることが出来ないからだ。
ははは、と渇いた声が漏れる。なんてことだ。今の今まで気付きさえしなかったなんて。イッルが恥ずかしがる
はずだ。私だって、言葉になんか出来そうもない。…繊細な性格をした彼女のことだ、こんなことをしたのにも
きっと、意味があるのに違いなくて。それはたぶん、私に伝えたい言葉に違いなかったのだった。

ミナ・ラスカタン・シヌア、ブリタニア語でアイラブユー。
けれど好きです、なんて生易しいものじゃない。ことここスオムスで口にしたら即プロポーズと受け取られかね
ないほど深い愛情のこもった言葉。

「…地獄に落ちたい…」
思わず顔を覆う。声が漏れる。笑いたいのか泣きたいのかわからない。ただ一つ分かるのは、私はなんて
ひどい愚か者だったのだろうと言うことだ。
ねえ、エルマ、エルマ。今更遅いかもしれないけど、来てくれませんか、地獄までいっしょに、どうか。
場所なんて関係ない。あなたがいるならそこは間違なくパラダイスだもの。私にとっては、どんな場所も。
でも知っている、もう無理だよね、だめなんだよね。理由なんてただひとつ、それは私が臆病すぎたから。
もしかしたらあなたは私のことを私が思う以上にずっと好いてくれていた?私は、その気持ちをずっとずっと
ないがしろにしてきたのかしら。もしそうだったとしたら、私はどうしたらいい?わからない。会いたいのに、
会ってもどんな顔をしたら良いのかが分からない。

「ちょ、隊長!?」
「地獄に落ちるって困るだろ、明日にはまた次の基地に行くんだろ!?」
突然うなだれた私をはさんでいた二人が驚きの声を上げた。…こんなしおらしい姿見せたことないもんね、
仕方ない。けれどもうどうしようもない。そんなことに構っていられる心境ではないのだ。
「骨はどうかカワハバ基地に埋めて…」
「だからそのカワハバに行くんだって!!しっかりしてくれよ!」

ほら、そこにも書いてある!ニパの発言に顔を上げた。机の上のプリントを見やるとそこには、確かにカワ
ハバの文字が見慣れた転戦の命令とともにタイプされている。…それにそうだ、私はこの間『今度はカワハバ
基地に行く』と言う旨をエルマに書いて送って、そしてその言葉にエルマは非常に喜んでくれたのだ。

記憶に残るエルマはやっぱり、泣きそうな顔をしている。背中を丸めて、そうして私を見上げているのだ。
泣いたっていいのよ、私は全部受け止めてあげるよ。記憶の中の彼女に今更手を伸ばしても遅いのだと
知っているけれど、脳裏の浮かぶのはそれだけなのだ。

「よ、よくわかんないけど隊長、元気出せよ、な!」
「我らが"L飛行隊"の隊長だろ、胸張ってくれよー」

私を挟んでけんかをしていたせいで、私に抱きつくようになっている二人がおろおろと励ましの言葉をかけて
くる。…こんなときだけじゃなくて、もっと普段から仲良くしてなさいよ。そう言い聞かせたかったけれど、残念
ながらそんな元気はなくて、頭を撫でたりぎゅうと抱きついてきたりする二人にされるがまま。

きっと離れてしまった心と、否応にでも近づけていかなくちゃいけない体がもどかしい。
願うのは、遠く離れてしまった彼女がせめて笑顔で私を迎えてくれれば良い、それだけだった。


前話:0691

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