無題
銃を向ける恐怖が無くなったわけじゃない。
むしろ恐怖が無くなることは、怖い事のように思えた。この感覚を無くしたくはない。失いたいとは思わない。
だけれどもネウロイを撃つ、という行為は大分スマートに出来るようになってきた。
ネウロイだから――なんて考えが良いのか悪いのかは、新米軍人である宮藤芳香には分からない。
だが日々確実な進歩や技術の向上はみられるらしい。
「うむ、ようやく様になってきたな」
「は、はい……あ、ありがとうございます!」
訓練を終えた後、上官でもあり教官でもある坂本美緒にそう言われる。
西日がまぶしいのか微笑んでいるのか判別つかないが、彼女目は穏やかだった。
「初めの頃は凄い飛び方だと思ったが……」
「あはは……その、すいません」
「でも、訓練ナシで行き成り飛ぶのだって、凄い事なんだよ」
「リーネちゃん」
リーネとは、芳香と同じく新米ウィッチのリネット・ビショップの事である。
彼女はひょこっと顔を出したかと思うと、彼女らしい優しい笑顔を見せてから芳香の肩を叩いた。
訓練なしに飛んだ――彼女には好意的にも、ちょっと複雑な感情を含ませた感じにも言われた言葉だが、
そんなに凄い事なのかは芳香にはいまいち分からなかったりする。
だがいろんな人が驚いた表情をする以上、なかなか珍しい事ではあるらしい。
「まあなんだ」
ゲフンと一度咳払いをしてから、坂本はしっかりと芳香を見詰める。
「初めの頃よりぐんと良くなったのもホントだし、正直短期でここまで伸びたのは驚いた。頑張ってるな、宮藤」
坂本の笑顔はふしぎだと思った。
何かこう、変な力が湧いてくるというか。認められた、と純粋に思える何かがある。
それは坂本自身が芳香より数段格上のウィッチだからとか、そういうのもあるのだろうが。
彼女が酷く真っ直ぐで、誰かを褒める時は嘘偽りないからだろう、と最近では思っている。
坂本の気持ちを真っ直ぐ受け取ると、自分でも制御できないほど嬉しい気持ちになる。
お礼を言おうとしたその時、ふと坂本の視線が自分から外れた事に気がついた。
「あれ? バルクホルン大尉、どうかしたんですか?」
隣でそう言うリーネも、坂本と同じ場所を見詰めているようであった。
そこでようやく振り返って二人の視線をたどってみると、何だか落ち着かない様子のゲルトルート・バルクホルンがそこにいた。
「何かあったのか、バルクホルン」
規律規律と言うだけあって、バルクホルンは時間厳守の人である。
物事は手際よく、要領よく。自分にも他人にも厳しいまさに軍人気質な人である。
もっともそれだけではなく、本当に優しい笑顔が作れる事も、芳香は知っているけれども。
「もしかしてさっきの飛行訓練みてて、何か言いたいことでもあるのか?」
「え?」
「いやな、今宮藤の上達について話していたところなんだ」
坂本とバルクホルンのやり取りに、一人芳香は動揺していた。
『死にたくなければ帰れ』
何故か、昔に言われた言葉が蘇る。
この言葉が、自分の事を思って言ってくれた言葉だという事は、よく分かっている。
本当に危なっかしい飛行だったのは、先ほどまでの坂本やリーネの会話からでも分かる。
でもこの言葉には、心配の他にもウィッチとして認められていない部分もあったのは、事実なんじゃないだろうかと思う。
――今はどうなんだろう。バルクホルンさん的に。
技術が向上したのか、自分自身では判らない。やっと半人前かのところまで、こぎつけたんじゃないだろうか。それとも。
いやまて、弱気になっていては駄目だ。
先ほど坂本もリーネも褒めてくれたじゃないか。毎日の訓練だってしてる、だから――。
何故か、自分に言い聞かせていた。
よほど切に迫る表情でもしていたのだろうか。
バルクホルンは少しだけ視線を逸らして何か思案した後、先ほどの坂本と同じく、しっかりと芳香を見据えた。
「魔力の制御に集中して、少し周りが見えてない時があるな。構え方はそれなりになってきている。だが――」
そこまで言いかけて、彼女は何かに気づいたかのようにはっとした。
「いえ、私からはこれくらいで」
慌てて付け足したかのようにいうバルクホルンは、芳香から視線を外していた。
――だが、ってなんだろ。
遠ざかっていく背中と比例して、ざわざわと胸の中が落ち着かない。
バルクホルンは何を言いかけたのだろうか。
心配してくれるリーネや坂本の声が届かないほど、芳香はそればかり考えていた。
**
「トゥルーーーデ」
「なんだ、ハルトマン」
後ろでまだ話している坂本とリネット、そして宮藤を残して歩いていたところ、
かなり不機嫌な声がバルクホルンの耳に届く。
声の主は、考えなくても分かる。同郷のエーリカ・ハルトマンである。
「さっきと言ってる事が違う」
「な、何の話だ」
「トゥルーデ興奮すると独り言うっせーもん。声に出てた」
「……」
以後気をつけよう。
――ていうかこいつは、聞き耳をわざわざ立ててたのか。
色々思うバルクホルンの腕を、気づけばハルトマンはぎゅーっと引っ張っていた。
「もう、ほらもう一度言いに行きなよ!」
「うわっ! こ、こらハルトマン! よせ!」
慌ててその手を振り払うと、ハルトマンの表情が露骨なほど不機嫌になった。
日常生活の駄目っぷりからよく叱る事が多いが、彼女はその時もよく不機嫌そうな表情を見せる。
だが、こうも「不機嫌さ」が顕著なのは、珍しかった。
「あのさ、あれじゃわかんないよ」
「事実を分かりやすく伝えただけだ、私は」
「違うね。絶対に違う」
真っ直ぐな瞳で此方を射抜くハルトマン。
普段のだらけた姿は吹っ飛んで、そこには敵と戦う勇ましい時のハルトマンがいた。
この意思の強い目をみると、どうにも落ち着かず目線を逸らしてしまう。
負けたも同然だった。
「な、なんでそんなに構うんだ」
泣くように吠えて、バルクホルン。
確かにハルトマンの言う通り、先ほどの言葉は言おうと思っていたことではなかった。
本当はもっと他に、宮藤に言ってやりたい言葉があったのは事実だ。
「お、お前には関係ないこと、だろ」
そう、それは彼女には関係ないことのはずなのだ。
なまじ色々と思うところがあるだけに、ハルトマンの強い目が、まるで自分を責めるように思えてしかたがない。
事実、ちょっと後ずさっていた。
「関係ないよ、勿論」
バルクホルンが放つ、少し重い場の空気を無視して、さらりと彼女は言った。
「でもさ、気にはなる。だってトゥルーデ、変な言い方で帰ってきちゃうんだもん。
あれじゃ誰だって勘違いしちゃうっつーの」
「うぐっ……」
ついに声に出して狼狽してしまう。
今のバルクホルンをネウロイ的に言えば、コアが露出してしまった状態と同じ。
あとは撃ち抜かれれば、撃墜完了だった。
「この話題自体には、確かに関係ないんだけど。……宮藤もトゥルーデも、あたしには大事なんだよ。
だからさ、変な勘違いでギクシャクしてほしくないんだ」
ハルトマンはコアを撃ち抜かない。
優しく微笑んだ後、くるりと反転して立ち去ろうとする。
バルクホルンは思わず、その背中を呼び止めた。
「なあ! どうしたら、いいと思う?」
変にやめるんじゃなくて、いっそ撃ち抜いて欲しかった。
そう思うバルクホルンに、ハルトマンは呆れたように笑った。
「言おうとしたこと、言えばいいんじゃないかな?」
彼女の笑顔は最後まで、いたずらっ子の様な意地悪さがあった。
隣に座るバルクホルンの表情は硬い。
訓練帰りの彼女を無理に引き止めたから、怒っているのではと不安で不安でしょうがなくなる。怖くてなんでもない、と逃げ出したくなる。
それでは駄目だ、と。
あるかないか判らない勇気を振り絞って尋ねよう。そうするために彼女を引き止めたのだ。勇気を出せ、宮藤芳佳。
自分を奮い立たせようとする気持ちとは裏腹に、頑なに閉ざしたままの口に嫌気が差したころ。
「悪かったな」
先に口を開いたのはバルクホルンだった。
「私は戦う事以外は、自分が思っているより不得手みたいだ。お前がそんな顔して俯いているのに、勇気が出せない」
「バルクホルンさん……」
勇気が出せない、とまさかバルクホルンが言うものだから、内心ぎょっとする。
誰よりも前でネウロイと戦う彼女が、頼もしい姿ばかりが思い出される彼女が。勇気が出ないと頭を垂れている。
驚く以外にどうしろというのだ。
だが同じく勇気が出せない芳香と違うところといえば、彼女は自分を奮い立たせる事ができた事だろう。
先に口を開いた事が、何よりの証拠だった。
「昨日の、会話を思い出してるんだろ?」
「はい……」
素直に頷くと、バルクホルンは「やっぱりか」と呟いた。
「その……怒られたよ。あれじゃ分かんないって」
「?」
「困らせたかったわけじゃないんだぞ? 私だって、その為に……。いやでも、うーん」
「あの、バルクホルンさん?」
「もうちょっと早くに……。でもそんな勇気がって、ああ。これは違う違う。とにかく」
バチンと膝を叩くバルクホルン。
辺りに響き渡るほど凄い音がしただけあって、本人もかなり痛かったらしい。
少し悶絶したあと、小さく咳払いをしていた。
「別にあの時は、その、お前に文句言いに行ったわけじゃないんだ。それだけは分かってほしい」
赤くなってきた膝を摩りながらバルクホルン。
普通なら面白いその姿は面白いのだが、それ以上に妙なじれったさばかりを感じていた。
「だったら――」声が擦れる。「だったら何を言いに来たんですか」
そうだ。文句を言いに行ったわけじゃないのなら、あの時バルクホルンは何をしに来たのだろうか。
文句じゃないのなら、何が言いたかったのか。
言葉で説明できない恐怖ばかりが胸を渦巻く。
怖い。
何が怖いのか分からないぐらい怖い。
でも意味もなく怖いわけがないのだから、怖いには何か理由があるはずなのだ。
――私は、何が怖いんだろう。
答えるのをためらっているバルクホルンを見ながら自問する。
人に銃を向けるのも戦争するのも怖い。でもこの恐怖とバルクホルンは関係ないはずである。
いや、関係はあっても直接的な原因ではない。
じゃあ、他になんだっていうのだ。
この恐怖は。
『死にたくなければ帰れ』
ふいに出てきた言葉に、体がビクリと反応する。体が萎縮する。
だが胸にじわりと、何か納得のようなものが広がっていく気がした。
「な、何を言いにって……その……私は……」
思考を遮るように、バルクホルンから声が聞こえてくる。
モジモジとよく分からない動きをした後、彼女中にある何かが何かの臨界点を突破したらしく、
言語なのかわからない事を言いながら立ち上がった。
「私は! 褒めに行ったんだ! 初めの頃に比べれば! 随分良くなったって!」
爆音とも言える声で、バルクホルンは叫ぶ。そんな大声で言わなくたって聞こえるのに、むしろ五月蝿いぐらいなのに、バルクホルンは構わず叫んでいた。
だがそんな大声で言われたのに、芳佳の頭にバルクホルンの言葉が入ってこない。
急な事態に、頭が完全フリーズしているのだ。
だがバルクホルンはそれを何か別の意味に捉えたらしく、「笑うなら笑え!」と一人で勝手に自棄になっていた。
「どうせ私は、銃ぐらいしか満足に扱えないさ! あと妹のクリスを愛でる事、それぐらい! 褒める文章すら満足に作れない! このカールスラント軍人の檻を笑うがいい!」
「ちょっちょっとだけ待ってください! なんで笑うんですか!? どうしてバルクホルンさんを笑う必要があるんですか!?」
ようやくバルクホルンに負けないぐらいの声で反論する。
言っている事の意味が、本格的に判らなくなってきた。これも軍人としてのステータスの差なのだろうか。それとも国が違えば口論の仕方も異なるのか。
もう訳が判らない。違った意味で泣きたくなってきた。
しかしここで泣くわけにも行かず、芳佳は懸命にバルクホルンと対話を試みるのだった。
「申し訳ないんですが、言ってる事がわかりません!」
「だから、同じだろ!」
「何がですか!」
「同じこと言ってるだろ!」
「だから、それじゃわかりません!」
何か決定的な主語が抜けている。
そしてそれは、今問いたださなければ永遠に判らない気がした。
だから芳佳は、懸命に手繰り寄せた。
「誰と何が同じなんですか!」
「だから!」
ふいに言葉をなくした後、バルクホルンは首の辺りまで顔を真っ赤にしながら、
耳を澄まさないと聞こえないくらいの小さな声で言った。
「さ、坂本少佐と同じこと言ってるだろ……」
やっと掴んだ答えに、真面目な話拍子抜けする。
今、この人は何て言ったのだろうか。
「な、なんだその顔は……」
「いえ。あの、バルクホルンさんは、その……」
「あーもういい。言うな。お前の口から言われると、情けなさが増す」
何だか凄く失礼な事を言われた気がしたけれど、これも彼女のプライドを守るため、と言われたとおり黙る。
少し沈黙が訪れたが、いい感じにバルクホルンのテンションを下げる事ができたようだ。
彼女は荒い息を整えてから、再び芳佳の隣に着席した。
「出て行ったのは良かったんだ。そしたら言おうと思ってたことを、
目の前で言われてしまって……別に少佐が悪いとか、言うつもりはないぞ?」
「ただなぁ……」とバルクホルンは深く深く溜息をついた。
「情けないというか。行き成り現れて会話を中断させた挙句、満足に褒める事もできなかった」
そう言って地面を睨みつけるバルクホルンの表情は先ほどより赤い。
今まで見たことのない表情だった。
「変、だよな。もしくは馬鹿者か……。どっちにしろ、お前には悪い事をしたよ」
自嘲気味に笑うバルクホルンの姿が、妙に滲む。
もう駄目だ。つくづく思った。
この人、本当にどうしようもない。改めて思った。
思うのと涙がこぼれるのが殆ど同時だった。
「み、宮藤!?」
泣くのは予想外だったのか、バルクホルンがぎょっとしてまた立ち上がる。
そして申し訳ないと再三謝っていた。
「あああ、あの。その! 謝って済むとは思って――」
「違うんです、怒ってるわけでも悲しいわけでもないんです!」
むしろ安堵が大きかった。俯いて、涙を流し続ける。
芳佳は本当に、安心していた。
――認められてないわけじゃ、なかった。
今なら何がそこまで怖かったのか、手に取るように分かる。
認められないことが、また心配されて『帰れ』と言われるのが怖かったのだ。
その事が何よりも、どんな事よりも怖くて怖くて仕方がなかった。
理由すら判らなくなるほど怖かったのだ。
「わ、たし……また帰れって言われたらどうしようって……」
「帰れ?」
「私、まだ……役に立たないって……」
一瞬分からないと言う声を出したバルクホルンだが、すぐに見当がついたらしい。
「あいつの言うとおりになってしまったな」
何のことだろうか。
バルクホルンは自嘲気味に呟く。
だがすぐに、息を吸う声が聞こえてきて、いつも通りの力強い声が届いた。
「お前は帰っちゃ駄目だ」
頭に重さが加わる。
暖かい重さだった。
「あ、いや。駄目って言うか、うん。帰るべきじゃない……そうでもないな」
重さが髪の毛をわしゃわしゃしているのが、感覚で分かる。
何だろうと思って顔を上げると、バルクホルンの顔が近くて驚く。
同時に、彼女が頭を撫でていることに気づいた。
「帰って欲しくない」
近距離から真っ直ぐ言われた言葉に、胸が高鳴る。
涙が一瞬引っ込んだ。
「私だって、お前がどれだけ努力しているか知ってる。
努力だけじゃなくって、ちゃんと結果だって出し始めているじゃないか」
「それに」頭から手を離し、バルクホルンは芳佳の両肩に手を置いた。
「ウィッチーズは家族みたいなものだって。お前もその一人だよ」
引っ込んだくせに、また涙があふれ出してくる。
「なな、なん、なんで泣くんだ!?」
だが安心で流す涙も、この人を慌てさせるのには十分であったらしい。
何とか泣かないでほしいと頑張るバルクホルンがおかしくて、つい泣きながらも笑顔がこぼれてしまう。
でも、もう涙を拭わなければならない。
この人がこれ以上困らないように。自分は笑っていたほうが良さそうであるから。
芳佳がそう思って微笑むと、バルクホルンは少し驚いたようだったが――すぐに硬い表情を崩して、ようやく微笑んだ。
「まったく……。泣いたり笑ったり、忙しい奴だな」
もう一度頭を撫でられる。
ずっとこうしていられたらいいな、と芳佳は思った。
****
いつも通りの時間にバルクホルンが部屋を出ると、何のタイミングのよさか、偶然宮藤と遭遇した。
「あ、あの……」
どうも不自然な動きで宮藤。
そわそわと落ち着かない様子で動いていたのだが、
急に此方が驚くほどピタリと動きを停止させ、バルクホルンを見上げてきた。
「おは、おはようございます!」
挨拶にそこまで気合入れなくてもいいのにと思うが、
昨日の話し合いあっての今日と思えば仕方がないのかもしれない。
バルクホルンは一つ呼吸をしてから、口を開いた。
「おはよう、宮藤」
自然と頬が緩む。そういえば、微笑むなんて久しぶりだった。
バルクホルンの笑顔に安心したのか、宮藤も釣られて笑顔になっていくのが分かった。
「ふひ」
和む空間に無粋な形で割り込んできたのは、ドアから此方を見ていたハルトマンの笑顔である。
「エーリカ・ハルトマン中尉。なんだその笑いは。あと自分で起きれたのなら、さっさと着替えて食堂にだな――」
何となく見られたのが気恥ずかしくて、つい厳しい口調で注意してしまう。
だがハルトマンは全く気にした様子もなく、ただニヤニヤ笑っていただけだった。
「嬉しいから笑うのは普通だよ。今の二人みたいにね」
「お前のは、笑うっていうかニヤけてただけで――」
「あーあーあー。あんまり説教すると、まーた宮藤と喧嘩しちゃうぞー」
「もう取り持ってやんねーもん」と言い捨てるようにして自室に逃げ込むハルトマン。
ああ、目の前で言い逃げされると、物凄くむかつくのだなと心底思う。。
あとで絶対たたき起こすと誓うバルクホルンの服の裾を、宮藤が引っ張っていた。
「あの取り持つって?」
心底不思議そうな顔で此方を見てくる宮藤に、なんと説明したらいいのか。
確かにハルトマンのおかげでなんとかなった部分はあるけれど。
彼女には感謝してもしたりないぐらいなんだけれども。
どうしても腑に落ちなくてむかついている自分は、
まだまだ子供なのだろうかと考え込みたくなってきていた。
「それは……その、秘密だ」
「えー!?」
「文句を言うな。というか、さっさと食堂行くぞ」
戸惑う宮藤を置いて一歩前を歩き出す。
少し距離が離れると、後ろからパタパタと走る音が聞こえてきた。
「なんですか、凄い気になります!」
「気になっても分からないことなら忘れろ。忘れるのも大事だ」
「教えてください! 教えてくれるまで訊きます! 頑固さは取り得ですから!」
「奇遇だな。私もよく頭が固いと言われる。固さ比べでもするか?」
後ろを一生懸命ついてくる宮藤に向けて笑いかけると、
彼女も負けないぐらい満面の笑みを返してくれた。
「もちろんです!」
きゃっきゃと笑う彼女の顔が、窓から差し込む朝日のせいか妙に眩しい。
けれど、目を細めてでも見ていたくなる。
――ずっとこうしていられたらいいのに。
ここが戦場である事も、自分が軍人であるという事実すら遠い場所で、
バルクホルンは小さく思うのだった。
The end.