T⇔E Ep.3
「そういえば」
と突然前置きして智子はビューリングを見ながら続けた。
「私、ビューリングのことはずっとビューリング、って呼んでるけれど、それはその、…どうなの?」
途中まではちゃんと目を見て言えた智子だったが、クールで真っ直ぐな眼差しを受けて思わず目を
逸らしてしまった。
それも慣れたこと、と質問を受けたビューリングは応える。
「確かに私のビューリングとは扶桑で言う名字だ。名前で呼んで貰えたら嬉しいことに違いは無い
んだが…。どうも慣れなくてな」
「エリザベス、だったわよね?」
「そうだ。…ほら、なんというか、高貴すぎる気はしないか? 私は此の通り煙草も吸うし紅茶でな
くコーヒー派だ。高貴な名前ほど割に合わないとは思わないか?」
問うて、煙草の灰を灰皿へ一振り。
「私も、何となくだけどエリザベスは少しイメージ出来ないわね…。でも、初対面のときのツンケン
してたビューリングはまさに誰も近寄らない雰囲気で、まさしくエリザベスって感じだったわ」
「だろう? 別に私はどう呼ばれようとも構わないさ。智子に呼ばれるのなら、例えシルバーフォッ
クスでも構わない」
「シルバーフォックス?」
「話してなかったか? 昔のコールサインだ」
少し遠い目をして語るビューリングに、智子は眉を寄せた。
「長いから却下。…じゃあ、愛称は無いの? 呼びやすい言い方」
「エリザベスの愛称か。…ベス、ベティ、リズ、リサとか色々あるが…」
言い終わってコーヒーを啜った。
「…んー」
ミーティングルームに僅かだけ沈黙が下りて、智子はその間腕を組んだり頬に人差し指を突いたり
していた。
「リズか、リサね」
熟考の末二択になったようだ。
ビューリングはとりあえず無言でそれを聞き流した。
そして智子は立ち上がり、ソファの後ろへと歩いていったようだ。
あとはビューリングが視界を動かさなければ智子の動向は追えない。
煙草を灰皿の凹みに置いてから振り返ろうとした直後、背後から抱きすくめられた。
「リズ」
耳元で智子の柔らかい声。温かさに言葉も出ない。
背後から肩を通って首元に回る腕。その腕をビューリングが触ろうとすると、その温かみは去って
しまった。
非難を含む視線で振り返ったビューリングに智子のしかめっ面が映った。忽ち呆れてしまう。
「何だ、人をその気にさせて自分は考え事か、智子」
「リサ、今晩私のベッドに忍び込んできて?」
「はぁ? いきなり何を言い出すんだお前はっ!?」
しかも呼び方が変わっている。こうなるとビューリングにも智子のやりたいことが分かった。
どっちがしっくり来るのか試してみたのだろう。
「んー、やっぱりすぐには決められないわねー」
と、呟いてさらに続けた。
「あ、此の後飛行訓練だったわね、ちょっと行ってくるわ」
「え?」
言うが早いか、智子は早歩きに扉から出て行ってしまった。
呆然として、我に返って、壁に掛かっているスケジュールボードを見ると確かに今から智子は訓練
が入っている。レズコンビと、エルマの訓練らしい。
はう、と溜息を吐き、肩を落してソファに座り直した。
その後短時間で灰皿の中の煙草が驚異的に増えたのは言うまでもない。
―おまけ―
ウルスラは落ち着いて本の読めるミーティングルームへと廊下を歩いていた。
智子やハルカは訓練中でいない。
扉を開けると、見るからに異常な量の紫煙が噴き出してきた。
「…ッ!」
ウルスラの本が落ちた。