T⇔E Ep.4
「…不味いな」
珍しくコーヒーの煮出す時間を計り間違え、かなり渋めのものが出来上がってしまった。
寝起きでもないのにこんなもの、と悪態を心内だけで吐いて、仕方無く砂糖を入れることにした。
「ベシィ~」
後ろから何か聞こえる。響きから誰かを呼ぶ声だと思うがしかし、いらん子中隊にはベシィなんて居ない。
アホネンの第一中隊にそんな人は居ただろうか、と考えを巡らせて気付いた。
ベシィはエリザベスの愛称の一つだ…。
こめかみが震えた。左手に煙草、右手にマグカップでは頭を抱えることも出来そうにない。
硬直した身体に、背後の声は近付いてくる。
声の正体は分かる。智子だ。先日、ビューリングの呼称について話して以来、どこから仕入れるのか、新しい呼び名を見つけては呼んでからかっている。
きっとウルスラ辺りにでも聞いているのだろうが…、口止めは出来そうにないな。
「聞こえてるんでしょ-? ベシぃ~」
まるでハルカが智子を呼ぶように妙に甘い音色でそう呼んでくる。
徐々に足音が近くなり、背後で立ち止まった。気配を背中に感じながら、断固として反応はしない、とエセクールを発動させるビューリング。
内心はいつ抱きしめられるか、次はどんな行為を迫ってくるのかなどと慌ただしいが、それは臆面にも出さなかった。
熱いが不味いコーヒーを口に含んで嚥下したその時、耳に、ふっ…と息を掛けられた。
「んぐっ!」
げほっ、ごほっ、と噎せ返るビューリング。智子の子供のような悪戯にしてやられた。
「何で無視するのよー」
拗ねたように頬を膨らませる智子。その顔を視界に入れつつも、気管は暴れて咳が止まらない。
少しは心配してくれ…そう思うビューリングだが、それすら言葉に出せなかった。
完全にオフの日だったので、服装はラフだ。セーターの袖で口元を押えて収まるのを待った。
そして、そんなビューリングの本気で噎せている様子に、やっと事の重大さに気付いた智子が慌てて背中を摩り始めた。
「ご、ごめんビューリング! まさかそんなに噎せるなんて思わなくて…!」
大丈夫? と背後から顔を覗き込まれる。
呼吸も落ち着いてきたので、返事をした。
「あ、ああ…なんとか…。はぁ…、酷い目に、遭ったな…」
「ごめんなさい、私の責任だわ。…好きにして良いから!」
そう言って胸元をはだけさせ、戦闘服である袴の胸元の合せを両手で開く智子。
乙女の恥じらいなど既に捨てているのか、とビューリングは冷めた目を智子に送った。
だが、その冷めた目も、ほんの一瞬で熱を帯びてしまい、智子の晒された胸元に釘付けになった。
(…待て、待ってくれ私の理性。止まれ、こんな昼間からそんなことはいけないぞ…)
ビューリングは普段はクールであることに違いない。智子との関係だって自分なりに対処している。
しかし、智子よりはマシだが、雰囲気に流されやすい点があることも分かっている。
智子はビューリングに対しては常に攻めの姿勢を取ろうとする。
ビューリングは自分を律しながら智子に対して若干の受け姿勢を取っている。
(智子の悪ふざけでいつも調子を崩されてばかりだ。…なら、偶には私が智子を手玉に取るというのも……いいな)
ニヤリと口元を袖で隠して笑う。智子は依然として頬を赤らめている。責任は身体で払う、と智子の暴走した思考回路の出した結論なのだろう。後戻りも出来まい。
ビューリングは意識を切り替え、智子に対して完全な攻め体勢を取ることにした。
そして、初撃。先制は攻める上では最も重要だ。
「…"ともちゃん"」
「へ?」
今まで散々私を愛称で弄ってきた罰だ。中隊の中では誰も呼ぶことがなかった呼称を使ってやる。
「ぇ、え…何言ってるのビューリング、そんな呼び方されたら…っ?!」
智子に歩み寄って左腕を首の後ろに回し、抱きすくめる。
顔が至近にやってきて、互いに見つめ合う。
口付けが来るものとでも思ったのか、智子は目を瞑った。しかしビューリングはここで口付けはしなかった。
「ともちゃん、私、ともちゃんを滅茶苦茶にしたい」
わざと口調も普段と変え、一々彼女を刺激するように言う。
五センチの身長差。智子はビューリングの左腕で小さく丸まっていた。
依然訳が分からないながらも何となく身体が反応してしまっている様子の智子。
(あぁ、気分を入れ替えるとこうまで智子が可愛く見えてくるとは…。今すぐにでも口付けをしてやりたい…が、我慢だ)
今日のビューリングはひと味違う。いつも智子に遊ばれるビューリングではないことを、教えてやる。
その所為で今後の関係が逆転したとしても全く構わない。今までだってどっちがどっちでもないような関係であったわけだし。
(いっそこの際白黒付けてしまおうか。…いやしかし智子の稚拙で乱暴な攻めも私は好きなんだこれが…)
そんな葛藤など無かったように、普段と様子が変わらないほど冷静なビューリングは智子の胸に顔を近づけ…舐めた。
「ひゃぁぅ!」
智子が途端に高い声を上げてビューリングの胸元を掴む。か弱い力に抵抗は見られない。
(そうだ、失念していたが、私の方が年上だったな。…ふっ、偶には年上らしさを見せてもいいだろうか)
「レズコンビに散々舐められたりしているんだろうな、こういうところは…。少し嫉妬するが、今は…私だけのものだ」
午前の訓練で汗でも掻いたのか少々刺激ある味。だが、これも智子らしい。
開いている右手を服の中に差し込み、右の柔らかみを持ち上げ、露わにする。
「ん…びゅーりん」
最後まで言わせない。先端を口に含んで舌先で弄る。
「はぁあ――っ!」
(ハルカの言う通りか。胸はすぐに反応するな)
智子の身体に関する知識はそのほぼ全てがあのコンビの口走る内容から仕入れたものであることが最高に腹立たしい気がするが、今は感謝しておこう。
「ともちゃんどうした? もう固くなってるぞ?」
「びゅーりんぐが…いじるからぁ……」
息を荒げて潤んだ目でビューリングを見つめる智子。その視線を期待だと受け取り、ビューリングは攻める手を緩めず続ける。
右足を股下に滑り込ませて智子の腰が砕けても倒れないようにする。
ビューリングはそのように支えるつもりで足を挿し入れたのだが、智子にとってはそれは攻められる行為でしかない。
「んはあ! ちょ、ちょっと待ってびゅーりんぐ…そこは」
「どうしたんだ? まさか足が触れるだけで感じるほど"その気"になっているのか?」
ビューリングも智子を攻めることに若干喜びを感じてきていた。
もっと可愛い智子を見たい、そう思う内心は暴走していく。
「そんな…だってぇ、びゅーりん」
またもその非難を途中で遮るように、膝で局部を刺激してみた。
「きゃぁぅう!!」
熱も感じられるし、湿気もあるように足の感覚はそれを伝えてきた。
蕩けてきた智子の目を見つめ、ビューリングも身体が熱を持ち始めていることに気付く。
堪らなくなって、立ったままではやりにくいと考え、ビューリングは智子を引っ張り、寝室まで運ぶのは興が冷める、と手近にあった大きいソファに横たえた。
―おまけ―
「うわぁー、ビューリングもかなりケモノだネ」
二人が情事に耽るミーティングルームの扉を僅かだけ開け、そこからオヘエとエルマが顔を覗かせていた。背後には本を読むウルスラの姿もある。
「うわぁ、うわぁ…激しいですね……すごいです……」
真っ赤な顔で釘付けにされているエルマも実は興味があるのではないかと疑ってしまう。
「ハルカやジュゼッピーナと遜色ない攻めネ-。ビューリング、恐るべしダヨ」
「"ともちゃん"は新しいですねぇ…」
「そう呼ばれてスイッチ入るトモコもどうかと思うけどネ」
「スイッチの入った智子さんをあそこまで手玉に取れるのはあの二人だけかと思っていました…」
「だから、トモコの可愛さに影響されてビューリングの本能にもスイッチが入ったのネ」
とここで、背後のウルスラが自らの沈黙を破って突然言い放った。
「…犬の、発情期」
「あんたも言うようになったネー」