学園ウィッチーズ 第21話「傲慢と擁護の差」


 鋭いようでいて、実は限りないほどのやわらかさを持っている。
 多分そんな表情は、ファラウェイランドに残してきたという親友――本人は隠しきれていない照れをにじませながら否定してる――にしか、めったには見せてくれないのだろうけど。
 そんな瞳を持つ彼女にひどく惹かれていたと気づいたのは――

「エルマ……お前の気遣いは嬉しい。だがな、"あいつ"の死すら、私の一部なんだ。もし、私と本気で向き合いたいなら、そこからは目をそむけさせないでくれ」

 その言葉を、銀髪の間から覗く瞳に射抜かれながら投げかけられたあの瞬間。
 彼女は、自分をはねつける気なんて、さらさらなかっただろう。
 ただ、自分が良かれと思って放った"言葉"を、きっぱりと否定したかった。
 それだけだ。
 だからこそ、今だってこうして同僚として、平穏無事に過ごしている。
 けれども、気づいた時には見えない壁が形成されて、前のように彼女――ビューリングに接することはできなくなっていた。
 周りの仲間にも気づかれない、些細なようでいて途方もないぐらい深い溝。

 起床したエルマが食堂で目にした光景はとても珍しいものだった。
 目を大きく見開きながら、洗い場に居るビューリングの背後に立って覗き込む。
 ビューリングは、昨夜ウルスラが持っていたカップを洗っている。
 食い入るように手元を見つめるエルマをビューリングは一瞥する。
「なんだ?」
「いえ、なにも」
 そう言って、エルマはビューリングの陰にいる人物にも目を丸くする。
 ウルスラがパンをナイフで切ってサンドウィッチを作っていた。量からいって、一人分ではなさそうだ。
 ナイフ片手に、ウルスラがエルマをちらりと見る。
「なに?」
「いえ、なにも」
 エルマはむずむずするものでも感じているかのようなすっきりしない表情で後ろ歩きでその場から退く。

 食堂に集まった教官たちは、特に話すでもなく、黙々と朝食を平らげていく。が、エルマは落ち着かなさげに、目の前に並んで座っているビューリングとウルスラを交互に見やる。
 ウルスラは皿の中のじゃがいもを平らげると、大皿を見つめるが、視線を外しスープを一口。
「もう少し食べるか?」
 そのひどく優しい口調に一同の手が止まり、一斉にビューリングが注目の的となる。
 その息の合いっぷりに、ビューリングはほんの少しだけ動揺した。
「なんだお前たち……」
「今日は雪が降るかもしれないネー」とエルマの隣に座っているオヘアが大げさなポーズを作って首を振る。
 アホネンはコーヒーカップを片手にしたまま、隣のウルスラの頭越しにビューリングを怪訝そうに見つめた。
「クールそうに見せてる人に限って、いろいろなところでフラグを立てているのよね」
「というか、二人はすでにそういう仲じゃないんですかぁ?」
 そう言いながらアホネンの隣のチュインニが猫なで声でずいっと体を前に出して、同じ列のビューリングに白い歯を見せたものだから、ビューリングは持っていたフォークを皿にぶつけ、きっと睨み返した。
 チュインニはちろと舌を出し、体を引っ込める。
 ビューリングはチュインニ以外のものにもきつい視線を向け、反論がないと見ると、ふんと鼻を鳴らして、隣で平然としているウルスラと同時にカップを口につけ傾けた。
 教官たちは互いに目配せをして、ウルスラとビューリングの様子を興味津々といった表情で眺める。
 エルマを除いて。

 エイラはサーニャの部屋の前でうろうろと円を描きながら歩き回る。
 時たま、静止してドアに向け拳を作るがため息と共に下ろして、また円を描く。
「なにをやってるんだ……」呆れた口調で言いながら、坂本がエイラの前に現れた。
「な、なかなか起きてこないからさ…」
「ふむ。もうそんな時間か。サーニャ、入るぞ」
 エイラとは裏腹に坂本はあっさりとノックをしてドアノブを回すと、サーニャの部屋へ入る。
 エイラは背伸びして坂本越しに部屋を見ようとするが、閉めてくださいとサーニャの、珍しく通った声が響き、坂本はすまんなとエイラを見つめながらドアを閉じる。
 ドアの木目を瞳に映しながら、エイラは唇を尖らせた。
「なんだよ……それ」

 坂本は厚めのカーテンで外からの光を遮断したサーニャの薄暗い部屋を見回し、ベッドの上で背を向けている彼女に近づいた。
「具合が悪いのか?」
 返事はなく、サーニャはブランケットの下で体を縮ませる。
 坂本は仕方がないなと言いたげな顔で腕を組み、ちらと背後のドアを見る。
「エイラと……ケンカでもしたのか?」
 かなりの間を置いて、サーニャがくるりと坂本に向き直る。
「してません」
「そう、か?」
 坂本はサーニャの回答にはそぐわない現状を頭に浮かべると、指で頬をかいた。
「はい。ケンカはしていません……」頬を膨らませる勢いで、珍しく頑固に言い切るサーニャ。
 坂本はベッドに腰掛けると、サーニャの銀髪を少しばかり乱暴に撫でる。
 サーニャは目をつむりながらも、それを受け入れる。
「そうだな、エイラにサーニャとケンカをする度胸があるとは思えん」
「どうして」
 問いかけるでもなく、ただ頭に浮かんだと言わんばかりの言葉。
 はたとサーニャを撫でる手が止まる。サーニャはぽつんと言い放った。
「……ひとりごとです」
 坂本は足を組み、両手を握り合わせて天井を仰いだ。
「本当に……大切な人だと傷つけたくないばっかりに臆病になりすぎて手も足も出せなくなる。
 無論、本人に悪気はこれっぽっちもない。むしろ傷つけないため、守るためだと言い聞かせている節さえある。
 けれど、それでは何も解決はしないんだろうな」
 そう言い切って、坂本は両手を解いて後ろに手をついて自分をじいっと見つめているサーニャにささやいた。
「ひとりごとだ」

「サーニャちゃん、今日お休みなんですか?」
 エイラの隣を歩きながら、混じりけなしの疑問をぶつけるリーネ。
「悪乗りして意地悪が過ぎたんでしょ」
 と、同じくエイラの隣を歩くペリーヌがぴしゃりと付け加えた。
「何もしてない」
 エイラは言葉に反して不機嫌にそう返してずんずんと二人を追い抜いて学園へと向かう。
 ペリーヌとリーネはエイラの言葉を真に受けるはずもなく、なにかあったなと顔を見合わせ、少しだけ歩調を早めて追いかけた。

 準備室で作業をしていたエルマはふと手を止めて中空に視線を漂わせる。
 頭に浮かぶのはビューリングとウルスラの姿。
 朝食後も、どちらかが必ずどちらかのそばに居て。
 いや、基本的にあの二人はよくつるんでいた。
 互いにあまり言葉を必要としない人たちだから、居心地がいいんだろう。
 それが――それがもう一歩近づいただけ。
「想い人に恋人が出来てそんなにショック?」
 ふいにとんできた言葉に、エルマは椅子をがたつかせるほど、肩を跳ね上げた。
「ショ……ショックじゃありません! ていうか、想い人って……」
「あら? 見当違いだったかしら」
 アホネンは髪をかきあげ、少し意地悪そうに口角を引き上げた。
 何か言葉を接ごうにも、胸が詰まったのかのように押し黙るエルマの深刻さを気取って、アホネンは準備室のドアを開けた。
「あのワンちゃん、本当に罪作りね……」
 始業のベルが学園内に響き渡る。

 エーリカは散らかった部屋の中で唯一スペースのあるベッドの真ん中で小さく体を丸めて、何度も目をつぶっては開けるを繰り返す。
 せっかくの休み――というか停学なのに。
 エーリカとシャーリーに言い渡されたのは、一週間の停学そして反省文提出というものだった。
 自室禁固とも言われた気がするが、外から錠がかけられた形跡はない。
 が、外に出る気はまったく起きず、何度も何度もブランケットの中で体を動かしてはまた目をつぶる。
 しばらくそれを繰り返した後、むっくりと起き上がり、ありったけの息を吐き出した。
 眠れないなんて何年振りだろう。
 最後にこうなったのは――
 初めての出撃のときでも、終戦を迎えた日でもなく、戦中にお互いの転属によりウルスラと離れ離れになることが決まったその日の夜だ。
 涙こそ流さなかったが、ただ冷えていく心を体の内に感じて、乾いた瞳で明けていく空を眺めていた。
 おかしいな、あの頃よりうんと近くにいるのに。
 エーリカは不用意に湧き出してくる笑いをこらえながら、散らかった服からズボンを取り出し、上着と一緒に身につけると、部屋を出てキッチンへと向かった。

「よぉ」
 自作したホットドックにかぶりつこうとした矢先に、やって来たエーリカと目が合ったシャーリーは、声をかけ手招きをした。
 エーリカは軽いとは言いがたい足取りでシャーリーの隣に並んだ。
「自室禁固なのにこんなに盛大に散らかしちゃって……」
「だって鍵かかってないしなあ。綺麗に片付ければばれないだろ。ほれ」
 エーリカの眼前にホットドックが差し出される。
 しかし、食欲がまったくわかないエーリカはただまばたきを繰り返し、シャーリーがもう一度促すことでようやく手に取り、端っこをかじるにいたった。
 そのあまりにもしおらしい食べっぷりに、シャーリーはエーリカの顔を覗きこみ、目の下にうっすら浮かんだクマを見つける。
「……眠ってないのか」
 エーリカは、今度は大きくかぶりついて、盛大に口をもぐもぐと動かし、踵を返した。
 シャーリーの長い腕が離れようとするエーリカの肩を捕らえる。
 エーリカはまたホットドックを口に詰め込んで、黙秘を貫いた。
 シャーリーはいったん手を外したかと思うと、ひょいと片脇にエーリカを抱え込んだ。
「子守唄ぐらいなら、歌ってやるよ」
 
 昼休みとなり、リーネはペリーヌとエイラに歩み寄る。
「今日はどこで食べますか?」
「天気もいいし、今日は木陰のほうが…」
「私パス」
 言いかけたペリーヌをさえぎって、エイラはさっさと教室を出て行くと、廊下を駆け出した。
 ペリーヌは額に手を当てて、息を吐く。
「本当に分かりやすい人だこと……」
「……ですね」と、さすがのリーネも困ったように眉を下げた。

 準備室のドアを叩いたエイラは、相手の合図も待たずドアを開ける。
 お弁当を広げようとしていたエルマは手を止めて、顔を上げた。
「エイラさん、どうしたの?」
「その……ちょっと……相談」
 平時以上に途切れがちなその言葉に、エルマはわずかに背筋を伸ばして、笑顔を向けた。
 エイラはその笑顔に昨夜からすっかり凝り固まっていた気持ちを軟化させるきっかけを見出したのか、いかつかせていた肩をゆるめ、ポケットに手を突っ込むと、空いた椅子に手をかけた。
「それで、どんな相談?」
「あのな……」
 と、話し始めたかと思うと、大股で部屋中を歩き回り、またエルマの前へと舞い戻る。
「……ど、どうしたの?」
「いや、アホネンのやつが隠れてんじゃないかと思って」
「大丈夫だよ」
 エルマは苦笑しながらそう言って、小さく首をかしげるとエイラの言葉を待った。
 エイラは指で頬をかいたり、後ろ頭をぐしぐしとかいてみたりともったいぶりながら、ぼそぼそと口を開き始めた。
「あの、さ」
「うん」
「エル姉は……」
「ちょっと待って」
「なに?」
「エルマ先生、でしょ?」
「……ごめん。エルマ先生は、その……生徒の経歴は全部見てるんだろ?」
「仔細には見ないけど、ざっとは……」
「そっか……」
 訝しげなエルマの表情から逃げるように、エイラは床を蹴って、椅子を回転させ、エルマに背を向ける形で止まる。
 微妙な間が空いて、エルマはささやくように、しかしながら的確にエイラの考えを射抜いた。
「サーニャさんの過去のこと?」
 半呼吸置いて、エルマの首が縦に揺れた。
「……もちろん、他人に聞き出そうなんて思ってない。けど、知りたいんだ」
「なら本人に…」
「昨夜サーニャは話そうとしてくれたみたいなんだ」
「みたい?」
「つらい思い出を甦らせてまで話すことなんてないだろ?」
「……もしかして、断ったの?」
 深刻さが紛れ込んだその口調に、エイラはエルマに振り向き、瞳を伏せた。
「サーニャを……傷つけたくないから」
 漂う空気にふてくされたか、また背を向けるエイラにエルマは過去の自分自身をだぶらせる。
 あの時の、銀髪の間から覗いた瞳が突き刺さる。
 エルマは無意識に胸に置いた手を握り締めた。
「それって……一種の傲慢なんだよね」
 エイラはエルマらしからぬ言葉にぴくりと肩で反応する。
 エルマは髪を耳にかけ、過去の自分自身に問いかけるように遠くを見ながら話し始めた。
「傲慢じゃ、ちょっと言いすぎかな……。けど、本人が話し出そうとしていて、向き合おうとしていて、それでひとつの救いを求めているのかもしれないんだったら――その相手に選ばれたのだとしたら、受け入れるのも大切なんだと思う」
「……そうなのかな?」
「だって、傷つけたくないからって何でもかんでも封じ込めたら、まるで牢屋に閉じ込めてるみたいでしょ。サーニャさんはそんなこと望んでるのかな?」
 エルマの大きな瞳がエイラに問いかける。
 エイラは短く、う、とだけ言いじっくり考えた後、口をぱくつかせ、ようやく発音にいたった。
「サーニャを傷つけたくはない。そんなの決まってるじゃないか。けど、どうしてもそうなる選択をしなければいけないんなら、一緒に……」
 すっかり真っ赤になったエイラはうつむいてしまう。
 エルマは椅子の背もたれに体を預けるとにっこりと今日一番の笑顔で後輩の成長を喜んだ。
「まだ間に合うよ」
「え?」
「ううん、一人ごと。お弁当、一緒に食べようか?」
 準備室のドアのすぐそばにもたれかかっていたアホネンは、部屋から聞こえてくる和気藹々とした同郷の二人の声にやれやれといわんばかりに、にっと笑うとその場を後にした。

 
第21話 終



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