秘めたる思いのむかう先
私はそれはもう、存在を知ったときからこれを取り寄せるためだけに尽力していて、
とうとうそのブツが届いたと聞いたときには、小さくガッツポーズなんかしたりしてしまうほどには舞い上がっていた。
これは一人で楽しむのだ!!
もしも誰かにこれを見られたら、実は競争率の高いアイツのことだ…きっと奪い合いがはじまってしまう。
そろりそろりと廊下を忍び足で通り抜ける。
気づかれないように…見つからないように…。
「あれ?ニッカさん、そんなとこでなにしてるんですか?」
ビクッと背中に電流が流れ、嫌な汗がダラダラと溢れ出すのを感じた…落ち着いてやり過ごすのだ。
「あっ、エルマショウサ…おつかれさまデス。ワタシはいそいでいるノデヘヤにモドッテもよろしいデスカ?」
よし、なんだか心なしか声が固まってしまったが、きっとこれで大丈夫だ。
「いったいその変な…エイラさんみたいな喋り方はどうしたんですか!?なにかありましたか?」
恐ろしい…意外とこの人は恐ろしい人だ!
まさか私のパーフェクツな平常心の演技が見破られてしまうだなんて…どうにかしてやり過ごさなくては例のブツを奪われてしまうに違いない。
「体調が優れないだけなノデ気にしないでクダサイ。」
そう言ってニコリと微笑んでおいた。
これだけやればきっと解放してくれるだろう…ミッションコンプリート。
「それは大変ですねえ。ところで、先程から気になっていたのですが、その箱はなんですか?…konozama?」
どこまでツいていないんだ私は…もう実は全てがバレているのではないかと勘ぐってしまうよ。
だが、しかし、これは聖戦だ!!
絶対に負けられやしない!!
「これは実家からの仕送りで、開運グッズですヨ。なので、もう行ってもよろしいでしょうカ?」
「な、なんでそんなに私と話すのを嫌がるんですか~!?わ、私、なにかしたでしょうか?」
すっかりと誤解されてしまった…。
私は誰とも話したくない…早く部屋に帰りたいだけなのだ。
「き、今日はほっといてください~!!!」
これ以上付き合ってはいられない。私は早くアレを堪能したいのだ!!
ふぇ~ん、なんで逃げるんですか~!!という叫び声が聞こえたような気がしないでもないが、私はそんな些細なことにこだわってはいられないのだ。
もうなりふり構ってなどいられず、私はただ、部屋までの道を駆け抜けた。
バタンっと部屋のドアを勢いよく閉めると、頬が緩む。
なんだ、多少の障害はあったものの、結局はこのブツを守り抜いて帰ってくることができたではないか。
私は今日はツいている!!
これからさらに幸福も待っているしな。
きっと私は一生分のツいていないを使い切って、既にツいているカタヤイネンになったのだ!!
もう誰も私の幸せを止められはしないさ!!
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ぽろりぽろりと頬を涙が零れ落ちる。
しかし、私にはそんなことを気にしているほど精神に余裕などなかった。
あぁ、心のどこかでは分かっていた…私がツいていることなど自然の摂理からしておかしいのだ。
「サーニャって誰…?」
私はこの、秘め声CDというモノを手に入れれば、
イッルが「おやすみ」とか「いってらっしゃい」とか、あまつさえ「好き」だと言ってくれると聞いて積み立て貯金をしていたのだ。
それに、もしかしたら私のことについてなにか言ってくれるのではないかと、それだけを期待して毎日毎日、一日千秋の思いで待っていた。
それなのに、届いたCDに収録されていたのは、誰だか知らないサーニャという娘の話ばかりするイッルの声であった。
覚えている。ちゃんとスオムスの皆はイッルのことを覚えている。
忘れてなどいないし、私は決してお前のことを忘れはしない!!
しかし…CDの中のお前は、私が覚えているイッルとは決定的に違うのだ。
私の覚えているお前は、確かに抑揚のない口調で、誰かの胸を揉むことを至上の喜びとするようなやつだったけれども、
どこか色恋沙汰には冷めていて、愛を叫ぶようなやつでも、誰かに執着するようなやつでもなかった。
それが今のお前ときたらなんだ…全く関係のない時であろうがサーニャサーニャと喚きたて、こともあろうに収録開始20秒でサーニャの話がしたいと文句を言う。
一体サーニャってなんなのさ?
戦いに勝つにはまず相手を知ることが最善の手段だ。
幸いと言ってよいことなのか、このCDにはそのサーニャという娘の情報も封入されているらしい。
いざ情報収集…彼女を知り己を知れば百戦して殆うからずだ!!
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世の中にはさ…知らない方がいいことがある。敵を知ったからこそ追い詰められることもあるのだ。
いや、なにも竹槍でネウロイに挑むといった具合ではないのだが…下手したらそれよりも性質が悪い。
「サーニャちゃん…すごくいい娘だった!!」
あぁ、なんなのだろうかこれは…ほら、なんかいい娘すぎて戦えない。偏見かもしれないけれども、きっと見た目も可愛いよ…。
それに比べて私ときたら男みたいだって言われるし、イッルに対してすぐに怒ってしまう…それになによりツいてない。
勝ち目などないのではなかろうか…胸だっていつだったからか急に揉んでこなくなったしなぁ。
そんなことばかり考えていたら、目尻にはすっかり涙がたまって、視界までボンヤリとしてきた。
ヒクッ、ヒクッとしゃっくりが止まらなくて、嗚咽が漏れる…私は苦しいんだ、悲しいんだ、どうしてもイッルが誰かのものになってしまうのが辛いんだ。
あんないい娘を見つけたイッルに本当はおめでとうと言ってやらなければ嘘なのに、私はわがままでどうしようもないのだ。
どうして私はアイツが501に行く前に繋ぎとめなかったのだろうか…物理的には不可能でも、もしかしたら心を繋ぎとめることはできたのかもしれないのに。
なにもかも遅かったの。全ては一重に臆病な私が悪かったのだ。
こんなコトになるのならば喉が枯れ果てるまで思いを叫べばよかったのだ。しかし私はそれをしなかった。チャンスを活かさなかったのだ。
ツいてないのではなく、全て自分のせいで失って、そして泣く…子供みたいだな、と自虐的に呟くことだけが私にできることであった。
「ニッカさん…泣いてるんですか?」
いきなり声が頭に響いて、振り返る。そこにはポツリと人影が立っていて、なんだかとても悲しそうな顔をしていた。
「エルマ少佐…。」
ポツリと喉から声が漏れると、また一層、涙が零れ落ちて、恥ずかしいのにそれでもとまりはしなかった。
涙が溢れ出したのは、寂しかったから。一人では支えきれなくなったこの身体を誰かに支えてほしかったのだ。
「そんなに畏まらなくても…エイラさんみたいに呼んでもいいんですよ?」
そういって彼女は私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。
暖かい…イッルがいつも甘えている理由も分かる気がする。
「なにがあったか知ってるんですか…?」
「いいえ。なんだかニッカさんが少しおかしかったから…。」
それはあんまりな言い草だったけれども、やっぱり暖かくて優しくて、こんな人になりたいな、と自然と思えた。
「ありがとう…エル姉。」
少しだけ、少しだけ甘えさせてください。
どんなに打ちのめされてもさ、私はしぶとくて、やはりイッルのことが諦められないから、もう少し頑張ってみます。
だからもう少しだけ…
がちゃり。
顔を上げると入り口にはハッセがいて…
「わ、私はなにも見ていないから…邪魔して悪かった。」
なぜか目に涙をためてそういって走り去った。
あぁ、ハッセ、これは違うんだ。誤解なんだ。
やっぱり私はツいていない…でも、もう、明日から頑張ればいいか。
そう思って私は目を閉じた。
Fin.