無題
いつからだろう。空を飛ぶことにこんなに不安を感じるようになったのは。
いつからだろう。夜の空がこんなに霞んで見えるようになったのは。
その思考に、魔力が形作るアンテナに微かなノイズが乗るのを少女は感じる。
少女の名はサーニャ・V・リトヴャク。オラーシャ出身で夜間行動のスペシャリスト、
今日もルーティンの夜間哨戒を終えたところだ。
ハンガーでストライカーユニットを外して、サーニャは大きくため息をついた。
手にじっとりと汗をかいているのに気づく。
夜間飛行は緊張を強いることではあるけれど、こんな風になることなんてなかった、とサーニャは思う。
確かに日々押し込められる戦線に感じる不安もあったけれど、
その原因は、少女の胸のうちを占めるのはもっと、別の何かだ。
「……エイラ」
サーニャはそっと呟いた。それだけで、チリチリとしたものが胸を凪いでいく。
それこそが、自分の心を今占めている、あるいは思考を狂わせているものだ、とサーニャは確信する。
エイラ・イルマタル・ユーティライネン。
北欧スオムスから来た、自分より2つ年上の少女。来たというのは正確でないかもしれない。
自分がこの部隊に派遣された時、彼女はもうここにいたのだから。
オラーシャにいたころから、全くの引っ込み思案だった自分。
ここに来る時も不安ばかり募らせていたことを思い出す。
幸い、と言うべきか、501の人たちはみんな優しかった。そして、その中で当時一番年少だったのがエイラだ。
一番年の近い存在、とも言えた。
その少女の存在が、自分の中でウェイトを増してゆく。
実際、話したことなんて殆どなかった。ここに着任した時、案内を兼ねて通り一遍の自己紹介、
後は時折顔を合わせた時に交わす「オハヨウ」「お疲れナ」という挨拶くらい。
それも、自分の方は殆ど押し黙ったまま頷くくらいなのだから、会話になんてなりようがなかった。
汗に濡れていたのは手だけではなかった。服が汗を吸っているのか、少し重い気がする。
なにか、このまま部屋に戻ろうという気にはなれなかった。少し悩んで、サーニャは食堂へと歩を向けた。
ここはきっと人は今日もいないけど、明かりだけはいつもついているから。
ブリタニアに来てからおぼえたホットウイスキーを入れて、サーニャは手近な椅子に腰掛けた。
温めたアルコールが思考の糸が絡んだ頭に廻ってゆく。このまま酔ってしまおうか、とも思う。
この何かが、届くなんてことはきっとないから。
エイラは魅力的な少女だ。この疎い自分がそう思うくらいなのだから、と心の中でサーニャは付け加えた。
スオムスのそれを連想させる空色の長い髪も、光まで透き通る肌も、
年齢以上に整った綺麗な顔の輪郭も、それに似つかわしくないような屈託のない笑顔も。
ダイヤのエース。故郷のスオムスではすごく人気だったことだろう。
もしかしたら……いや、恋人がいたって、全然、おかしくない。
自分に向けてくれる優しくて、少しくすぐったくなるような柔らかい視線、
自分の心をひどくかき乱すそれも、きっと特別なものじゃないのだろう。サーニャはそう、思う。
行き場のない感情だけが降り積もってゆく。だからと言って……どうすることも、出来そうにはなかった。
ウイスキーの最後の一雫を飲みほして、サーニャは立ち上がった。少し酔いが廻っている。
さすがにもう、部屋に戻ろうか。このままここに居たって仕方がない。
月の綺麗な夜だった。もし月が、こんなにも綺麗な光を映していなければ、
そして自分が答えの出ない思索を放棄していなければ、あんなことは起こらなかったのかもしれない。
自分の部屋まであと少しという途中で、サーニャは一部屋の扉の隙間から月光が漏れていることに気づいた。
それが自分の部屋でないことをもう一度確かめて、それが誰の部屋なのかを考える。
いや、本当は考える必要もなかった。この通路に面した部屋は、自分のともう一人のしかないのだから。
エイラ、の、部屋……。
そのまま通り過ぎる、という選択肢もあったけれど。そうでない選択肢を選びたい気持ちがサーニャの中で
無意識に膨らむ。形を成した好奇心に抗う術はきっとなかった。サーニャはその扉に静かに近づいていく。
トイレやどこかに行っているとか。きっと、そんなことならよかったハズなのに。
また明日から、今までと変わりない同じ言葉を交わせたハズなのに。
ついに辿り着いた扉にそっと手を添えて、サーニャは開いた隙間から中を覗き見た。
漏れていた光は確かにその部屋からのもので、
「エイ、ラ……」
差し込む月の光の下にエイラの伸びやかなシルエットが浮かび上がった。
こわばった肩の辺りが熱くなるのをサーニャは感じる。まるで、現実とは思えなかった。
エイラは眠っているのだろうか、それともまだ起きているのだろうか。それすらも判然としない。
サーニャはなんとかそれを確かめようと身体を摺り込ませる。距離がほんの少し縮まりかけていた。
「……ん、ん……あっ……んっ」
……!
一瞬正常な思考回路が麻痺する。いや、元からそんなのは麻痺していたのかもしれないけれど。
まさか、そんなことがあるのだろうか。でも。
サーニャは自分がまだほんの子供だということを否定する気はなかった。だけどそんな自分にも、分かる。
エイラが年頃の少女が誰でも持つどうしようもない衝動に身を委ねているのだと。
しかし、サーニャは次に起こるそれは全く予想してはいなかった。
「……あ……にゃ……」
エイラの口から漏れた微かなものにサーニャは耳を疑う。
今、なん、て、
「んっ……ふぁっ、サー……ニャ……っ」
―――――――!
頭の芯まで揺さぶられるかのように、その声が、
必死に押し殺してるのがわかるエイラの声がはっきりと響いて、サーニャの心臓の鼓動が大きく跳ねた。
張りつめたまま息さえも止めていて、カラカラになった喉の奥がコクンと鳴るのがはっきり聴こえる。
もう、我慢なんて出来なかった。
サーニャは釘付けになっていた視線を外すと、扉のそばの壁にへと背を預けた。
理性の糸を失った身体がそのまま床に滑り落ちる。
サーニャは制服の裾から手を入れるとそれを自分の、膨らみきらないのが少し恨めしいその胸へと重ねた。
手の伝ったラインが灼けるように熱を帯び、その感覚にサーニャは小さく声を上げて喘ぐ。
残した左手は脚に沿わせて大事な、そして最も求めている場所へと動かそうとしたけれど、
重ね履きした脚の全てにまとうズボンに遮られてそれが叶わない。
サーニャはもどかしい思いでそれを脱ごうと試みるが、既に自分の制御下から離れてしまった
手が、指が、ふるふると震えて上手く脱ぐことも出来ない。わずか数十秒が無限のようで。
やっとのことでズボンを外して、サーニャは焦がれたように左手をもう一枚のズボンの中へと差し入れていた。