無題


 戦争が終わり、いくばくかの季節を重ねた、夏が近いある日の午後。
 戦時に蓄えた二人の俸給で建てた、大き過ぎずかといって小さいともいえない家の一角にある書斎で、名前を呼ばれたウルスラは本棚を整理していた手を止めて、振り返った。
 白藍色の涼しげなシャツ一枚を羽織ったエーリカが、頭の後ろで手を組んで、あと数年で二十を迎えるというのに幼さが抜け切ってくれない頬をかすかに赤らめて微笑み返した。
 ウルスラは反射的に背を向けるような角度を保って、目の端になんとかエーリカをとどめながらつぶやいた。
「今日の課題は終わったの?」
「一応ね」
「一応じゃダメ。父様みたいな医者になるんでしょ?」
「ウーシュは厳しいなぁ……」
「エーリカを医療事故を起こすような医者にしたくないだけ」
「信頼ないなあ……」
 頭をかくエーリカに、ウルスラは少し息を吸い込んで、吐いてからエーリカに向き直った。
「してる」
「え?」
「信頼……してる。けど、やるからには徹底的に。一緒、に……」
 ウルスラはうつむきながら、エーリカに近づくと、手を握り締め、共に書斎を出る。

 そう。
 エーリカはやればできる。
 ただやらない――というかこと勉強に関しては落第さえしなければいいという考えだったのだから伸びなくて当然だ。
 ストライカーを装着して、「黒い悪魔」と呼ばれ恐れられた過去があるように、やる時はやる。

 ウルスラが机にどんと置いた本の束を見て、エーリカはうへえと漏らす。
「そんな顔しないで」
「無茶言わないでよ……。それにほら、そもそもさっき呼んだのはお茶とお菓子でも一緒に……ってさぁ」
 ウルスラは眼鏡の下でじいと、怪訝そうに姉を見つめる。
 エーリカはしばらくの間はごまかすような笑い顔を見せていたが、鉄壁の妹の前に適うはずもなく、頭をかいて、机に向き直った。
 そして分厚い本を一冊とってぱらぱらっとめくったかと思うと、また戻す。
「エーリカ……」怒気を含んだウルスラの声。
「本は午前中にめいっぱい読んだから今日はもうやだ。それに知識ばっか詰め込んでも実践しないと話になんないよ。患者に講釈垂れるだけが医者じゃないんだし」
 ウルスラはエーリカの言葉に珍しく納得させられるが、表情は硬いままだ。
 エーリカはしばしそれを眺めた後、何かを思いついたかのようにぱっと表情を切り替えて、微笑んだかと思うとウルスラの手首を取った。

「たとえば、こーやって脈はかるのも重要でしょ?」
 ウルスラは、ぐっと顔を近づけてくるエーリカについ頬を染め、椅子を小さく後ろに引いた。
 が、エーリカはすかさず空いた手でウルスラの首元を探る。
「リンパの腫れ具合を見たりとか……」
 ウルスラがちらりとエーリカを見ると、エーリカはウルスラよりもうんと強い熱い視線で見つめ返してきた。
 ほんの一瞬だけエーリカの視線が首から下に向いて、口元がかすかに緩んだのをすかさず発見したウルスラは、自分の手首から離れたエーリカの手をぐっと握って制した。
「協力してくれないの?」
 どれぐらいぶりだろう。
 意地悪そうな目顔を差し向けるエーリカは。
 ウルスラが思い出す前にエーリカは隙をついて、逃れた手でウルスラのシャツのボタンを下から数個開けると、手を滑り込ませた。
 ずりあがったシャツからウルスラの白いお腹が覗く。
 突然の刺激に椅子から落ちそうになるウルスラを、首元に這わせていた手をスライドさせ、背中に回し受け止める。
「ウーシュ……」
 ウルスラは答えない。答えられない。ただ、熱い息を吐き出す。
 エーリカはその表情を切なそうに、大切に眺め、ほんの一瞬だけ唇を重ねる。
「ごめん、やっぱ勉強は後にしよう。先に……」
 エーリカは魔力を解放し、身体能力を上げると、ひょいとウルスラを抱えあげて片方の腿の上に座らせる。
 ウルスラの胸の上に置いたエーリカの手の平を硬くなった先端が圧し返す。
 エーリカは顔を前に出して、ウルスラの耳たぶを食んだ。
 短く、高いウルスラの声が部屋いっぱいに響く。
 父も母もいない、二人だけの家。
 決して両親を遠ざけたわけではない。
 一緒に暮らしたかったけど、彼らは新たな地での生活をすっかり愛していたのだ。
 エーリカもウルスラもそれを咎める気はまったく起きなかった。
 ただ、連絡はまめにしてね、とだけ――それだけはきっちりと伝えた。
 家族全員で暮らせない寂しさがないといえば嘘になる。
 けれども、それとはまったく別の次元で、ウルスラはエーリカと、エーリカはウルスラと、共に暮らしていくこと――いけることが何よりの幸せだった。
 どんなにつらくたって、寂しくたって、二人一緒であれば――
「エー……リカ」
 息も絶え絶えにしがみついてくるウルスラを、エーリカは抱き寄せ、ウルスラを座らせた腿を、ウルスラを落とさないように、しかし扇情的に動かして彼女から嬌声を引き出す。
 ウルスラの心臓が今にも彼女の薄い胸板を破って出てくるのではというほど、顔を近づけなくてもわかるほどに大きく拍動する。
 エーリカは立ち上がり、汗ばんだウルスラの太ももに手を滑らせ、ズボンの端を掴んで下へとずらし、わずらわしくなったのか、爪を立て、綻びを作ると破る。
 ウルスラは目を見張るが、エーリカは口の端に笑みを浮べた。
「ごめんね。お気に入りだった?」
「……別に」
「そう……」
 エーリカはウルスラにより深く口づけようと眼鏡を外そうとするが、ウルスラは首を振る。
「顔が見えなくなる……」
「こんなに近いのに?」
 エーリカはあっさりとウルスラの拒否を流して眼鏡を外すと机に置いて、軽く歯がぶつかり合うほど、乱暴に唇を重ねた。
 あふれた唾液が口の周りを濡らす。
 エーリカはウルスラを抱き上げると、部屋の隅に添えた二人がけソファに横たわらせ、自分は床に膝をついた。
 そして、ウルスラの片方の太ももにぶら下がって破れたズボンを脚から引き抜いて、靴も取り、ウルスラの後ろ頭に手を回し、起こすとまた口づける。
 空いた手がウルスラの太ももを下へ向かって這って、膝の辺りにたどり着くと、持ち上げる。
 太ももの付け根の部分が大きく晒されて、ウルスラは短く拒否の言葉を漏らす。
「恥ずかしがらなくていいじゃん」
「……悪魔」
「言うねえ……」

 エーリカはウルスラの頭をクッションに戻して、膝で移動をすると、持ち上げていたウルスラの白い太ももをゆっくりと執拗に舌でなぞる。
 そのたびに痙攣したように震えるウルスラのお腹を優しくなでる。
 先ほどよりも大きく長いウルスラのあえぎ。
 エーリカはその声に鼓膜を震わせながら、すっかり濡れそぼったウルスラの秘裂とその中心の蕾を舌で唇で鼻先で丹念に愛撫する。
 ウルスラは、必死にクッションとソファを握り締めて、手放せばどこまでも飛んで行きそうな意識をなんとかつなぎとめる。
 シャツがめくりあげられ、汗ばんだ背中が直接ソファに触れて、身をよじるたびに、摩擦音を立て、ウルスラの泣き声に近い悲鳴と重なり合った。
 しかし、その声にはもう拒否は含まれておらず、ただ、エーリカエーリカと繰り返し求めるようにささやいていた。
 すっかり熱中していたエーリカは、シャツのボタンをすべて開け、ズボンを脱ぎ捨てると自分もソファに上がり、今にも流れ出そうになっているウルスラの涙を唇で丁寧に掬った。
 エーリカはウルスラの手を取ると、自分の脚の間の中心へと触れさせる。
 ぬるりとした感触が汗ばんだウルスラの指にまとわりつく。
「ね、ウーシュ。……一緒だよ」
 視界いっぱいに広がるエーリカの顔に、ウルスラはただ小さくうなづいて、エーリカの首の後ろに手を回し最初は恐る恐る最後には乱暴に口づけた。
 エーリカとウルスラは互いの熱い吐息を交わらせたまま、下半身を交差させ、どちらともなく律動し、うねり始める感情と意識に浸りながら、絶頂を迎えるその頃には、確かめ合うように湿った手のひらを重ね合わせ握り締めた。

 ウルスラは汗で額に貼り付いたエーリカの前髪を指先で整える。
「今、何時?」
 エーリカは先ほどまでの表情は嘘のように恐ろしく無邪気な口調でウルスラの頬に頭を押し付ける。
「わからない、けど、眠るまでにまだまだ勉強する時間はある」
「えー……」
「し足りない?」
 あっさりとそれでいて明確に性的な意を込めた言葉を返すウルスラにエーリカはぱっちりと目を開いた。
 ウルスラは今日ようやく優位に立てたことに満足したのか、体を起こし、エーリカに覆いかぶさるようになると両の口の端を引き上げた。
 エーリカは指で頬をかいて、ウルスラの背中に手を回した。
「……じゃ、もっかい」


終わり


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