T⇔E Ep.6
先日二人が行った模擬戦はビューリングの勝利だった。
それからは煙草がより一層美味く感じられた彼女だったが、一方智子は納得が行かないようだった。
「どうして? 扶桑の巴御前よ? いくらチームワーク重視になったからって一対一で負けるなんて…考えられないわ、由々しき事態だわ…」
智子は掛け布団の中で丸くなって頭を抱えていた。
「確かにビューリングはいい好敵手よ? だけど、あんなにもあっさり負けるなんてだめよ…。まるで私が弱くなってるみたいじゃない?」
ぐるぐるもんどり打つ智子のベッドは若干軋んで音を鳴らす。
それがいらぬ誤解を招いている気がしなくもないが、本人は独り言を絶やさない。
「そういえば最近ビューリングにしてやられるばかりね…。この前の模擬戦がきっと最終勧告なのよ。このまま彼女に好き放題させたらきっと私はおもちゃにされてしまうわ…」
そして思い出した。智子とビューリングが関係を持つきっかけとなった智子の決意。
"攻めてみたい"
これはどうしてだったろうか。どうしてそう思ってそれを実行に移したのだろうか。
「……びゅーりんぐが……かわいい、から……?」
んぁぁ…、と自分の言葉にときめいてしまった胸を押えて智子の口から声が漏れた。
既に顔は熱くて今すぐ布団から顔を出したかったが、それだと独り言を大にして公開するようなものだ。だから嫌だ。
「うん…、確かにかわいい。…でも、それでもよ? 私を攻めてるときの彼女はどうなの? 完全に楽しんでる顔よ? あれは…」
元来より流されやすい性格と体質である智子のことだ。ビューリングにしてやられるのも悪くはないと思っている。しかし、だ。
「待って。最初の目的を思い出すのよ穴拭智子…! ビューリングを攻めたいって思ったのは私よ。ビューリングを手玉にとって私の…私の、美貌で…メロメロにしてあげるんだから…!」
両手を握って胸元でえい、と張り切る智子の布団が、ふいに持ち上げられた。
「何をぶつぶつ言っているんだ…?」
「ひっ!?」
暗がりに背の高いシルエット。ビューリングだ。腕を組んで仁王立ちをしている。
智子は驚愕のあまり動けずにいた。考えなくても、ビューリングが冷めた視線を向けているのが分かる。
「いつもの二人が居ないから静かに眠れると思ったらこれだ。何か有ったのか、智子」
そういえば今夜はあの二人を縛ってきたのだった。遠慮無くぎちぎちに締めてきたが、まああの二人なら問題無く、むしろ喜んでいることだろう…。
音量を抑えたビューリングの声が届く。心配の色。智子は急に恥ずかしくなって枕に顔を埋めてしまった。
「悔しくなんか…ないもんっ!」
「もん、じゃないだろ」
腕を組んでいたビューリングが足の重心を左足へずらした。
様になっている。一見偉そうな姿勢だが、これでも彼女なりの心配は心にある。
「何が悔しいんだ? もしかして模擬戦のことか?」
「…」
「……そうなんだな?」
「…うん」
ふぅ、と溜息を吐いてビューリングは智子のベッドに腰を掛けた。
ベッドが揺れたのを感知して智子が枕から顔を上げた。
「あれは私の負けだよ、智子」
「な、何言ってるのよ。そんなのなんの慰めにだってなりはしないわ!」
「ルール上は負けた。だが、あれがもし仮に、お互い生死を賭けた尋常なる勝負だったとしたら?」
「…え」
「雲に気を取られた私の背後を取ったのは智子だ。
降下した先に既に居たのは智子だ。
私は咄嗟のことで銃が使えず、接近して胸に飛び込むという不意打ちをしてみせた。
だが、智子が銃を持っていて正面から私に弾幕を浴びせていたとしたらどうだ?
私は頭から弾丸を受けて死んでいた。そうだろう?」
ビューリングはそのような辛辣な表現はオブラートに包まない。はっきりと伝えるのが彼女だ。
「それは…驕りっていうのよ…」
「いや違う。模擬戦とはつまり、実戦であることを前提としているものだ。
被弾しても死なないだけの実戦だ。着弾しても殺せないだけの実戦だ。
私たちには魔法防御もあるから近接武器であっても傷は付かないだろうが…。
しかしネウロイたちの攻撃は、私たちを殺すものだ。違うか?
模擬戦の結果は、表向きの勝負の結果ではなく、試合全体を見て、実戦であるとしたらという仮定をして見るものだ。
だから、あの試合が実戦であると仮定すると、完全に私は負けだったということになる」
「ビューリング…」
ビューリングは落ち着きを取り戻したのか一息吐いて言う。
「少し、熱くなりすぎたな。智子がらしくないことを言うからだ…。全く…」
語尾を濁してそっぽを向くビューリング。智子のためにここまで必死になれるものなのか、と自分で顧みたからだ。
「……とにかく、智子が何か落ち込んでいるなら直ぐに話して欲しいし、気になることがあるなら聞けばいい。
私だって、何だ…ほら、智子の沈んだ顔は、見たく、ないんだ…」
顔がかなり熱くなっているのをビューリングはしっかりと感じ取っている。
智子が上体を起こしてビューリングと同じくベッドに座った。
――
――
智子は起き上がって正面のビューリングの背中を見つめた。
彼女は恥ずかしそうに頬なんかを掻いている。
そんな仕草に智子は心打たれ、やっぱりビューリングはこうでなくては…! と確信した。
がばっ、と行動に移しビューリングの肩から両手を首に回す。
「なっ、こら、智子! やめ、」
智子はそのまま勢いでビューリングの肩を抱き寄せ、ベッドに押し倒す。
「いっ?! わっぷ!」
ビューリングの慌て振りが面白くなった智子は周囲の迷惑すら考えず堂々と言い放った。
「私、可愛いビューリングが好きよ、すごく!」
「ぃ、いきなり何を言い出すんだ智子…っ?!」
「こんなにも可愛いのに、こんなにも愛くるしいのに。どうして今までもっと素直になれなかったのかしら穴拭智子! あぁ!」
ビューリングはみるみるうちに衣服が剥ぎ取られていくことに気が付かないほど動揺していた。
「と、智子大丈夫か! 悔しさの余り頭のネジが外れてないか…!」
智子の余りの豹変ぷりにビューリングは彼女を押し返そうとする。
しかし暴走した智子は止まらない。扶桑は変態大国である、とビューリングは確信した。
「んんぃ! 智子、やめるんだやめてくれ頼む!」
体中を舐められたり揉まれたり撫でられたり、訳が分からないうちにビューリングの身体も熱を持ち始めていた。
「やめないわよ。こんなかわいいビューリングを手放したら絶対後悔するわ! だから私は容赦なくかわいいビューリングを頂くの!」
「ぅあ…く、…はぁ……。ともこ…」
智子の放つ熱気に当てられたのか、ビューリングもすっかりその気になってしまったようだ。
「ねぇ、呼び方があるじゃないの。ほら、かわいいビューリングちゃんなら言えるでしょ?」
「ぇ? …どういう」
急に全ての手を止めた智子が、言ってから焦らすようにビューリングの首筋を舐め始める。
「んんん――!」
智子は舌を首筋から離すと、催促するようにまた全ての動作を止めた。
「はぁ…はぁ、は…はぁ。…とも、ちゃん……」
「そうよ。"こういうとき"はそう呼んで? ふふふ」
智子は、そう呼ばれると年上であるはずのビューリングが何故か年上に見えなくなることが分かった。
同年代の、かわいい女の子に感じられるのだ。
いや、もしかしたらそれは単に、年上であるビューリングに対しての遠慮からだったかもしれないが。
そして智子は逆に、ビューリング、と普段通り呼ぶことで自分の優位を保とうとしている。
「ともちゃん……わたし」
「何? どうかした?」
智子は完全にスイッチが入りエンジンが別方向にフルスロットルしているらしく、妖艶な雰囲気を漂わせ、己の人差し指を舐めていた。
「……はやくぅ…」
「え? 何か言った? もっと大きな声で言って頂戴?」
智子は自分で舐めていた人差し指をビューリングの口元に持っていき、半開きとなっていた口内へと侵入させた。
「はん…む……」
ビューリングはその指を無意識で咥えた。瞳は虚ろで、こちらも様々な回路が焼き切れている様子である。
「んふふ…、ビューリング…かわいいわよ」
淫靡な音と二人の過激なやり取りは、明け方まで続いた。
かくして二人のわだかまりは収束した。
――
―おまけ―
翌朝、智子のベッドを見下げてオヘアは言った。
「…また、徹夜ね……」
目の下のくまも相まってかなり不機嫌そうである。
「智子さん、まさかあんな本性をお持ちだなんて……」
いけないですよ、ダメですよ、とエルマはもじもじしている。
「エルマ、あんたもそろそろやばかったりするね?」
「え? 何がですか?」
「……イヤー、何でも無いネー」
わざと片言具合を強めてオヘアは両手を広げた。
その時、ベッドの中で、智子の胸に抱きつく形で眠っていたビューリングが寝言を放った。
「…ともちゃん……」
「ぁー、すごいカップルねー」
「そういえば、ビューリングさんはどうして扶桑の愛称では"ちゃん"を付けるなんて知っていたんでしょうか?」
「んー。トモコがいろいろ嗅ぎ回ってたのは知ってるけどビューリングはどうしてたんだろうねー」
そして、眼鏡を掛けてようやく起床した様子のウルスラが言った。
「私のおかげ」
「AHAHA…。ウルスラは物知りねー」
「別に…。本にあった」
「カールスラントの教本には各国の愛称まで書いてあるのですか?」
「…教本だけじゃない。淫猥な本や下賤な本も…」
「Wait!! それ以上言わせたらダメねー! ウルスラ、いつの間にか色々よごれてるねー!」
オヘアは慌ててウルスラの口を押えるのだった。