無題


 ペリーヌ・クロステルマンの朝は早い。
 朝の5時前には起床し、身だしなみを整えながら今日の予定をチェックする。目を通さなければ
ならない報告書がそろそろ危険な量になってきたので、朝食を後回しにしてデスクに腰を下ろした。
見上げるような書類の山を三つに分け、視覚的なダメージを気持ち軽減しながら、許可、条件付許可、
要修正、寝言は寝てからお言いなさい、の山に分けていく。それから許可と寝言以外の山をさらに
具体的に切り分けていく。担当者に一任できるもの、専門家の相談が必要なもの、政府や自治体への
打診が必要なもの、自分の権限で裁量できるもの。修正項目をいちいちメモし、担当者に送り返す。

 中佐も501でこんな苦労をなさってたのかしら…

 内に問題児、外にネウロイというトラブルをかかえながら、501を切り回していた才媛を思い出す。
そのうえ政府高官とも互角に渡り合っていたのだから、いまさらながら頭が下がる思いだ。

 それに比べれば、私の相手など精々現場監督ですわ。この程度で音は上げられません。

 条件付許可の山が、処理済の山に姿を変えたとき、執務室のドアが控えめにノックされた。
「どうぞ」
 相手も確認せずに部屋に通す。誰何する時間すら、今のペリーヌには惜しい。
「おはようございます、ペリーヌさん。あさごはん、持ってきました」
 トレイと共に顔を覗かせたのは、同僚であり、部下であり、戦友でもあるリネット・ビショップだった。
ここ半年ほど、一緒にガリアの復興にあたってくれいる。なぜ他国の一下士官にすぎない彼女が
ガリアの戦災復興などやっているのかというと、当のブリタニアから申し込みがあったからだ。
ペリーヌには把握し得ない色々な政治的要素も絡んでいるらしい。隣国カールスラントや、地球の
裏側からの口添えもあったとかなかったとか。ブリタニアには多大な物資や人的資源の援助を
受けているため、微妙に役立たずとはいえ、仮にも戦功ある魔女を派遣してくれるという申し出を
無碍に出来なかったという理由もある。
 その当人は備え付けの丸テーブルをさっと拭き、その上にお手製の朝食を並べたあと、紅茶用の
湯を沸かしに別室のキッチンに消えていった。すでに時刻は7時を回っている。
 ペリーヌはひとつ伸びをした後、革張りのチェアから立ち上がった。2時間近く集中していたせいで、
肩と目が痛い。肩をぐるぐる回しながら眉間を揉めたらどんなに気持ちいいか知らないが、他人の
目がないとはいえ、誇りある貴族がかようなオッサン臭いマネはできない。数回首を傾けるだけで
なんとか我慢する。
 朝食を済ませたら書類の残りをやっつけて、作業の進捗と物資の確認をして、きっとそのころには
また書類が届いているから、時間があったらそれも片づけて、進捗報告書を書いて…やることは
山のようにある。貴族の義務とはいえ、目の前を塞ぐ高い壁にうんざりしそうになるが、気合い一つで
胸の奥に押し込めて、ペリーヌは朝食の並べられたテーブルについた。

 カールスラントでも、ロマーニャでも、リベリアンでも、オラーシャでも、スオムスでも、扶桑でもみんな戦っている。
 これがわたくしの戦いなのだ。せめてみんなと再会したときに恥じることのない戦いをしよう。 

「ペリーヌさん、肩、凝ってるんですか…?」
 あっという間に見抜かれた。食事がひと段落して、リーネの淹れた紅茶を楽しんで
いるときだった。疲れたところに美味しい食事と紅茶ときて、少し気が緩んだのかもしれない。
肩を気遣うそぶりは最低限に抑えたはずなのに、これがスナイパーの眼力なのだろうか。
「いっ、いいえぇ、わたくしそんなことは決して…」
 あわてて取り繕うが、ちょっと声が裏返った。くすくすと柔らかに微笑みながら、
「半年もいっしょにいれば、ペリーヌさんのクセはだいたいわかりますよ。それに、私も
肩凝りやすいですから…」
「…嫌味かしら後半」
「ふぇっ?」
「いえいえ、何でもないのよ何でも…うふふふふ…」
「は、はぁ…あははは…」
 いけないいけない。善意から心配してくれた友人を嫌味だなどと。そう、相手はお脳の
栄養が目と胸に行ったド天然。悪気なんてないに決まってますわ。
 嫉妬満載の心中を笑顔で隠し、そうですわねえ、とペリーヌは同意してみる。
「そう言われれば確かに肩が重い事がありますけど、たかが肩凝りで弱音を吐いていては
ガリア貴族の名折れ。なにより、屋外で作業されている方たちに申し訳が立ちませんわ」
 そういって外を見やる。ガリアの市街は、半年前とは見違えるような復興を遂げていた。
ブリタニアをはじめとする各国からの物資や金、人などの援助はもとより、隣国やガリア南部に
避難していたガリア国民が徐々に集まり、自らの手で積極的に復興作業にあたっていたからだ。
「そうですね。皆さん毎日一生懸命がんばってらっしゃいます」
 相槌を打ちながら、ペリーヌは別の方向へ思考を切り替えていた。ガリアには町も人も戻ってきた。
が、ネウロイの脅威が根絶されたわけではない。ペリーヌも魔女として再び戦場に赴かなければ
ならないだろうし、リーネもそうだ。だが政情不安定な祖国を措いて征くのも、貴族としての責務を
放棄しているようで気に入らない。最悪の場合、さらに混乱を招く可能性もある。むしろ頭が痛いのはこれからなのだ。
「…私もいろいろお手伝いしたいとは思っているんですが、最近の『ドジと下手糞は戦場に出るな』という
職人さんたちの風潮をみるとですね、手伝いたいけれど手伝わないという二律背反が私を苛むので
ですね…聞いてますか? ペリーヌさん?」
「ええ…そうですわね…」
「そうですよね。私としては最近ご飯とおやつを作るぐらいしかお仕事がないんです。そこでペリーヌさんの
お手伝いをと思いまして。よかったらでいいんですけど、最近ペリーヌさんもお疲れのようですし」
「えぇ…そうですわね…」
「ちょうど肩が凝ってらっしゃるようなので、ぜひわたしに揉ませていただけたらなぁ、と…」
「えぇ…そうですわね…」
 むろん、遠大なるガリア復興への道を脳内でたどり始めたペリーヌはろくに話を聞いていなかった。
しかも途中で色々混ざったらしく、『おっぱい魔人・宮藤芳佳にさらわれたリーネ。僚機と共に救い出す
作戦を立てるが、芳佳によって僚機は次々と落とされていき、残るはペリーヌと、坂本美緒の二人だけに。
二人は、愛のパワーによって宮藤芳佳を打倒するが、姑息な宮藤芳佳は、なんとリーネの手足を触手へと
変化させ、ペリーヌと美緒の体を拘束してしまう。ひんやりとした触手がペリーヌの首筋に絡みつき、
心地良い間隔と強さでもみ、もみ、
「ひゃぁあんっ!?」
「ひゃあっ!」
 いつの間にかリーネが後ろに回り込んで、ペリーヌの肩を揉んでいた。淑女としてあるまじき奇声を発して
しまった羞恥心から、ペリーヌは猛然とかみついた。
「なにをなさいますのッ!?」
「え、だってペリーヌさん揉んでいいって…」
「誰がそんなことッ、………言ったかしら、あら……?」
「言いましたよぉ…もおっ、ちゃんと私の話聞いててくださいよっ」
「ご、ごめんなさい…」
「じゃあ、揉みますからね?」
「え、ええ…え?」

 リーネはふたたびペリーヌの肩に手をやり、ゆっくりと力を込める。強すぎず、弱すぎず、一定のリズムで
ペリーヌの疲れを癒そうと動く。思わずペリーヌの唇からわずかに吐息が漏れる。布越しにリーネの体温を
感じる。優しい指使いを、力を込めるたびに漏れる吐息を感じる。そして、指が離れていくたびに失われる
温もりを寂しく感じる。ふたたび触れられる暖かさを嬉しく感じる。そういえば、誰かにこうやって触れられるのは
いつぶりだったかしら、とおぼろげな意識で問う。問いは霞に消えて、リーネのやさしさにゆっくりと沈んでいく。
「ん。…ん。…ふ。…んん…」
 きもちいい。
 予想以上にペリーヌは疲れていたらしい。肩の凝りがほぐれていくと同時に、ゆるやかな睡魔が薄く火照った体を包んでいく。
一瞬だけ、残した仕事が頭をかすめ、闇に消えた。

 リーネは静かにカーディガンを脱ぐと、そっとペリーヌの肩にかけた。カーテンを閉ざし、すこしだけペリーヌの寝顔を眺めて、
前髪を指先で整えたあと、頬に触れるか触れないかのキスをした。 最後に一度だけ振り返り、
「…おやすみなさい、ペリーヌさん。良い夢を。願わくば、私の…」
 そっと扉が閉じられる。


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