dear my sister


病院の廊下を大股で早足に歩く。
トゥルーデは浮き足立っていた。妹のクリスとの、久しぶりの面会。
今日はクリスの誕生日。しかもいよいよ本格的なリハビリが始まったとあって、
何としてでもその姿を見届けたかったのだ。
ミーナや美緒に無理を言って休暇を取ると、エーリカが運転するキューベルワーゲンに飛び乗り
一路病院の有るロンドン目掛けて“突っ込んで”来たのだ。

「お姉ちゃん!」
「クリス! 元気になったな」
まずは抱擁し、じっと顔を見つめあい、お互いの無事を確かめる姉妹。
「うん。お姉ちゃんも変わらないね」
「そうか?」
「あれ? エーリカさんは?」
「待合室で待ってるそうだ」
「一緒に来てくれたら良かったのに」
「私もそう言ったんだが……ヤツなりに気を遣ってくれたのかもな」
「そう」
「それよりどうだ? リハビリはうまく行ってるか?」
「うん。ベッドの上で足を動かしたり、色々やってるよ。今日から歩行訓練なんだよ」
「そりゃ凄い。頑張れよ」
「もちろん。頑張るよ」
「ああ、でも無理はダメだぞ。一歩一歩、少しずつ、やるんだぞ。いいな?」
「分かってるって」
クリスは悪戯っぽく笑って見せた。

エーリカは待合室で一人、本に目を通していた。ページをめくるうち、いつ挟んだのか、一通の手紙が
はらりと膝の上に落ちる。エーリカ宛ての手紙。
字面を見てすぐに分かる。生真面目な双子の妹、ウルスラからだった。消印を見ると……数ヶ月は経っている。
「ありゃ。覚えてないなあ」
とりあえず開封してみる。内容は特に緊急のものではなく……スオムスでの生活だの、
そちらはどうですか、とか、バルクホルンさんとはうまくやってますか、などなど
とりとめのない話題がまるで素っ気無いメモ書きの様に記されていた。
「相変わらずだね」
手紙を読み終えると、エーリカは便箋にしまい、本の最初の方に挟み直した。
「いつか返事書かないと……って、前もそんな事言った様な」
うーん、とひとつ背伸びをするエーリカ。要するに暇だった。

医師や看護婦に付き添われ、中庭でリハビリが始まった。
クリスは震える手で歩行訓練用の杖を掴み、ゆっくりと一歩、また一歩と足を進めた。
そのたびに、トゥルーデは興奮し、また感動して、クリスの名を呼んだ。
看護婦にたしなめられるも、トゥルーデとしては感動が止まらない。
何せ数ヶ月前まではベッドから起き上がる事はおろか、意識すら戻らなかったのだ。
それが、今では話も出来るし(たまにだが)車椅子で外出も出来る。こうして歩行リハビリも出来る様になった。
偉大なる進歩だ。
クリスはトゥルーデに向かって笑って見せた。得意げだ。
だが、次の一歩を、踏み外した。
緩やかに地面に落ちていくクリス。
トゥルーデはスローモーションの様に倒れ込むクリスを抱えるべく、猛然と駆け寄り、身を挺した。
あと一歩。あと数センチ。
今度こそ、私が護ってみせる。
どさり。
看護婦の悲鳴が上がった。

エーリカは中庭で何かちょっとした騒ぎが起きた事を聞きつけ、もしやと思い本を傍らに仕舞うと
急ぎ足でトゥルーデを捜した。

「ごめんね、お姉ちゃん」
「クリスが無事で何よりだ」
微笑んでみせ、クリスの頬を撫でるトゥルーデ。
結局、間一髪のところでクリスを抱きかかえ、トゥルーデ自らクッションとなる事で、クリスへのダメージは無かった。
だが無理な態勢を取ったせいでトゥルーデは足首を軽く捻り、また肩と手首を打撲した。
「私は何とも無いぞ。これ位、全然平気だ。ネウロイとの戦いで鍛えてるからな」
「お姉ちゃんに良いトコ見せようと思ったんだけど、格好悪いね、私」
「そんな事ない。クリスは頑張った。それに今回はお前を守れたし、頑張ってるクリスの姿を見られただけでも、私は幸せだ」
うんうんと頷き、髪の毛をくしゃっと撫でるトゥルーデ。
こくりと頷くと、うつむき、目に涙を溜めるクリス。
「ごめんね、お姉ちゃん」
「泣くな、クリス。誰にだってミスは有る。落ち込むな。私がついてるから大丈夫だ」
「そーそー。トゥルーデったら最近凡ミスが多くてさ。だから気にすること無いよ」
それまで横の椅子で二人の様子を見ていたエーリカが、茶化しとも取れる慰めの言葉を発した。
「なっ! そんな事無いぞ?」
「またまた」
「お姉ちゃん、そうなの?」
「ちちち違う! エーリカ、嘘は言うな。クリスが心配するじゃないか」
涙を拭くと、クリスはふっと笑った。
「な、なんだ、クリス?」
「お姉ちゃん、やっぱりお姉ちゃんだなあって」
「何?」
「ううん、気にしないで。でもエーリカさんで良かったよ、相手」
「な、何の事だ」
「クリスちゃんからもお墨付き貰ったよ」
にこっと笑うエーリカ。微笑むクリス。何と言う顔をして良いか軽く困惑するトゥルーデ。
「そう言えばトゥルーデ、良いの?」
エーリカに小脇をつつかれる。
「ああ、そうだ。初めに言うつもりだったのを思わず忘れてた。クリス、誕生日おめでとう」
「おめでとうね、クリスちゃん」
「ありがとう、二人とも」
「これ、私とトゥルーデから。あんまり堅苦しいのは読んでて退屈するだろうから、
気軽な冒険小説なんかどうかと思って。どうかな」
「ありがとうございます! お姉ちゃんもありがとう!」
「退屈しのぎになればいいんだが」
「何度も読むよ」
「辞書じゃあるまいし」
くすっと笑う。

そんな三人のもとに、看護婦がやってきた。
「そろそろクリスさんの食事の時間ですので」
「そうか」
「もうそんな時間なんだ」
寂しげなクリス。食事と言う事は、楽しい面会のひとときの終わりを意味していた。
「大丈夫。またすぐに来るからな」
「うん。待ってる。今日は本当にありがとう。楽しみにしてる」
「私も」
トゥルーデとクリスはそっと抱擁した。
クリスは首を向けると、トゥルーデの頬に軽くキスをした。
びっくりするトゥルーデ。
「今日のお礼」
「な、な……」
「これ位はいいでしょ? お姉ちゃん」
「ま、まあ……その」
不意に逆側の頬に、柔らかな感触を受ける。エーリカの唇だとすぐに気付く。
「え、エーリカ。どさくさ紛れに何を」
「良いじゃない」

クリスは二人の様子を見て、笑った。
「お姉ちゃん達、お似合いだよ。前にレストランで指輪渡した時あったでしょ」
「ああ。忘れもしない」
ふたりは揃ってはめている指輪を見せた。クリスは微笑んで言った。
「あの時思ったんだよ。この二人ならって」
「ありがとね、クリスちゃん」
「そ、そうか……」
「早く戦いが終わって、二人一緒になれれば良いね」
「ああ」
「そうだね」
力強く頷くトゥルーデとエーリカ。
「あ、でもクリス、お前もしっかり元気にならないとダメだからな? 約束だぞ?」
「約束ね。わかった」
「姉バカだね、相変わらず」
「じゃあ、そろそろ帰るな。また来る、すぐに」
「お姉ちゃん達も元気で」
「大丈夫、心配要らない」
「じゃあね、また」
クリスは見えなくなるまで、病床から手を振っていた。トゥルーデとエーリカも、同じく手を振り続けた。

基地に帰還した夜の事。
いつもと同じくトゥルーデのベッドの上でごろごろするエーリカ。
「な~んか、忘れてる様な気がする」
枕を抱えて、天井を見つめ何かを思い出そうとする。
トゥルーデは髪の結びを解き、櫛で手入れしていた。鏡の前に無造作に置かれた一冊の本……エーリカのものだ……
を手に取ると、はらりと一枚の便箋が落ちた。
「あ、トゥルーデ。それそれ」
「? ……これ、ウルスラからじゃないか」
「返事書こうと思ってたんだよね。思い出した」
「思い出したって事は、正確には書く気が無かったと言う事じゃないのか?」
「まあ、そう理屈じみた事言わない」
髪の手入れをするトゥルーデを無理矢理ベッドに引きずり込み、口吻を交わすエーリカ。
「エーリカ、今日は済まなかったな」
「まあね。ちょっと退屈だったよ」
「なら、一緒に居てくれた方が」
「姉妹水入らずな時間、有ってもいいんじゃない?」
「お前は私達の家族も同然だ。今更水臭い事を言うな」
「まあ、そうなんだけどね」
妹からの手紙にちらりと目をやるエーリカ。
「私は、ウルスラとはさ……」
言葉に詰まるエーリカを、トゥルーデは優しく抱きしめた。
お互い肌を重ねる事で、ことばにしなくても、分かり合える事も多い。今もそうだ。
エーリカはふっと小さく笑みを漏らすと、トゥルーデの下ろした髪をそっとなぞり、指先で玩んだ。
「ホント、姉バカだよね。トゥルーデ」
エーリカは、トゥルーデの肩と手首に巻かれた包帯を見、そっとさすった。
「無理しちゃってさ。ホントは結構痛いんでしょ? 分かるよ」
「まあ、少しは、な……」
「でも、だからこそトゥルーデなんだけどね。私はそう言うとこ好きだよ」
頬に唇が当たる。
「エーリカ、まさか、クリスに嫉妬なんて」
「どうだろうね」
にやっと笑うエーリカは、冗談とも本気とも取れて、少し心臓に悪い。
トゥルーデはきゅっと抱き直すと、エーリカの唇を塞いだ。
潤む瞳を閉じ、ゆっくりとお互いを味わい、肌を重ねる。
「私だけのトゥルーデ」
その言葉の実証は、朝まで続く事になる。トゥルーデもエーリカも分かっていた。
でも、止める事もせず……ただただ、その証明のための行為に耽った。

end



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