Herzlichen Glückwunsch zum Geburtstag!


1年に1度だけの一番大切な日。
その日、私はフラウを叩き起こして、まだ日も昇らぬうちに基地を出た。
目的地はロンドン。クリスのいる病院。
一年にたった一度だけのクリスの誕生日だ。
日頃姉らしいことができないことの、クリスを守りきることのできなかった
ことのせめてもの償いとして、今日一日、クリスとずっと一緒にいてやる。
そのためにミーナを拝み倒して特別に休暇も貰った。
無理を言って病院の面会時間も延ばしてもらった。
クリスにとって特別な日を、ずっと一緒に過ごすための準備は万端に整えた。
当然だ。私がどれだけ、この日を待ち望んできたことか――。

病院についた頃にはもう日は高く昇っていて、クリスと私との距離を感じさせた。
しかしどこかで、その距離になにかほっとするものを感じる自分もいる。
それは、クリスが前線から遠く離れた安全な場所にいることを、
私がまだクリスを守ることができていることを感じさせてくれるからだ。

病室に入ると、クリスはもう目覚めていて、ベッドの上に身を起こして何か
本でも読んでいるようだった。
すぐに私に気がつくと、屈託のない、かわいらしい笑顔を私に向けてくれた。
「おはよう、クリス」
「おはよう、お姉ちゃん」
その笑顔を見、その声を聞いた瞬間、日頃の軍務での疲れも、瑣末な悩みも
すべて吹き飛んでしまうような気がした。
そして、あの日二度と見られぬのではないかとまで思ったクリスの笑顔を
再び見ることができることを本当に幸せに思った。
私はクリスのベッドまで歩みより、そっとクリスの手をとった。

少し遅れて、フラウが病室に入ってきた。
いつものように、医学知識に乏しい私の代わりに医師の説明を聞いてきてくれたのだ。
フラウもまたベッドの横まで来て、クリスに温かな笑顔を投げかけてくれた。
「クリスちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ハルトマンさん」
クリスが笑う。つられて私とフラウも笑う。
それは私がずっと願っていた光景。私たちは今、柔らかな光の中にいる。

2時間ほど、クリスとフラウと3人で話をしていた頃であろうか。
フラウが私を肘で軽くこづいて、何か合図をしてきた。
そんなことは言われなくてもわかっている。
ただ出すタイミングを図っていただけだ。
私は持ってきた荷物の中から小さな包みを取り出した。
「クリス。今日はお前に誕生日プレゼントを持ってきたんだ」
「本当? うれしい」
「あぁ。開けてごらん」
私がうながすと、クリスは包みのリボンを解いた。
出てきたのは、茶色の表紙の小さな手帳。
「私はこういうものはよく分からなくてな。
  ミーナとフラウが選んでくれたんだ。気にいってくれるか?」
「もちろんだよ。ハルトマンさん、お姉ちゃん、どうもありがとう」
礼を言われたフラウが少し照れくさそうに笑った。

「実は、クリスちゃんに隊のみんなから誕生日プレゼントがあります!」
ベッドから数歩下がって、フラウがいたずらっぽく言う。
プレゼント?私は何も聞かされていないが……。
「これだよ、どうぞ」
そういって、フラウが勢いよく窓のカーテンを開け放つ。

そこに見えたのは、空を行く大きな横断幕だった。
よく見えないが、ひっぱっているのはウィッチのようだ。
あれはリーネと宮藤?それに幕に書かれている文字は……?

    Herzlichen Glückwunsch zum Geburtstag

カールスラント語で「お誕生日おめでとう」。
それだけでも十分に驚かされるというのに、
その横断幕の上にミーナと少佐の手によってハート型の航跡が描かれ、
ペリーヌがそれを射貫いていく。
さらにはシャーリー、ルッキーニ、サーニャ、エイラの4機が
病院に向かって扇型の航跡を残して飛びさっていく――。

私もクリスも、あまりの驚きに言葉を失なっていた。
ようやく私が我に返ったときには、航跡は空の青に溶け、
横断幕は遠く飛び去っていた。まるで、何かの夢を見ているようだ。
「へへっ。隊のみんなからクリスちゃんへ。『お誕生日おめでとう』」
フラウはまるでいたずらに成功した子供みたいに笑う。
まったく、なんという誕生日プレゼントだ。
ミーナだって、ただでさえ軍の上層部からは面白く思われていないウィッチーズが
郊外とはいえロンドン上空でこんな派手なパフォーマンスをしたら
どうなるかということぐらいわかっているはずなのに。
「どう、クリスちゃん。気にいってくれた?」
「うん! すごいよ! 今までで最高の誕生日プレゼントだよ」
無邪気に喜ぶクリスとは対照的に、私の心は戸惑いに支配されていた。

「……、私からも礼を言うよ。ありがとう、フラウ」
帰りの車中、私は唐突に切り出した。
「ありがとうって、あのプレゼントのこと?」
「あぁ。正直、あれは私も全く知らなかった」
「トゥルーデに内緒でこっそり練習してたんだよ」
私は地上で見てただけだけどね、とフラウは面白そうに笑った。
まったく、皆、任務や訓練で忙しいはずなのにどこにそんな時間があったのだろう。
しかも同じ基地にいる私に気がつかれないように練習するなど
簡単なことではないはずだ。
「どうして、ここまでしてくれるんだ?」
「どうして?」
フラウが不思議そうに尋ねる。
「クリスの誕生日というのは、完全に私個人の問題だ。
  隊の皆にこんなにまでしてもらう理由など……」
「トゥルーデにとって大切な人は、みんなにとっても大切な人だよ」
「しかし、だからといって……」
「それに、私たちにとって『自分の命をかけてでも守りたい誰か』っていうのが
  すごく特別な存在だってこと、トゥルーデならわかるでしょ」
「自分の命をかけてでも守りたい誰か……」
私にとってそれはクリスであり、フラウにとっては妹のウルスラである。
他の皆にも、それぞれ自分の命に代えてでも守りたい大切な人がいる。
私たちはその守りたい人のために、日々ネウロイと戦っている。
「最初はミーナや坂本少佐も反対してたよ。でも、クリスがトゥルーデに
  とって命に代えても守りたい人だってことを話したらわかってくれた。
  みんな、絶対に守りたい誰かのために毎日戦ってるんだから……」
まぁ、そんな話をするまでもなくシャーリーとルッキーニはノリノリだったけどね、
とフラウはまた笑った。
真面目な話をしてても必ず最後に冗談に変えてしまうのはお前の悪い癖だぞ、フラウ。
「……まったく。帰ったら隊の皆にお礼をしなければならないな」
白く息を吐きだして、私は顔を上げた。
よく澄んだ美しい夕焼けの空が、なぜだか少し霞んでみえた。

fin.


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