ブリタニア―北海上空1944 CHASERS02 やっぱりついてないカタヤイネン
早朝にシェルトランドの田舎空港を出発。
昨日に引き続いてあいにくの曇天で風も強い。
雲頂の高度が余り高くなければいいんだが……ま、この位のコンディションなら想定の範囲だな。
それよりも気になるのはあの大型のネウロイだ。
一応通報してもらったけどこんな辺鄙な所にいるはず無いとか言って重要視はされないだろうな。
対策としてこっちで武器を借りようかと思ったんだけどウィッチ用の装備なんてあるはずも無く、駐屯してる歩兵隊の支援火器を分捕るわけにも行かず結局背負っているのはでてくる時に持ってきたスオミM1931短機関銃だけ。
大きさや性能の割には重いし信頼性も特別高いわけではないんだけど使い慣れて手に馴染んだ武器だし、相手が小型ネウロイなら十分な火力だ。
上昇し雲の中を逝く。
5000ftあたりで雲頂を抜け、頭上に青空が拓ける。
天候にはまぁまぁ恵まれたか……後は昨日のネウロイが幻だったら完璧だな。
そんなことを考えつつも計器と太陽から方角を確認し、雲海を超える。
とはいえ変化が無い飛行は退屈だ。
しかも3日目ともなると疲労も溜まって集中力も切れてくる。
思えば昨日くらい緊張感のある飛行の方が良かったかもな。
でも、このフライトを終えれば後はイッルが待ってるんだよな~。
突然あたしがきたら驚くよな~。
ふっふ~ん。たまにはあいつが驚く顔も拝ませてもらわないとナッ。
あ~、なんか改めてそう考えたら元気が出てきたぜ。
よしっ! 今日は一気にドーバーまで飛んでやる!
進路をちょいと傾けて、っと。
暫く洋上飛行だけど、ブリタニアは長いから方向を極端に間違えなければかならずどっかの海岸にたどり着けるはずだしな。
そしてあたしは、南よりの進路をとってイッルのいるドーバーへの旅路を急いだ。
「ふぁ~」
欠伸が漏れる。
離陸からかれこれ3時間ほどが過ぎた。
太陽の高さと雲の形以外は変化の無い世界。
戦争なんて早い所終わってもらって、こんな静かで気持ちい空をイッルと二人で飛べたら何て素晴らしいんだろうな。
手とか繋いで見たりしてさ……あ~でも、あたしからは無理だな。
そうだな、百歩譲ってイッルから手を差し出してくるならば手を繋いでやらなくも無い感じだ。
ウン、そんな感じでいいぞ。
でそのあとは空中でじゃれあってみたりとか……ん~、あたしとイッルの性格じゃ難しいか……。
なんか想像すればするほどあいつの悪戯に引っかかったあたしがイッルを追いかける構図にしかなんねえよ……はぅ。
その時だった。
突然眼下右手側の雲海が大きく盛り上がり、大きな黒い何かが姿を現した。
圧倒的な迫力、存在感、威圧感を持つその姿。
400ft級ネウロイ!
エイのような姿のそれは間髪いれずに左舷側の胴体を赤く煌めかせ、あたしへのビーム攻撃を開始。
「クソッ、またコイツかよっ!」
見覚えのあるシルエット。昨日の奴だ!
やっぱりあたしは見間違えなんかしてないぞ!
ブリタニアのレーダー監視網はどうなってやがんだよ!
座学で507のウルスラって奴からレーダーを使った防空のイロハを散々叩き込まれたんだぞ!
なんて叫んでみた所で状況が変わるわけじゃない。
一瞬で頭を切り替えて回避機動。
シールドの展開が間に合わずに避け切れないビーム身体を掠め、腰のストラップが千切れ、繋がれていたポーチが飛ぶ。
くるくると回転しながら飛んでいくポーチを追いかける余裕なんてあるはずも無く、回避しきれないビームを展開完了したシールドで受け流しつて雲の中へダイブ。
畜生! 気分良く青空飛んでたってのにまた雲の底かよ! しかも色々入ったポーチをなくしちまった! ついてねぇっ!!
ありったけの悪態をつきながら灰色の世界で回避機動と共に加速。
機動を続けるうちにネウロイのビームは遠くなり、途切れる。
だがまだ油断は出来ない。
さっきの動きから見るにあのネウロイは意外と高速だ。
バッファローじゃ加速しても逃げ切れないかもしれない。
それに地図やコンパスその他の機材の入ったポーチをなくした上に雲の中に押し込められた今、派手な機動を行って変針する事は即遭難につながるといっていい。
くっそ~……イキナリ手詰まりかよ。
やれる事は一つしかない。つまりは昨日のように雲の中を這いずり回るだけだ。
こんなコソコソ逃げ回る事しかできないなんて恥ずかしいやら腹立たしいやら……。
カリカリしてると視界の端で乱流が雲をかき乱しながら何か黒いものが同航し、距離を詰めてくる。
ネウロイだ。
しかし、形はは似ているがあのデカブツじゃ無い。大きさは30ft程度か……。
400ft級ネウロイのミニチュアとでもいえる姿をしたエイのようなシルエットが雲を乱しながらロールを打ち、こちらをオーバーシュートさせようと減速する。
背後に付かれたら狙い打ちにされるだけだが……あたしは思い切り魔力をストライカーに流し込んで加速をかけた。
見え見えの動きが臭かった。
理由はそれだけだったけどあたしの判断は正しかったようで、程なくして背後からの火線が2体分のものになる。
どういう動きをしていたのかまではわかんないけど同じのがもう一体いたようだ。
でも雲の中で距離が離れた今、背後をとっていようがそう簡単に当てられるもんじゃない。
あとはもう半ば盲目飛行で、雲の濃いところをみつけてはそこを縫うように駆ける。
機位を失うリスクなんてもう頭から吹き飛んでた。
ただ背後と頭上から迫る脅威から逃れるため、エンジンの回転を上げて小刻みな変針とランダムな機動をくりかえす。
反撃を考えなかったわけじゃない。
むしろその欲求を押さえつけるのに必死だった。
多勢に無勢、初めて見るタイプ、上空には大型ネウロイ、視界の利かない雲の中、長距離巡航による疲労……頭の中で不利な条件を並べる。
そして無意識に並べた分だけの不利な条件を覆す算段をはじめる。
多勢に無勢なのは視界の悪さを味方に出来る。
小回りの聞かない大型ネウロイは雲の中なら簡単に巻ける
小型の方には活動限界があるはずだ。
こいつらそ速攻つぶしちまえば疲労の事なんて気にせずに澄む……ああもうっ! ダメだダメだっ!
短絡するなあたし!
考えがどんどん願望に変わってく!
どうするよニッカ!
イッルならどうする? ……あいつはダメだ。そもそもこんな状況を作り出さないのがイッルのすごいところなんだ。
エルマ隊長? そもそも悩まず逃げるか……。
ハッセ? 勇気ある撤退、だな……って事は反撃にあたしの一票と逃亡に二票、棄権一でキマリだ!
覚悟をきめたあたしはデッドウェイトでしかないスオミ短機関銃を勢い良く投げ捨て、正面を見据えた。
何処までだって逃げてやるぜ!
だから……さっさとどっかいきやがれっ! ネウロイども!!
周囲に気配がなくなった頃にはもう日が傾き始めていた。
あたしは出鱈目に雲の中を飛び回ったお陰ですっかり機位を失った上に疲労は極限まで達していた。
まずいな……ネウロイを振り切ったはいいけど、このままじゃ海に落ちる……。
気がつけば高度が大分落ちていて、海面までは300ftを切っていた。
雲は未だ熱く垂れ込めていたけれど、なんとなく感じる事のできた明るさから判断してブリタニアの本土があるはずの西方向を目指して進んでいた。
視界は霞み、殆ど前を見れていなかった。
雲海の上を意気揚々と飛んでいられたのが遠い過去のようだ。
このまま眠りに落ちてしまいそうな精神を、イッルを思うことで何とかつなぎとめてふらふらと暗い北海の上を行く。
唐突に声が来たのは、その時だった。
『危険ですっ! 高度を上げてっ!!』
ハッとなって視線を上げると目の前には大型の客船の船腹が迫っていた。
距離はあと500ftも無い。
海面までの高度も既に50ftを割り込み、このまま飛べば船上の構造物への激突は必至と思われた。
最悪の事態を回避する為にストライカーに魔力を込めるが、消耗しきった今のあたしは僅かに高度を上げる事しかできなかった。
左右への回避も考えられなかった。
今急激なロールを打てば、ギリギリの状態で飛行しているあたしはあっという間に失速するだろう。
そしてこの高度での失速は即墜落を意味する。
本当ならば素直に墜落して船へのダメージを最小限に抑えることがベターな選択肢だったんだろうが、意識も半ば混濁していたあたしはそんな判断すらついていなかった。
高度を上げきらないまま、船腹が迫る。
見据えた視線、正面。船べりには少女がいた。
ふわっとした銀髪に神秘的な翠玉の瞳。ほっそりとした肢体を包む、清楚な白と黒の制服。
そして頭部両側には不思議な輝きを放つ魔道針。
そんな飛び切りの美少女が傾いた陽の輝きを孕んだ低い雲を背負い、逆行に照らし出されてそこにいた。
イッル一筋って自信のあるあたしでもちょっと心奪われた。
このまま飛べば、きっと彼女にぶつかってしまう。
避けてくれと念じれども彼女は動かない。きっと恐怖で竦んで動けないんだろう。
自分がどんなに派手なクラッシュをしたって、直接他人を巻き込まないのがあたしの自慢なんだ。
なのにあんなにいたいけな女の子を巻き込めるはず無いだろっ!
気合を入れる。
僅かに高度が上がる……でもまだ足りない。
クソッ! 諦められるかよっ!!
これでもかと力を込める。
その時、意外な場所から救世主が現われた。
まずはじめは肉声による怒号。
「ちょっとあんたっ!もっと引き起こしてっ!!! ……ああもうっ!!!!!」
その声の後間髪入れず、次に感じたのは腹部から胸部への強烈な打撃だった。
ドスッ!!
自分の下から、誰か来た?
衝撃で一瞬下がった視界にライトブラウンの髪が舞う。
一体何が起こってるんだかわからなかったけど、身体が一気に押し上げられたのだけは感じ取る事ができた。
そして衝撃と疲労で暗くなりつつある視界の中で、銀髪の少女と目が合った。
多分至近距離数十ftだっただろうと思う。
不思議な事にこんな状況にもその瞳におびえの色は無くて、ただあたしの事を慮ってくれている深い思慮が感じられた。
なんだか解らないけど本当に彼女が無事でよかった。
そしてその記憶を最後に、あたしは意識を失った。